取り返しのつかない(QUEST CLEAR)
「おい、そう怖がるな。私だって女性だ。凹む」
わりと本気のトーンでビオラが言う。忠人はと言えばいや、でも、だってとしどろもどろに言葉を並べている。
「それに邪魔なのは兜と鎧だよ」
そう言ってビオラは兜を外す。
「……」
「どうした?」
忠人がフリーズした。
「おい?」
「……はっ!?今俺の意識が異界渡りをフライアウェイに億光年!?」
「何を言っているんだ」
「いえ、あの、あれです」
「どれだ」
明らかにしどろもどろを通り越し挙動不審の領域に脚を突っ込む忠人。完全にわたわたしている。
「……ビオラさんが、その、あんまりにも綺麗だったもので……」
頬を染めながら目を逸らすと言う女子か!とツッコミの入りそうな反応を見せる忠人。
忠人の言う通りビオラ・ウォーキンスの見た目は非常に美麗で整っていた。
長い金の髪はまるで濡れたように輝き風に揺られて音を立てる。僅かにつり上がった碧の瞳は攻撃的だが森の緑を映すように美しく寧ろ気高い雰囲気を醸し出している。髪の中からは名乗った種族の特徴たる尖った長い耳がほんの少し顔を覗かせていた。
「そうか。ありがとう」
平然と返すビオラ。
「え、あ、どういたしまして」
どもる忠人。
忠人は高校生男子である。美人に出会って会話する機会などあまりない。校内に居る美人と呼ばれる類のものにはすでに彼氏と言う敵がいたからだ。
「……その反応を見る限りは普通の人間だな」
「なんかすいません」
高鳴る心臓を抑えつつ立ち上がる忠人。未だ顔は赤いものの喋り方は元に戻っていた。
「さて、夜梨忠人だったか。お前には二つの選択肢がある。一つは記憶を消されてここから立ち去ること。もう一つは死ぬことだ。ちなみに私としては前者がお勧めだ」
「……一番近い街は何処に?」
「アワリアット共和国のロスーワが最も近いな。歩きで二週間といったところだ」
無理だ、即座にそう思う忠人。年端もいかぬ少年が一人で武器も持たず安全に歩ける距離と世界ではない。しかし死ぬのももちろん論外である。
「……ぅ」
少女が吐息を漏らす。
「少年!治癒を!」
「……はい!」
パッと駆け寄る二人。忠人は右手を見つめながら“快癒の御手”と呟く。
「あれ?」
しかし今までとは違い手が発光しない。深呼吸してから試してみるがやはり発動しなかった。
「なんかできません」
「……ふむ、魔力切れか。本来なら魔力が切れれば気絶するのだがお前は『異世界人』だからな。元々魔力を持たない以上魔力無しでも活動できるわけだ」
「そんなもんなんですか」
ビオラの横で手を振ったり叩いたりと奇行を繰り広げていた忠人が停止する。
「しかしそれなら私がやるしかないか。“スライトヒール”」
ビオラの指先に温かな光が灯りビオラはそれを垂らすように少女に落とす。
「……んぁ」
回復魔法が功を奏したのか少女が身じろぎをしてゆっくり目を開く。
「……ぅ……お兄……ちゃん。お兄ちゃん!」
飛び起きたと思うや否や忠人に抱きつく少女。本人は目を丸くして状況の処理に再び停止していた。
「お兄ちゃん!おにーちゃん!」
「え、えええ!?」
全く身に覚えがない。夜梨忠人は一人っ子である。生き別れの妹も姉も従姉妹も居ないはずだ。もちろんこんな幼い叔母も。
「……ビオラさん。どういうことでしょうか?」
「私が聞きたい」
「ちょ、怖いですよ。いくら巫女様とはいえ理由も無しに処断は勘弁してください」
若干顔が引きつっているビオラと忠人。お互いに何が起きているのかお互いに説明を表情で求める。
「ええと?なんで俺がお兄ちゃんなのか説明してくれるかな?」
「ん?お兄ちゃんはお兄ちゃんだからユリのお兄ちゃんでしょ?」
なんだその人民の人民による人民の政治みたいな答えは、という言葉を飲み込み忠人は微笑して質問を続ける。
「名前はユリちゃんで良いのかな?」
「うん!ユリはユリだよー!」
元気よく答える少女。どうやら彼女はユリと言う名前らしい。
「お兄ちゃんがユリを助けてくれたんだよね!」
「いや、違うけど」
「え?でもお兄ちゃんがユリの傷を治してくれたって精霊さんが」
「いやいや、助けてくれたのはあそこの女の人だよ?」
とりあえずビオラに交代しようと試みる忠人。ビオラがいなければ忠人はあの研究所から脱出できなかったのだからそれは正しい。
「巫女様。あまりその少年を困らせないでください」
「みこ?ユリはユリだってば!」
思ってる以上に子供だ。そんな感想を抱きつつ忠人は頭を撫でる。心地良さそうにするユリ。
「人間!あまり巫女様になれなれしくするな!……同族に見られれば大変なことになる」
「それは……なんかもう大変なことになりそうですね」
後半はこそこそとビオラが注意をする。
とりあえずこのままでは話が進みそうにないので忠人は、
「ユリちゃん?ちょっと降りてくれないかな?お兄ちゃん血行不順でそろそろ辛い」
そう話しかけた。
「けっこんふじゅんでつらい?」
「違う」
それじゃ不純な結婚みたいじゃないかとツッコミを入れる忠人。
その様子を見ていたビオラが吹き出した。
「ぷっ……ふふふ…」
「笑っ……た……だと……?」
わざとらしく何か物凄いものでも見たかのような顔をする忠人にビオラが完全に笑い出す。
「いや、悪い。しかし少年……結婚不純とは……ふふ……」
「わたしゃ、そんなこと言っておりやせんが」
「なんだその喋り方は……ははは」
(俺にはビオラさんのツボがわからないよ)
まだ、笑い続けるエルフの騎士団長様。その様子を見てユリもけらけらと笑い出す。
「……なにが起きたのだ」
気づけば目を覚ましていたアスターも口を歪めながらこちらへとやってくる。
「いや、な、この少年が思ったより面白くてな……ふふ」
「団長……が……笑っている…」
戦慄した表情で忠人を見るアスター。やはり彼女が笑うのは珍しいようだ。
美人が笑うと絵になるよな、とぼんやりと忠人は思った。
「しかし、巫女様も団長もなんともなくてよかったです」
二人の笑う姿にほっとしたのか穏やかな笑みを浮かべたアスター。
「……あれ?この子の…ユリの首についてた物どこいった?」
そこだけ肌の色が変わっていていなければ気づかなかったかもしれなしどうでも良いけど、そう呟きながらもあたりを探す忠人。
「あ、あったあった」
ちょっと黒い金属質の首輪。
「外れているのならそのままにしておけ。それは“スレイヴリング”と言ってな、ロクなものじゃーーきゃ!」
やたらと可愛い悲鳴をあげてビオラが倒れる。どうやら“ネガティヴプレッシャー”のダメージが残っていたアスターがよろけてぶつかったようだ。
「ちょ、うわ!」
「え、きゃあ!」
さらに忠人、ユリの順にぶつかる。完全に玉突き事故である。
「痛い、な」
「お兄ちゃんー!どいてー!」
「大丈夫ですか、団長!巫女様!……あと少年」
「鎧が金属が腰に痛い痛い痛い!」
どうやらユリにぶつからないように手をついた忠人が一番割りを食ったようだ。
「アスター。とりあえず私を助け起こしてくれ」
「はい」
「ちょ、待って」
忠人の願いも虚しくアスターがビオラを助け起こす。なにがどうなっているのかさっぱりわからないが腰に甚大なダメージが入り体勢を崩す忠人。
ユリを押し潰すのは絶対回避。
そう思って横に転がる。
カシャンーーと音がして。
「え」
「あ」
そんな声が虚空に響いた。
忠人の左腕に黒く鈍く光る“スレイヴリング”。
「忠人ユリから離れーー」
「ん?お兄ちゃんこれがどうしたの?」
そっ、と黒い腕輪に触れるユリ。
なにも知らない彼女を誰が咎められようか。
ポーンと間抜けな音と共に『ますたーをせっていしました』そんなふざけた文章が腕輪に浮かび上がった。
これにて一章完結でございます。
ここまでお付き合い頂いた方本当にありがとうございます。
初感想も頂き、遅ればせながらブックマークも。
第2章のプロットを整理するのに2週間くらいかかると思いますので。
どうかご容赦を。
あ、少ししたら短編、というか幕間、というかコメディーを入れます。
そちらでご勘弁を。




