当面の住処
しばらくはこの民宿に滞在させてもらえることになったため、その準備で午前一杯は忙しかった。
コビーさんが客室の準備をしている間、その恰好で出歩くのはさすがに…ということで、シャロンさんが服を何着か貸してくれることになった。
今更ではあるが、私の恰好はTシャツにハーフパンツという、完全なる部屋着だった。
しかも、Tシャツは学生時代にクラスで作ったネタTという完璧具合。
もうちょっとまともな恰好をしておけばよかったとも思ったが、まさか異世界に飛ばされるのを危惧して毎日おしゃれなネグリジェを着るわけにもいかないので、仕方ない。
部屋着は楽さを重視するタイプなのだ。
飲み会帰りということもあり、ちゃんと上下とも服を着ていただけでもよかったことにしよう。
(余談だが、パンイチでお布団にくるまって眠ると、とても気持ちが良い)
「娘のお下がりで申し訳ないけど…でも役に立ってよかったわ。何でも取って置くものねえ。」
シャロンさんはなんだか嬉しそうだ。
娘さんは、既に結婚して家を出ているらしい。
この街の中で暮らしてはいるそうだが、会う機会もそこまで多くないようなので、寂しい思いをしているのかもしれない。
サイズの確認も兼ねて、さっそく一着着せてもらった。
民族衣装のように見えたので、着方が複雑だったらどうしようと思ったが、普通に頭からかぶった後に腰ひもを結ぶだけだったので安心した。
これなら、一人でも脱ぎ着できるだろう。
サイズも多少であれば腰ひもで調整できるため、問題なさそうだ。
デザインも、スイスの民族衣装みたいなワンピースで、とても可愛い。
元の世界では、カットソーにジーンズというシンプルな格好が多かったので、気恥ずかしいぐらいだ。
年甲斐もないんじゃないかとも思ったが、シャロンさんも同じような服を着ていることから、こちらの世界では問題ないのだろう、ということにした。
郷に入っては郷に従え、だ。
同様のデザインの普段着と靴下を数枚、パジャマのようなものも2着貸してもらえた。
パジャマはタオル生地が柔らかくて着心地がよさそうだ。嬉しい。
「タオルや洗面用品、下着なんかは、魔法協会に行った帰りに買って帰ってこればいいわ。
そういえば、現金がないと不便よね。あとで少し貸しましょう。」
シャロンさんは言った。
現金を借りるのは本当に申し訳ないが、背に腹は代えられない。
ありがとうございます、絶対にすぐ返しますとお礼を言った。
「うんうん、そっちのほうが年頃の娘らしくて良いじゃないか。」
着替えを終えて部屋を出ると、ちょうどコビーさんが客室の準備を終えて呼びに来たところだった。
そんな歳じゃないですよ、と言いつつ、少し嬉しかったりもする。
準備してもらった部屋は、だいたい4畳半ぐらいで、ベッドと箪笥、あとは小さな机と椅子が置かれていた。
風呂・トイレはついていないが、ビジネスホテルとだいたい同じような印象だ。
箪笥を開けて、借りた服を吊るす。そんなに量は多くないので、全部ハンガーに吊るすことができた。
この辺りの文化は元の世界と共通のようで助かる。
着ていたTシャツとハーフパンツは、きちんと畳んで引き出しにしまった。
元の世界から持って来れた唯一のものだ。
みすぼらしい装備だし、しばらくは着ることはないかもしれないけれど、帰れる時が来るまで大事に取って置こう。
部屋ですることも特にないので、食堂に戻って細かい説明を受ける。
民宿のシステムとしては、朝夕2食付き、不要なら事前に連絡すること。
風呂・トイレ・洗面所は共同で、風呂は朝8時から夕方6時までは使用不可。
洗濯は、朝のうちに指定の場所に出しておけば、シャロンさんがまとめてやってくれる。
価格は、1泊300リルだが、1週間だと長期滞在割引がついて1500リル。
本来は前払いだが、今回は特別に支払いを待ってくれるとのこと。
また、現金が全くないのは大変なので、ひとまず1000リルを貸してもらえることになった。
リルというのはこの世界の通貨で、だいたい1リル=10円ぐらいのようだ。
朝夕付きで3000円相当ということで、サービスを考えるとかなり安い印象だ。
ゲームでは、周辺の魔物が強い街は宿代が高すぎて不満だったが、ここはそうでもないらしい。
街の中で衣食住が揃えられるということなので、流通コストが安いのが原因かもしれないな。
現金がないと何かと困るので、紹介予定の雇い先には、日払いでお給料がもらえるように交渉してくれるらしい。
給料は店に聞いてみないとわからないが、1日で500リルはもらえるだろうとのこと。
本当に、何から何まで助かります。。。
このご恩は必ず返すぞと、固く心に誓う私であった。
というわけで、元に戻る方法も、この世界に来た意味も全く分からないまま、当面の住処と職が決まりそうです。
2020/12/24 編集しました。