10.お姉ちゃんとの思い出
お姉ちゃんと、一緒に過ごした日はたくさんあるのに、
私はなぜだか、あの一日のことが忘れられない。
その日、久しぶりにお姉ちゃんの手料理を3人で食べた。
もう結婚している妹が姉夫婦と夕飯を食べるなんて、
アツアツの二人に水を差すようで悪いと言うと、
「なに馬鹿なこと言ってんのよ」とお姉ちゃんに笑われた。
景子姉ちゃんはその頃、段々と以前のように笑うようになっていた。雅志さんにそれを言うとき、自然と顔が綻んでしまったのを覚えている。
それに応えるように、雅志さんもすっごく嬉しそうな顔をして、
「祥子ちゃんも大変だったね。今まで言いそびれてたけれど、ありがとう。」
と言ってくれたのだ。なんだか、学校の成績を褒められた子供みたいな気分だったが、不思議と悪い気はしなかった。さすがお姉ちゃんの旦那さんだと思った。
そこで、お姉ちゃんから声がかかる。
「二人とも、何をそこでしゃべってるの?ご飯が冷めちゃうわよ」
その声に雅志さんと顔を見合わせ、微笑を交わす。
「今、行くよ。」雅志さんが答える。
絵に描いたような姉夫婦の姿に、
ちょっとだけ、私はうっとりとして、夕食の席についたのだった。
「今度、4人で出かけようか。」
「それ、いいわね。
祥子と晃彦さんには随分、迷惑をかけたし。
ねえ、今度はいつ、晃彦さん帰ってらっしゃるの。」
いつの間にか、話が4人で出かける方向になっていた。
私は微笑みながら、気づけば答えてた。
「今、新規の仕事がたてこんでて、忙しいみたい。
いつ帰ってくるか、ちょっと分からないわ。」
二人は、私たちが完全な別居生活であることを知らなかった。
「さすがエリート。うちの人にも見習ってほしいわ。」
お姉ちゃんが横目で雅志さんを見やる。
「これでも頑張ってるんですけど??」
いいだろ?忙しいより、暇なほうが。」
お姉ちゃんの言葉に雅志さんはちょっと不満そうだ。
二人のふざけあいに、私は吹きだしてしまう。
お姉ちゃんも雅志さんも、ものすごいロマンチストだ。
だから、二人の会話はいつも、ちょっと誇張が入っている。
「幸せな夫婦ごっこ」をわざと滑稽に演じながら、
本当に幸せな夫婦をしている。
私はそれが、昔から羨ましかった。
こんなに優しい旦那さんを見つけてきた姉が妬ましかった。
七海ちゃんが生まれて、本当に二人は幸せそうで。
幸せが遠い自分が悲しくて、お姉ちゃんの顔なんか見たくないと思ったときもあった。
しかし、幸せな家庭を築く姉が誇らしかったことも事実だった。
七海ちゃんを失っても、結局、この二人の絆は変らなかった。
4人で出かけようと言われた、あの時、
お姉ちゃんは私の気持ちに気づいていないと確信していた。
そして、そんなお姉ちゃんの鈍感さに、ときどき苛々していたのも事実。
こんなに、姉夫婦を羨んでいるなんて、絶対に気づいてないと思ってた。
その確信は今でも変わらない。お姉ちゃんは私の気持ちに気づいてなかった。
私たちが姉妹でどんなに似ていても、
どんなに一緒に育とうと、
所詮は他人。
相手の考えていることまでは分からない。
ねえ、お姉ちゃん。
あの頃、お姉ちゃんは何を考えていたの?
私にはわからないよ。
全然、わからない。