表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rion  作者: 鷹濱伝機
2/6

『ゴメンナサイでよければ、』

 その夜、ラーメン屋『昇竜』の閉店後、水森はリオンの家の応接間で、リオンの両親と、特に父親と楽しそうに笑っていた


「そうですか。ご主人はプロボクサーだったんですか」

「これでも、日本ランキング2位までいったんですよ。ところが、いよいよタイトルだって矢先に、目をやっちゃいましてねえ」

「それでボクシングを断念したんですか」

 リオンの父は現役時代の無念を思い出していた。

「ボクサーをやめてからも、ボクシングへの未練が、なかなか断ち切れなくてね…」

 水森自身も、そのことには共感するところがあるらしく、

「分かりますよ。その気持ち…」

 水森の、その切ない顔の表情を見たリオンの父は、

「先生も、ボクシングを?」

「え、まあ、少々…」

 リオンが話に割って入り、

「へー。水森先生ってボクサーだったの」

「学生の時、ちょっとな」

「ただの、スケベなテニスコーチかと思ってた」

 水森は飲んでいたお茶をふいた。

「そ、それは君だけの見解かな?」

 リオンはケロッとした顔で、

「みんなそう言ってるよ」

「知らなかった。俺はそういうイメージで見られているのか」

 リオンの父は突然、左の手のひらに、右手でコブシをつくってポンと叩いた。

「みずもり…あ、思い出した!先生は、あの水森拓郎じゃないの」

「学生時代、10年に一人の天才ボクサーといわれた」

「い、いや…」

 水森は困惑していた。

「ホントに、ただのスケベコーチじゃなかったんだ」

「しまいにゃあ、怒るよ」

 リオンの父は、同じボクサーであり、ましてや天才に会えたことが嬉しかったようで、

「まさか今夜、天才水森君に会えるとは思わなかったな」

「母さん、ビールの用意だ!」

 台所のリオンの母に呼びかけた。

「はーい!」

 台所から、透き通ったいい声が返ってきた。

 リオンの父は、水森の過去の輝かしい戦歴を思い出していた。

「あのままボクシングを続けていれば、オリンピックの金メダル、プロになれば世界だって狙える選手だったのに…」、

「なぜか大学卒業と同時に、ボクシング界から消えてしまった」

 リオンが水森にたずねた。

「どうしてやめちゃったの、ボクシング?」

「俺は…ボクサーに…、向いてなかったんだよ」

 水森の寂しげな表情に、リオンと父はそれ以上言及しなかった。リオンが突然思い出したように、

「ところで先生、話ってナニ?」 

 水森も思い出したかのように我にかえった

「そうそう忘れるとこだった」

 水森はソファーのテーブルに両手をついた。

「リオン君のお父さん、お母さん、実は娘さんを私…」

 水森の話が終わらないうちに、リオンの父が叫んだ。

「先生、ちょっと待った!」

「娘はまだ17だ。結婚はまだ早いんじゃないかな…」

 水森はキョトンとした顔で、

「は、けっこん?」

 今度はリオンが叫んだ。

「先生、私と結婚したいの?」

 なんという早合点の親子なんだと思いながら、水森は釈明した。

「今日会ったばかりの君と、結婚したいなんて言うわけないでしょ」

 リオンの父が目を丸くして怒り出した。

「なに!結婚はしないけど、娘をくれっていうのか!」

 今度はリオンの母が口を挟んだ。

「それって、もしかして愛人になれってことじゃないの」

 またまたリオンが叫んだ。

「私、先生の愛人になっちゃうの?」

 リオンの父は、水森の服の襟首を掴んだ。

「先生、私は娘を愛人にするために、17まで手塩に掛けて育てたわけじゃないんだよ」

 さすがの水森も、リオン親子にむかって、

「あなたがたは妄想家族ですか!」

 三人は口をそろえて言った。

「ちがうの?」

「私が言いたいのは、私が顧問をするボクシング部に、リオン君を入部させて頂けませんか。ということなんです。」

 水森はようやく本題を伝えることができた。リオン親子はキョトンとした表情で、

「ボクシング部?」

 リオンは水森にたずねた。

「ウチの学校にそんなのあった?」

「今度新しくできるんだ」

「でも、なんで私がスカウトされるわけ?」

 水森は、先の店内でのゆすり男を撃退した、リオンの軽快なフットワークを思い出していた。

「先程の身のこなし、多少なりともボクシングの心得があるように思えたのでね」

 リオンは、とんでもないといった顔をした。

「心得なんてないよ。あれは子供ころ、父さんの遊び相手をしていて、自然と体で覚えただけだよ」

 父は、現役を引退した頃のことを思い出していた。

「最初はラーメン屋の仕事に身が入らなくてね、子供のリオンにボクシングを教えることで、憂さを晴らしていたんですよ」

「私は父さんの憂さ晴らしの相手だったわけね。」

 水森は、リオンの軽快な身のこなしの理由がわかった。

「子供の頃とはいえ、プロ仕込みか。どおりでサマになってるわけだ」

「どうか、リオン君をボクシング部に入部させて頂けませんでしょうか!」

 水森も話が終わるや否や、リオンの母が口を尖らせて言い切った。

「私はリオンのボクシング部入りに賛成できませんよ」

「お父さんがボクシングを教えたせいで、この子の子供のころのアダ名、何て呼ばれていたか覚えてる『将軍』よ」

 水森は首を傾げて、

「将軍?」

 リオンが母の話を補足した。

「手がつけられない、暴れん坊『将軍。』って意味」

 リオンの母の話がヒートアップした。

「それで、少しは女の子っぽくなってほしくて、お嬢様学校の神聖学園に入れたんですよ。それをまたボクシング部なんて、火に油を注ぐようなもんですよ」

 水森は、今の自分の正直な気持ちを、リオン親子に伝えようとした。

「実は、僕も校長の命令で、ボクシング部の顧問を仕方なく受けたんですけど、女子のボクシング部には気が乗ってなかったんです」

「高校の、クラブ活動の一環とはいえ、ボクシングは人と人が殴りあう過激なスポーツです。それを女の子にさせるのはどうかと思いました」

「でも…」

「でも?」

 リオンの父は水森にたずねた。

「さっきのリオン君の動きを見ていたら、僕の中の血が騒いだんです。忘れかけていたボクサーの血が」

「もう一度、あの四角いリングに、燃える魂を求めてみたくなったんです」

 リオンの父は、水森の体のうちに秘めた、くすぶって燃焼しきれていないボクサー魂を、自分も共感していた。

「わかるよ。わかるよ先生!ボクサーだったら皆その気持ちを、心に秘めているのさ」

 父はリオンの肩を抱いて、

「私はリオンのボクシング部入部に賛成だ!」

「有り難うございます。お父さん!」

 リオンの母が、とんでもないといった表情で怒鳴った。

「何を言ってるんですか。私は絶対反対です!」

 そのとき、リオンの父が小声でぼそぼそっとしゃべりだした

「なんか急に、母さんが欲しがってたバッグ、買ってあげたくなっちゃったな」

 リオンの母は、尖らせていた口を元にもどし、

「私も賛成です」

 と言い、コロッと意見を変えた。

「あのみなさん。大いに盛り上がってるのは結構なんですけど、当事者は私なんですよ、私。」

 リオンは、自分の意志を無視して、話が進んでいるのを制した。

「そうだよね。まだ君から確認をとってなかったね」

 リオンは、正直に自分の気持ちを水森に伝えた。

「ボクシング見るのは嫌いじゃないけど、自分がリングに上がるとなると、話は別だよ」

「今まで、殴ったことはあっても、殴られたことはないからね。やっぱり怖いし」

 水森は、やはり無理なんだと半ば諦めた。

「ダメ…かな。やっぱり」

 リオンは、すました顔で話しを続けた。

「それに私、あきっぽいから…その時はゴメンナサイでよければ、」


「入部してあげるよ。先生」

 リオンはニコッと笑ってみせた。笑顔の可愛い子だと改めて認識した。


「ありがとう、リオン君」

 

 その夜、水森はリオンの父と、夜通し酒を酌み交わした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ