血の香り(妙な少年)
第三部の続きとなっています。
ようするにビオラ、ウォーキンス視点です。
ビオラはそのまま中へと突入する。
眼に映るのは吹き飛んだ扉の破片。そして余波を受け、動揺している敵。
その中に彼女は見た。動揺した様子を欠片も見せずしっかりと自らの足で立っている人物を。
自らの種族の怨敵の姿を。
「あーあ。この魔法道具高かったのにぃー」
その瞬間。
ビオラはもはや何も考えなかった。
体内の魔力をすぐさま集め、手に持った剣に注ぎ込んだ。
起動する魔法陣の光。その顔や服装の細かいところまではわからなかったがその声を聞き間違えるわけはない。
「もう、魔力残ってないのにぃー」
絶対に逃さない。
固い意思を持って彼女はその手に持った剣を振るう。
「さあ、我が剣に宿りて荒れ狂え、“ストームエッジゲイル”!」
残った魔力を全て乗せた一撃。
並みのモンスターであれば両断されるであろうが攻撃がその人物を襲う。
炸裂音。
まさしく嵐のような斬撃がビオラの目の前を吹き荒れた。
「嫌ねぇー。こんな品のない攻撃」
しかしその人物は余裕だった。周りの魔法使いとおぼしき人物は全て防御魔法を剥がされ吹き飛ばされているというのにだ。
「…破魔まで付与してるしぃー。面倒だからぁーわたしぃー帰るぅー」
バチバチ、と火花を散らす自らの防御魔法に危険を感じたのかその人物はあっさりと逃げることを選択した。
「くそッ!」
逃すものかとビオラも魔法の威力を上げる。
風はさらに強くなりその他の魔法使いたちはすでに壁に叩きつけられ、風の刃に身を裂かれて絶命していた。
「じゃあねぇ〜、無駄な努力ご苦労様ぁ〜」
その人物が指にはめていた指輪の宝石を割る。
するとその人物は光に包まれその場から煙のように姿を消した。
そして、その人物を守っていた防御魔法も消え去りビオラの一撃は無為に床を撃つ。
「…逃げられた、か」
ぽつりとだが悔しげに呟くビオラ。
その人物を逃したのは大きな痛手だったが元々その人物と戦う予定は無かったのだ。
その状態で討ち果たすのにはかなり無理があったのだが、それでも胸中は悔しさでいっぱいである。
「くそッ!」
自らの剣にまとわりつく魔力の残響を剣を振ることで吹き飛ばした。
荒い息をゆっくりと収め辺りを見回す。どうやら先の一撃で残りの魔法使いも絶命したようだった。
剣を鞘へとしまい床に書き込まれていた魔法陣を見る。
「…これなら使い物になるまい」
三分の一に裂傷の入った魔法陣。
専門家でなくてもわかるほど破壊されていた。
だがよほどの魔力を注ぎ込んだのだろう、破壊されたにも関わらず未だ魔法陣からは魔力が光へと姿を変えて漏れ出していた。
これならもう使えないだろう。
もうここに用はない、とビオラが自ら破壊した扉から出ようとした時だった。
突然、なんの前触れもなく。
しゅばっ、と軽い音を立てて後ろが、爆ぜた。
何事かとビオラが振り返ればそこには、全身黒ずくめの少年が立っていた。
距離があるのと月が雲に隠れているためにその顔は見えない。ただ、身長からするとまだ、幼さを残しているのではないだろうか?
(が、しかしいきなり現れたということはあいつ、帝国の人間か?)
関係ない者がやってきたのであればこのタイミングではないだろう、とビオラは思った。
先ほどまで戦闘が行われあれだけ周囲の魔力を乱したのだ。転移する先としてはあまりよろしい場所とは思えない。
現れたのがあいつの逃げたすぐ後だ。
おそらくあの少年は帝国の特殊部隊の者なのだろう、とビオラは判断した。
破壊の後を見聞する少年にビオラはその考えは間違っていないと確信する。
「そこのおまえ!」
◆◇◆◇◆◇
(なんなんだ?この少年は?)
ビオラは少し混乱していた。判断力は優れているものの度胸がない。度胸があるかと思えば技術がない。技術があるかと思えば攻撃が軽い。
何もかもが中途半端で運だけでビオラから逃げ続ける少年。彼は目の前で涙を流しながら包丁を構えている。
負ける気はしない。おそらく倒すことは容易いだろう。だが、まるで戦闘経験もないのに突如としてここに放り込まれたような反応を見せる少年にビオラは少しやり辛さを感じていた。
「そっちこそなんかないのか?」
言い残すことは、と尋ねてこう返す。余裕があるように見えなくもないが……
(何か違う。無理やり恐怖を押し込めているような……いや、特殊部隊の者がそんなことが……)
後ろからの攻撃に対応して見せた点も特殊部隊の者であるというビオラの推測を後押しする。
(しまった!?)
考えを巡らせていた隙をつき少年が突進する。
咄嗟に剣を横へと振る。
しかし少年はビオラの油断を嘲笑うかのようにその刃を避けた。
(くっ!?)
間髪入れずに少年の肘が腹部へと突き刺さる。鎧を着ているおかげでダメージはなく、押されるように後ろへ下がることで衝撃も逃す。
「はぁっ!」
少年はそのまま手に持った刃物を突き出してくる。後ろに下がることでビオラはギリギリ避けるができた。
(くっ!)
そのまま左手を少年に向け“エアブリット”の準備をする。
しかしそれを察知した少年の左手に持った鍋の蓋に腕の向きを変えられてしまっう。
“エアブリット”は少年を逸れて地面を穿った。炸裂音に少年の注意が削がれる。
(流石に消耗しているな…あの程度に手こずるなど…)
包丁の刃先を向けながら後ろへと下がる少年。その目はしっかりと剣を見定めていた。
(甘い、な)
剣を軽く動かし少年の注意を引くとビオラは少年の腹に思い切り蹴りを放った。
金属製のブーツが少年の腹に突き刺さった。しかし手ごたえがない。
そして少年はあっさりと吹き飛んだ。つまり踏ん張ることもなく自重すら軽かった、と言うことだ。
(やはり戦い慣れていないな。……やり辛い)
だがビオラは手加減はしない。
吹き飛んだ少年に対してその剣を振り下ろす。
「ぃぃいっ!?」
叫びを上げ少年は地面を転がる。切り砕いた地面から欠片が飛んだ。ただ転がるだけでなくそのまま立ち上がる少年。
その顔は恐怖に歪んでいた。戦ったことのない忠人にとって当然といえば当然な反応なのだが。
そんなことは知らないビオラは剣を構えて少年へと詰め寄る。
少年はジリジリと壁際へ下がっていく。その目は恐怖にこそ染まっていたものの上下左右へと動き逆転の一手を探していた。
◆◇◆◇◆◇
目の前で血を噴き出し倒れる少年。
ビオラが魔法で生み出した空気の槍が溶けるように消える。
(妙なやつだったな)
その場にあったものであそこまで自らに有利に展開させる発想力。そして恐怖を無理やりねじ伏せる胆力。
かなりの才能の持ち主でありそこだけ取れば隠密や斥候にその身を置いていると判断できるのだが。
実際は剣を見て怯え、最初は逃げの一手だったところ。そして訓練を受けたにしては微妙な身体能力。魔法を一切使わない点。最後にあまりに若いその年齢。
こんな勇者召喚に関する事に関わるにはまだ早い。
そしてあの甘さ。
『……なかったことにできないか?』
戦っていた相手にかけるにはあまりにふざけた言葉。
しかし本人は至って真剣で。
まるで戦いを知らない人間が巻き込まれたような。
あまりに歪なその存在にビオラは何か歯に物が挟まったような気分だった。
「……アスターのところへ行こう」
妙な思考を血の香りの所為だと押しのけて。剣を拾い上げるとビオラは仲間の元へと戻るのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
それでは少々下にスクロールいただいてですねぇ……あの評価やらなにやらの方を……あ、ダメですかそうですか。




