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魔王討伐のあらまし

 教えてくれよ、なあ。こうやって実の子を奪われたとき、親はドウ嘆くのかをさ?


『やめろ! その子だけには手を出すな!』


 手を出すな? おいおい、あんたほどの人格者が、娘ごときを心配するとはな。俺がなぜこの世界に召喚されて、どうしてここにいるのか分かって言ってんの?


『承知しておる。しかしわれらの争いに無関係のはずだ、いますぐ離せ』


 そりゃあ、ムリな注文だな。


『何故だ?』


 何故って、あんたを苦しめるにはこれがいちばん楽だからよ。


『卑劣なやつめ……』


 卑劣? そんなこと俺の知ったこっちゃないね。俺はここまで卑怯の一点張りで通してきたんだから、これからも俺のやり方は枉げねえよ。大体人の命をさんざん葬ってきたアンタが、今更娘がどうだの、卑怯がどうだのって、そんなことを言う権利があんのかい。


 そんな女々しいことは言わないでさ、ひと思いに叫んでみなよ。


 娘ごときはくれてやるってさ。


『下郎め……』


 ははっ。あんたはそりゃあ、歴代のあんたたちとはすこし違うかもしれん。だが、やっていることはあまり大差はねえ。俺たちにも無論責任はないとは言わない。あんたらを迫害して排除しようとしたのは俺たちだからな。しかしいけねえよな、人殺しは。


『なにが望みだ?』


 第一に、魔族どもの撤退。

 第二に、俺のもとに降れ。そうすりゃあ、この娘だけでも助けるよう、うちの大将に口を聞いてやってもいい。


『それだけか?』


 おいおい、早まるんじゃねえよ。

 この娘がどうなってもいいのかい?

 なめらかな太ももといい、そそるような乳房といい、このキレイな顔といい……。


『この下郎め! はよう娘を離せ! 貴様、これ以上娘にみだらなマネをしてみろ、この魔王が手ずから――』


 おっと、滑っちまった。案外このナイフって切れ味がいいんだな。しかし安心しなよ、お父さま。首のあたりがちょっと切れただけさ。ほーら、血だってちょっぴりしか出てないだろう。しかし、あんたの娘はほんと上玉だなぁ……。そのうえ、身体なんか震わせちまってよ、いちおう魔族の気高き姫なんじゃねえのか? 俺ごときに誘拐されてブルっちまうようじゃ、大幹部の四人を率いるにはちと不安心だな。


『娘は、ワシとおなじ道を歩まん!』


 ならば世継ぎはどうするんだい?

 まさかあんたらの系譜をここで終わらせるっていうわけじゃないんだろうな?

 もしそうなりゃあ、じつにザンネンだ。

 あんたの選択ひとつでこっちにも出方があったんだがな……。なにせ、俺はこの娘さんを気に入っちまったんだからよ。ほーら、ナイフを当てらているのに、感じてやがるぜ?


『やめいと言うに!』


 はは、子煩悩なやつだ。ならば第三だ。


『言え……』


 この城にあるありったけの財宝を俺によこせ。

 ただし、金のないものを積むんじゃねえよ。そのときは……。


『クロエ!』


 おっと、安心しな。俺もそこまで鬼じゃねえよ。

 女はここに置いてゆくし、あんたらが投降したあとも、死刑一等をまぬがれるよう便宜を図ってやる。この娘を俺にくれると言うんなら、話は別だが……。


『誰が貴様なんぞに!』


 そうか。

 そうなると、俺の要件を飲むということだな。


『この鬼畜め。貴様には人の情があるのか?』


 あるさ。

 なかったらこんなことはしなかったさ。

 考えてみろよ、あんたらが使役するケモノどもにこんな芸当ができると思うかい? 肉を食い破ることしか能にないあのケダモノどもに、魔王の娘を誘拐してそのうえ脅すという芸が考えつくと思うかい?

 俺は十分理解しているのさ、骨肉の情ってやつをさ……。

 さあ魔王よ、掌中の珠を奪われた気分はどうだい?

 心の底から震えちまうだろう。

 このきれいな喉首をナイフで切りさいて、どくどくと血を流すんだ。あんぐりと開いた傷口にさ、俺の指をずるりと滑りこませ、貝殻みたいなかわいいのど仏を……。


『この悪魔め! 貴様はそれでも――』


 なんだよ、魔王さま?


『貴様はそれでも、勇者なのか!?』




「――――はっ!?」


 とっさに身を起こした俺は、部屋のベッドのうえで汗まみれになった自分を発見した。

 また、いやな夢を……。

 とりあえず落ちつこうと、シンクの前に立った俺は、コップ一杯の水を急いで飲んだ。


「ふう……」


 ここ最近、おなじ夢ばかりを見るようになった。

 目覚めたあとも、内容ははっきり覚えているし、夢の鮮明度が高いときには、俺が抱いている女体の感触も残っている。


「クロエ……」


 魔王はそう叫んでいた。

 それがきっと娘の名なのだろう……。

 そのクロエと呼ばれたうつくしい女性の首に俺はナイフを当てていた。その手ごたえはいまも鮮やかに残っている。手によく馴染んだグリップの形、よく研がれた白銀の刃、女ののど元を伝う鮮烈な色……。


「はあ」


 俺は六畳一間のアパートでひとり暮らしをする高校生だった。

 おやじたちは山口の田舎で、まだ中学生の娘といっしょに暮らしている。

つまり、俺の妹と三人暮らしをしている訳だが、俺がもし妹を拉致されて脅された場合のことを考えると、魔王のあの取り乱した態度を頭から批判することはできなかった。魔族を率いる王でありながら娘ひとりをダシにされて脅迫に屈するということはたしかに非難に値するかもしれねえ。だが、俺がそれを批判しちまえば、人の命を粗末にすることを暗に肯定することになっちまう。それも、血をつながった肉親の命を――。


 くそ、むなくそ悪い。

 俺は飲み干したコップを流しに置き、シーツの乱れたベッドのうえにひっくり返った。

 まだ六月がはじまったばかりというのに、その日はたまらなく暑かった。

 あんなクソいまいましい夢を見たのも、もしかしたら季節はずれの暑さのためかもしれない。


 あるいは……。


「……サイアクだ」


 天井のなにもないあたりを見つめていた俺は、ぼんやりとそう呟いて、やけに冴えてきた午前二時のひとみをゆっくりと閉ざした。まぶたのうらには俺が駆け抜けてきた戦場の日々、勇者としてすごしてきた二年間、そしてどうしようもない幕引きとなったあの忌まわしい終劇が掠めていった。


 高校生になるまえ、俺こと村井涼也は勇者だった。

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