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恐怖からの逃走(動揺を押し潰せ)

書けたので投稿しますん。

「何を!?」


甲冑姿の人物が初めて動揺する。

それもそうだろう。目の前で恐怖に飲まれ震えていた人物が突然自傷行為に走ったのだから。


気でも狂ったのかと思ったその時忠人が口を開いた。


「すまない、ようやく落ち着いた。で、質問はなんだ?」


あまりにも坦々とした口調。


今まで怯えていたのは顔が同じな別人だったとでも言うような変容っぷりだ。


「見ず知らずの他人に一体全体何の用だろうか?」


忠人は尋ねる。思いっきり奥歯を噛み締め自分の中の恐怖や動揺を押し込めて。


(震えるなよ、俺の体!これ以上付け入る隙を与えるわけにはいかないだろ!)


月が再び雲に入り辺りが暗くなる。忠人は何気ない風にリュックサックを左肩だけ外す。


「先ほどから繰り返しているこちらの質問に答えてくれれば良いだけだ」


先ほどと比べれば激しさを収めた声で甲冑の人物が問う。


それに対し忠人は片目を瞑ってみせた。できる限り余裕を見せることで付け入る隙を減らすために。


「俺は何処にでもいる何の変哲もないただの人間だ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、奴って誰のことかわからない」

「……そうか。なら悪いがここで死んでくれ!」

「なんでかわかんらねぇけど、こうなると思ってた!」


甲冑の人物が爆ぜるように飛び出す。一瞬だけ兜の隙間から碧の瞳が覗く。


その瞳をしっかりと見据え忠人は素早くリュックサックを投げつけた。


下から刃が閃き黒いリュックサックを両断する。教科書やノート、筆箱、財布その他諸々が床に飛び散った。


そのことを確認すらせず忠人も前へと走り出す。


(右下から左上に振り上げた!手は返してないから左上から右下へ斜めに振ることはない!左足が僅かに浮いてる!右足で踏ん張ったってことだろう!おそらく次の攻撃はーー)


次の相手の攻撃を推測し左側へと飛ぶ。慣性が発生する前の忠人の体は楽に方向を変えることができた。逆に甲冑の人物は先ほどの突進に引っ張られ前に進むしかない。


「左からの横振りだろっ!」

「なっ!?」


飛び前転のようにして剣の下を掻い潜り横をすり抜ける。観察と推測と勘によって一撃を避けたのだ。


現代の高校生にしては上出来も上出来だろう。反転して相手の方に向き直った忠人は軽く後ろへステップを踏みながら左手を学ランのポケットへと入れる。


「ッ!?」


忠人が視線を外していた間に距離を詰められていた。甲冑の人物が剣を構える。


「くそっ!」


回避するためわざとバランスを崩し右へと倒れる。左肩すれすれを刃が通り抜けるのを見ながら左手をポケットから引き抜く。と、同時に甲冑の人物の左手がこちらに向かって動いているのに気づく。


(なんかやべぇ!)


自分の直感を信じ忠人は右手と右足で大理石でできた床を叩き、さらに右へ体を飛ばす。


甲冑の人物の左手が完全に忠人へと向く。


目の前の左手に「何か」が滲み出す。忠人の耳にくぐもった声が届く。


なにを言っているかはわからなかったが無理やり体を捻じ曲げ反らす。


団扇を全力で扇いだときのような音。


「痛ッ!」


忠人の左肩が「何か」に切り裂かれる。一瞬、素肌と肉が視え血が滲みだす。


ヒリヒリとした痛みを堪え忠人はポケットから抜き出したバスカードを親指で弾き飛ばす。


甲冑の人物は飛んで来たバスカードを無言で躱す。と同時に甲冑の人物の体が傾いた。


忠人が右手を軸に左足で回し蹴りを放ったのだ。しかし利き足でない一撃だったためそれほど威力はでず転ばせることはできなかった。


(でも、体勢は崩した!)

「はああああああっ!」

「グッ!」


手を付いて立ち上がる時にさらに後方へ蹴りを放つ。流石に体勢を崩された状態ではそれを避けることはできず甲冑の人物は後ろへと押し下げられる。


一方の忠人はその反動を利用し完全に体を起こすと横を駆け抜け外へと出た。


(なんで扉が粉砕してるんだ?ってそれどころじゃない)


廊下に出ると甲冑の人物とは意匠の違う鎧を来た人物が複数倒れているのが忠人の目に映った。


ピクリとも動かない彼らには状況の説明を期待できそうにない。


余裕があれば助けることも考えただろうが今の忠人にそんな余裕があるはずもなく。


生命の危機にリミッターが外れた身体と思考は躊躇なく彼らを見捨て逃げることを選択した。


(追ってこないでくれよ!)


なんとなくで鎧姿の人が倒れていない方向へ駆け出す。


道など分からず、安全地帯も知らない。追い詰められれば即命を落とす制限時間も勝利条件も存在しない鬼ごっこが始まった。


◆◇◆◇◆◇


忠人は息を荒げ建物の廊下を必死な様子で走っていた。着ている学ランの左肩は切り裂かれ血が流れ出している。建物に人気はなく忠人の足音が廊下に只々木霊する。窓の外には必死に足を運ぶ彼を嘲笑うかのように美しい満月が空に浮かんでいる。


直後、忠人がつい先ほどまで立っていた場所を何かが通り過ぎる。目をやると廊下の突き当たりの壁にその何かはぶつかりーー壁を爆散させた。凝った装飾の施された壁が台無しになり飛び散った石片が宙を舞う。


「またこれかよ……」


あまりに非現実的な現実に少年は呪うように叫ぶ。


廊下の向こうを見れば案の定全身甲冑の人影が走ってくる。その右手はもちろん何かが通り過ぎたその直線上に位置していた。


常識からすれば人間が飛び道具無しで遠くのものを破壊するなどーーしかもその攻撃は不可視ときているーーあり得ないことだった。忠人が壁に目をやっている間に鎧姿の人物は右手を僅かに動かす。


普通ならその動きを気づくことはなかったろう。


しかし鎧姿の人物が足を止めて生まれた静寂に加えそして死を感じ研ぎ澄まされた忠人の五感はその微細な動きが発生させた音を聞き取った。


反射的にたまたま開いていた扉に飛び込む、とその後ろを再び何かが駆け抜けていった。


忠人が飛び込んだそこはいわゆる食堂と呼ばれる場所だった。


パッと目を走らせると複数の質素なテーブルと椅子が並び奥には厨房らしきものが見える。足で蹴って扉を閉める。


忠人は奥まで進むと近くにあった椅子を手に取る。


木でできたそれは彼でも軽く持ち上げることができた。忠人は収まる気配すらない心臓の鼓動を煩わしく感じていた。


バタン!

大きな音を立てて扉が開く。


忠人は思いっきり手に持った椅子を投擲する。しかしそれは空中で四つに斬り裂かれた。目にも留まらぬ二連撃が椅子を斬壊したのだ。


(斬った!?飛んでくるものを二回空中で斬ったってのかよ!?目で追いきれない速度で!?ありえないだろ!)


常識に喧嘩を売るような技を使う相手に悪態を吐きながら後ろへとステップを踏んで下がる。


甲冑の人物は再び右手を構えて透明な何かを発射する。


それに対し忠人は新たな椅子を蹴り上げて対抗する。つま先で引っ掛けれられ飛ばされた椅子に何かが命中し背もたれが粉砕する。


そのままでは顔に砕かれた木屑が当たってしまうため忠人は今更ながら開き直って、相手に背中を見せる。


後ろから小さな衝撃が複数忠人を襲う。分厚い学校指定の上着のおかげで彼は怪我を負わずに済んだ。


厨房へと駆け込む。置いてあった小瓶を3つズボンのポケットに2つは上着のポケットに突っ込む。


さらに左手で鍋の蓋を掴み、壁に掛けられていた包丁を右手で手に取る。複数あった中から忠人が選んだのはペティナイフと呼ばれる包丁だった。


(なんで俺がこんな目に会わなきゃいけないだよ!俺が何か悪いことでもしたのかよ!マジでクソか!誰か知らねぇけど責任者呼べよぉぉぉっ!)


もしこの一件の元凶が忠人の目の前に現れたら一瞬の間も置かずその右手に持った包丁を突き刺すだろう。


そんなことを考える程度には忠人の心中は荒れていた。


しかしそれでも生き延びるために体は動かし続ける。悪態は吐くだけに留め考えられるだけ考えて冷静な判断を下す。


パニックに飲まれればその時点でミスを犯しあの剣の餌食になることだろう。こんなところで理由も分からず死ねるほど忠人も自分を捨てていなかった。


忠人は厨房の奥にあった扉を蹴飛ばしそこを出る。そこは多少は開けた場所で端に植物が並べて植えられていた。


厨房の裏手にあるところを見るに中庭兼菜園といったところだろうか。しかし、生えているのは紫色の花が多い。もしかしたら観賞用なのかも知れない。


どちらにせよ今の忠人にはあまり関係のない場所である。


(こんな何処かも分かんねぇところで、何が起きてるかも分からずにあんな時代遅れな武器に殺されるのかよ俺は。そんな……そんなこと……)


忠人は右手に持った包丁に目を落とす。十全に研がれたそれは白く美しい刃に空の月を半分ほど映している。ふと忠人は自分が震えていることに気がついた。


(……嫌だ!嫌だ、嫌だっ!怖い!怖い怖い怖い怖い怖いっ!あの甲冑が怖い!甲冑の持つ剣が怖い!死ぬのが、殺されるのが怖い!誰にも知られず土に還るのも家族、友達、親しい皆に会えないのもその皆が死んだと知らず僕を探し回るのも怖いっ!死にたくない!俺は……俺はッ!)


一度自覚した恐怖に歯止めをかけることは難しい。

あっという間に全身に広がる恐怖。

体の震えはその激しさを増し両の目から涙が頬を伝う。

光を反射し包丁の刃が白く光る。


「死にたくないッ!」


叫んだ忠人が体を捻ると同時にその鼻先を刀身が通り過ぎる。ヒヤリとしたものが背筋を走った。恐怖で竦みそうになる体を叱咤しステップで距離を取る。


「俺は!俺はッ!」


致命傷を防ぐため忠人は左手の盾を心臓の近くに掲げる。包丁をすぐさま突き出せるように右手は軽く引き刃を真っ直ぐ相手に向ける。

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