「魔王の角を折れ」そう勇者は言った
─1─
崩れた鋼鉄仕掛けの船、勇者の塔と呼ばれる場所の中の『勇者の間』というところで、ぼくは生まれた。
硝子仕掛けの筒の中、眼が開き、次の瞬間筒が開かれ充満した液体が外に湧き出る。
そして重力が体を伝い、ぼくが最初に見たのは大量の人、そしてその中心に居た巫女の姿。
「おはようございます勇者様、ご機嫌いかがですか?」
巫女のおばさんがぼくに対して笑顔を向け、ぼくの細い体をタオルで拭き取った。
それが、ぼくの最初に見て感じた世界だった。
ぼくは勇者、ぼくの瞳は夜でも昼のようにとはいかないけど、ほかの人が見れない光で世界を見れ、遠くの山の一つの木々に止まる鳥もその眼で見れる。
ぼくは勇者、ぼくの力は大きな岩もなげれ、骨は金属製。
ぼくは勇者、千年に一度魔王を殺すため産まれるもの。
千年に一度魔王は蘇り、魔物は活性化する、そしていくつもの国が燃えながら、滅びながらも勇者は戦い、そして魔王を討つ。
だからぼくは巫女のおばさんに状況を説明してもらったら、すぐに昔の勇者が使っていたマントと鎧と、剣をもらって旅を始める。
塔は外から見るとまるで地に刺さった剣のようになっており。外に出ると重力の方向がぼくが今まで認識していた『下』から、『地面』に変わるのは違和感があった。
空を見上げれば兜越しに夜空に漂う瓦礫の環が見え、地の先には都市の灯りが目を刺激する。
ぼくは地図を『観る』、地図はぼくの頭の中に入っていて、念じるだけでその眼の膜に浮かびだされる。
目的は魔王の城、この勇者の塔から数万里先の土地。
魔王は既に復活したと、夜空に流れる瓦礫の環にまぎれぼくらを見守る『天使の眼』は伝え、そしてぼくは産まれたのだ。
魔王が復活すれば、世界に魔物は満ちてくる、魔物は人を殺し、食らう、だから勇者はその発生源である、魔王を殺さなければいけない。
ぼくは産まれ持った勇者の使命を胸に抱きながら、そうして旅を進めていく。
地図は古く、地図に無い町に何度も立ち寄り、魔物とも殺し合い、時には野盗と殺しあうこともあった。
だけど勇者の鎧、ぼくの鎧の前に彼らの手に持った銃や鉤爪、炎や光線は意味を成さず、逆にぼくの光線銃にもなる光の剣で彼らはばらばらに切り裂かれる。
魔者達は大群を率いてる時もある、だけどそういうのと戦うのは現地の軍なので、ぼくはマントを被り、透明になる力で姿を透明にしてすり抜ける。
そうして物凄い距離を歩き、海を渡り、ぼくは旅を続ける。
印象に残ったのは、ある程度……二万里程の距離を行った所、魔王の城が近く、魔物が近い所では、様々な国々に魔王を神と崇める宗教団体の話か。
彼らはぼくが勇者だとは思ってない、ぼくも魔王を殺せればいいから、勇者なんて名乗らずただの旅人と通してる。
勇者としての姿は伝承にあるけど、ぼくのような鎧とマントを着たような旅人はそこそこはいる。
これは最初の勇者の姿がそうだから、その願掛けのようなものとして色んな旅人や騎士、行商が真似をしたのだという。
つまりぼくの姿は、透明になるマントや、光線銃さえ使わなければ彼らに溶け込む。
最初の勇者の活躍の恩恵は、こうして今の勇者であるぼくも味わってるのだ。
そうして文化迷彩に溶け込んだぼくは、その団体の人に何度か話を聞いたりしてみた、なんてことは無い、彼等はマイノリティだから、傭兵として入って、守ればいいだけ。
彼らは魔王を崇めてる、角の生えた少女、それが魔王の姿。魔王というからにはもっと筋骨隆々したようなものを普通の人達は抱いてるが、それは真の姿が少女であるのなら、少女を殺す勇者が悪なのではと彼らの倫理が定義するからである。
なので魔王の姿に関しては、ぼくのような勇者や、勇者を崇める教団の人達の一部しか知り得ない。だけど彼らは知ってると言うことは、きっと教団から派生した人達なのだろうと勝手に僕は思ってる。
「彼女は魔獣を何故放つと思う?それは人間が魔獣に負けないようにするため、つまりは人間への試練なんだ」
そう語る教団の偉い人は大体にして、熊の皮を被っている、それも白い熊だ、白い熊は最初に魔王を崇めた人のシンボルであり、それに倣っている。
「彼女の角は神意の印であり、彼女はその角をシンボルとし、魔物を産み出し、導き、そして人々を啓蒙するのだよ。故に、彼女は人間を賛歌しているともいえる」
彼ら曰く、角の生えた少女である魔王は人間を賛歌する為に魔物を放ってるのだという。だけど、ぼくは何度もあの異形の狗とも蝙蝠ともつかぬ多種多様な怪物によって滅ぼされた町や村、国を見た。
だからその時のぼくは「そうなんですか」と相槌を打ちながら、内心で人間賛歌ならぬ人間惨禍だ、と毒づいていた。
そうしてぼくの旅は続く、魔王の城に近づくたびにどんどんと人は居なくなり、魔物の手で滅びる寸前の国々を渡り歩くことになる。
滅びる寸前の国々の人々はぼくに祈りを捧げる者がいたり、ぼくに無理な数の魔物を殺してくれと泣き叫びながら頼み込む人もいた。
ぼくはそんな彼らを力任せに振り払いながら先に進む。報酬が貰えるのなら戦うこともあったが、無理な数ならそのまま逃げる。
薄情もの、人でなしと真実を知ったら僕を罵る人はいるだろう、だけどぼくは魔王を倒さなければいけな、犠牲が増える前に。
一を殺し十を助けるという言葉は嫌いだ、それは鈍化させる、だからぼくはそうやって逃げるとき、生きるために仕方がなかったという免罪符を使う。
無理なものは無理なんだ、勇者だからって数百万の魔物を殺し続ければ、鎧は砕け、体は引き裂かれる。ぼくひとりが奮戦したとしても四方八方から国は壊される。
だから無理なときは逃げる。そうでなくても手遅れだったり、逃げる余裕があるのに逃げなかったらぼくは必要性がない限りは相手にしなかった。
そんなことを何度も繰り返し抜けるとその次は滅ぼされた廃墟と屍の山の世界になる、こうなったら腐乱死体と魔物ぐらいしか友達はいなくなり最後にはとうとう木々が生い茂った熱帯雨林の中、魔物が跳梁跋扈するだけの大陸に到達する。
孤独は心を蝕む、とぼくは気慰めに旅の途中に呼んでた本の一句を思い出すけど、ぼくは何にも感じなかった、孤独でいても、居場所がなくても、ぼくは独りで生きていける。
それはぼくが変わり者だからなのか、ぼくが勇者なのかはわからない。
そんなことはどうでもよかった、ぼくの使命は魔王を殺す事だから。
─2─
そうして、ぼくは魔王の城に到達した。
城は見上げれば全高三キロメートルにも及ぶ巨大な石造りの構造体であり、その壁面には荘厳な、名状しがたき怪物達の宗教画が刻み込まれていた。
魔物の気配は薄い、ここは聖地だからだ、聖地故に魔物は訪れず、ここで魔物は産まれ、地の果てまで覆い尽くさんと旅をする。
まるでぼくのようだと自虐的に感じながら、白の最上階まで上り続ける。たまにエレベーターも使い、日の光が窓から差し込む無人の巨大構造体を登って行く。
そうして上ってると、白い、直角のらせん状の階段を上っていく中、翼のない竜のような黒い金属質の光沢の魔物に遭遇する。
魔物は人のような頭を持ち、こちらを睨み付け、すぐさま飛び掛る、透明化のマントも彼の目には無駄だったみたいなので、ぼくは光の銃を魔物の頭に向け、引き金を引く。
するとドンッと鈍い音が銃から響き、魔物が鎧に包まれた僕の首を跳ねる前に光の点が魔物の頭を打ち抜き、その点よりも大きな円が魔物の頭を、白の壁面をまるで何もなかったかのようにえぐり抜いた。
そうしてぼくはまた、魔王を殺すために歩き始める。
視界に表示された高度計が、どんどんと最上階に近づいていく。
あんなに広大で巨大だった魔王城が、どんどんと細い塔のような構造になり、最上階に到達する。
そして扉を開けた先にあったのは細く白い橋、さらにその先にあったのは、どこにでもありそうな、白い民家だった。
おそらくあれが魔王の家なのだろう、角の生えたお姫様の家にしてはあまりにみすぼらしいけど気にせずぼくは橋を渡る。
すると背後から殺気、振り向くとそこには白い仮面をかぶり浮遊したローブに包まれた無機質な魔物、人型に近いけど黒い手足は人のそれよりも長く伸び、黒く、甲殻類を思わせる外殻に包まれてぶら下がっている。
振り向きざまに銃を撃とうとする、だが銃を持った腕を魔物文字……よくわからない記号が並んだ光の輪が拘束し、掌に神経が届かず、右腕が強大な力につかまれたかのように動かなくなる。
まずい、こちらの動きを止めた隙に派手な爆発呪文や局地的重力嵐を起こしてぼくを殺すつもりだ。すぐさまぼくは思考し、鎧の右肘部に付けられていた大きな螺子のようなものを起動する。
<右肘爆砕螺子起動します>
視界に文字が浮かび上がり、螺子は肘に突き刺さり、そのまま爆発し右前腕部を爆発で切り離す。
鎧には複数の機能があり、思考したとおりに各部に付けられた螺子を肉にめりこませ爆砕したり、筋力をさらに強めたり、痛覚を遮断することができる。
<爆砕螺子正常起動、切り離し箇所の緊急止血をします>
結果ぼくは右肘から先を切り離しても冷静に戦闘出来て、だからぼくはそのまま魔物に向け跳躍し、そして右腰に付けていた衝撃剣……旅の盗賊が使っていた、ぼくの鎧に傷を与えれるぐらいの力を持った剣を引き抜き、魔物に力任せに振り下ろした。
衝撃剣はぼくのつけた通称だ、振り下ろせば振り下ろした部分に何でも切り裂く衝撃破が発生し、そのまま遠くの構造物ごと切り裂いてしまう。
使い勝手は悪いが威力は一流で、だからこの見るからに魔王を守護する最強の戦力と思わしき魔物も一瞬で真っ二つに切り裂いた。
真っ二つに切り裂かれた断面図は魔物というより機械で、派手に爆発をしたのだけども爆風に吹き飛ばされながらそのまま受身を取り何とか橋の向こう側に着地。
僕が切り離した右腕も飛んできたから掴んで、そして光線銃を回収する。
この一撃で透明になるマントは壊れたみたいで、透明になろうとしても灰色の本来の色を保ったままになってしまう。
損害は右腕ひとつとマントひとつ、魔王を前にするにしては心もとないけど、振り向く。
家は煙突がついていて、煙突からは煙が出ていた。
ぼくは扉に手をかける、魔王はきっとアレ以上の力でぼくと戦うのだろう、ぼくが負けたらこの星はどうなるのだろう。
すこし不安になるも、ぼくは唾を飲み、そして扉を開けた。
そして扉を開けた先、玄関にその子は居た。
褐色の肌。
その肌を包む白と青のワンピースのような法衣。
小さいけど、少し膨らんだ胸。
ぼくよりも少し小さい、女の子と言う形容詞がぴったりの背丈。
法衣から覗く細いけど、細すぎない、綺麗な四肢。
黒い長髪。
赤く、可愛らしい釣り目。
そして、左右の側面から突き出た、二本の角。
魔王が、そこに居た。
「君が、勇者なのかな?」
彼女はそっけなく、ぼくに質問する。
ぼくは光線銃を彼女に向ける、引き金はまだ引かなかった、違う、引けなかった。
その姿にどきっとして、そのどきっとした何かに命令されたように引き金が引けなかったのだ。
「そうだよ、君は魔王か?」
だけどそれを悟られないようにぼくは語る。
「ああ、私が魔王だよ。自己紹介は済んだかな、君に頼みたいことがあるんだ」
彼女は凍りついたような無表情で、ぼくに語りかける。
何を頼むのだろうか、ろくでもないことだろうけど。
「勇者に頼む頼みごと、か」
「ああ、君にしか出来ないことだよ」
彼女はぼくを見て、そして少し鼻で息を吸う。
そして、口が開かれた。
「私を殺してくれないかな、出来れば原型も留めないほど」
その言葉に、ぼくは驚いた。
「……は?」
それはぼくの目的なのだろうけど、彼女がそうしてくれと願った言葉に、呆気にとられたのだった。
─3─
自分を殺してほしい、彼女は、魔王はそう言った。
理解不能、魔王が自殺志願?魔物を動かしてる虐殺者だというのに、どうして?
わけがわからなく、困惑してるぼくの手を彼女はそっと握って、そして今、ぼくらは今度は下に降りている。
鎧を着込んでるからぼくを引っ張る彼女の手の質感は伝わらないのだけど、きっとやわらかく暖かいのだろう。
長い髪が靡く様に、少しどきどきとする。
「地下にいけば殺す理由を、教えてくれるのか?」
彼女はそう言ってぼくの手をひっぱっている。魔物は襲い掛かる気配がない、きっと彼女が操ってるのだろう。
「そうだね、見せたほうが早いだろうから今地下に連れて行ってるのだよ」
彼女の声、ぼくは今、魔王と一緒に行動している。彼女は無防備に僕の前を歩いている。
彼女の力はそれほどでもない、だからぼくは今握った手を振り払い、すぐに光の剣で真っ二つに出来る状況だ。
「別に今ここで殺しても構わないよ、私が君に求めてるのは私を殺すことだから、その理由の説明をしに誘導してるだけだよ」
ただの自殺志願者にしては、前向きな語り口でぼくに彼女は宣言する。
彼女は死が怖くないのだろうか。死を受け入れ、理不尽を受け入れ、それでもぼくにその理由を伝える為に歩いている。
ぼくは死は怖くない、そういう風に造られた存在だから、だけども、人は死ぬのが怖いのは知ってるし、死の恐怖を物語を通して認識してる。
「きみみたいな命知らずは初めてだ。君を殺しに来た相手に、待てと言う訳でもなく、殺してほしい理由を語るなんて」
率直な意思を告げる。
「どこに逃げても<彗星侵食体>に捕まえられてここに戻されるからね、それでも精一杯の抵抗として、<彗星侵食体>を極力ここに入れないようにしてたのに君は気づいてたかい?」
彗星侵食体とは魔獣の事だろうか、彼女の言葉が本当なら。妙にこの城に魔物が少ないのも納得だ。
「それでもここに来るまでに戦ったのは、今まで見たこともないぐらいやばそうなのばかりだった」
「彼らは私の部下でなく、同列の存在だからね。少し窓を見てたら<上級示教者>まで切り捨てたのはびっくりだよ。しかし……何でバビロン・ガーデン時代初期の遺産がそんな所にあるんだい?降下した輸送船には積んでなかったはずだけど」
彼女の言葉はどんどんわけがわからなくなってくる。
「ちょっと待って。ぼくはきみが知ってるような知識はない、それときみと同列の存在が徘徊してるなら、遭遇の可能性は高いんじゃないのか?」
「ああ、大丈夫だよ、今君の反応は私たちと同じ<彗星侵食体>にセットしてある、同種の存在が護衛についてるという反応なら、別に城の中なら自由さ」
なんかもうさっぱりだが、角を自慢げに撫でながら語る彼女いわく、どうにも大丈夫らしい。
そうしてぼくらはどんどんと下り続け、そして地下に向かっていく。
地下は一直線の階段で、どんどんと降りていくと、光がほとんどなくなっていく。
「光視界はないが大丈夫かい?」
「大丈夫だよ」
ぼくは即答する、視界はすでに夜視状態にしてある。
「なら問題はないかな」
彼女の返答、そしてまた降り続け、兜に移る電子時計が3時間ぐらい経つほど下りていくと、ようやく底につき、通路を越えると巨大な、ノブのない扉と相対する。
彼女がぼくから手を離し、その手で扉に触れると、勇者の塔の扉のように、左右に扉は勝手に動いて行く。
「行こう」
彼女は振り向き、またぼくのひとつしかなくなった手を掴み、引っ張っていく。
そこはバルコニーのような構造で、視界の先には巨大な空洞と、あるものがあった。
『あるもの』は何か臓器のように、胎動していて、巨大で、何百メートルの大きさもあるように見える。
その『あるもの』は皮の剥がれた山羊のような頭をしており彼女のような角が二本生えているが、それ以外はまるでむき出しになった心臓のようなグロテスクな肉塊で。
その下の部分からは、ぼとぼとと一秒につき何十匹もの何か……視界を拡大してわかる、魔獣を産み出していた。
「これが、殺してほしい理由?」
ぼくは彼女の方に向き、尋ねる。
「ああ、詳しい説明をしたほうがいいかな」
彼女の瞳が、ぼくを真剣な眼差しで縛り付けるかのように見据える。
「頼む、これだけじゃ考察は出来てもわからない」
「それもそうだね、じゃあまずこの星の歴史から話そうか、君は星の歴史は知ってるかい?」
「かつて神が降り立ち、人々を生み出した、しかしその繁栄を妬んだ神は魔獣をこの星に産み出した。だから神は勇者の塔を造り、さまざまな文明の遺産を与え、魔獣に対抗しようとした。という話か?」
ぼくは適当に本で聞きかじった、神話について語る。星の歴史には謎が多いのは知っていて、考古学者曰く様々な現在の文明で作れない品があることからかつて巨大な文明があったはずなのに、その遺跡である都市がないのが不思議なのだという。
「樂紋教の神話か、それとは違う話だよ。君の宗教的価値観を否定するが別にいいかい?」
「ぼくは無神論者だ、きみを殺そうとしたのもそうするために産まれたためでしかない、肉食獣がほかの獣を食べるように」
「なら話は早い。まずこの星なんだが……うん、君が勇者の塔と呼んでるところと、何個かの脱出艇から始まった文明だよこの星は」
「続けてくれ」
「まぁ何千年も前の話になるからだいたいみんな忘れてるのだろうけども。かつて君たちは宇宙を移動する船に乗っていた。そしてその船には積荷があった。その積荷は惑星に落とせば、無尽蔵に生物を作り出し、そして人間の住みやすい環境を造る効果があった」
無尽蔵に生物を作る、というのはまるであの肉塊だ。ぼく達が宇宙を移動する船に乗っていた、というのは驚くべき仮説だけど、彼女の言葉からして、嘘をついてるようには思えない。
「だけどまぁ、その船には、その船の所属する国が気に入らない奴がいた、そいつがその積荷に細工を施し、人を殺す怪物を作り続けるようにして、そして暴走させた。暴走の結果船は割れ、地に突き刺さったり、破片の山になって星の周りを漂う事となった」
「そして地に着き刺さった船が、勇者の塔ということか?」
ぼくは推測する、勇者の塔はまるで鋼鉄の船のようだったから。積荷を運んだ船が、勇者の塔ならおかしくはない。
「ああ、そして積荷は魔王と呼ばれ、そして船の方も、積荷が暴走したときの対処用の兵器を産み出し続けるようになった。そしてその兵器は魔王の核を何回も殺し、核が殺された魔王は殺されるたびに何千年かの眠りにつき、何千年か経過するとまた新しい核を産み出した」
その言葉に、頭に電流が流れたような衝撃が走る。
ぼくが兵器なのはまだいい、そんな事何回も自問自答して認識してるし、それが産まれた意味なら別にいいやと納得してた。
けれども、目の前のかわいらしい角の生えた女の子とあのグロテスクな肉塊が同一存在なんて信じられない!
「嘘だろ!?」
「嘘じゃないよ、残念なことにね、君は産まれたときから私を殺すために、私は生まれたときから君に殺されるために産まれたようなものだ」
「けど、きみはぼくを傷つけようとしなかった。きみが魔物を従えてるなんて信じられない!」
言ってしまった、信じられないと、彼女が魔王だと。
「……この城の範囲内なら制御はできるよ、けれど一箇所に留めさせて壊死させようとすれば、それを防止するための存在が産み出され焼き払い、それでもやり続ければ今度は繁殖力の高い個体が製造され、私の目を潜り抜けて外に出て、そして大量に繁殖し増えていくという手段をとるようになった」
彼女は少し、間を置いて僕に説明を行う。その眼は悲しそうだった。
「きみも対処しようとしたけど、いたちごっこということか?」
「そうだね、かなりの回数試してみたけど製造器側に組み込まれたウィルスが悪疎すぎて、コア部位の私でも制御不能なんだよ」
「あの製造器の破壊は?」
「昔何人かの勇者が挑戦した事はあった、けど製造器側の防衛プログラムに阻まれるのがいつもの結末、つまり、私は外付けの制御スイッチにして、停止スイッチでもあるんだ」
「最悪だ」
ぼくは呟いてしまう、彼女は悪くはなかった、むしろ事態の収拾のため、ぼくに殺されることを望んでいる。だから死を恐れないのだと。
彼女は悪くない、悪いのは彼女を改ざんした誰かなのだろう、その誰かへの怒りが、ぼくの心に湧いて行く。
けれども、もうすでに改ざんを行った奴は死んでいるだろう、何千年も前の話だからだ。
「さて、これで理由はわかったかな……分かったのなら、はやく私を殺してくれ。自殺しようにも出来るように造られてないんだ、一撃で楽にしてくれ」
掌を開き、腕を左右に広げ、彼女はぼくに問いかける。決断しろと。
ぼくは光線銃を剣形態にする、グリップが稼動し、銃口から光の剣が延びる。あらゆる敵を切り裂く、破滅の力だ。
剣を構える、彼女はぼくに消え入りそうな笑みを浮かべる。言葉はやらない。
ぼくは剣を振り上げ、そして彼女目掛け振り下ろした。
─4─
僕は彼女を切った、ごとん、という重い音がひとつ地面に響く。
もう一度彼女を切るとまた、ごとん、という重い音が地面に響いた。
「え……あれ?」
彼女は目を開いた、きょろきょろと、周囲を見て、下を、床を見る。
床には二つ、彼女の角が落ちていた。
「私を、切らなかったのかい……?」
きょとんとした顔で、彼女はぼくに問いかける。
だけどぼくは、彼女のもうひとつの体……魔物を製造する製造器の方を見ていた。
製造器の胎動はどんどんと緩くなっていき、そして魔物は産み出されるスピードは落ち、とうとう胎動がとまって、何も産み出されなくなった。
あの熊のような恰好をした教祖が言った、角が神威の印であり、その力により魔物を産みだし、操ると言う話……眉唾だったけど、本当だったみたいだ。
「やっぱり、角を切り落とせば良かったか……きみも見たほうがいい、製造器は止まってるぞ」
ぼくは目論見が上手く行って、つい笑顔を浮かべてしまう……笑顔何てぼくが浮かべられたのは、びっくりだ。
「……え……こんな簡単な手段で……?」
彼女もまた、見下ろし、その異常な状態に驚く。
「あは、はは……あははははっ……角を切るだけで停止したのか?何で気づかなかったんだ……ああ、記憶のロックか、そういうことか、ああ……」
彼女は笑い、そして何か納得した様子だ。
自分が死ぬ必要が無かったから、体の力が抜けたのかへたりこもうとするから、ぼくはその体を支えるように動き、抱き支える。
「大丈夫かい?」
「大丈夫だよ、まさかこんなくだらない裏技があったなんて思わなかったからね」
ぼくが手を離すと彼女はぼくの方を向き、笑顔を浮かべる。
凍ったような無表情の彼女が見せる笑顔にどきっとして、ようやくぼくは彼女を何で殺さなかったのかを理解した。
早い話が、彼女に一目惚れしていたんんだ、魔王と言う役割を与えられた、可愛そうな少女に。
「さて、どうしよう、角はどうやら色々送信機だったみたいだ、下手をしなくても残った魔物は私を他の人間と同じ外敵として見るだろうね」
彼女の重苦しく変わった顔に、汗が浮かんだようにぼくの眼には見えた。
「大丈夫、きみはぼくが守るよ。そしてここを抜け出そう、そしたら、色々な話をもっとしよう」
恥ずかしい台詞、言ったことも無かった台詞を僕は紡ぎ出す。
片腕は失った、透明のマントもない、だけど、彼女を守って生き残りたいと言う意思に、僕の体は満ちている。
「そうだね、そういうのも悪くない。じゃあ、すぐにでも行こうか。ここじゃないどこかに、外の世界に行くのも、悪くは無い」
すると彼女も、ふっと笑みを浮かべる。
ぼくもまた、兜越しにだけど、彼女に対し笑顔を返した。
そうして勇者と魔王の戦いは終わり、ぼくと彼女のボーイミーツガールは、こんな形で幕開けとなるのであった。
灰鉄杯なんてものがあるから投下してみました。これでいいのでしょうか?感想お待ちしてます。
挿絵はNitoさん(http://www.pixiv.net/member.php?id=2491029)
に貰いました!感謝です!