『貴女の心も体も、いつでも自由に飛び立つことができるよ』
〔翌日、神聖学園の昼休み時間〕
お昼休み、スケッチブックを片手に、意気揚々と2年B組の教室に水森がやってきた.
「リオンいるか」
リオンは弁当を頬張っていた。
「なに、先生?」
「大会用のユニフォームのデザインを何種類か考えたんだけど、どれがいいかお前に選んでもらおうと思ってさ?]
「大会って、なんの?」
リオンはキョトンとした顔で、水森にたずねた。
「あれ、言ってなかったっけ、県大会が3週間後にあるんだ」
「3週間後って、私まだグローブはめたばっかだよ、そんなのが試合に出ていいの?」
「いいじゃないの、一週間もあれば急成長するんじゃない、たぶん…」
「たく、いい加減なんだから、大体何しに来たのよ、ここは男子禁制よ、出てって頂戴!」
「そりゃまずいな、じゃ出ていくか。って、オレ教師でしょうが、いいんでしょ入っても、確か」
「しょうがない、ゆるしてつかわそう」
「へへ~、ありがたき幸せ。ってなんでオマエの方がエライわけ?」
クラスの女子たちが二人の周りに集まってきた。
「リオンが着るユニフォーム。見せて、見せて!」
水森は自慢げに、スケッチブックをみんなに見せた。それを見た女子たちは、
「へー、どれどれ…、わっ、ダっさー!」
「だっさ?」
女子たちは矢継ぎ早に批評を始めた。
「わー、超ダサ、センスない!」
「まー先生じゃ、しょうがないけどサー、でもコレはないよねー」
「こんなカッコわるいユニフォームをリオンが着るの。かわいそ…」
水森は泣きそうであった。そこにリオンが割って入った。
「みんな、先生をいじめないで!」
水森にはリオンが女神に見えた。
「リオン…」
「先生はただ、ファッションセンスのかけらも無い、ダメオヤジなだけなんだから」
「お前が一番グサッとくることを、言ってるじゃないか!」
「わかったよ。お前らが感心するようなデザインを作ればいいんだろ!」
リオンのダメ出しがつづく。
「先生、センスっていうのは生まれつきのものだから…」
「うるせー!」
水森は怒って、教室を出て行った。
水森が廊下に出ると、女の子が立っていた。ハーフのような顔だちでカワイイ子だった。その子は恥ずかしそうに水森に手紙を差し出した。
「あ、いや、こまるよ。かりにも俺教師だし。世間の目もあるし…教え子と教師というのはやっぱり…」
「この手紙を倉持リオンさんに渡して頂けませんか」
「は、リオンに?」
「お願いします!」
そう言うと、その生徒は走り去ってしまった。
「まさか…恋文?」
〔放課後〕
ジムに向かう車の中、水森はズーッと黙っていた。
「先生、まださっきのこと怒ってるの。結構、根に持つタイプなんだね」
「バカモノ、そんなことはキレイさっぱり忘れているわ」
「じゃあ、なんでそんな難しい顔してんの?」
「お前…彼氏とかいるのか?」
「え、何いきなり?」
「どうなんだ」
「…今はいないけど」
「ふーん。正直お前、どっちが好きなんだ」
「何、どっちって?」
「男か女か」
「はー?」
「お前、女子生徒に結構人気があるじゃないか、もしかしたらお前…」
「レズじゃないかと?」
「ああ…」
「キャハハ!」
リオンは高笑いした。そしてすぐに真顔に戻って、
「私はノーマルです」
「じゃあ、おとこずきってことだな」
「おとこずきじゃなくて、男の子が好きなの」
「それじゃ困ったな…」
「なんで先生が困るの?」
「実は、ある女子生徒から、お前に渡してくれって手紙を預かったんだ」
「その手紙って、ラブレター?」
「たぶんな」
「まいったな…なんで私女の子に好かれるのかな…」
「うらやましいヤツだ。ほれ」
手紙をリオンに渡した。リオンは封を開けて、手紙を読んだ。
「ふーん。これラブレターってものじゃないよ」
「友達になってくださいみたいな感じ」
「しかし、交際が進むにつれ、二人は禁断の世界に身を焦がすのであった」
「よ、エロ教師!」
「あ、最後に名前が書いてある」
「うん?2年D組のエリック・グラハムって、アメリカからきた留学生だよ、たしか」
「あの子アメリカ人なのか。そういえばハーフっぽい顔だったな」
「先生、あの子のこと知らないの?」
「ぜんぜん」
「じゃあ、あの子の秘密も知らないの?」
「あの子、なんか問題でもあるのか?」
「それでもウチの学校の教師なの」
「学校のことにはあんまり関心がなくてね。ハハハ!」
しょうもない教師だと、リオンは呆れた。
「じつはあの子…女じゃないのよ」
「え、女じゃない?てことは…まさか、あの子オカマなのか?」
「うん。そうなの」
「あの子、母親が日系3世でね、それで母方の祖国日本を知りたいということで、日本に留学してきたらしいよ」
「ただ、あの子の父親が偉い議員さんなんだって。なんでも大統領候補らしいよ。それであの子の留学に日本政府が動いたらしいの」
「それって、VIPじゃないのか」
「あの子、オカマだから、共学校だと何かと問題がおこる可能性があるので、ウチの学校が特別に留学を受け入れたんだってさ」
「へー、そうだったのか」
「でも女子校に男子生徒ってのも変だろ」
「カワイイからいいんじゃない。性格もいいって評判だよ」
「ふーん。まてよ、あの子が男なら、お前と付き合っても問題ないわけだ」
「あそっか。男と女だもんね。結婚もできるんだ」
「付き合ってみようかなー」
水森は首をかしげて、
「でも、なんかアブノーマルな気がするな」
〔金子ジム〕
二人はジムに着いた。外に黒塗りのベンツが停まっていた。
「こんちわ!」
リオンがいつものように、挨拶をしてジムに入ると、会長が話しかけてきた。
「リオンちゃんにお客さんがきてるよ」
「私に?」
椅子に座っていた女の子がペコリと頭を下げた。
「君はグラハムさん…」
エリックは立ち上がって、リオンに歩み寄った。
「倉持さんのトレーニングが見たくて、来ちゃいました」
屈託のない笑顔でエリックは話した。
東野は水森にたずねた。
「先生、なかなかカワイイ女の子だね。紹介して」
「違うんだよ」
「なにが?」
キョトンとしている東野に、水森は言葉を補足した。
「ついてるんだよ」
「はあ?」
東野は首をかしげた。
リオンは手紙のことを思い出した。
「あ、手紙ありがとう」
「読んでもらえたんだ」
エリックはホッとした表情を浮かべた。そんなしぐさに、やはりエリックは女の子なんだとリオンは思った。
「練習2時間位掛かるけど、見ていくの?」
「倉持さんのジャマにならなければ」
「ぜんぜん。あ、倉持さんじゃなくて、リオンって呼んで。えーっと、君のことはなんて呼んだらいいかな?」
「クラスの皆には『エリー』って呼ばれているけど」
「よっしゃー!エリーで決定ね!」
「ありがとう。リオン」
リオンはニコっと笑って、練習を始めた。
エリックは嬉しそうにリオンの練習を見ていた。その間、外の黒塗りベンツは停まっていた。
リオンの練習が終わった。水森の声がジムに響いた。
「よし、今日はこのくらいにしとこ!」
リングから出てきたリオンに、エリックはタオルを渡した。
「サンキュウー!」
「エリー、見ていてあきなかった?」
「ううん。見ていて楽しかったよ。それに素敵な男の子もいたし」
東野が振り向いた。
「え、俺のことかな?」
エリックは屈託のない笑顔でこたえた。
「はい」
東野はてれまくった。
「いや、まいったな!」
水森は東野の後ろを通って、
「バーカ」
「え?」
リオンは制服に着替えてきた。エリックは待っていた。
「ね、お腹すいたでしょ。ウチに来ない、ラーメンおごってあげるよ」
「ありがとう。でも、もう晩いし、SPをまたしているから…」
「そう、残念だなー。じゃあ、また明日学校でね」
「うん。おやすみなさい、リオン」
「おやすみ、エリー」
エリックは車に乗りこんだ。エリックの横顔は少し寂し気に、リオンには思えた
〔次の日・学校のお昼休み〕
2年D組のドアの外から、リオンは小さな紙くずをエリックの背中に投げて当てた。
エリックが振り向くと、リオンが笑いながら手招きをしていた。
「何、リオン?」
リオンはエリックに顔を近づけて、わざと低い声で、
「僕と付き合ってくれる?」
エリックはドキッとした表情で、リオンを見つめた。リオンとエリックはお互いクスクス笑い出した。
「ねえ、屋上に行ってみない」
「でも、屋上は閉鎖されているんじゃ?」
リオンは屋上の扉の鍵を見せた。
「従順な犬が持って来てくれたの。まっ、無料食事券2枚分が代償だけどね」
〔職員室〕
水森は隣の席の島村先生に話しかけた。
「島村先生は中華料理はお好きですか?」
「ええ、キライではないですけど」
「それじゃ今度、リオンの店に食べに行きませんか?」
「倉持さんのお店にですか?」
「実は、私の日ごろの熱心な指導に、何かお礼がしたいということで、アイツが無料食事券をくれたんですよ」
「それ、貰っていいんですか?」
「いいんじゃないですか。当然の報酬ですから」
〔学校の屋上〕
二人は学校の屋上にきた。
リオンは両手を高く上げて背伸びをした。
「うーん、やっぱり屋上の風は気持ちがイイなー」
エリックも目を閉じて、風をスーッと吸い込んでみた。
「本当にきもちがいいね」
リオンはエリックの横顔を見ながら話し始めた。
「どう、日本の感想は?」
「みんな優しくしてくれるし、すごく楽しいよ。女である私を隠さずに生活するのは初めてだし」
「アメリカでは?」
「私、アメリカではフツーに男の子を演じているの」
「どうして?」
「大統領候補の息子がゲイだって分かったら、そのスキャンダルで父は候補者を外されてしまうかもしれないし」
「そーなんだ…つらいでしょ」
「うん…でもわたしが普通の男の子だったら何も問題はなかったわけだし…」
そう言うエリックはどこか淋しげだった。
「あー、街にでてみたいな」
「日本にきてから、街にでたことないの?」
「私が女性の姿で行動できる範囲は、ホテルと学校の往復だけに、パパに制限されてるの」
「もしこんな姿を写真に撮られたら、大変なことになるもん」
エリックは笑って見せた。
リオンは、昨夜の別れ際のエリックの寂しげな表情を思い出した。
「でも、その姿が本当のエリーなんでしょ」
「うん。」
リオンは決心した。
「ねえ、これから街に出てみようよ!」
「え、でも午後の授業は?」
「サボリですよ。」
「せっかく日本に来たんだから、楽しまなきゃ女の子としてさ」
「でも、どうやってサボるの?校門には私が帰るまでSPが車を停めているわよ」
「大丈夫。わたしに任せて」
リオンは右手でポンと胸を叩いてみせた。
〔職員室〕
エリックは体の不調を理由に、担任の先生に早退を申し出ていた。
「そう熱っぽいか、風邪かな…それじゃ大使館に連絡して、病院を手配してもらおうか」
「い、いいえ私が自分で連絡します。ご心配をおかけして申し訳ございません」
水森が近づいてきた。
「風邪か。リオンの変な病気がうつったんじゃねーの」
「変な病気を持ってて悪かったわね。先生にも、うつしてやろうか!」
水森の後ろにリオンが立っていた。リオンは担任の島村に、
「先生、私も風邪ひいたみたいなんでこれから病院に行きたいんですけど」
水森がリオンの前に顔をだした。
「風邪、お前が?」
「何よ?風邪ぐらいひきますよ私だって。デリケートな女の子なんだから」
「うっそー!地球上の生物全部が病気になっても、ケラケラ笑っているようなお前が、風邪をひくなんて、人類滅亡の前兆じゃないのか」
「本来なら地球の裏側までぶっ飛ばしてやりたいところだが、今日は我慢しておいてやるわ」
〔校舎の裏〕
リオンとリョウは校舎の裏にまわり、ブロック塀の側に立っている、大きな桜の木の前にきた。
「先にのぼるね」
リオンは体育用具倉庫から跳び箱を一段担いできて、塀に立てかけた。
その光景を、たまたま2階のトイレから出てきた水森は廊下の窓から目にした。
「うん?何してんんだアイツら」
リオンは助走をつけて走り出して、一歩目で跳び箱に上がり、2歩目で塀の上に到達した。そしてとなりの桜の木の太い幹を右腕で掴んで立っていた。
それを見ていた水森は、
「さすがに類まれな運動能力の持ち主だなー。って感心してる場合じゃないよな」
エリックは跳び箱を横にして、その上にのぼり、リオンがさしだした左腕を両手で掴んだ。
「あげるよ!」
リオンはグイと持ち上げると、エリックの体は塀の上にあがった。エリックはすぐにリオンの左腕を離し、両手で桜の木の枝を掴んだ。
リオンは先に塀を飛び下りて、エリックが塀から飛び降りるのを下から受け止めた。
「エスケープ成功!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「アイツら脱走しやがった。どこに行く気なんだ?」
呆気に取られていた水森は、妙な外人の男二人組を目にした。
「うん?」
外人の二人組の男たちはリオンとエリックの後をつけて行く。
「あれ、間違いなくグラハムの息子だよな」
「ああ、女の子制服は着ているが、この写真にそっくりだ。間違いない」
「情報どうり、グラハムの息子はゲイだったんだな」
「息子がゲイだとマスコミに公表して、グラハムを大統領候補から引き摺り下ろせば、わが党の勝利は決まったも同然だ」
「しかしグラハムの息子ってカワイイなー。ホモの血がさわぐな」
「バカ言ってないで、ちゃんと写真とれよ」
〔街の中〕
二人はブティックに入って、服をみていた。
「これカワイイ、エリーに似合うよきっと」
リオンがエリックに服の試着をすすめる。
「着てみようかな」
「着てみ、着てみ」
二人の外人の男たちは店の外にいた。片方の男がカメラを構えている。
「見えるか?」
「見えるよ」
「よし、早いとこ女装姿を、撮っちまおうぜ」
男がシャッターを押そうとすると、エリックは試着室に入ってしまった。
「あー、おしい!」
エリックが試着室から出てこようとしたとき、リオンが外を見た。
「わっ!」
男たちは慌てて停まっている車の裏に隠れた。
「あれ、今怪しげな外人がカメラを持ってこっちを見ていたような…」
エリックが試着して出てきた。
「おー。すっげカワイイよ!」
「ホントに!」
「クッソー、悔しいけど女としてジェラシーを感じるな…」
「ねえ、これリオンに似合うんじゃないかな。着てみたら」
「いいよ。、私、何着てもファッションセンスないし。あれ?それじゃ先生と一緒だな」
二人の少し離れたところで、マスクと帽子をかぶった男が咳き込んだ。
「うほん!」
「じゃ私が着せてあげる。」
エリックはリオンを試着室に押し込んだ。
「え、あ、ちょっと待って!」
エリックも試着室に入った。
「やめて~!」
リオンとエリックは店を出てきた。男たちがカメラ持って待ち構えていた。
「今が、シャッターチャンスだ」
シャッターを切る寸前、男たちの前をマスクの男が遮った。
「あー、クソッ!」
リオンとエリックは、隣の小物雑貨の店に入った。
「リオン見て見て。これ、変は顔!」
目のつりあがった奇妙な顔の置物だった。
「水森先生にソックリだ!」
マスク男がまた後ろにいた。
「うほん!」
後ろでまた咳き込む声がした。
店の外では、外人二人組が話をしていた。
「おい、ちゃんと写真撮れてるんだろうな」
「それが、顔がうまく撮れないんだよ」
リオンとエリックが店を出てきた。
「おい、出てきたぞ」
男たちはまた、二人の後をつけた。
リオンは後ろに人の気配を感じた。
「うん?」
「どうしたの?」
「私たち、誰かに後をつけられているよ」
「え?」
「エリー、走るよ」
「うん」
二人は走った。
「くそ、気づかれたか!」
男たちは慌てて二人を追いかけた。
二人はデパートに入った。男たちがも入ってきた。
リオンとエリックは別々に別れた。
「どこいったんだ?」
女性の下着売り場でリオンが顔を出した。
「あ、いたぞ。」
そのころエリックは男性の洋服を買って、着替えていた。
「まー、すごいお似合いですよ」
「でも不思議ね、女の子なのに男の子の服がこんなに似合うなんて」
店員がエリックに制服の入った手提げ袋を渡した。エリックは男の子の服を着て、帽子をかぶった。まさに、美少年そのものである。
「キャー、キャー、みなさん~ちかんですよ~!」
男たちがリオンに迫ってきた。
「な、なにを言うんだキミは!」
リオンは二人にパンツを放った。男たちはそれを受け止めた。
「このチカンの人たち下着ドロボーもやってますよ~」
周りの人たちが振り向いた。
「チカンはしてませんよ。パンツが好きなのは認めますけど」
リオンが男たちに捕まった。
「おい、グラハムの息子はどこに行ったんだ!」
「さーね」
「教えないと痛い目みるぜー!」
そこにマスク男が現れた。
「ウチの生徒になんか用か!」
マスクと帽子をとったその男は水森であった。リオンはビックリした。
「先生!」
「なんだお前は!」
「それはこっちのセリフだわい。三流エロ雑誌のカメラマンが、女子高生を餌食にしやがって!」
「三流エロ雑誌?なに訳わかんねーこと言ってやんでー。じゃますると、ただじゃおかねーぞ!」
男たちが殴りかかってきたが、スルリとかわし、逆に殴り倒した。そしてカメラを奪い、床に叩きつけて、とどめに踏みつぶした。
「わ、なんちゅうことを!」
階段のところでエリックが手を振っていた。
「なんか訳わかんないけど、とりあえず先生に感謝しとくね!」
リオンは走ってその場から去った。
「こら、どこ行くんだリオン!」
リオンとエリックは手をつなぎながらデパートの外に出た。
「今の人たち、エリーの秘密を暴こうとしてたんだね。あぶね、あぶね。」
「プッ、フフフフ。」
エリックが急に笑い出した。
「どうしたの?何かおかしい」
「今日のこと思い出したら、なんか楽しくなちゃって」
「それに…こんな自由に女の子になれたこと、今までなかったもん」
「みんな、みんなリオンのおかげ。ありがとう」
「エリー…」
「リオン。そろそろ学校に戻りましょ」
「リオンは今日もトレーニングがあるんでしょ」
「今日は学校もトレーニングもナッシング!」
「それに、エリーが男の子の服装になったら、なんかデートっぽくなったと思わない」
「デート?」
リオンはエリックの腕に両腕をまわした。
「そうだね。私もリオンとデートしたくなっちゃった」
そのとき、エリックのケータイが鳴った。SPからだった。
「大丈夫よ。あと一時間だけ自由にさせて」
「SPから?」
「あと一時間は自由よ」
突然、エリックがリオンに顔を近づけて、
「僕とデートしてくれる、リオン」
その声は男の子の声だった。リオンはドキッとした。
「ビックリした?」
「もー、おどかさないでよ」
「フフフ」
二人は腕を組んで、いろいろなトコを歩いた。それだけで楽しかった。時間はあっという間に過ぎようとしていた。
「よかった…」
「なにが?」
「リオンと友達になれて」
「そうそう、なんで私と友達になろうと思ったの?」
「それは…多分…私の中に少しだけある、男の子の部分がそうさせたのかも…」
「男の子の…」
「私、アメリカに帰ったら、男の子でガンバッテみようと思う」
「え、どうして?」
「リオンみたいな女の子だったら…男として好きになれるような気がするから…」
エリックの顔がリオンに近づいた、
「あ、ちょっと、エリー…」
急にエリーに男を感じて、胸がドキドキした。
エリックはリオンの頬にキスをした。リオンはてっきり口にされるものだと思っていた。
「今度会うときは、リオンとボクシングができるくらい、たくましい男の子になってたりして」
リオンはエリックがすぐにアメリカに帰ってしまうような気がして、エリックの手をつかんだ。
「心配しないで、すぐに帰りはしないから」
その目はすっかり女の子に戻っていた。しかし、さっき一瞬だけ、エリックは男だったとリオンは確信していた。
黒塗りのベンツが二人の横に停まった。
「お時間です」
「わかりました」
エリックは車に乗り込んだ。
「じゃあ。また明日、学校で」
「うん。また…明日会おうね」
そう言うと、エリックは車に乗り込んだ。車は走り去っていった。
〔次の日・学校〕
リオンは昨日、エリックが行方不明になって大騒ぎになっていたことで、学年主任と担任の島村に怒られていた。水森もそばにいる。
「今度、仮病で学校を抜け出したら、停学ぐらいじゃすまないぞ。わかったか!」
「それに、もしグラハムさんに危害が加わるようなことがあったら、国家的な問題に発展したかもしれないのよ」
水森がリオンに学校を抜け出した理由を問いただした。
「なんで仮病をつかってまで学校を抜け出したんだ?」
「エリーが可哀そうだったから」
「可哀そう?」
「エリーが女の子でいられるのはこの学校の中だけなんだよ」
「偉い議員の息子であるがために、エリーは自分の女の子の部分を殻に閉じ込めて生きてきたんだよ。せめて、昨日だけでも女の子であることを楽しませてあげたかったの」
「そうか。お前、良いことしたな」
「良いことって、水森君!」
「友達を思う気持ちは大切だと、俺は思いますよ。その部分は褒めてもいいんじゃないですか」
「先生…」
学年主任は水森をにらんで、
「君も昨日は無断で午後の授業を放棄したんだからね、それなりの処分があることを覚悟しときたまえよ」
「ひえ~」
そこに校長がきた。
「もうそのくらいでいいでしょう」
「しかし校長…」
「グラハム君も帰ってしまったことだし」
リオンは目を見開いて驚いた。
「帰った?」
「グラハム君は夕べの便でアメリカに帰ったんじゃよ」
「うそだ、そんなことエリーは一言も言ってなかったよ!」
「いや、夕べの帰国は当初の予定どうりなんじゃよ」
「みんなにそれを伝えると、別れが辛くなるから黙っていてほしいと彼から言われていてね…」
「そんな…」
リオンはショックで倒れそうになった。水森はそれに気づき、後ろからリオンを支えた。
「そうそう。グラハム君から倉持君に渡してほしいと、手紙を預かっているんだ」
校長はリオンに手紙を渡した。
〔お昼休み・校舎の屋上〕
リオンはフェンスにもたれて手紙を読んでいた。水森はしりもちをついてノートに何か書いていた。
「手紙、なんて書いてあるんだ?」
「ないしょ」
リオンは空を見上げた。
「先生…」
「なんだ」
「人の運命って、生まれた時から決まっているの?」
「え?厄介な事きくなあ」
「うん…多分決まっているんだと思うな」
「決まってるの。じゃあ変えられないの」
「うん…でも、心は自由だと思んだ。自分が何を考えて、どう生きていこうとね」
「結局…人は決められた運命の中を、一生懸命に飛んでみたり、フワフワと流されているんじゃないかな…」
「そうかもね…」
「お前…グラハムのこと好きだったのか?」
「うん。好きだったよ」
「男としてか。それとも女として?」
「…人として、大好きだったよ。」
「男が女を、女が男を好きになるよりも、人が人を好きになることのほうが、現代人には難しいかもな」
「先生、何を書いてるの?」
「試合のユニフォームだよ」
「この前のデザインのでいいけど…」
「お前が気に入るまで、書き直すさ」
「書き直す…」
「そう。お前が気に入るまで、何度でも書き直せばいいんだから」
「そうだよね。書き直せばいいんだよね。何度だって」
手紙の最後にこう書かれていた。
Your mind and body can fly freely even at any time
(貴女の心も体も、いつでも自由に飛び立つことができるよ)