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御影の性

「……さて、と」


 ルディからフィーの話し相手を頼まれた手前、一真はなんとか話題を考えなければならない。どんな話が良いか、前に話した話題は何だったか、思い出そうとしてフィーの部屋の前にまで来てしまった。隣が兄、ルディの部屋なのだから十秒そこらで着くのは当たり前なのだが、ルディの部屋の中で悩んでいてはルディに気を遣わせてしまう。それよりもレポート提出の為の知恵を絞ってくれないと本末転倒なので颯爽と部屋を出たは良いが、さぁどうするかと言った次第なのであった。


(悩んでも仕方が無いな)


 案ずるよりも産むが易し。話題の方向性を決めても相手によってコロコロと変わってしまうのは良くあること。自分はデキる子、やれるやれる絶対できる諦めるなって! と、某芸人の幻影を目線モザイク入りで脳裏に浮かべた後、一真は部屋の扉を二回ノックした。


「はい」


 間髪入れずに返事は帰ってきた。屋敷の使用人ではなく、フィー本人の声だ。


「一真です。入ってもいいかな?」

「あっ、はい、どうぞっ」

「お邪魔します」


 と宣言しつつ、一真は静と動がキッチリとした紳士的な動きに加えて朗らかな笑みを浮かべて部屋に入った。ある意味ルディとの対応は(本人が望んだとは言え)雲泥の差である。フィーは勉強していたのか、机の上をゴソゴソと片付けている。一真は悪いことをしたかなと思いつつ、二度手間を取らせるよりは話を続けたほうが良いと判断し、来訪の理由を告げることにした。


「えっと、どうしましたか?」

「フィーの顔を見に来きたんだ」


 小細工一切なしのド直球である。悪いことに一真は一切嘘を吐いていない。まして恋愛沙汰になるなんて微塵も考えていない。何色にも染まらない透明な好意。故に響く。相手は理解していても心情がかき乱れてしまう。それは四年の付き合いがあるフィーとて例外ではなく、


「あっ、のっ、そのっ、ありがとう、ございます……」


 口元を隠して頬を赤く染めてしまった。何より、どんなに消え入りそうな言葉でも一真は笑みを崩さない。口を挟まない。かと言って無視しない。待っててくれる。そんな一真の心遣いがフィーにとって心地良い。良すぎてダメになってしまいそうな自分を、とりあえず落ち着かせようとフィーは深呼吸を二回行った。


「……落ち着きました」

「うん」

「カズマさんの訪問は何時も心臓に悪いです」


 振り返ったフィーは拗ねるように唇を窄めた。兄であるルディと同じ翡翠色の瞳に白い肌、肩口まで伸ばされた綺麗な銀髪、そしてルディより少しだけ小さいサイズの白巻角。顔立ちも見れば見るほどルディと良く似ていると判る。だが男であるルディとは違い、身体は女性特有の丸みと膨らみを帯びていて、可憐な少女でありながら僅かに色気を感じる。一真は彼女と相対する時、平常心を心掛けつつ、一定の距離とイニシアティブを取る。そうでなければルディ以上に入れ込みかねない相手だと思っていたからだ。


「ごめんごめん。俺のことは、まぁそんなモノだと思ってて」


 とは言え、何時もこんな感じではない。のだが、二人きりで話をする機会があまりないので、緊張と相まってどうしても体が格式張った向き合い方をしてしまう。その証拠に一真が正座の佇まいを行うと、フィーも釣られて正座のスタイルを真似てしまうと言った具合だ。一真はこの状態を五時間続けても足が痺れたりしないのだが、フィーにしてみれば酷な話だろう。無論、一真はそれを理解しているので、


「礼儀作法の時間じゃないからね。足を崩しても大丈夫だよ」


 まずはフィーに楽な姿勢を取らせることが会話のスタートなのであった。


「……失礼します」


 フィーは少しばかり恥ずかしげに頬を赤らめて、クッションをいそいそと用意。その上でなるべく両足を圧迫しない形で脚を崩す。一真はそれを見届けて話を始めた。


「いきなりだけど。フィーは何か悩み事があるのかな?」

「えっと。悩み事……うーん、どうしてですか?」

「ルディがフィーのことをちょっと気に掛けててさ。恥ずかしながら、気付けなかった俺が最初に聞いておこうと思ってね」


 空気が読めなくてごめんね、と嘯く一真にフィーは平常心を取り戻しつつ、答えた。


「私のことで、じゃありません」

「うん?」

「えっとですね……きっとそれは、私がコッソリ……兄さんが国立学校の受験を受けるって話を聞いてしまったからです」

「国立学校という、確か」

「そうです。私立を除いて爵位を持っている家の係累が行く国立学校となると『選別関所』と揶揄される『王立竜帝校』を置いて他にありません」


 ということは。


「えーっと、つまりルディがフィーを心配していたんじゃなくて、逆にフィーがルディを心配していたのか」

「そうなります」


 麗しい兄妹愛だが、気付かなければ危うく無限ループに両足を突っ込ませたままになっていた。原因は把握できたのだから、一つ問題解決できたとも言えるが。


「ただ……竜帝校はコネクションや地位だけで入れるような所ではなく、完全実力主義なのです。その代わり留年や年齢制限も他に比べて緩めなのが特徴なのですが」

「俺が居た世界じゃコネも地位も実力の内だったし、結構なウェイトを占めていたよ。こっちじゃ違うのかな?」

「いえ、カズマさんが仰る通りです。こちらでもやはり家柄や、何処の誰々さんと付き合いがあって、という所は重要ですから。ただ……竜帝校は未来の国政担当官、軍属における優秀な指揮官、国を発展させる学者を排出するという使命を負った特別な学校なのです。如何にコネや家柄を誇っても、自身に相応の能力を持たなければ『ネームプレートを掛けた置物の方が良い』と遠慮無く言われてしまいますから」

「それだけでなんというか、とても厳しい学校だと分かるね」

「えぇ。それと、カズマさんが以前仰っていた『前向きなプライド』の持ち主が多いので、今の兄さんを見ていたら少し心配で……」


 言わとするところは一真も理解していた。レポートに手を付けることさえ「やる気出ない」とか言ってる人が国内最難関の学校に入って卒業できるのか。それ以前に五体満足で生きて帰ってこれるのか、心配しない筈がない。フィーの不安は客観的に見ても妥当だった。


「心配いらないよ」

「え?」


 そんなフィーの懸念を僅か四年とは言え、近い場所から見続けてきた一真が一蹴する。


「ルディが興味を持たないことに関して火が付き難いのは確か。ただ、一度でも手を付けたら終わるまで止めないし、自分を甘やかさない。アイツの目標が卒業し、爵位に相応しい実力を付けることなら心配するまでもなく成し遂げるよ」

「……」


 フィーの表情に陰りが奔る。一真は両の手を組んで、真っ直ぐフィーを見つめた。


「言いたいことは解るよ。問題が起きた時、アイツ俺に泣き付いて来たことがよーくあったからね。でも俺はルディを、少なくとも勉強や課題で甘やかしたことは一度だって無いよ。そりゃあ最後まで付き合うけどさ、ルディがやるべきことはルディが責任を持ってこなしてる。つまり俺は、ルディから課題を押し付けられたことなんてない。俺なりの解釈をせがまれたり、相談事を引き受けたことは数え切れないぐらいあるけどね」


 その為に占有された一真の時間をルディの甘えと指摘するのなら、それは否定しようのない事実だ。だが一真はそれを決して口にしない。それは自分にとって納得した出来事であると同時に喜びであったからだ。他者から見てどうであろうと、自分の気持ちを偽って大変だったなどと気取るつもりは毛頭無い。


「でも、そっか……ルディの奴、国立学校受けるのか。竜帝校って全寮制?」

「はい。主にカリキュラムの関係で実家通いは不可能のようです。個別の部屋が与えられるはずなので、そこに住まうことになると思います。留年しなければ三年間」

「最低でも三年はルディとお別れってことだな。いや、先に俺がそれまでこの屋敷に居られないか」

「――えっ!?」


 驚愕の表情を浮かべたフィーを横目に、一真は組んだ手を放して指折りで数える。


「伯爵に買い取って戴いた俺の時間は六年。俺の人生の三分の……いや、半分か。その対価として伯爵の客分という待遇は破格だ。何処の馬の骨とも判らない異世界の人間が、フィーやルディと家族のように接することが許されて、今では同じ勉強までさせて頂いてる。これだけ貰ってしまっては、決めた時間以上に居座るつもりにはなれないよ」

「そんな……」


 敢えてフィーには黙っているが、客分という待遇から離れ、一執事としてオルガイア家に仕えるという道が一真にはあった。彼女の父であるオルガイア伯爵もその可能性は十分考慮していたし、一真がその道を選べば喜んだかもしれない。だが『恩を返す』という事象を費用対効果で考えれば、モノになるか判らない人間を拾って変人扱いされるよりも、恩を返せない愚か者にも温情を与えられる伯爵家という評判、栄誉の方がより高い効果を期待できる。一真はそう判断していた。そしてこれは、こちらの世界に存在する社会性を考慮してもまず外さないと言えた。


(……自己評価が正確に出来ないのも考えモノだな。そんな手しか取れない)


 そう心の中で理屈付けする一真だが、どうしても自分に甘くなりがちな自己評価は正確性に欠け参考にならないと考えている。なら胸中に抱いた言葉は矛盾だ。正確な自己評価など望めない以上、“そんな手”は変えられない。言葉を浮かべた時点で願望と無駄が入り交じっている。だが一真は変われない。


(俺は、どうしたい?)


 その答えを一真は正確に理解している。それでも他人に利益の多寡を突きつけ、選択を委ねることしかできない。立場が弱いからではない。答えが出せないからではない。正否以前にそんな風にしか生きられない。なにより、如何に考えを改めようと試行錯誤を重ねても“そんな在り方”よりも高い成果を得られなかったからだ。


「……ちょっと俺も考え事をしたいから、部屋に戻るよ。暗い顔をさせてごめんね」

「は、はい……」


 ルディの悪癖を『火が付き難い』と評したなら、一真の悪癖は『自己犠牲が過ぎる』と評することができた。他者と自分が秤に乗ったなら、無条件で自分を切り捨てられる人にあるまじき合理性。執着、狂気、盲目、偏愛、依存、忠誠、大義、このいずれにも頼らない決断能力。迷いはする。悩みもする。苦しみもあるだろう。IF(もしも)だって考える。だが、酔わない。縋らない。歪まない。壊れない。最後に残るのは他者と他者という秤を見つめる冷静な瞳だけ。世界を跨いで常識が覆されようとも有り得ない存在と断言できる。例え一真の年齢が肉体年齢に沿わないとしても高々八年。何者にも縛られず、ここまで己から自愛を切り離せる人間は常識はおろか人から生まれない。いっそ異能とさえ解釈できる他者愛。



 元の世界なら『御影』と呼ばれ、悪意に絞り尽くされる時を待つ禁断の果実。

 ただ人の為に。理由を待てぬ助けの為に。理想と願いから生まれた聖人の家系。

 最後の一人になってさえ。世界を越えて生き延びてなお。一真という存在を蝕む在り方(のろい)


 それが御影一真(みかげかずま)の性だった。





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