単独戦闘と“オーバーアクセル”
……おかしいな。そろそろエルフの里に入る予定だったのに。
「……つあーー」
頭痛に苛まれながら忠人が目を覚ますとちょうど地平線から太陽が姿を現すところだった。
「……寝た気がしない」
大いなる根源から戻ってきてこの時間なのかそれとも少しは眠れたのか。その判断はつかないがとりあえず眠った気はしなかった。
「起きたか少年」
「……アスターさん。おはようございます」
「酷い顔だ。何か悪い夢でも見たか?」
アルケーとの出会いを悪いもの、とは思えなかった忠人は少しは眉尻を下げると、
「ん、どうでしょう?微妙な夢ではありましたが、悪いというほどでもなかったんですよねー」
「夜中に魘されていたからな。何か変な夢でも見たのかと」
おそらく、“オーバーアクセル”を無理やり覚えさせられたときのことだろう。それに夜中ということは一応眠ることはできたのか。
忠人はぼんやりとそう思うととりあえず顔を洗うことにした。
「……川って向こうでしたっけ?」
「ああ、洗顔か?」
「はいー」
「……きちんと目を覚まして来い」
ぬーとかむーとかうなりながらのそのそ歩いていく忠人を見て、なんだかあいつ転びそうだなとアスターは思った。
「……転ぶなよ」
その呟きは忠人には届かなかったが。
エルフは森の中に住まう種族である。そんなファンタジーの常識はこの世界でも通用する。
理由はいくつかあるがその中でも大きいのがエルフが魔力量の多い森を好むという点だ。もっと言えば魔力量の多い森に生える植物類が肌や舌に合う、ということらしい。
エルフからそれらの植物類を取り上げるのは日本人から米を取り上げるのと同義である。
だが、漂う魔力量があれば少なからず魔物が存在する。そしてエルフの好む場所には魔力量が多い。
「つまり、それだけ魔物に出会う確率が高いということですね実感しました」
そんな言葉を漏らす忠人の右手にはナイフ。刺された日からずっと手元にあるそれを構えながら忠人はじっくりとそいつを観察していた。
「あれは……“ブラウンボア”だったかな……?」
一言で言うなら茶色い猪。名前のままのその魔物は忠人に自身の牙を向けていた。
「つか、顔を洗うだけで命懸けとかなにこの魔境。家に帰りたい」
ビオラとの訓練とは違う嘘の無い殺気。手加減なんて微塵も無い弱肉強食の世界の住人が放つ本気に忠人は半分くらい目が死んでいた。
そもそも忠人は自分が生き物を殺せるかすらわからないのである。殺したことのある生き物で最大の大きさがトンボである。それもうっかりで殺してしまったトンボだ。
「ゾンビの方がやりやすかったよなあ。既に死んでたし」
そんな忠人のぼやきなど知ったことかとブラウンボアはその牙を忠人に突き立てんと走り出した。
対する忠人は“輝眼”を使用すると自然に横へ体を移す。
「この眼やっぱすげえなぁ」
何時もの夜梨忠人では見えなかったであろうブラウンボアの突進も“輝眼”を持ってすれば容易く見える。
ゆっくりと、しかし確実にブラウンボアの牙を躱し忠人はその背にナイフを投げた。
赤い液体が飛び散る。
突き立ったナイフにブラウンボアは身をよじらせ苦しむ。
「俺の腕力でも強化かければ刺さるのか」
無表情で忠人は腕を後ろに大きく振る。すると、何かに引っ張られるようにブラウンボアに刺さっていたナイフが抜けた。
「“ストリング”、ってね」
自身へと向かうナイフをギリギリで地面に落とし拾い上げる。
第六領域魔法“ストリング”。指から魔力で構成された糸を精製し対象物に接着する魔法。展開している間は常に魔力を消費し、糸を延長するほどその消費量は増える。更に視界から離れると糸は消滅する。
「相変わらず使いにくい魔法ばかりだよな」
拾い上げたナイフを再度構えブラウンボアを見つめる。
ブラウンボアは自身を傷つけられたことに怒ったのか地面を蹄で掻いていた。
「まあ、ここらで戦闘をやらなきゃならなかったんだ。これから生き延びるために。気乗りはしなくても、やりたくなくても、この世にはやらなきゃならんことがある」
ーーだから、来いよ、イノシシ。
魔物が意味など理解しているはずもないがとにかくその言葉がきっかけになってブラウンボアは忠人へ再び突進した。
更に自身の両脇から土出きた弾丸を生み出す。
「弾道の見えた弾なんて」
かなりの速度で精製され発射された土の弾丸だったが瞳を金に染めた忠人には通用しない。
踊るように土の弾丸を躱すと忠人はお返しだとばかりにナイフを投げた。
ゴミ箱にペットボトルを放り込むように軽く投げられたナイフはブラウンボアの額に突き刺さる。
「あれ?」
その一撃で仕留められると思ったのだが刺さり具合が浅かったのか、それともそこは急所ではなかったのか。
ブラウンボアの突進は止まらなかった。
「お、おお!やべ!」
彼我の距離は既にない。今から避けようとしても間に合わないだろう。そう判断した忠人は右手を爆ぜさせた。
爆発により“ストリング”が切れる。忠人本人も吹き飛ばされるが受け身を取り即座に立ち上がった。
連日のビオラとの訓練で吹き飛んでばかりいたのだから上手くもなる。
「“快癒の御手”……!」
爆発に使った皮膚を再生させると忠人は次に打つ手を考える。
(武器は無い……魔法も直接攻撃できそうなのは“スキンエクスプロード”と更に使いにくいアレしかない……仕方ない、殴るか)
右拳をぐっ、と握り忠人は駆け出す。ワイルドボアも再びこちらを向き突進を始めた。
距離はあっという間に詰まる。
「“フィジカルブースト・イミテーション”全開!」
普段は他の魔法を使用するためにセーブしていた身体強化を全開にする。本来魔法の構成は大いなる根源から引っ張ってきているためそんなことする必要は無い。だが忠人は自力でイチから全てを編み上げているためその分思考脳力を食われる。
もちろん魔法を編むために必要な“輝眼”は途切れさせない。それに“輝眼”を失えば忠人は自身とブラウンボアの両方を見失うだろうから。
体の各所から鈍い音が鳴る。バランス調整を無視した身体強化は強化するその身自体を蝕んでいく。
この一撃を外せば動けなくなる可能性は十分にあった。
(押し込む……ッ!)
振りかぶった右手がブラウンボアへと向かう、その直前。
「……ッ!?」
ブラウンボアの周囲に魔法が出現した。
それは先ほども見た土の弾丸を発射する魔法。忠人のその身が避けられる状態であれば余裕を持って避けられるそれだが前傾姿勢で走り込み、右拳を翳した状態では難しい。
編み上がる。
止める手段など無く、また拳は間に合わず。
土の弾丸がその姿を現し始める。
このままではその身を打たれる。それ一発では大した傷にならないかもしれない。しかしそのままあのイノシシの牙が突き立てば?
確実に死ぬ。もしかしたら重症で済むかもしれない。だがそのあとは?結局はあのイノシシに殺される。
要するに詰みだ。
このままいけばどうやっても負ける。勝つにはどうすればいいか。
「“オーバーアクセル”ッ!」
忠人の口は反射的にその単語を紡いでいた。
アルケーから貰った、忠人の力。世にも珍しい時間に干渉する魔法。
起動した途端忠人はあらゆるものがゆっくりになるのを感じた。例えるなら世界の全てが粘体になったような。
音も大気も匂いも全てがゆったりと動くその中で忠人は一人動く。
弾丸の精製がスローモーションで視える。ブラウンボアがゆっくりと牙をこちらに突き上げる。
殴る。奴より速く、奴より先に。
全身全霊の力を込めて、拳を撃ち放った。
「ラァッ!」
忠人の右拳は狙い通りそれを捉え、余すところなく運動エネルギーを伝える。
文字通り、突き刺さる。
技も何も無いがそれはブラウンボアに刺さっていたナイフの柄を更に肉の奥へ押し入れた。
「アァアアアアアアッ!」
忠人が“オーバーアクセル”を解除し腕を振り抜くとともにブラウンボアは弾かれたように飛んだ。
そして木の幹に叩きつけられたブラウンボアはそのままどさりと地に落ち、その身を消し始める。
「……勝った……」
その呟きは紅い血と共に外へと漏れた。
忠人くんの戦闘はいつも筆が乗ってしまうので大変です。本当はもうエルフの里に入ってるはずなのに。章タイトル詐欺になってしまうや。




