もう一つの(あるいは本当の)
時系列的には一番最初になります。
その戦いは既に佳境を通り越していた。
二つの集団はお互いに殆どの者が戦闘不能に陥っていたからだ。
片方の集団は全身を重厚感のある鎧で身を固めている。肩口を同じ紋章を入れていて全ての鎧が寸分違わぬところから統一感を感じさせる一団だ。
その数倒れているものも含めて16人。実際に動けるのは後5人といったところだろうか。
もう片方の集団も鎧は身につけているがそれは非常に軽そうに見受けられるものだ。致命傷さえ防げれば良い、そんなコンセプトなのだろう。それでも全身を隠すことはできているのだが。
そんな鎧の胸には木の枝のようなマークが入っていた。人数は5人。こちらは2人が倒れていた。
どちらの集団にも言えるのはフルフェイスの兜の所為で表情は疎か顔も見えないことと殆ど全ての鎧に傷が入り誰のものとも取れない血がついていることだ。
しかし残ったものが戦いを止めることはない。少ない命が失われた。
命は落とさずとも再起不能になった者も多い。
それでも譲れないものを賭け二つの集団は争いを止めることをしなかった。
その中にまだ動きから鋭さを失っていない人物がいた。木の枝のマークの鎧の一団の一人である。
その人物の薄い緑の剣だけはその集団の中で業物であることを感じさせる。さらにこの人物だけは鎧の胸の木の枝のマークに鳥が留まっていた。
「ラァッ!!」
短い雄叫びを上げ重厚感のある鎧の一団の一人がその者に襲いかかる。
残された力を振り絞ったであろうその一撃を軽く避けると無駄の無い動きで一刀に斬り伏せる。
残った4人はそれぞれの得物を構え直しつつ少し後ろに下がった。
たった今味方を討ち倒した人物を警戒してのことだろう。
そこに油断は欠片も見受けられなかった。
彼女の名はビオラ・ウォーキンス。
エルフの兵士である。つまり木の枝マークの集団はエルフの兵士たちと言うことだ。
彼女が所属しているのは第三騎士団なので彼女等はエルフ軍第三騎士団の騎士たちということになる。
第三騎士団の残った2人はビオラの少し後ろに構えている。
お互いにジリジリと近づき少しの動作でパッと距離を取る。
膠着状態。
今の状態はまさにそれだろう。
ただ、第三騎士団の面々は焦っていた。先ほどから少しづつではあるがジリジリと近づく速度が速くなってきている。
それは彼らがここに強行軍できた理由が原因である。
そして荒い呼吸音と血の香りに包まれた戦場に変化が訪れる。第三騎士団の鎧の1人が誤って床に落ちていた砕けた剣の欠片を踏みつけたのだ。
その音に釣られて僅かに注意が逸れる。その瞬間を見逃すほど重厚感のある鎧の集団も甘くはなかった。
目配せもせずに3人が弾かれたように前へと飛び出す。1人は右手を前に掲げ何事かを呟き出す。
信頼に裏打ちされた連携が第三騎士団の兵士たちへと襲いかかる。
剣と剣がお互いの刃を削り合う。全力で斬り、突き、払い、避け、受ける。一手間違えればその時点で死亡してしまう。
お互いに1人でも欠ければその時点でこの戦いは決着へと向かうだろう。それを理解しているこの場の誰もがこう思っていた。
ーー負けられない、と。
重厚感のある鎧の一団に一人胸に赤い星型のマークを入れた人物がいた。一団の隊長なのだろう。
他の者よりも動きが良い。鳥の留まったマークの人物を相手取っている。
しかし少しづつ、少しづつではあるものの鎧に傷が増えていく。力の差があるということだろうか。
「隊長!行けます!」
後ろに1人残っていた者が掲げていていた右手に魔力が集まり火の玉へと姿を変えていく。
それに気がついた木の枝マークの集団がその場から距離を取ろうとする。
だが重厚感のある鎧の集団はそれをさせまいと攻勢をかけ、その間に火の玉が完成する。
掌から放たれた火の玉は3つに分かれるとひゅるひゅると回転しながら飛んでいく。
放たれることを前以てわかっていた重厚感のある鎧の集団はその場を離脱したものの木の枝マークの集団は間に合わない。
爆発。
熱風が吹き荒れ、床が破片へと変わり宙を舞う。それは魔法と呼ばれる力。魔力を使い望む現象を起こす力。対策が何もなければ人間は一瞬でその命を終える一撃だった。
「やったか!?」
しかし、その期待は裏切られる。
重厚感のある鎧の集団のミスはあくまでも相手の正面でその魔法を展開し始めたこと。
普通なら打ち合った状態から魔法を防ぐことはできない。しかし今回は相手が悪かった。
「……グッ!」
カラン、と金属が落下した音が響く。
見れば、隊長格の左手に立っていた1人の腹を剣が貫いていた。
引き抜かれる剣と共に血が噴き出す。床に赤い水溜りが広がっていく。
「アアァァァッ!」
腹を刺し貫かれながらも彼は死力を振り絞り右手から閃光を放った。
光が辺りを埋め尽くす。
視界を潰される第三騎士団の兵士たち。目が見えないのでは身動きができなかった。
その隙を逃さず今度は重厚感のある鎧の集団の隊長が1人を袈裟懸けに斬る。空気が紅く染まった。
その間にお返しとばかりにビオラは隊長格の後ろに控えていた者を斬り伏せる。
その背後から隊長格が剣を振り被る。彼女はそれをギリギリで回避する。その脇では残りの2人が剣を交える。
打ち合う、打ち合う、打ち合う。何度も幾たびもありとあらゆる方法でお互いに剣をぶつける。
そこからの展開は速かった。唐突に隊長格の剣が折れたのだ。
隊長格の目が驚きに飲み込まれる。その一瞬でビオラの剣が突き込まれた。
しかもそのまま動きを止めず蹴りを放ちその勢いを利用して剣を引き抜く。そしてそのまま反転し駆ける。
剣を跳ねあげられ大きな隙を見せた仲間を斬ろうとする敵方を背後から斬る。
これで全て終わり。
そう思いそこで安心したのが間違いだった。
ブン!
そんな音がしたかと思えば仲間の肩に剣が突き刺さっている。
振り返れば相手の隊長格が手をこちらに投げかけていた。
死に瀕しながらも手に持った剣を投げたのだ。
2人の目と目が合う。
隊長格の目は死に際だと言うのにギラギラと輝いていた。
◆◇◆◇◆◇
「大丈夫か?アスター」
ビオラは唯一生き残った仲間に回復魔法をかけながら声をかける。その効果によって傷がゆっくりとふさがる。
「ッ……命に問題はなさそうですがすぐには動けません」
「そうか……なら良かった」
「団長!ソリダスターやノラーナのやつは?」
来るとわかっていたもののその問いを聞いた瞬間ビオラの顔が歪む。それを見たアスターも問いの答えを感じ取った。
「……死んだ」
「……そうですか」
付き合いの長かった団員たちを失った哀しみが胸を打つ。哀しみで回復魔法が中断しかける。
「団長」
「なんだ?」
「早く行ってください。間に合わなくなったら彼らの死の意味が無くなります」
「……わかった」
止める、その決意とともにビオラは立ち上がる。時間的にはまだ余裕があるはずだった。
ビオラたち第三騎士団がここ敵の本拠地とも言える第四研究所まで止めに来たもの。
それは勇者の召喚だった。
帝国が勇者聖誕ではなく勇者召喚を行おうとしているという情報が入ったのだ。勇者聖誕とは輪廻の輪の中に勇者の門を作り出す魔法だ。そこを通った魂は魂に勇者である証を刻まれる。そして地上に生まれ出たその魂を持った者が勇者になる、というものである。それが勇者聖誕である。そしてもうひとつの勇者召喚。これは異世界に門を開きそこに勇者の門を作り出し魂となってこの世界に至る過程で魂に勇者の証を刻むというものだ。
この二つの術は似ているが、一つ差がある。それはこの魔法を使ってすぐに勇者を戦力とすることができるかどうかだ。この差は大きい。勇者聖誕では育ちきる前に死んでしまうこともあるが勇者召喚ならそのままでも戦闘を行える。
しかし勇者召喚自体いくつかの理由により禁忌とされている。二代目の勇者はこれは異世界からの人の拉致なのだから使ってはならぬと言い、この世界に約束させた。しかしその約束を破り勇者は再び召喚された。しかし召喚された四代目の勇者は散々人の為に働かされ、最後には最愛の人を殺され怒りのあまり国を二つ滅ぼした。
二代目の勇者との約束はあまり重要視されていなかったがそれを破り四代目を召喚した結果人間は多くの血を流した。そのため勇者召喚は災いを呼ぶとされ今まで禁じられていたのだ。
「それを人間共はッ!」
一度痛い目を見たのにまだ懲りないのかとビオラは吼える。
おそらく目標はこの施設の最上階にあるはずだ。
彼女はその怒りを床に叩きつけるように駆け出した。
窓から空を見上げると少し雲が出始めていた。もう彼女に魔力はあまり残っていない。
階段の手前で新手が現れる。ビオラは片手で魔法を放つ。
「“インビジブル“エアブリット””!」
手から生み出された風が弾丸へと姿を変える。前方へと放たれたそれはまっすぐに敵へと向かった。
「どけっ!」
ビオラの目論見通り新手が“エアブリット”を避ける。そしてその瞬間新手の胸を“インビジブルエアブリット”が撃ち抜いた。
「重複詠唱……」
重複詠唱。一つの詠唱に二つの魔法を込める高等技術だ。
足を止めずそのまま階段を駆け上がる。走るのに邪魔になるので剣は鞘に収めていた。
「“インビジブルエアブリット”、“エアブリット”、“インビジブル“エアブリット””、“エアブリット”、“エアブリット”!」
現れる敵は二種類の風の弾丸で片端から討ち果たしていく。
その無理のおかげか少しも歩みを緩めることなく最上階の儀式の場に辿り着くことができた。
そこには硬そうな扉があり二人の門番が立っている。
門番たちはここまでビオラが来ると思っていなかったのか動揺を見せる。
「“ゲイル・キャノン”!」
魔力を一点に集めてその魔法を放つ。
凝縮された空気がその一点を目がけ襲いかかる。
「はあああああっ!」
放たれた一撃は大気を裂いて扉に到達し、二人の門番と扉そのものを吹き飛ばした。




