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魔法使い

翌朝。

南の大窓から、朝日が強く差す。

瞼裏(まぶたうら)を赤く照らす光は春特有の暖かさを持ってセイトの眠りの揺り籠を揺する。

しかし、春眠暁を覚えずとはうまく言ったもので、いつまでも眠りたいという誘惑がセイトの意識を捕まえる。

「……ふあぁぁ」

快眠の誘惑を見事振り切って、体を起こす。心地良い怠さをいなして部屋を出る。

しん、と静まり返った我が家は暖かな空気に満たされていた。

「おはよう、母さん」

台所に立つ母に挨拶をして、違和感を感じる。

「おはよう、セイト」

違和感ことクロハさんは、昨日俺が仕立ててもらった服をきている。まあ、着の身着のまま来てしまったのだから、当然ではあるが。

「おはよう。似合うじゃんか」

「本当?ありがと」

実際、あの呉服屋の店主のセンスは見事だった。意図したかどうかは分からないが、黒い髪に合わせた黒地の生地をしっかり縫い合わせ、過装飾でないところがクロハの素材の美しさが際立つ。ウエストは締め気味だが腰回りはゆったりしてそうで、胸元はVカットで白磁の様な肌が見える。パンツも上に合わせた黒のデザインで、こちらも過装飾でない。

うん、やるな店主。その分ふんだくられたけど。

「なに見惚れてんの。ほら、ご飯にするよ」

母に後ろからど突かれて我に返った俺は、クロハを見つめていたことにそのとき気がついた。これも店主の魔法か。

「ふふふ」

気難しげな俺の表情を見て、クロハはさも愉快そうに笑った。


朝飯をかきこんだら、母は薬屋へ出掛け、俺たちは街へ出る。

朝のひと時を忙しく過ごす人々で街は活気に溢れている。

そんな中を珍しげな目に囲まれながら2人で歩くのは、あまり嬉しいものではない。

逃げるように鍛冶屋に入って、吊るし売りの短剣を貰う。流石に丸腰で領外に行かせるわけにはいかないので、軽いことだけが取り柄の短剣をクロハに渡す。

そのあとは、大急ぎで領外へ。と言いっても、すぐ近くをフラフラするだけだが。

「なにをするの?」

耐えかねたようにクロハが俺に質問した。

「あれ?話してなかったか?今から素材集めだよ」

探すのは蝶形小型モンスター「アケルファ」。その美しい触角を4つ集めるのが昨日受けたクエストの内容だ。一匹に2本の触角が生えているわけなので、2匹を見つけてなければならない。

「これがまた厄介なんだなぁ…」

アケルファ自体に攻撃性はほとんど無いのだが、その絶対数が少ないので探すまでに苦労する。

「アケルファってあの青と白の翅の蝶でしょ?」

「ん?ああ、そうだけど。見つけたか?」

そういってクロハの視線の先をたどるが、そこには木しかない。

「ちょっと待って」

突然、クロハが立ち止まった。目を瞑ってしばらくすると、全身が光り始める。魔法だ。だけど、こんな魔法は見たことないし、なにをしているのかも理解できない。

この魔法は、驚くべき魔法であった。

「…こっち」

目を開けたクロハは自分の指差した方角に歩き始めた。慌てて俺も追従する。黙ってついて行くと、なんとアケルファが優雅に舞っているではないか。それも2匹。

「……え?」

情けなく声を出した俺の方を見て、恥ずかし気に微笑んで見せたクロハは

「どうするの?」

と先のことを聞いた。俺はその前のことを聞きたいのだが、アケルファが逃げてしまっては元も子もない。

「片方できるか?」

「あれくらいなら」

俺が頷いたのを合図にそれぞれが動く。

アケルファの危機察知能力はかなり高く、近づき過ぎると逃げられる。そのため、求められる戦法は、

「一撃離脱…」

である。ここで翔ぶのは最良の策でないように思った俺は、強く地を蹴った。詠唱無視の剣技魔法が刀身を淡く光らせる。そのまま振られた剣がアケルファを真っ二つに切り離した。

すぐに触角を切り離して魔法をかけて、腰のポーチにイン。

さてさて、とクロハの方を見ると、セイトは見入ってしまった。

クロハの両手は紫色に光り、その先にいるアケルファの身体は紫色の紐のように見えるものでグルグル巻きになって地に落ちている。バタバタと暴れるアケルファを縛ったまま、右手を握りしめた。ビシッ、と稲妻がアケルファを駆け巡って、沈黙した。俺も沈黙した。なんだあれ。見たことのない攻撃魔法だった。普段魔法を使うセイトだが、魔法は得意ではない。だが、クロハは恐らく真逆だ。魔法しかできない位のレイヤーなんではないだろうか。

この世界の魔法というものは、ゲームなどでよく使われる、MPやCPなどの有限パラメータは無論存在しない。魔法を使用するごとに消費されるのは、多くは体力である。攻撃力や利便性に比例して多くの体力を消費する。普段多くのレイヤーが使用する「消滅防止魔法」も、少なからず体力を奪うものである。

さらに、詠唱をすることによって、術本来の威力を得ることができるのだが、異常なほどの回数、特定の魔法を使い続け且つ、センスが良ければ詠唱を無視して使用することが可能になる。これも利便性に比例して回数を(こな)さなければならないが。

つまるところ、クロハはあの未知の魔法を詠唱無視で放てることから魔法特化型ではないかとセイトは睨んだわけだ。本人も剣はダメだと言っていたことから、恐らくは正解を導き出したのだろう。

「ふう」

一息ついたクロハは俺の方へ視線を合わせ、

「どうだった?」

それはどっちに対する質問なのか。クロハの戦いぶりに関してなのか?俺の戦闘に関してなのか?

「…まあ、いいんじゃないか」

どっちとも取れる発言で無難に回避。危機回避スキル発動の賜物。

「なら良かった。お荷物にならずに済みそうならいいの」

どうやらクロハは自分の戦闘に関して質問したようだ。そっちなら問題はない。どころか、セイト自身がお荷物になりそうだ。

セイトは、クロハの不思議な魅力に引き摺り込まれる寸前のところにいた。

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