始まり1
「私、孝信くんの事、愛してるの!!」
俺の感情をチラリとも考えていないのだろうと思われる女は、返答が無い事にも気付いていないかのように、いかに自分は俺の事をアイシテルのかを喋り続けていた。
大体、「愛してる」なんて軽々しく言うなよ。
本当に俺の事を見ていたなら、その言葉が禁句だという事を知っているはずだ。
俺は、両親に幼い頃に捨てられている。
もっとも、父親になるであろう男に母親は妊娠中に逃げられているらしいので、「母親に捨てられた」が正しいのか?
まぁ、所謂、育児放棄って奴だ。
母親は産まれてくるだろう子供を盾に、俺の父親に結婚を迫ったらしいのだが、そいつは面倒はゴメンとばかりに、いくばくかの金を残して消えたらしい。その頃には、母親ももう子供を降ろす事も出来ない状態になっていて、仕方なく産み落とし、自分の両親に生後間もない俺を押し付けて、消えた。
唯一、俺が感謝しているのは、爺ちゃんと婆ちゃんの下に俺を連れて来てくれた事だ。
爺ちゃんと婆ちゃんは、「怒る」と「叱る」の違いが分かり、俺を叱り、世間に出ても恥ずかしくないように、きちんと躾てくれたのだ。
爺ちゃんいわく、「怒るのは自分の感情でするもので、叱るのは相手の為を思ってするものであり、場合によっては自分の感情すらも殺してするものだ」と。
深いよな〜。
なんで、こんな尊敬出来る爺ちゃんと婆ちゃんから、俺の母親である娘が育ったのか、不思議でならない。
チビの頃に、爺ちゃんに疑問をぶつけると、「あれは躾を虐めと混同し、窮屈な俺達を疎ましく思ってたんだろうな」と答えてくれた。
その時は、意味が分からず、ふーんといった感じだったが高校生の今、意味も理解出来るようになると、子供扱いせずに真面目に答えてくれる爺ちゃんスゲーという想いしかない。
まぁ、爺ちゃんのこんな所が母親にはウザくて仕方なかったんだろうなと思う。
俺には母親の気持ちは共感出来ないが・・・・。
「私はモネより、孝信くんの事を愛してるよ!?なんで何も言ってくれないの!?」
やっと俺に気付いたらしい女が、ヒステリックに詰め寄る。正直、顔も名前も覚えていない、同じ学校に通っているだけの女にホイホイ返事して付き合うのは、欲望を発散したいだけの男だと思う。俺だって人並みに欲はあるが、後先考えずに誘いに乗る馬鹿ではないつもりだ。
「問答無用で人気の無い所に引きずり込む奴に、何を言えって?」
極力、無表情を心掛けて問い返すと、鼻白んだように表情を変えたが、作戦も変えたのか、俺のシャツを指で摘んで、上目使いで見上げてきた。
「ねぇ?怒ったの?」
こんな所に引きずり込んどいて、怒らないと思う奴は脳に花が咲いているとしか思えない。否定してほしいんだろうなと感じた俺は、素直に返した。
「怒らないとでも?」ポカンとした顔で見上げていた女は俺の言葉を理解して、怒りをあらわにして睨みつけてきた。
「私よりモネが良いって言いたいわけ!?」
「当然」
「は!?マジ!?私より!?不思議ちゃん!?私より!?」
よほど自分に自信があったのだろう。恐らく断られるとは思ってもみなかったのだろう興奮してる女の耳に、言葉は通じないだろうと思った俺は、この女に先に退場願う事にした。
こんな手負いの獣のような状態の女に背中を見せるなんて、自殺行為だと思ったからだ。
「今までのやり取り、録音してるから、変に騒ぐとネットに流すよ?」
「は!?なに言ってんの!?脅すの!?」
「いや?ただの確認」
もう用は無いと口を閉ざすと、顔をどす黒く染めて再び俺を睨みつけた。
「覚えてろよ!!」
チンピラのテンプレートのような捨て台詞と共に、ダッシュで退場していく。
「危険物に付き、取り扱い注意ってか?」
ヤレヤレと肩を回す俺の名前は鹿島孝信。爺ちゃんに叩きこまれた剣道と、婆ちゃんに叩きこまれた合気道を嗜む、高校二年生。
背丈も無駄にひょろひょろあるので、モヤシと言われたく無い一心で鍛練はやむを得ない場合を除いて欠かさない。爺ちゃん達も母親も背はそんなに高くないので、ひょろ長いこれは父親からの遺伝だろう。
そんな俺を女子は、「侍みたいでカッコイイ」と言い、今のように「告白」と称して人気の無い場所に引き込みたがる。
気のおけない友人達は、「ストーカーに気をつけろ。刺されないように気をつけろ」と忠告してくれる。先の女に言った録音云々もそれだ。初めは口だけだったそれも、「見せなさいよ」とか「出来るもんならやってみろ」等と言われるようになると、機械いじりが好きな友人が幾つか機器を見繕ってくれた物を有り難く携帯している。
「タカブー!!帰ろう〜!!」モテる男はツライね〜!!」
「うるせーよ」
俺の鞄も手に持ち、茶化すモネに足を向けた。