新たな力と圧倒敵
朝陽が東から昇って、西へ沈んでもう一度東の空に姿を見せる。
朝を告げる鐘の音が響き渡り、鶏たちもけたたましく鳴き叫ぶ。
カーテンの隙間から差す光が眠りの揺籠を揺する。
いつもならば、そんなことに関わらずグッスリ寝ているはずだが今日は違った。
今日は、バルキュリアドラゴン討伐の日である。また、父の土産の正体を知る日である。そのおかげで、眠れたのかどうかよくわからないくらいだが、朝陽が目に入ると気が引き締まる。ボンヤリした眠気は何処かへ影を潜め、代わりに満ち足りたやる気が起きる。ベッドから出たセイトを春の暖かな優しい空気が包んだ。
トントン、とリズミカルな包丁の音が扉から漏れ聞こえる。
毎朝の音となりつつあるクロハの朝食の準備をする音は、しかし、今日だけは特別な響きを持ってセイトの耳に届いた。
「来たなボウズ。ほれ、オヤジが頼んでたモンや。こりゃええモンやで。ボウズに持たしとくのは勿体無いくらいじゃ」
朝食を終えると父はフラフラと出かけてしまった。どうやら討伐クエストにも参加しないようだ。仕方なく一人で鍛冶屋に出向いたわけだが、きちんと品は出来上がっているらしかった。
一仕事終えた感を出しながら、鍛冶屋が差し出したのは淡く緑色に光る直剣。その一振りが、圧倒的な存在感を醸し出す。刀身は向こう側が透けるほど薄く叩かれ鉱石であることを忘れるほどの美しさを魅せる。両刃を支える柄は黒く沈んだ黒曜石で仕上がっている。飾りの類は見受けられず、それがかえって直剣自体を美しく感じさせるのだから、不思議だ。
「そりゃあ、ルリジオン鉱で出来とる。それなら、戦乙女も楽勝じゃ」
ハハハ、と笑った鍛冶屋とは違い、セイトは唖然とした。ルリジオンは、大変な硬度を持つため、加工には非常なほど向かない。その鉱石をたった2日で剣にしてしまう鍛冶屋も去ることながら、鉱石を準備した父に唖然としたのだ。ルリジオンといえば、シルフ領の南の果てにあるルリジウム鉱山から産出されている。しかし、鉱山からの流通は全体量の1割に満たない量で、大半は猿型大型種「ルリハヴ」が巣に溜め込んでいるものをかっぱらってくることで流通する。と言っても、ルリハヴ自体が希少種で、ルリジオンの年間流通量の5年分を使わなければ一振りの剣にはならないと言われる。事実かどうかはわからないが、量が少ないのは事実だ。それを父は飄々と集めて来たのか…と感心と呆れが混ざった気分で惚け面して突っ立っているのだ。
「しかし、オヤジもすげぇなぁ。こんなもん作れるかっつったのに無視して帰りやがって。作るしかねえじゃねぇか…」
ブツブツと独り言に走り出した鍛冶屋を放っといて、帰路に着く。昼を告げる鐘の音がなり出しそうな頃合いと見て、駆け足になる。昼飯にありつかねば。
「ただいま」
ここに来てようやく重量を気にし始めた剣を持って、居間にいるクロハに声をかける。丁度よく昼の支度が済んだようで、
「あ、おかえり」
陽気に鼻唄でも歌い出しそうな機嫌でテーブルに次々と皿を置いて行く。湯気を立てる料理の数々は、空腹を訴えるセイトの胃を暴力的なまでに刺激した。
席についた俺たちはいただきますももどかしく、食事を始めたわけだが、何気なく食事を摂る風景がこの後のクエストから帰ってくるとなくなるかもしれない、という不安が今更ながらに噴出して、全く味を感じられなかった。また、クロハは不安の裏返しでやけに饒舌であったが、急に黙りこくると一気に不安そうな表情を作って食事をやめてしまった。そのときからの静けさは筆舌に尽くし難く、不安をさらに煽ったのは言うまでもない。
何かぎこちなくなった2人は、領主館一階のクエストカウンター前に行った。既に大勢のレイヤーが様々な表情とともに集結しており、中には、その名を知らない人間はいないというほどの大物レイヤーも見受けられた。
その中でセイトとクロハは間違いなくひよっこであるが、誰もつっかかってくることはなかった。久々の大物相手でそれなりに緊張しているのか、父の名に依って守られているのかは定かではないが、当のセイトにはそんなことを考える余裕もなく、青い顔をして隅っこで時間が来るのを待つのみである。
どれくらいの時間が流れたのかはわからないが、突然の大声に様々な話し声は止んだ。それは、ファティオの声であった。
「時間だ。諸君、よくぞ集まってくれた。戦乙女は脅威であると同時に、我々の力を他の4族に発信できる機会である。ここに集った48人のレイヤーの諸君にシルフ族の未来を託した。皆の無事の生還と討伐の報をここで領民とともに待つ。戦士たちよ、その力を示せ!」
オオオオオオ、と雄叫びをあげて、領主館を出る。
ここからは徒歩になる。前述の通り、魔法には多くの体力を消費するため歩く、もしくは馬などを使うのが一般的である。
ガヤガヤ、と喧しく行軍する一行はすぐに深い森の一本道から逸れて、バルキュリアドラゴンがいると見られる場所へ一直線に進む。誰もがここで功績をあげて出世したいと考えることで、自然と行軍のスピードは早くなる。
1時間も歩くことなく、偵察隊と合流しいよいよ決戦が始まる。
敵は人外の生物、モンスター。
周囲にモンスターは見当たらないが音につられて集まらないとも言い切れない。
対する48人のレイヤーは、それぞれの武器を掲げて直前の打ち合わせ通りの隊形をつくる。
高位攻撃魔法の数々が火蓋を切った。
悠然と佇む巨龍に次々とヒットさせると第一陣、仮称A組が鬨の声をあげて立ち向かう。
あの時と同じ怒りを込めた大音声を響かせたバルキュリアドラゴンは、身体に見あった大きな尻尾でA組を一薙ぎにしようとする。
ブゥン、と恐ろしい音を立てて凄まじい速さで迫る尻尾をA組のレイヤーは跳んで躱そうとする。しかし、1人が避けきれず叩かれる。打たれたレイヤーはそのまま吹き飛ばされ、待機していた他のレイヤーの介抱を受ける。その間にも、接敵したレイヤーは次々と自らの渾身の一撃を見舞うが多くは朱い甲殻に弾かれロクなダメージを与えられない。逆に刃こぼれしてしまうレイヤーもいる。辛うじて、甲殻の隙間にヒットさせたレイヤーも決して深手を負わせたとは言い難い。それもそのはずで、並大抵の武器では相手になるような敵ではないのだ。しかし、命というものは概して、失われる時は一瞬だ。つまり、最初の一撃でこちらも向こうも死ぬことは考えられるというわけだ。
A組に続いて、B組が突入する。その間は、魔法組が時間を稼ぐ。魔法組には当然、クロハが含まれる。そして、そのB組には俺が含まれている。今日もらった剣は、フィーリングとしては悪くない。剣技魔法に応えて光る刀身に全てをかける。儚く揺れる命の天秤はゆらゆらと気まぐれに揺れる。
途端、ぐるりとこちらを向いたバルキュリアドラゴンは、口を開いたかと思うとその口元が光った。
マズイ、ブレスだ!
声にならない叫びをあげて、無理矢理剣技魔法を中断させ方向転換。木々の間に身を投げ出して助かろうと試みる。その時声になったのは、短い一言だった。
「クロハ!」
ブレスの強烈な光に照らされたクロハのアメジスト色の瞳は、零れんばかりに見開かれ、こちらを見た。
視線が交錯する。
俺が翔んだのとバルキュリアドラゴンのブレスが放たれたのはどちらが早いかは神のみぞ知る。
もう一度。
「クロハー!」
強烈な光は、影を作り出して。




