厄介女との出逢い
それは、ダイヤモンドダストの煜る朝の音の様な、虫の聲が響き渡る夜の音の様な。微かに届いたその音は、俺を音の元へと誘う。
深い木々の中、暗闇に光るエフェクト光。独特に膨張収縮を繰り返し次第に大きく強くなる光。
「不味い…」
着地まで考えて減速している余裕は無い。俺の予想が正しいなら…。
「間に合えッ…」
光が闇を一際強く照らし上げる。タイミング的にはかなりギリギリだが…。
樹々の隙間をすり抜けると後は一瞬だ。
枝が創り出す闇を抜けると、膨大な光が目を焼く。
朱い甲殻が光に照らされて浮かび上がる。
巨大な躯を覆う重厚な甲殻。
全長20メートル近い身体から、悠然と伸びる「翼」。
その身体に似合わない小さめの顔。
その顔の口元から強烈な光。
龍型超大型種「バルキュリアドラゴン」1等級。
直下降に近い角度で、バルキュリアドラゴンの背中の中央、一際大きな甲殻に覆われた部分に、渾身の一撃。
放出寸前だった光は、その衝撃によって霧散した。
「ガァアアアアアアッ!」
怒りの咆哮はビリビリと空気を震わせる。肌を舐める不快な振動と鼓膜を叩く大音声。
「うがぁ」
変な声をあげたのは致し方ない。
硬い甲殻に剣を弾かれて、そのまま地面に叩きつけられた。痛い。
「グルァ!」
首をこちらに回したバルキュリアドラゴンは、俺を敵と見なしたようだ。その恐ろしさと言ったら。
「ヤバイか…」
グルンと首を回して、先ほどの音の主を探す。
僅かほど先の木の根元にうずくまる小さな影。
「モンスターじゃないよな…」
避難経路は眼前に浮かぶ。
そして、翔ぶ。
見えない雲に乗ったような独特の感覚を感じて、その先にいた小さな影を拾う。人を抱えて翔べるかは不安だったが、そんなこと言ってられない。
目標の木スレスレを翔んで、黒い影を強制回収。
「イヤァァアアア⁉︎」
モンスターばりの悲鳴をあげて暴れる回収物は、やけに柔らかい。
セイトが想像したのは、ゴツゴツの男性レイヤーだったのだが、この感触はその予想をいい意味でも悪い意味でも180度裏切るものだ。
「クッソ…ッ」
無理矢理高度を上げる。相手の腹の部分を抱えているのだが大丈夫だろうか。とりあえず、
「重い」
小さく呟いたつもりが耳が敏い様だ。
「誰が重いですって⁉︎ちょっと失礼じゃないの⁉︎」
ギャーギャーと喚きたてる女を無視して、後ろを確認する。
幸い、バルキュリアドラゴンは追ってこないようだ。
なんとか領内まで翔んでいきたいところだったが、人一人分の重量は相当で体力が持たなかった。領地の手前、およそ2キロメートルで着地。…失敗。
「キャァァァァァ⁉︎」
また悲鳴を上げた女を無視して、受け身をとって着地。ゴロゴロと転がったものの幸い大きな石はなく、無傷だ。だが女は、ズベーと地を滑り、その先にあった大きめの石に頭からぶつかった。大丈夫だろうか。
「酷いじゃない⁉︎女の子を空中から放り出すなんて⁉︎」
おお、生きてた。そしてうるさい。
気だるい倦怠感に身体を支配されながら、領地への道を探す。すると思ったより近くに整備された道が通っている。女を置いておいて、道に出るとそのまま領地へ歩き出す。なんとかたどり着けるだろうか。領地が近いとはいえ、小型モンスターに出会う確率も有る。でもまあ、千里の道も一歩からと言うし、なんとかなるか。
セイトは歩き出した。
「ちょっと待て、セイト」
何にも出会うことなく、領地の東の門にたどり着いたセイトだったが、門兵に呼び止められた。
「なんですかウヨさん」
衛兵の一人であるウヨは俺の背後を見た。
「それは何だ」
「それ」こと謎の女は…ってあんまり変わんないな。
とにかくその女はずっとついて来たのだ。
「あー…知らない人ですね」
面倒なので他人を装うとしよう。
「わたしは、このヒトに連れられて来たんです!」
ゑ。嘘つけ。
「そうなのか、セイト」
いやいやいや。俺はブンブンと首を横に振った。
「嘘つきー」
それはお前だ。
ウヨは困惑した表情を見せ
「誰かは知らんが他族の者を簡単にいれるわけにはいかん。ここの街に拠点のあるギルドにはシルフとウンディーネしかいないはずだ。とにかく領主ファティオ様の判断を仰げ。わかったか、セイト」
ゑ。俺ですか。
しかし、ウヨは有無を言わせず明後日の方向を向いて知らん顔をした。
「…行くぞ」
後ろに声を掛けると、にこっと笑った顔を見せた女の顔を俺は不覚にも可愛い、と思ってしまった。
夜が明け始めていた。




