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Rion  作者: 鷹濱伝機
6/6

『祭囃子』

   〔土曜日・金子ジム〕

 会長がみんなを集めて話しをしている。

「…というわけで、明日の日曜日は、わしとトレーナーの大西、佐藤は恩人の葬儀で大阪にいくのでジムは休みにしようと思っているんだが、いいかな」

 西岡が口をはさんできた。

「すいません俺、明日練習したいんですけど」

 トレーナーの大西が西岡をなだめるように説得した

「西岡、明日は当初の予定でも休養日なんだし、体を休めるのも練習のうちだぞ」

「でも、やっぱり休みたくないんですよ」

 試合の近い西岡には、練習を休むことは不安なのである。

 そこに東野が声をかけてきた。

「じゃあ、俺も付き合うよ」

 リオンも賛同した。

「じゃあ、あたしも付き合っちゃお」

 水森は、俺もつき合わされちゃかなわんとばかりに、

「リオン、日曜は休んだ方が…」

 しかし、リオンは素っ気なく、

「あ、先生は休んでいいよ。年寄りなんだから」

「年寄りだと!明日はビシバシ鍛えてやるからな、覚悟しとけよ」

 ジムの皆は、二人の掛け合いに笑いがもれた。

「ハッハッハッ!」


   〔翌日・日曜日の朝〕

 リオンのスマホが鳴った。

「もしもーし。あ、先生。どうしたの、なんか慌ててない?」

 リオンの言う通り、水森は慌てていた。

「いないんだよ!」

「なにが?」

「俺の大事な、大事なアケミが家出しちゃったんだよ!」

「アケミ…さん?」

「とにかく、俺はアケミを捜さなきゃいけないから、ジムに行きたかったら一人で行ってくれ。じゃあな!」

「あ、先生!」

「大事なアケミさん?…」

 リオンは着替えて、ジムに向かった。

 途中、神社のお祭りで、商店街から参道までの道は人で賑わっていた。

「へー。今日はお祭りか」


   〔お昼頃・金子ジム〕

 リオンがジムに入ると、リングの上で東野がパンチングミットで西岡のパンチを受け止めていた。

「よーし、ズシッとくるいいパンチだ!」

 西岡と東野が、意外と仲がいいのに驚いた。

「へー」

 二人はリオンに気づいた。

「よっ!」

 リオンはペコリと頭を下げた。

「こんちわ」

 二人はリングから下りてきた。東野が水森のいないことに気づいた。

「あれ?先生は」

「アケミさんが家出したんで、捜しに行くって」

「アケミ?誰それ」

「さー?」

 西岡がリオンにたずねた。

「あの人、奥さんがいたのか?」

「たしか独身のはずだけど」

「それじゃ同棲相手か」

 東野は水森を感心していた。

「へー、あの顔でやるもんだね」

 リオンは水森が気がかりであった。

「でもなんで逃げられたんだろ?」

 東野はニヤニヤッと笑った。

「きっと、しつこいんだよ」

「なにが?」

「Hが」

「腰つかって、ストレートやジャブを連打し過ぎたんじゃないの。フィニュッシュにアッパー突き上げたりして」

 東野はジェスチャーを交えて説明した。リオンは頬をあからめて

「東野さんって、意外とスケベ」

「俺よりも西岡のほうがスケベなんだよ」

「なんで俺が?」

「この前、こいつの部屋にものすごくHなDVDがあってさ、タイトルが『女子高生・Y字開脚ウルトラH』っていうんだぜ」

「えー、西岡さんって、そういう人だったんですか?」

「あ、あれはお前が借りてきて、おれの部屋に忘れていったんだろうが!」

「でも見たんだろー」

「見てねーよ」

「でもお前プレーヤーの中に入ってたじゃん。それに、再生ボタン押したら途中まで進んでたぞ」

「最初だけだよ。どんな映画かなーと思って…」

「どんなって、タイトルが『女子高生・Y字開脚ウルトラH』だぜ。わかりそうなもんだろ」

「た、た、体育の教材映画かと思ったんだよ!」

 リオンは二人の会話が面白くて、思わずふいてしまった

「フフフ。今日は大発見だなー」

 西岡がリオンにたずねた。

「なにが?」

「二人…仲いいんですね」

 西岡と東野は顔を見合わせた。

「ジムで二人が話してるとこ、見たことなかったし…」

 西岡が普段見せたことのない柔和な顔で話し始めた。

「ジムはトレーニングの場であって、遊び場じゃないからね」

「俺の口から言うのは恥ずかしいけど、東野は俺の親友だよ」

「お前に真顔でそういう風に言われると、ケツがカイーよ」

 今度は東野が西岡に対する思いを語りだした。

「俺たち歳も同じだし、ジムに入ったのも同じ頃でね、お互い地方出身の田舎モノだったせいか、不思議とウマが合ってさ」

「俺がボクシングを続けていられるのも、コイツに励まされているせいもあるんだよ」

 リオンは西岡の人間性を見直し始めた。

「西岡さんっていい人だったんですね。もっと、冷たい人かと思ってた」

「お前、顔が冷徹そうだもんな」

「俺、内面はナイーブで傷つきやすいタイプなんだよ。あんまりイジメルと泣くぞ」

「やめてくれ。お前の涙だけは見たくない」

「フフ。いいな男同士の親友って…」

「あたしも、二人の親友になれるかな…」

「大歓迎だよ。なっ、西岡」

 西岡はちょっと照れながら返事をした。

「ああ。」

 西岡は照れながらも優しい笑顔で答えてくれた。そんな表情の西岡をリオンは初めて見た。

「そうそう、今日この近くの神社のお祭りなんですよね。これから行きませんか」

「面白そうだね。言ってみようぜ西岡」

「でもトレーニングが…」

「西岡さん。オーバーワークしてますよ。体も心も」

「…うん。いってみるか」


   〔神社の参道〕

 出店が連なり、浴衣姿の若い子も多く見かけられた。

「浴衣でくればよかったな」

 そう言うリオンに東野は呆れていた。

「ジムに何しにきたの?」

「楽しむ時はおもいっきり楽しまないと」

「あっ、リンゴ飴だ。私これ大好きなんですよ」

 リオンのあどけない仕草に、二人は微笑んでいた。

 三人は神社の境内の長いすに、リオンを真ん中にして座っていた。リオンはリンゴ飴をなめながら、

「ねえ。一つ聞いていいですか」

「なに?」

「二人はどうしてボクサーになったの?」

 西岡から話し始めた。

「俺は田舎が青森なんだけど、」

「青森の人って、結構方言きついですよねー」

 東野が出会った頃のことを思い出し、

「俺、最初こいつ外人かと思ったもん」

「こっちに来て間もない頃は、人と話すのがいやでさー。それでコムニュケーションをとるのがヘタになったんだな」

「それで根暗になったんだ」

「ネクラ…俺はそんなふうに見られていたのか…」

「うそうそ、そんなに落ちこまないデー!」

「高校までアイスホッケーをやってたんだけど、もともと団体競技が苦手でさ。結局、アイスホッケーは不完全燃焼のまま終わっちゃって…」

 リオンの鋭い指摘、

「協調性なさそうだもんね」

 それを東野が補足した。

「ネクラだから」

「ホントに泣くぞ」

「高校を卒業して、進学も決まっていたんだけど、心の中でくすぶっているものがあってさ」

「体力には自信があったから、自分の力だけで、勝負できるものを探していたら、やっぱりボクシングしかないと思って」

「進学が決まっていたら、両親に反対されたでしょ」

「ああ。勘当だって親父に怒鳴られたよ。でも、大学はいつでもいけるけど、ボクサーは今しかできないもんな」

「先のことは分からないけど、今は間違いなく、あの四角いリングに立っている時が、俺が西岡正也だって自覚できるんだ。」

 西岡は自分のことを嬉しそうに語った。リオンは西岡に今までにない、親近感を覚えた。

「今度の試合でチャンピオンになって、親が認めてくれるようなボクサーになりたいけど…相手が強すぎるし、無理だろうな…」

「先生の言った事を、忘れたんですか。やる前から負けちゃダメですよ!」

「そうだったな。ガンバルよ」

 リオンは笑顔でウンウンとうなずいた。

 今度は東野のほうを向いて話しを聞き始めた。

「東野さんはなぜボクサーに」

「俺の家、長崎で和菓子屋をやってるんだ」

「俺、一人っ子だから、親も俺が店を継ぐものだと思っていて、俺もそのつもりで、小さい時から、店の手伝いをしていたんだ」

「お菓子つくれるの?」

「こうみえても俺、和菓子職人なんだよ」

「この前、『水まんじゅう』っての作ってたよな、あれウマかったな」

「すごい。尊敬…」

「でも、どうしても子供のころからのボクサーの夢が捨て切れなくて、親を説得して東京に出てきたんだ」

「西岡と同じように、俺も親父に怒鳴られたっけ。菓子をつくる手を、血で染めるのかってさ」

「ただ、俺は西岡みたいに素質があるわけじゃないし、いつかは限界を感じてボクサーをやめる時がくると思う。でも、ボクシングに対する愛着心は誰にも負けないつもりだよ」

「今はまだ、親父も元気だからボクシングを続けていられるけど、いつかは長崎に帰って、家業を継がなきゃいけないと思っている。それが、俺のわがままを許してくれている、両親への恩返しだからね」

「今は、その日が一日でも長くこないことが、俺の願いだな…」

 東野は優しい眼差しで、遠くを見つめているようだった。

 リオンは二人の本当の素顔を初めて知った。

「二人とも、それぞれの思いや願いがあって、ボクシングをしているんだ…」

 今度は東野がリオンに話しかけた。

「リオンちゃんの願いは?」

「私は…私たちが、いつまでも、こんな気持ちで、こんな時間が過ごせたらいいのになあと思います」

 二人はそんなリオンを微笑ましく思った。

 三人とも、すがすがしい顔で、遠くを見つめていた。

 そこに子犬がリオンの足元に寄ってきた。

「かわいい!」

 リオンは子犬を拾い上げ、両手で抱いた。

「野良犬かな?」

「捨て犬じゃないの」

 そこに水森がやってきた。

「リオン!」

「あ、先生!」

「チワーす!」

「なんだ三人で祭り見物か。練習は?」

「お囃子に誘われて、ついフラフラ~っと…」

「たくっ、意思の弱いヤツラだな」

「ところで見つかったの、アケミさん?」

「それが見つからないんだよー。どうしよ…」

「うん、お前、何抱いてんだ?」

「今ね、私の足に擦り寄ってきたの。カワイイでしょ」

 水森はその犬をジッと見つめ、リオンの腕から犬を奪い取った。

「アケミー!!」

 水森は大声で叫んだ。

「はっ?」

「どこに行ってたんだよー、寂しかったぞ、アケミー!」

「あのー、アケミさんってそのワンちゃんなの?」

「うん!カワイイだろ、俺のアケミ」

 水森は本当に嬉しそうに答えた。

「ほらアケミ。皆さんに挨拶して」

「ワン!」

「な、な。賢いだろ!」

「愛してるよアケミー!!」

 水森は犬にキスし、犬の顔に頬をつけて、両腕でギュッと抱きしめて、上半身を揺すった。

「俺…この人の見かた変えよ」

「私も」

「俺も」

「安心したら腹減ったな。お前らなんか食うか、アケミを保護してくれた御礼だ、なんでもおごってやるよ」

「やったー!」

 リオンが喜んでいると、水森が一言付け加えた。

「せっかくの祭りだもんな、浴衣でくればよかった」

 それを聞いた東野が、

「誰かさんもさっき、同じ事言ってたな」

「やめて、一緒にしないで」

 水森は三人の表情をみて、

「お前ら、今日は良いトレーニングをしたみたいだな」

「え?」

「心を開放するのも大切だということさ。今日のお前ら…いい顔してるよ」

 三人は顔を見合わせた。お囃子の音色が心地よいリズムのように感じた

  

   〔2日後・金子ジム〕

 いつものように、リオンは水森とジムで練習していた。

 リオンはサンドバッグを叩いていた。水森の指導も熱くなっている。

「もっと腰を回転させて、打ってみろ!」

「はい!」

「よし、右ストレートでフィニッシュだ!」

 リオンは渾身の力で打ち込んだ。

「よし、休憩しよう!」

「はい!」

 突然水森は力の抜け切ったリオンにサンドバッグをぶつけた。

「ドン!」

 不意をつかれたリオンは床に倒れた。

「ノックアウト!」

「いじわる」

 東野がリオンに助言をする。

「リオンちゃん、油断は禁物だよ。試合中も終了のゴングが鳴った後に相手のパンチをもらうことがあるからね」

「気をつけます」

「先生もそういうことが言いたかったんですよね」

「そ、そのとうり!」

 リオンが水森をにらんだ。

「ウソだ」

 水森は舌を出し、両手の親指を鼻の穴につっこんで笑っている。

「でへへ」

 トレーナの大西が東野を呼びにきた。

「東野、電話だぞ」

「電話?」

「実家のお母さんからだぞ」

「お袋からですか?」

 東野は大西から電話を受け取った。

「もしもし、お袋。ジムに電話を掛けてくるってことは、何か急用なの?」

「え、親父が!」

 リオンや西岡が振り向いた。

「それで容態は!うん、そうか、わかった」

「俺もすぐに帰るから。お袋、あんまり心配するなよ」

 東野は電話を切った。

 会長が東野に話しかけた。

「親父さん、倒れたのか?」

「ええ。命に別状はないようですが…」

「とにかく俺、明日、長崎に帰ります」

「うん、わかった」

 リオンは東野を見つめていた。そして、話しかけた。

「…また、帰ってきますよね…」

「ああ」

 東野は無理して笑顔をつくった。


   〔それから2日後・金子ジム〕

 水森が会長と話をしている。

「会長、東野から何か連絡ありましたか?」

「いや、あれから何も…」

 リオンは西岡にきいてみる。

「西岡さんには?」

「なにも。もしかしたらアイツ…ボクシングを…それで連絡し辛いのかもしれない…」

「それって、まさか…」

 西岡は下を向いた。

 そのときジムのドアが開いた。東野が帰ってきた。

 リオンがすぐに走り寄った。

「東野さん!」

 西岡も東野の名を呼んだ。

「東野!」

 東野はみんなに挨拶した。

「ただいま」

「お父さんは、お父さんの容態はどうなんですか?」

 東野はリオンに笑顔で答えた。

「みんなに心配掛けたけど、一月位で退院できるそうなんだ。」

「よかった、よかったですね東野さん!」

 みんな、安堵の表情になった。

「実は会長、お願いがあるんですけど…」

「うん?なんだ」

「俺、ボクシンング…やめます!」

 リオンには東野の言葉が信じられなかった。

「うそ…」

「会長、みなさん、永い間お世話になりました」

「なんで、東野さん、本当にボクサーをやめてもいいの?」

「この前も言ったように、いつかは帰らなければいけないと思っていたし…今がその時なんだよ」

「でも…できれば、あともう一試合、やってみたかったな…」

「東野さん…」

「明日、ロッカーの整理にきます。それじゃ、今日は失礼します」

「あ、そうそう。西岡、タイトルマッチがんばれよ。絶対にベルト取れよ!」

「…ああ」

 西岡は辛そうに、下を向いたまま答えた。東野は笑顔でジムをあとにした。

「東野さん、無理して笑ってた…」

「まだボクシンングを続けたいのに、無理して…」

 水森は会長に話しかけた。

「…会長、お願いがあるんですけど」

「うん?」

「それと西岡とリオン、お前たちにも協力してほしいんだけどな」

「協力?」

 リオンと西岡は顔を見合わせた。


   〔翌日・金子ジム〕

 東野はジムの前で、入るのをためらうように立ち止まっていた。

「最後か…」

 東野は別れを惜しむように、ゆっくりドアを開けた。

 東野はジムに入って、その光景に目を疑った。ジムの中は大勢の女子高生が所狭しと、詰め掛けていた

「何これ?」

 そこにリオンがやってきて、

「東野さん、試合やりましょう!」

「試合?」

 水森も話しかけてきた。

「東野、なにしてんだ。早く着替えてこいよ。対戦相手が首を長くしてまってるぞ」

「対戦相手?」

 リングの上では、西岡がシャドーをしていた。会長やみんなは東野を笑顔で見つめていた。

 西岡が東野に声をかけてきた。

「東野、手加減しないからな!」

「西岡…」

 東野は隣に立っているリオンに、いつもの柔和な顔で話しかけた。

「君と先生の企みだね」

 リオンは東野の腕をつかんで、

「着替えが終わったら呼んで、私がバンテージを巻いてあげるから」


   〔ロッカールーム〕

 リオンは東野にバンテージを巻いていた。

「あの女子高生の軍団はリオンちゃんがよんだの?」

「ギャラリーが多い方が盛り上がって、気合はいるだろーって、先生が」

「ハッハッハッ、逆に緊張しちゃうよ。でも、なんか気を使わせてしまって、ゴメンね」

「ううん、ぜんぜんそんなことないよ」

「むしろ、あんまり突然で、何かしてあげたくても、どうしたらいいのか分からなくて…今日だって、何て言って言葉を掛ければいいのか、分からなくて…ただ、サヨナラだけは言いたくなくて…」

 リオンの涙がバンテージの上に落ちた。

 東野は、今にも涙がこぼれそうなリオンの目元に、右手の小指の先をあてて、涙をすくってあげた。

「リオンちゃん。『ボクサーの魂の三か条』って知ってる?」

「魂の三か条?」

 東野は胸を張って語りだした。

「一つ、ボクサーは自分よりも強い相手と戦っても、決して気持ちで負けてはいけない!」

「一つ、ボクサーはどんなに有利であっても、試合が終わるまで、勝利を確信してはいけない!」

「そして最後に、ボクサーは試合中にダウンをしても、絶対に10カウントを聞いてはいけない!」

「これが、ボクサーの先輩である俺からの、リオンちゃんへの置き土産だ」

 この『魂の三か条』はリオンの心に刻み込まれた。

「有り難うございます。東野先輩!」

 東野は笑顔でうなづいた。

「あ、それから…俺がいなくなって西岡のヤツ、当分の間寂しがると思うから、リオンちゃん話し相手になってやって」

「了解!」

「それじゃ、西岡を叩きのめしにいきますか!」

 東野はリングに向かった。

 水森がリングアナウンサーをしている。

「只今より、本日のメインイベントを行います!」

「青コーナー、クソ生意気な西岡正也~!」

「なんだよ、ちゃんと紹介しろよ、オッサン!」

 女子高生たちが西岡に声援した。

「西岡さん、カッコイイ!がんばって~!」

 西岡はポッと赤くなった。

「やーい、純情青年」

「赤コーナー、東野錠一~!」

「がんばれ、がんばれ、東野!」

 リオンの声援が響いた。

「西岡なんか、ぶっ潰せ!!」

「そこまで言わなくてもいいでしょ…」

「やーい、悪役ボクサー」

「みんなオッサンの演出だろうが!」

 東野がみんなに向かって、挨拶を始めた。

「実は今日ここにくるまで、最後に何って言おうかズーッと考えてました」

「会長やトレーナーの大西さん、佐藤さんへの御礼の言葉、ジムでともに汗を流した仲間たちへの別れの言葉、そして、ボクシングを始めたばかりの女の子への激励の言葉…」

「でも結局、適当な言葉が頭に浮かんでこなくて…」

「そう…言葉で表現なんかできっこないほど…ここでの3年間の思い出が、ぎっしり詰まっていることに気がつきました。その思い出での一つ一つが俺の一生の宝物です。そして、青春の総てです。やっぱりボクシングをやっててよかった。ボクサーでよかった…」

 東野は泣いていた。

「バカヤロー。戦う前に泣くボクサーがあるかよ!」

 そう言いながら、西岡は後ろを向いた。

 女子高生たちも泣いていた。もちろんリオンも泣いていた。

 リオンが東野のセコンドについた。

「東野さんのセコンドは私がやりますから」

 東野は笑いながらうなずいた。

 レフェリー水森が東野と西岡をリング中央によんだ。

「こいつがタイトルマッチを控えているので、ヘッドギアを着用して。どうせ西岡のヤツ、次の試合負けちゃうんだけどさ…」

「なんか言ったか、オッサン!」

「さー、はっじめるぞ!」

「カーン!」

 ボクシングを楽しむように、東野はファイトした。



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