ちからつきました。(片鱗)
5話目更新!
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忠人の自信ありげな笑みと危険な発言に甲冑の人物は片足だけだか確かに後ろに下がった。
その一瞬の動揺と後退を見定めた忠人は左手に握った「あるもの」を相手に全力で投げる。
「こんなもので!」
しかしそれは空中であっさりと剣に斬り裂かれる。斬り裂かれたもの、それは茶色い粉末が納められた小ビンだった。勿論忠人が厨房からくすねてきた調味料のうちの一つである。斬り裂かれたことによって中に入っていた茶色い粉末が外に飛び散り、広がる。
「ゲホッ!ゴホッ!ゴホッ!」
粉末を吸ってしまった甲冑の人物は急に咳き込みだす。その調味料の名前は「胡椒」。吸引すると鼻や喉の粘膜に刺激を与え咳を誘発する香辛料だ。忠人はこれを投げつけ隙を作るためこれを厨房から盗み取ったのだ。
(上手くいった!避けられたらどうしようかと思ったけど!)
忠人はポケットからハンカチを引き抜き口と鼻を抑えると襲撃者との距離を詰める。あと数歩のところで息を止め、ハンカチを手放す。目が沁みるのを堪え相手の背中側に回り相手の腰に手をやる。
(腰にサブウェポンつけてるはずだ!……多分)
忠人の願いをふんだんに込めた予測は当たり、甲冑の人物の腰には一本ナイフが提げられていた。忠人はそれを引き抜き、奪うと右足で相手を蹴り飛ばす。胡椒で咳き込みバランスも何も無くなっている襲撃者は簡単に倒れる。
(貰ったッ!)
相手の足を踏みつけ飛びかかる。ナイフは邪魔になるので口に咥える。膝で足を抑え右手で相手の腕をあらぬ方向に曲げ剣を無理やり手離させる。相手の剣を拾い上げると忠人はこう思う。
(剣奪い取るなら最初からナイフ取る必要なかったな)
命の危機を脱し、緊張が緩みそうになるを無理矢理引き締める。ここまでの怒涛の展開に正直心も体も付いて行けていなかった忠人はなんとも言えない感情に包まれ一筋、涙を流した。
「……さて、なぜ俺を襲ったのか理由を聞かせて貰おうか。こちとら何が起きてるのかさっぱりで気が立ってんだ。答えてくれるよな?」
泣いたことで揺れた感情を叩き直し、できるだけ冷徹に聞こえるように忠人は言葉を紡ぐ。
「……私は負けたのか?」
「俺に聞くなよ」
そう言うと忠人は剣を相手の首の近くに突き刺す。左手に持っていたナイフは右に持ち替える。
(……待てよ?今こいつなんて言った?……いやいや無い無い!流石にそれは無い!でも、こいつ声高いし……。いや、まさかな……)
忠人は思い至ったある可能性をそのまま口に乗せた。
「あんた……もしかして、女か?」
「そうだが?」
「……」
女性に追い詰められてあの世行きのチケットを渡されかけたことにヘコむ忠人。
(女か……。女に殺されかけたのか……。なんか男としての誇りとかなんかそんな感じの何かが壊れそうだ……。そもそも女性に手を出したらダメってばーちゃん言ってたな。でも、解放したらマッハで殺られるだろうし……。どうしよう)
忠人にとって仕事で忙しかった親に代わり面倒を見てくれた祖父母の教えはかなり重要である。その教えに逆らうというのはかなり抵抗を感じる行為だった。
「それで私をどうするのだ?」
忠人が考えをまとめる前に甲冑の人物は言葉を続けた。
「殺すのならさっさと殺したらどうだ?」
「……」
忠人は口を開かない。否、開くことができなかった。他人の命を自分が握ったことなどないのだ。何が正解なのか全く判断できなかった。
(殺す?そんなことできるわけない。でもこのまま放置もできない。約束して守ってくれるか?無理だよな。骨折れば動けないか?反撃されるよな。どうすりゃいいんだよ……)
忠人は悩んだ。殺してしまうのが生き延びるためにはかなり最適解に近い答えなのだろう。しかしあっさり生き延びるためだからと命を奪う決心もできない。
「……聞きたいことがある」
「なんだ?」
「なんで俺を殺そうとしたんだ?」
忠人が出した答え。それは逃げることだった。人を殺すのか、その問いから逃げるため質問をする。実際自分が何故殺されそうになったのかは気になっていた。しかしそのことを考えることで、人を殺すかどうかということから忠人は逃げ出した。
「なぜそんなことを聞く?」
「……いいから答えろよ」
図書館に本を借りに行ったらいつの間にかここにいました、とは流石に言えなかった。信じてもらえるわけないからだ。
「わたしの部隊はもうほぼ壊滅状態だ。追撃されるわけにはいかない。だから生き延びて他と合流されては困るのだ」
「なるほど、ね」
ふっ、と息を吐くと理解したという顔をする忠人。
(この人は一体何言ってんだ?部隊が壊滅状態?戦争してるってこと?いや、いまどき戦争に剣とかあり得ないし)
状況は相変わらず掴めていなかった。しかしいつまでもここにいることはできない。なぜなら少なくとも他に一人敵に回りかねない人物がいることがわかったからだ。
「一応聞いておくがここがどこかわかっているか?」
「帝国第四研究所だろう?何を今更」
(やべえ。ますますわけわからん。帝国って。ゲームかよ)
忠人はもはや叫び出したい衝動に駆られていた。気が付いたら知らない場所で覚えのない理由で殺されそうになりその知らない場所は帝国とか言う時代遅れな場所だと言う。正直どうにもしようがなかった。しかも人の命を奪わなければならないという問題も残っている。
「……なかったことにできないか?」
「は?」
唐突な忠人の言葉に女性は呆れたような声を上げる。
「俺とあんたが出会ってからの一連の流れをなかったことにしたいんだが」
「何を言っている?」
意味不明、理解不能、そんな声が聞こえてきそうだなと忠人は思った。
「だからさ、俺とあんたは出会わなかったってことでお互いに見逃すんだよ。もちろん俺は他の人にあんたの部隊のことは言わない」
「おまえになんの利点があるのだ」
この交渉の忠人の利点。それは相手を殺さずに済むことだった。相手を殺したくがないゆえのこの提案。忠人は悪くないと思っていた。口に出すと同時にその思いはより強くなる。
「代わりにこのナイフと剣は貰ってく。俺、武器持ってないから」
「……そうか。良いだろう」
女性はその提案を肯定する。それを聞き忠人はホッと安堵した。これで殺さずにすむ。先行きは全く見えないがそれでも今、この場はなんとかなったのだ。だがそんなことがそのまま通る程この世界は甘くない。
「“エア・スピア”」
背後からそんな声が聞こえて。
次の瞬間に忠人の腹部を熱が襲った。
「ぇ……」
へそのあたりから赤い液体が流れ出す。
そして体の内側から何かが引き抜かれるような感覚。
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
叫ぶ。
忠人の脳を秩序の無い思考が支配する。
(刺された?痛い!どうして?約束は?どうして?なんで?約束は?痛い!なんで?熱い!どうして?なんで?痛い!なんで?どうして?あれ?なんか……意識が………遠……く?…………………水の……音が聞こえる……)
その事実に気づいた瞬間、忠人の体が崩れ落ちた。
血が水溜りのように広がる。
地面が赤く塗り潰される。
(血が……流れ出て……ええと……?人間は……10%水分を……失ったら……確実に……死ぬんだっけ?……あれ?……もしかして………俺……死ぬ?)
朦朧とする意識。感じるのは体が先から冷えていく感覚。死に、急速に近づく忠人にまともな思考はない。
(……何が「死ぬもの……かよ」だ。……情けな……い。父さ……母……爺ちゃ……婆……ゴメン………俺もうダメ……だ。助か……るには……傷を塞……いで……血を……足さなきゃ……無理だ……)
触覚と嗅覚、聴覚は完全に途切れ視覚もほぼゼロ。そんな中まだ、意味のあることを考えられる忠人はかなり優秀だと言えるが、そんなことは今は役に立たなかった。
(塞いで……補填……それさえできれば……ああ爺ちゃん……今日は……帰り……遅くなる……傷を……塞ぐ……婆ちゃん……弁当…………ありがとう……血を……………増やす………)
ついに走馬灯が混ざり思考も消失し始めた。そして忠人が感じる世界全てが闇に包まれようとした最後の瞬間、忠人はこう思った。
(ああ、もっと生きたかった。この傷さえ塞げればーー)
ーーまだ、生きていられるのにな。
……。
………。
…………生命機能の低下を確認。第六領域への接続を開始……。
……忠人さんがアップを始めました。
次回はビオラ視点の過去話の続きになる予定です。




