セカンドインパクト
「まったく、何なのよアイツ……っ!」
エレン――エレオノーラ=シェイクは自分の教室に戻って、自分の席に着いた途端悪態を吐いた。罪のないノートが机に叩きつけられた辺り、彼女の怒りの程が知れる。
「何かあったのですか?」
「……いえ、何でもないわ」
エレンから見て左、隣の席に座っていた竜族の女の子が話しかけてくる。エレンは持ち前の切り替えの速さで怒気を鎮め、軽く手を振って応えた。それで諦めるだろうと思っていが、話しかけてきた彼女は違った。
「何でもないと仰いますが、そんな御顔じゃありませんよ。『怒りは貯めるとぶり返す』、です」
「だったら、貴女が話し相手になってくれるの?」
「はい。私で宜しければ」
気さくで気立ての良い、綺麗な娘。それがエレンが彼女に抱いた第一印象。白い巻角に肩口まで伸ばされたストレートの銀髪。髪質から重しでも付けなければストレートにはならないエレンとしてはちょっと羨ましい。座っている姿も様になっていて、それが印象をより良くしているとエレンは解釈した。
「それじゃあ……」
遠慮なく、と前置きして。エレンは壮大にぶちまけ始めた。内々の事情だから全てを語る訳にはいかないが、それを除けば大丈夫だとエレンは思っていたからだ。どうせすぐに忘れるだろうと脳裏を掠めたのもそれを後押しした。
「姉様のお願いでちょっと隣のクラスに行ってきたのよ。気になる人が居るから、ちょっと様子を見てきてって」
「なるほど」
「姉様が男に興味あるなんて思わなかったから、私もちょっと興味引かれてね。で、実際にさっき行ってきたの」
「どんな方でしたか?」
彼女が相槌を打つと、エレンの脳裏に先程の会話がありありと蘇り、寸分違わず再現された。気持ちを切り替えたはずだが、怒りがゆっくりと水位を上げていく。
「その人は竜族じゃないってのは最初から言い聞かされていたから、それほど驚かなかったわ。でもね……その人は事ある毎に私のことをからかってきたのよ……っ」
「例えば、どのようなことを?」
「私が言わせた訳じゃないから勘違いしないで欲しいんだけど、いきなり自分から『角無しの』って言葉を頭に付けて自己紹介しだしたのよっ」
「あぁ……」
彼女はエレンに遠慮してか、こっそりと溜息を吐く。設置されていた罠を知らずに踏みぬいてしまった哀れな少女を見守る親の気分で、ゆっくりと頭を振った。
「そんな人は、ちょっとお目に掛かりませんね」
ちょっとどころか、彼女からすればそんな人は一人を除いて有り得ない。だが何も知らないエレンは我が意を得たりと言わんばかりに大きく頷き、
「そうっ、そうなのよ。でも教養も無い人がこの学校に入れる訳が無いし、知ってて言ってるから尚更ビックリするでしょう。しかも言ってる間、ずっと笑顔だったのよ」
「うんうん」
「次に出身種族を聞いたら超地球人とか答えるし! 聞いたこと在るわけないじゃないっ。それも嘘、アハハって笑った瞬間――アイツ何て言ったと思う?」
「え、ええと……ちょっと想像が追い付きません。なんて仰ったのですか?」
恐る恐る彼女が尋ねると、エレンは周囲を確認し、頬を赤くしながら声を潜めて続きを口にした。
「『……緊張してる? 尻尾が見えてるよ』って言ったのよ……ッ」
「……うわぁ」
魔法も使っていないのに、その光景が脳内で再現される。目の前にいるエレンがどんな反応をしたのか、口にする前から容易に推測できた。
「今になって気付いたんだけど、それは私が姉様のお願いでアイツを見に来たって事がバレてるって意味だったわ。でもそんなの咄嗟に解る訳ないじゃない! すっごく恥ずかしくなって一生懸命尻尾が本当に出てないか確認しちゃって凄い恥ずかしくて……あああ、もうっ!!」
「落ち着いて、深呼吸を。衆目を集めてしまいます」
ポンポン、と彼女がエレンの肩を叩く。エレンはヒートアップした頭を冷やすように深呼吸を二回行い、真っ直ぐ彼女を見据えた。
「……うん、落ち着いた。でね、それから色々話して顕現器官の話になったのよ」
顕現器官。それはラウフドゥーリアに住まう亜人達が先祖代々受け継いできた『異能』のことだ。一般的には、種族固有の身体的特徴を指す。ちなみに種族が違えば顕現出来る部位も能力も違う。大まかに共通しているのは二つ。一つは行使する『魔法』に特別な影響を与えるということ。もう一つは本人が邪魔だと感じたら任意で消すことが出来るということだ。竜族であるエレンの場合『角』が顕現器官にあたる。
「はい」
「そしたらアイツ、顔を赤くしながら『シャツから靴下までひん剥いて顕現器官でも確認するのかい? エレンはえっちだなぁ』って自分で自分の制服のボタンを外してきたのよ……っ」
「……大変でしたね。想像できます」
笑顔でエレンを困らせる一真の姿を。
「えぇ、えぇっ、いきなり愛称で呼ばれるし、冗談だとは思うけど変態とか――アンタに言われたくないわよっ、って怒鳴りつけて帰ってきたわ」
「貴女は悪くありません。相手が悪過ぎたんです」
「そう言ってくれると救われるわ……よし、言ってすっきりした。付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして。あ、ちょっと待って」
「? なにかしら」
「これも何かの縁です。私とお友達になりませんか?」
――運命的な共有感覚を有しているから、とは言わなかった。言わないでも似たもの同士は惹かれ合うものだ。それはエレンも同じらしく、嫌そうな表情はしていなかった。
「……ここまで静かに聞いてくれたし、貴女さえよければ是非。私はエレオノーラ=シェイク、エレンって呼んで。友達なら敬語も要らないわ」
「分かったわ、エレン」
二人は笑顔で握手を交わした。
「エレンはシェイク家のご令嬢なのね」
「ご令嬢とは言っても、生まれた家が爵位持ちってだけの話よ。私より姉様の方がずっと凄くて、私はまだまだ姉様には及ばないわ」
今度は貴女が名乗る番よ、と彼女に眼差しを向ける。彼女はにっこりと微笑みながら答えた。
「私はフィーリア=オルガイア。フィーで構わないわ」
「フィー、ね。……確かオルガイアと言えば伯爵家じゃない?」
「えぇ。でもお父様やお母様はともかく、私自身が偉いって感覚は無いわ。上に兄さんも居るし」
「お兄さんのお名前は?」
「ルーディック=オルガイア。親しい方にはルディと呼ばれているわ。同じ学年なの」
「双子なの?」
「いいえ、一歳違いよ。私が飛び級したの。だから竜帝校には、オルガイア家の関係者が私を含めて三人入っている事になるわね」
「三人……? アレ? ルディ、ってどっかで同じ単語を聞いたような……」
「多分、貴女が行ってきたクラスだと思うわ」
「まさか……」
嫌な予感がエレンを思考を掠める。だが気付いた時には手遅れだった。
「もしかして、カズマ・ミカゲと知り合い?」
「知り合いどころか私のもう一人の兄さん、みたいなものよ。そんな私が言うのも何だけど……エレン、貴女は大変な爆弾を引き当てたわね」
「――ッ」
エレンは声にならない悲鳴を挙げた。