6 赤い服の女 金山ダム怪異の哀しい正体
ナ……カ……ナ……イ……デ……
ワタシノ……
唄が聞こえた。どこか懐かしい響き。小さい頃に聴いたような。
剣奈はそっと顔を上げた。
赤い服の女は泣き顔の剣奈を見下ろして優しく微笑んだ。
「えっと、襲ったりとか、ボクを食べたりとか、はしないの?」
シナ……イ……
赤い服の女は剣奈の横に腰を下ろした。そして剣奈の頭に優しく手を乗せた。
ジュワッ
何かの音がして剣奈の頭に乗せられた女の左手が薄くなった。女は寂しげに手を引いた。さみしげに微笑んで目を伏せた。
…………
女の名前は篠という。篠は両親とともに幸せに暮らしていた。けして豊かな暮らしではなかったが両親は優しく村の人々も親切だった。
両親は小さな畑を耕していた。篠はドロだらけになりながら両親を手伝っていた。
「手伝ってやるよ」
甘太が声をかけた。甘太は村に住む近所の男の子である。甘太は篠に好意を寄せていた。篠の両親はにこやかに甘太に笑いかけた。
「済まないねえ。じゃあお願いしても良いか?」
篠の両親は甘太の娘に寄せる好意に気がついていた。やがてこの二人は結ばれ、子をなし、新しい世代として村を盛り立てていくだろう。
篠の両親は漠然とそんなことを考えていた。貧しくも幸せな暮らしだった。
そんな篠のささやかな暮らしは突如として奪われた。近隣で戦が起こったのである。篠の村は戦に便乗した野盗どもに襲われた。
篠は水瓶の中に隠された。
「この悪党どもめ!」
扉を蹴破ってなだれ込んできた男たちに篠の父は叫んでクワを振り上げた。
ザシュ。男たちは笑いながら篠の父を斬り殺した。
「いやぁぁぁぁぁ」
泣き叫んで夫にすがりつく篠の母であった。しかし篠の母は男たちに引き剥がされ、衣服を剥ぎ取られ弄ばれた。
「うぐうぐうぐっ」
「へへへ 旦那の供養だ。たっぷり旦那の横で気をやりな!」
「うぐうううううっ」
夫を殺した男。息絶えた夫のすぐ横で自分を陵辱する憎い男。あまつさえ気をやらそうなどと。
篠の母はカッと目を見開いた。篠の母は力を振り絞って組み敷いて貫いている男の首に噛み付いた。
「いてぇ。何しやがるこのクソアマ」
男は篠の母を引き剥がし地面に叩きつけた。そして怒りのまま篠の母を貫いた。抜き身の刀で秘所から母を突き刺した。
「うぐうううううっ」
身体を真下から貫かれた篠の母は苦悶の表情を浮かべた。口から血の泡がこぼれた。
「ぐぶっ」
そして口から血が吐き出された。内臓を貫かれ出血した血が口から吐き出されたのである。
篠の母は息を引き取った。
「ちっ。せっかくの商品がよ」
男は忌々しげに吐き捨てた。
ガタリ
両手で口を押さえていた篠であった。父の死に涙を流しながらも懸命に声をこらえた。母への陵辱におびえ、無残に惨殺された母の死に目を見開き、涙を流しながらも声をこらえた。
しかし恐怖と驚愕と悲しみに震える体は篠の心を裏切ってしまった。
「へへへへ。誰かいるのかなぁ?」
ぱたん
「あれー?いない。ここかなぁ」
男はかまどのふたを開けた。
「おやぁいないのか。気のせいか」
うまく逃れた。篠はほっと息を吐いた。
男はニヤニヤ笑っていた。
「音が聞こえたと思ったんだけどなー」
男は歩きながらわざと水瓶の蓋をひっかけた。
ガタン
水瓶の蓋が地面に落ちた……
いきなり篠の周りが明るくなった。篠はおそるおそる顔を上げた。
血まみれの顔の男がニヤリと笑ったのが見えた。
「きゃあぁぁああ!」
両親の返り血を浴びた男。優しかった両親を無残に殺した男。その男の凶悪なほほ笑みが篠に向けられた。
父の惨殺、母の陵辱と惨殺、見つかった恐怖、凶悪なほほ笑み。
篠は恐怖でガタガタ震えるだけだった。
ピチャン。水瓶のなかで水音が漏れた。
「おやおや、お嬢ちゃんがお漏らしかぁ?服が濡れちまったなぁ。仕方ない。ぜんぶ脱がなさいとなぁ。あーあめんどくせー。手間のかかるこった」
男はぼやきながらニヤニヤしていた。もちろん面倒くさいなど嘘である。獲物をひん剥くまでの精神的いたぶりである。
男は恐怖にガタガタ震える篠をニヤニヤしながら見つめ、言った。
「漏らしちまったお嬢ちゃんがぜんぶ悪いんだぜ?」
…………
今日は朝からごく普通の一日だった。篠は日の出とともに両親と畑にでて働いた。近所の男の子が来てくれた。篠もその男の子に好意を持っていた。男の子が手伝ってくれたお礼に一緒に夕食を食べた。みんなで笑いあった。幸せな一日だった。
「またね」
甘太が篠に微笑みかけながら家を出ていった。父は酒を飲んでごろんと横になった。
母は内職をはじめた。篠は黙ってそれを見ていた。まぶたが重くなった。うつらうつらとしはじめた篠を見て、母は内職を終えた。そして篠と一緒に横になって子守唄を唄ってくれた。篠は幸せな気分で意識を手放した。
「逃げろー」
「うわぁぁぁ!」
篠は目を覚ました。外で騒ぎ声がしていた。父は篠を抱きかかえていた。何かが起こっていた。
篠は水瓶の中に隠された。決して声を出すなと言い含められた。そして両親は囲炉裏端に戻った。
扉が蹴破られたのはちょうどその時であった。
…………
「きゃあぁぁああ!」
凶悪な血まみれの男の微笑み。日常のあまりに無残な崩壊と恐怖。心の許容をはるかに超えたあまりの出来事に篠の防御機構は意識をシャトダウンさせた。
篠は気を失った。
バシィッ
「起きやがれ!」
篠の頬が張られた。着物は剥ぎ取られていた。股間がずきずき痛んだ。
篠は男に手を引かれて無理やり立たされた。篠の太ももにたらりと血が流れた。身体のあちこちにベトベトする液体がこびりついていた。
篠は表に連れ出された。夜だと言うのに明るかった。村は炎に包まれていた。
「ひいいいいいっ!」
篠は悲鳴を上げた。視線の先に甘太がいた。首だけだった。身体は少し離れて横たわっていた。腹から細長いナニカがはみ出していた。
大好きな甘太のあまりにもの無残な姿を見て、篠は再び気を失った。
バシィ!
「手間かけさせんじゃねえ!このクソガキが」
ガクリと崩れ落ちた篠に男は容赦なく平手で頬を張った。篠はもう悲鳴をあげなかった。男に言われるまま歩いた。手を引かれるまま歩いた。無表情で。