第4話 1日の終わり
――夜。
昼間とはまた違った賑わいを見せるギルド。今日の仕事を終え、互いの健闘を称え合う様に酒盛りをする冒険者達。
目的を達成した俺はギルドに戻ってきた。
探索で得た成果を届けるため受付へと向かう。
「レセプスさん! 吉報を届けに来ましたよ!」
「ラントくん! その口ぶりからするにバンテ草をしっかり採取できたみたいね」
「はい。これが今日の成果です」
そう言いながら回収したバンテ草とレッサーゴブリンの素材をまとめて受付台に出した。
するとレセプスさんが出された物の確認を始める。
「こんなにたくさん……それにレッサーゴブリンの素材まで!」
レセプスさんの驚いた様子に少し鼻が高くなった。
「でも何だかレッサーゴブリンの素材が一体分にしては少ないような……解体って難しいわよね」
!! ば、バレてる! ……いや、別に隠すつもりはないんだけども……こうも的確に言い当てられると少し恥ずかしいな!
「……お察しの通りです。何ですぐにわかったんですか?」
「解体に失敗して少量の素材を持ち帰ってくるのは新人さんあるあるだからよ。でも数をこなせばみんな上手くなるから安心してね」
「そうですか……。ところでこの持ち帰った物全部で大体いくらぐらいになりますか?」
気を取り直して話題を金の話に転換する。それと同時にレセプスさんが確認を終えた。
「依頼の報酬に加えてバンテ草26枚とレッサーゴブリンの素材の売却だから合計で……銅貨14枚ね」
そう言ってレセプスさんが銅貨を受付台に出した。
一日働いて銅貨14枚か……。簡単な依頼だから報酬の少なさは覚悟していたがこれは酷いな。一人分の一日の食事代ぐらいしかないじゃないか。
「やっぱり階級を上げないと稼げないですよね」
「そうね。F級だと階級制限に引っかかる依頼が多いから高額な報酬の依頼は受けることすら難しいわね」
やはり階級は重要だ。兎にも角にもまずはE級への昇格を目指すべきだろう。戦闘依頼を受けられなければ生活費すらまともに稼げない。
「たしかE級には4か月ぐらいで昇格できるんでしたよね」
「そうね。F級は練習期間みたいなものだからしっかり依頼を達成できていれば他の階級に比べてすぐに上がれるわよ」
……しかし4か月も赤字生活か。家の貯蓄も今までの生活で切り崩してきて残り少ない。あと4か月もつかどうか怪しいところ……いや、でもF級とはいえ冒険者になって僅かながら収入を得られるようになったからまだ4か月は大丈夫……いや待て、確か最近アンゼプア周辺で発生している魔物の原因不明の凶暴化によって街に来る行商人が減ったせいで薬の材料が不足気味だとケミ爺が言っていたな。薬の値が上がることも想定されるから念のためもう少し稼ぐ方法を――
「ラントくん?」
俺の思考が呼びかけによって遮られる。
無意識のうちに俯いていた顔を上げると、レセプスさんが心配そうな表情でこちらを見つめていた。
「大丈夫? 急に難しい顔して黙り込んじゃって」
「ああ、すみません。少し考え事を……ってしまった!」
今日は薬を買わなきゃいけない日だった!
初めての依頼の達成感ですっかり忘れていた。だが、今気づけたのは不幸中の幸い。急いで行けばケミ爺の店が閉まる前には間に合うだろう。
「すみません! 急用を思い出したので話の続きはまた明日お願いします!」
そう言って受付台に置かれた報酬を受け取り、ギルドの出口に向かって走り出す。
「忙しい子ね……明日ゆっくり話の続きをしましょう。待っているわ」
「明日も必ず来ます! ありがとうございました!」
後ろを見ながら手を振り、お礼を言って走り続ける。
「――アダッ!」
俺の疾走が突然止まった。
前方不注意で壁にぶつかってしまったのだ。
……いや、壁ではなくそれは人だった。
「おいボウズ、大丈夫かよ」
見上げるとそこには二メートルはあるであろう高身長、鍛え抜かれた筋骨隆々のムキムキボディ、つり上がった目が特徴の強烈な強面。それらの要素が織りなす一級品の威圧感を身に纏う男――ガーディナー。通称、守護の巨人と呼ばれる男がジョッキ片手に佇んでいた。
「ガーディナーさん! ぶつかってすみません」
ぶつかった時に微動だにしなかったため最初は壁だと勘違いしてしまった。謝りつつもさすが大盾使いだと心の中で驚嘆した。
「気にすんな、お前がぶつかったぐらいでどうにかなるほど俺はヤワじゃねえよってな」
そう言って白い歯を見せて笑った。このようにガーディナーさんは厳つい見た目に反してとても優しい人なのである。
俺の冒険者知識も半分ほどはガーディナーさんが授けてくれたものである上、魔物との戦い方に至ってはほぼ全てであるためこの人には本当に頭が上がらない。
だが、外見が恐ろしいのは確かであるため初対面の人には大抵怖がられるのが少し気の毒な人でもあるのだ。
「それよりボウズ、お前ついに冒険者になったらしいな! いやーめでたい!」
「ありがとうございます。僕もガーディナーさんみたいに強くなれるよう頑張ります」
「おいおいボウズ、尊敬してくれるのは嬉しいが俺みたいなC級冒険者を目標にしてちゃあ大物にはなれないぜ? どうせ掲げるなら目標は高くだ!」
そう言いながらジョッキを高らかに掲げた後、中身を勢いよく飲み干してぷはーと息を吐き出した。
「それよりボウズ、見ての通り今酒盛りしてんだ。お前も参加するか? 冒険者にとって一番大事なのは一日の仕事を無事に終えてみんなで飲んで騒ぐことなんだぜ」
「俺も参加したいのは山々なんですけど――」
「おいみんなー! 今からティボールが酒に挑戦するってよー!」
俺の言葉が何者かに遮られた。声がした方を見ると、小ジョッキを持ちながら片手を腰に当てて椅子の上に堂々と立っている男――ティボールさんと口に手を当ててみんなに呼びかける男――リッキーさんがいた。
辺りを見渡すと多くの冒険者の視線が二人に集中していることに気づく。
ああ、またあれが始まるのか……。そう思いつつ俺も二人を再び見る。
「よっしゃあああ! いくぞお前らあああ!」
ティボールさんがそう叫んだ。
そしてジョッキを顔に近づけるが飲み口が向かうのは口ではない。
嗅覚や呼吸など重要な役割を担う器官――鼻だ。
首を後ろに大きく反らして上を向き、アルコールを含んだ液体が重力に従って穴へと次々に流れ込んでゆく。
「「「ティボール! ティボール! ティボール!」」」
ギルド内に響き渡るティボールコールと手拍子の中、男は遂に完飲を果たした。
「――っしゃおらあああああ!」
「わあああああああああああああ!」
ティボールさんはジョッキを掲げると同時に溢れんばかりの大喝采を浴びた。
……毎度毎度盛り上がるんだよなぁ鼻飲み。いつもは水なのに今回は酒だったが。酒が入ると人は笑いのツボが浅くなるのだろうか。まだ飲んだことが無いからわからないが。
「……てか鼻からアルコールを摂取するのって人体的に大丈夫なんですか」
「まあ、大丈夫だろ。ティボールだしな」
「理由になっていませんよ!」
ガーディナーさんの適当な理由付けに思わずツッコミを入れる。本気でティボールさんの健康が心配になってきた。
ガタンッ!
突然何かが床に落ちる音がした。
……何が起こったかは概ね予想がついた。
「まずい! ティボールが倒れたぞー!」
「早く解毒薬持ってこーい!」
声のする方を見ると先程まで椅子の上に立って勝利の雄叫びを上げていたはずのティボールさんが床にうつ伏せになってピクリとも動かなくなっていた。
やはり人類が鼻から酒を飲むことは不可能だったようだ。早く解毒薬を……ってあれ? 薬?
――しまった! 思わず見てしまったが薬を買いに行くんだった!
「ごめんなさいガーディナーさん! 今日は用事があるんでまた今度参加します!」
そう言うとガーディナーさんが少しだけ残念そうな顔になった。実際、俺も参加して同業者と親睦を深めたいところだが優先度は薬が上だ。こっちは妹の健康がかかっている。
「用事があるって言うんなら仕方ないな。次は付き合ってくれよ」
「もちろん、次回は必ず。それじゃあまた」
そう別れを告げて再び薬屋へと走り出した。
「ティボーーールーーーー!」
哀悼の意を表すかのような冒険者たちの叫びを背にしながら。
◇◇◇
「――ケミ爺! まだ店やってる!?」
入り口のドアを勢いよく開く音と共に俺の声が店内に響き渡る。すると、白い頭髪と口髭、加齢による顔のシワは多くあれどそれによる弱々しさを感じさせない鋭い眼。それらを持ち合わせる細身の老人――ケミ爺がカウンター越しに眉をひそめてこちらに視線を向けていた。
「ああ、まだ開いとるよ。だがお前さん、もう少し穏やかに入って来れんのか」
「ごめんケミ爺。閉店時間ギリギリだったもんでつい」
白い髭の生えた口から出た不機嫌を含む言葉を受けて、俺は苦笑いしつつ軽く謝罪をした。
「まあいい。それよりほら、いつもの薬だ」
そう言ってケミ爺がカウンターに置いてあった布袋を俺の前に置き直した。中を見ると赤色の液体、青色の液体、黄色の液体がそれぞれ入った小瓶が各色七個ずつ入っていた。
赤色が頭痛薬、青色が咳止め、黄色が解熱薬である。
「ありがとうケミ爺。値段は?」
「据え置きだ」
「それは助かるんだけど大丈夫なのか? 最近材料が不足気味なんだろ? 販売できる数も減るし一個あたりの値段を少し上げた方がいいんじゃないのか?」
無理をしてケミ爺に倒れられたりでもしたら薬が買えなくなるし、何より俺を含め悲しむ人がたくさんいる。値段よりもケミ爺の生活が第一だ。
「若いもんがそんなことを気にするな。俺にも長いことこの店をやってきた経験と意地がある。そう簡単に値は上げんよ」
「……そうか、ならいつも通り銀貨二枚だな」
そう言って財布から銀貨二枚を取り出して支払う。
ケミ爺が上げないと言うなら俺が何と言おうと上げないのだろう。この人の頑固さはよく知っている。
「まいど」
「じゃあまたな、ケミ爺。もう店を閉めるなら外の掛札を裏返しておこうか?」
そう言いながらカウンターに置いてある布袋を手に取る。
「ああ、頼む」
「わかった」
そう返事をしながら俺は店を出て、薬屋を閉店させた。
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