3.景子の現実 〜本当は?〜
七海との夢から覚めた景子。景子にとっての夢って、現実って、何なのだろう?
ななみ!
自分の声に目が覚める。午前6時。
まあ、ちょっと早いけど、ちょうどいい。起きてしまおう。
朝食の支度を整えていると、雅志が二階から降りてきた。
「おはよう」と声をかけると、
「おはよう。今日も早いな。」と返事が返ってくる。
夫は、それこそ、夢の中の七海のように、にっこりと微笑む。
私たちには、七海という娘がいた。
七海を失った後、少しおかしくなってしまった私に、夫は忍耐強く付き合ってくれた。
夢のことも知っている。
七海が死んだ日から、毎日、見続けているのだから。
でも、私が話さない限り、雅志は無理に聞こうとはしない。
雅志は優しいのだ。雅志が傍にいてくれて、よかった。
心ない周りの人は、七海を失ってショック状態の私に、
「若いんだから、まだ子どもはできるわ」と言った。
「七海ちゃんは安らかに逝けて、幸せだったわ」と。
わかっていた。
生まれたときから、七海は長い間、生きられないと。
でも。でも。でも。
後から、後から、言葉が溢れてくる。
「いってらっしゃい」
仕事へ行く雅志を見送ると、途端に空っぽになる。
雅志は優しくって、誠実で、
家族というぬくもりで、私を包み込んでくれる。
ありがとう、雅志。
ちょっと、しんみりした気分になっていると、
インターフォンが鳴る。ピンポーン。
「おはよう。お姉ちゃん、調子どう?」
妹の祥子だ。
私の精神が不安定なまま、家に一人でおいておくのを心配した雅志の配慮だろう。
祥子は、夫が単身赴任の主婦は暇だから、と言って来てくれる。
私の周りは、気配り人間ばかりだ。
こうやって、祥子の他愛もない話に笑って応じることができるのは、彼らのおかげ。
ありがとう、祥子。
もう本当は、ほとんどいいの。ちょっと眠れないことくらい、どうってことないわ。
普通に生活できるくらいに、回復してるの。
人間、つよいものよ。生きていけるのよ。
ふと、私は金魚鉢を見て、言う。
「もうそろそろ、水を換えないと。」
「またぁ? なんだか、ななちゃんの金魚熱があなたにうつったみたいよ。」
言ってから、祥子がはっとして、口をつぐむ。
私は笑って、答える。
「いいのよ、そうなんだから。七海が大切にしてたものだから、私も大切にしたいの。」
「そりゃそうだわ。」
祥子がほっとした表情で答える。「じゃあ、私も手伝う。」