↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンケート  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/104

第42話 旧校舎の影

旧校舎の廊下は、ひんやりとした空気に包まれていた。雨上がりの夕暮れが差し込むガラス窓の向こうで、風が木々を揺らす。美佳の靴音だけが、静まり返った空間に響いていた。




 「……ここに誰か、いたよね?」




 胸騒ぎが止まらない。誰かの気配。追われているような、逆に誰かを追っているような──そんな曖昧な感覚に、美佳は額の汗を拭った。白いシャツが背中に張りついている。




 旧校舎には電灯が通っていない。一部の教室に仄かに届く夕日だけが、彼女の視界を辛うじて照らしていた。突然、奥の教室から、ガタン──と物音がした。




 美佳は息を呑んで足を止めた。




 「……誰?」




 返事はない。だが、確かに人の気配がする。恐怖と好奇心のはざまで、美佳はそっとドアに手をかけ、開いた。




 軋む音と共に現れたのは、誰もいない空の教室だった。机はきちんと並べられておらず、一部は倒れ、黒板には「おかえり」と、白いチョークで殴り書きされていた。




 ぞくりと背筋を冷たいものが走った。




 「……何これ……」




 そのときだった。背後から風のように誰かが駆け抜けた気配がした。




 「待って!」




 美佳は振り返って追いかける。長い廊下を駆け、階段を下りた先──体育用具室の前で、足音が止まっていた。




 だが、そこにいたのは──




 「純……?」




 呼吸を乱し、驚愕と安堵が入り混じった表情のまま、美佳は言葉を失った。




 朝倉純がいた。制服姿で、暗がりに溶け込むように壁にもたれかかっている。手には見慣れない黒い端末を持っていた。




 「こんな場所まで来るなんて、君ってほんと、変わらないね」




 淡々とした口調だった。だが、その声の奥には、微かに焦りがにじんでいた。




 「どういうこと……なんで、こんなところに……」




 純は答えず、端末の画面を美佳に見せた。そこには──LAPISの内部監視記録が映し出されていた。




 「まさか……君も、LAPISの……?」




 「今はそれを説明している時間がない」




 そう言った純の目が、一瞬鋭くなった。直後、階段の上から複数の足音が迫ってきた。重いブーツのような、規則正しい音。




 「ここにも……来たか」




 純は美佳の手を取って走り出した。




 「こっち!」




 彼の導きで、美佳は旧体育館の裏口へと抜け出す。雨上がりの空は赤紫に染まり、遠くでサイレンの音がかすかに聞こえていた。




 「まさか、LAPIS本部まで……この学園都市で何が起きてるの?」




 美佳が問いかけたが、純は黙ったまま走り続けた。やがて裏手のフェンスの前で足を止めた。




 「今夜、すべて話すよ。……君が、本当に知りたいと思うなら」




 静かに、だが確かにそう言った彼の瞳は、懐かしさと決意をたたえていた。




 美佳は息を整えながら、ゆっくりとうなずいた。












深夜二時のLAPIS本部。静寂を破るように、カードキーの認証音が小さく鳴る。


 扉が開くと、朝倉純の姿があった。




 彼は無言のまま、薄暗い廊下をゆっくりと歩く。


 身につけていたのは、LAPIS専用の制服──藍都学苑の一般制服とは異なり、深い藍色のジャケットに銀糸で刺繍された〈調査局章〉が右肩に輝いていた。無駄のないデザインと鋭いシルエットは、どこか軍服を思わせる厳粛さを纏っている。




 彼の足音は、まるで規律と決意を刻むように一定のリズムを保っていた。


 しかしその眼差しには、かすかな翳りがあった。




 「……やっぱり、来たか」




 モニター室の奥から現れたのは、LAPISの情報局に所属する分析官、東郷翔だった。


 彼もまた、同じ制服に身を包み、端末の前に立っていた。


 「この時間にアクセスするのは、おまえくらいだよ」


 「心配なんだ、美佳のことが」




 純は短く答えると、翔の隣のモニターを覗き込んだ。そこには、美佳の行動記録がログとして表示されていた。ログイン履歴、アクセス先のサーバー、そして〈彼女が再構築を試みた旧記憶ファイル〉の断片──。




 「“アーカイブ・ルートβ7”……ここまで来てるのか」


 「警告は何度も出してる。けど、美佳は止まらない。まるで何かに急かされてるみたいに」




 翔が低くつぶやく。


 純はモニターから目を離さないまま答えた。




 「──誰かが彼女を呼んでる。あの時の“声”が、まだ彼女の中に残ってるんだ」




 沈黙が二人の間を満たした。だが、それは緊張ではなく、共有された憂いだった。


 やがて翔が、ふっと小さく笑う。




 「おまえも、まだ彼女を“あの頃の美佳”として見てるのか?」


 「……違うさ。俺は今の美佳を見てる。だから、止めなきゃいけないんだ」




 純の声には、決意と迷いがない。


 深夜の監視室に、その静かな覚悟だけが、深く響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。