シチューと情報収集
気を取り直して。
すぐ家に帰れるものではないと観念した私は、ひとまずシャロンさんの誘いに乗って一緒に朝食を食べることにした。腹が減っては戦はできない。
シャロンさんに促されるまま食卓につくとすぐに、目の前にシチューの皿が置かれた。
この家に合う、木製の深皿だ。美味しそうな湯気がたっている。
二日酔いはすっかり吹っ飛んでしまったが、飲み会明けの胃にはピッタリだ。
見た目は元の世界のクリームシチューとそう変わらないが、入っている野菜の中には見たことがないものも混じっている。
見知らぬ場所で、見知らぬ人の差し出す料理を食べることには抵抗があったが、今回は腹を決めるしかない。
私に危害を加えるつもりがあれば、寝ている間にいくらでもできたはずだ。このタイミングで毒を盛るのは非効率的すぎる。
念のため、シャロンさんが同じ鍋から盛ったシチューを食べることを確認してから、自分もシチューを口に運ぶ。
一口食べて、その温かさにほっとする。毒も入っていないようだ。
あまり自覚はなかったが、いきなりの事態に緊張していたのだろう、体の強張りが溶けるのを感じる。
味もめちゃくちゃ美味しかったので、一気に一皿を平らげてしまった。
自分でも本当に吃驚したのだけれど、気づけば目から涙がこぼれ落ちそうになっていた。
慌ててこらえて、笑顔でシャロンさんに美味しいですと言った。本当に美味しかったから。
シャロンさんはにっこりと笑って、おかわりを注いでくれた。
おかげで、シャロンさんが鍋のほうを向いている間に、こっそり涙を拭うことが出来た。
たぶん見ないふりをしてくれたんだろうな。
そんな優しさを見せられたら、コロッと信用してしまいそうになるじゃないか。
引き続き、食事をしながらこの世界についての情報収集を続ける。
シャロンさんには、壁に囲まれた街は見たことがないので、この街の外から来たのだと思うということだけ伝えておいた。そして、どうやって来たかどうかはわからないと。
嘘は言っていない。
その上で、この街についてもう少し詳しく聞いてみた。
以下、シャロンさんの話まとめ。
このエンゾという街は、近くにドラゴンの生息地があることから、ドラゴン討伐の拠点として栄えた集落を元として、ドラゴンの挙動を監視する目的で国が周囲の壁や結界を整備し、レベルの低い人間でも街の中で生活できる環境を整えている。
また、ドラゴンの影響か、この世界の中でも特に魔物が強い地域となっているため、経験値や素材目当てに冒険者が集まる街としても栄えているらしい。
ドラゴンの動向というのはこの世界では非常に重要らしく、この街には各国と連絡を取るための大使館や大きな研究所があり、外国人も少なくない。
大使館や研究所の人間も、この街が出来た当時はある程度高レベルの人間が外部からやってきたようだが、その人たちがこの街の中で子を成し、子孫がその跡を継いでいることが多く、低レベルの人間も少なくないようだ。
なので、シャロンさんは私のことをそのうちの一人だと思ったらしい。
つまり、この街にいる低レベルの人間は、全員この街で生まれた人間ということになる。
外部から来た人間でレベルが低い人は見たことがない、というのがシャロンさんの主張である。
質の良い武器・防具が必要とされる土地柄から、腕のいい職人が多く、その弟子入りをするためにわざわざ他所でレベルを上げてこの街にやってくる人もいるらしい。
「この街に来るためだけにわざわざ魔物と闘ってレベルを上げるなんて、相当な覚悟よねえ。」
シャロンさんは感心したように頷く。
理屈はよくわからないが、人間相手では経験値を得ることは出来ず、レベルを上げるには魔物と戦わないといけないらしい。わざわざ自分のレベルにあった魔物を探して倒すのは骨が折れる作業のようだ。
この街のように、低レベルでは太刀打ちできないレベルの魔物に囲まれている街では、住民はレベル1のまま生涯を終えるものらしい。
どうにか街の中でレベルを上げてこの街を出られないかと考えていたのだが、レベル1の相手になるようなモンスターはいないようだ。残念ながらこの案は却下。
冒険者というのは、周辺モンスターのレベルが低い地域に生まれた人のみ選べる道ということか。
RPGってやっぱり都合良く出来てるんだな、と改めて思ったりした。
2020/12/05 編集しました。