第三話 日常を共有できる友人
物語はオムニバス形式であり、各話は時系列がバラバラになっています。
また、それぞれが完結しているので、
1話から順に読まなくても分かるようになっています。
どうぞ気兼ねなくお読み下さいm(_ _)m
※物語で登場する人物名等はフィクションです。
※またFC2小説、mixi、2ch系掲示板等にも投稿したことのあるお話です。
特にやりたいことや目指すものがあって、進学したわけではない。
私の実家は専業農家だが、専攻している学科も農業とは全く関係がない。
家業を継ぐことを強く望む両親への答えの引き伸ばしと、
単純にあの家を出たかっただけだ。
大学では温泉同好会に入っている。
別に旅行や温泉が好きだったわけではないが、
入学早々最初に声を掛けてきたのが、このサークルの人間だったというのが理由。
部員数も少なく幽霊部員を含めて4人、活動内容も非常に曖昧で私好みだ。
なによりサークルで使われているこの部室が、私にとって居心地が良かった。
さて、君は幽霊を信じるか?と聞かれたら10人中何人が信じると答えるだろうか。
大抵は、信じないと答えるか、曖昧な答えを返すだろう。
何故なら人間は実際に目に見えるもの、触れられるものしか信じないからだ。
それは当たり前なことだし、私自身も見たことがない。
だが、気配を感じることが出来るとしたらどうだろう?
何かが居るのは分かっていても、それが見えないというのは、
相当な恐怖なのではないだろうか。
もちろん私自身は見たことがないから、見える恐怖と比較のしようがない。
この部室は、そういった気配がない、だから私も安心できる。
ただこの平穏を壊す1人の部員がいる、私はこいつが苦手だ。
「さ… さっきから睨まれている気がするんだけど、どうしたの?」
部室の中央に置かれたテーブルを挟んで、
私の向かいに座って本を読む色白でモヤシような男が1人居る。
こいつの名前は菊地。
大学の1つ上の先輩で、入学早々最初に声を掛けてきたのがこいつ。
菊地からは何か嫌な気配を感じる、それはたぶん、こいつに憑いている霊なのだろう。
それまで無菌室のようだった部室に、こいつが入ってくると部屋の空気が変わる。
菊地だけが妙な気配を持っているから一層目立つ、心がざわつく。
私は部室で寝ていたいのだ、どっか行け。
「せんぱい、何で部室に居るんですかー?」
「え?僕部員だし…」
「私の平穏を乱さないでくださいよー」
菊地は怪訝そうな顔をして私を見ていたが、
ハッとした表情を浮かべた後、腕時計を見て部室から出て行った。
静かな部室に戻る、その静けさは私を眠りに誘う。
部室は屋外ではあるが、大学の敷地の奥まった箇所に建てられたプレハブで、
周辺には普段から人気もなく、立地的にも静かな場所だった。
うとうとしていると、再び嫌な気配で目が覚める。
テーブルを挟んで向かいに座って本を読む菊地が居た。
ちっ… 戻ってきたのか。
「ホヅミこそ、毎日部室で寝て。何かすることないのかい?」
それこそ余計なお世話だ、校内や街中には嫌な気配が沢山あるのだ。
嫌な気配のある場所に長時間留まると、気にあてられ具合が悪くなる。
私はそういうものをずっと避けてきた。
ちなみにホヅミとは私のことだ。
八月一日と書く、名前ではなく苗字だ。
私が霊の気配を感じられるようになったのは、小6の頃。
突然感じるようになった。
はじめはこの気配が何なのか分からなかったが、それが霊であると知ったのは中3の頃。
祖父が亡くなったときだ。
私の場合、霊には2種類の感じ取り方がある。
感覚論だから的確な表現はないのだけど、言葉にするなら暖かい感じと冷たい感じ。
暖かいものはおそらく害がないのだろう、少なくても私は被害にあったことがない。
しかし冷たい感じのものは害がある、だから私はそれを嫌な気配だと思っている。
祖父が亡くなった後、しばらくして祖父は実家に戻ってきた。
私はおじいちゃん子だったから嬉しかったのだけど、
高2の頃、今まで暖かい感じだった祖父であろう霊は冷たく変化した。
それが悲しくて実家に居たくなかったのだ。
テレレレテッテッテー
ドラクエのレベルアップの着信音が鳴った。
私はそんな着信音は使っていない、どうやら菊地のものらしい。
「あ、高梁?うん、ちゃんとやったよー」
菊地は電話で話しながら、部室を出て行った。
再び静かな部室に戻る。
さっきから部室を出たり入ったり、何しているんだ?
いい加減寝るのも飽きてきたし、様子を見に行ってみようか。
外はもう9月も中旬を過ぎたというのに蒸し暑い、まるで夏のようだ。
私の苗字は八月一日と書くが、夏は嫌いだ。
誤解があるといけないので言っておくと、
菊地に憑いている霊の気配は嫌いだけど菊地自身は嫌いじゃない。
だからこそ、入学時に声を掛けてきた菊地の居るサークルに入ってもいいと思ったのだ。
「うん、うん、ありがとう高梁、また電話する」
部室の外壁に向かい合ってしゃがんでいる菊地の姿があった。
「せんぱい、さっきから何しているんです?」
声を掛けると菊地は飛び跳ねるように驚く。
よく見ると、彼の足元に水の入った小瓶と無数の紙切れが落ちていた。
何かをしていたような痕跡があるのだが、菊地ははぐらかしている。
近づいてみると、菊地の周辺から妙な異臭が漂ってきた。
これは… アルコールの臭い?
どうやら小瓶の中に入っている液体は水ではなく、お酒のようだ。
怪しい…
菊地を問い詰めてみたが、やっぱり誤魔化されるだけで何も教えてくれない。
そんなやり取りにも飽きて、そろそろ部室に戻ろうとした。
突然、私の背後から嫌な気配がした、凄く冷たい感じの気配。
この蒸し暑い日に似つかわしくない、
まるでその空間だけ切り抜いて冬に挿げ替えたなような違和感のある冷気。
気配は徐々に近づいてくるのが分かる。
思わず叫びたくなったが、体が硬直して声が出ない、これは金縛りというのだろう。
私は菊地と向かい合ったまま動けなくなった。
このときの私の顔は、菊地にどう見えただろうか。
例えば、私の背後に人が居たとしても、私は気がつかないかも知れない。
たが、霊が居たとしたら気づくことが出来る。
これはきっと霊だ、それも酷く感じの悪い…
部室に居れば良かった。
その気配が真後ろまで来ているのが分かる。
氷が首筋にあたるような感触が伝わってくる、触られているのだ。
ひぃぃぃぃぃ!!
私の目の前にいる菊池には、私が今どういう状況か分からないだろう。
何故なら菊地は、私のような感じる人間でもなければ、見える人間でもないからだ。
助けて!
そのとき菊地が、私の左腕を掴んで引き寄せた。
足に根が生えたように硬直していた私の体が、嘘だったように動く。
私は恥ずかしげもなく、菊地の腕にしがみついていた。
「もう大丈夫だよ」
どれぐらい時間が過ぎたのだろう。
もしかしたら、ほんの数分だったのかもしれないが、
私には随分長いこと菊地の腕にしがみついていたような気がした。
辺りを見回すと、先ほどの気配はもうすっかり消えていて、
いつもの蒸し暑い空間がそこにあった。
菊地の足元にあった無数の紙切れは、
まるで突風が吹いた後のように四方に散らばっている。
小瓶に入ったお酒は微かに揺れて、濁っていた。
一体なにが起きたのだろう…
私は菊地を見上げる、菊地は私を見て微笑んだ。
「そろそろ離れてくれない?」
部室に戻ると、先ほどの体験が嘘のように静かで澄んでいる。
やっぱりここが落ち着く、ただ1点の除いては。
しかし菊地から感じる嫌な気配は、何故か少し薄れている気がした。
菊地は何事もなかったかようにテーブルを挟んで、
私の向かいに座って帰り仕度をしている。
沸々と疑問が沸いてくる。
あのとき菊地が居なかったら、私はどうなっていたのだろう?
さっきのあれは助けてくれたのではないか?
彼は何も言わないが、もしかして見えるのではないだろうか?
確信がないなら聞けるはずがない。
私は感じる人間だから余計に聞けない。
何故なら、普通の人間にとって私のような人はホラ吹きなわけだから。
「じゃあ僕は帰るよ」
「せんぱい、私も一緒に帰ります!」
菊地は少し驚いた顔をしていたが、快く承諾してくれた。
もし彼が見える人間だとしたら、
霊の居る日常を共有できる友人として向かえてくれるだろうか。
私はもっと先輩のことを知りたい。