始まり 2
「陽の光に住む妖精を知ってる?」
「知らない」
悪戯っぽい笑みを浮かべて言う少女に答えると、残念そうに表情を曇らせた。
「じゃ、月の光に住む妖精は?」
「それも知らない」
つーか、妖精ってなんだ!!妖精って!!
「ちぇ!!役に立たない奴!!」
ガラスの向こうを行き来する人の群れを眺めつつ、俺の顔をチラチラと盗み見てくる。言おうか言うまいかと、うずうずと体を動かして彼女が言う。
「いい?内緒だよ?絶対に秘密だからね?」
素早く辺りを見回し、俺と額をくっつけて、深刻な表情で重々しく告げる。
「あたしは、その妖精達と一緒に活躍する救世主なんだよ」
少女の名前はモネという。爺ちゃん家のお隣りさんで俺の同い年の幼なじみだ。それ以上でもそれ以下でもない。あの女が喚いた通り、見た目も中身もガキのままの、少し話せば誰もが頷く不思議ちゃん。反比例して成長してほしかった乳と尻も、期待を無視して小さなままだ。
「モネ、お前、今日は何の漫画を読んだんだ?」
「あ!!タカブー、あたしの頭を疑ってるでしょ!?あたしの頭は、日々楽しく生きる事を前提に健全に動いてるよ!!」
ぷっと頬を膨らませて怒るモネに、「頭ん中が毎日、春なだけだろ?」と言いかけて止めた。そんな事を言ったら、「どうすれば、毎日冬ってな生き方が出来るの?」と目をキラキラさせながら詰め寄ってくるに決まってるからだ。
「わかったわかった。で?救世主様?具体的に何を救うんでございますか?」
「ん?具体的に言うと人々で、おおざっぱに言うと世界そのもの!!」
茶化す俺の言葉に気付いていないのか、満足気に言ったモネは立ち上がり、タカタカとファストフード店を出て行こうとする。慌てて片付けをし、後を追う。
小学四年生だったモネは誘拐され、性的なイタズラも怪我もおわされる事もなく一ヶ月後にけろりと帰ってきた事がある。これは異様に順応性が高く、天真爛漫を絵に描いたようなモネだからこそ出来た芸当だろうが、周囲の人間には頭痛の種でしかない。
当時者のモネに誰が聞いても、「内緒なの。今は言っちゃダメなの」を繰り返す為、爺ちゃんと婆ちゃんは「神隠しにあったんだ。孝信はモネちゃんを守るんだよ」と言っていたが、思えばその後から不思議ちゃんの代名詞としてモネの名が囁かれるようになった気がする。
「首輪とチェーンが必要だな」
「タカブーが着けるの?」
呟いたはずの言葉尻をとらえたモネがキラキラと目を輝かせて飛んでくる。
「タカブー!!」
いきなり足を止めて叫ぶモネに釣られて後ろを振り返ると、血走った目の鬼気迫る形相の、俺に告白してきた女が立っていた。女はハーハーと肩で息を吐くとどこから持ってきたのか、抜き身の包丁を鞄から取り出した。面白そうだと写メられる事にも頓着しない女に、野次馬達は、何かの撮影かとでも思うのか、カメラを探してキョロキョロする他は手出しも口出しもしてこない。
「なんで、モネなの!?おかしいだろ!?普通、私を選ぶだろ!?」
叫びつつ、ジリジリとこちらに向かっくる。誰かが店内に入り、警察に通報したのか、店員が、「撮影ではありません!!危ないので下がって下さい!!」と叫ぶ。それが気に触ったのか、女が包丁を振り回す。
「うるっせーんだよ!!黙ってろよ!!糞っ!!」
口汚く罵る女に、どう対処しようか考えると同時に、こんな女に交際を了承しなくてよかったと安堵する。
「孝信!!」
幼い頃からの呼び名でないモネの叫びに、俺が咄嗟に「逃げろっ!!」と叫んだ瞬間、女の視線がゆっくりとモネへと動く。場違いな程ににこやかな笑顔でモネへと言う。
「仲良いよね〜。本当」
俺から視線を離した女の標的になるだろうモネへと腕を延ばす。
「でも、あんたは要らないんだよ!!」
叫んで包丁を構えた女から庇う為、モネを思い切り野次馬に向かって突き飛ばす。
「邪魔しないでよっ!!私で良いじゃんっ!!」
「孝信っ!!」
背中が熱い!!
ザクザクと肉を切り裂く音と共に熱さも増す。
「モネ・・・・」
「呼ぶなぁ〜っ!!」
女の叫びを最後に、俺は意識を手放した。