2-20 九尾の断固たる想い 阿修羅は舞い 闇坂村は滅す(イラストあり)
村狂血火歎紅塵
偽義空聲怨鬼神
紅瞳静照群魔影
優怒斷村滅闇坂
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村人たちが社の外でざわついていた。玲奈の涙を弄んだあの嘲弄……。それと同類の囁き……
「社がよう燃えよるわ」
「これで化け物も巫女もまとめて灰になるだろうさ」
「八、弥彦…… お前らの無念……これで晴らせたか?」
「あんた……」
「また子を産み育てればいいさ。あの巫女どもは惜しかったの。ええ苗床になったろうに」
「またサンマにされた巫女を探せばいいやな」
「炎が夜空に届いてるぜ。やったか!」
村人たちは赤く揺らめく炎を眺めた。誰もが災厄から逃れた安堵、そして化け物退治を成し遂げた達成感の笑みを浮かべていた。
玉藻は静かに歩を進めた。風が巻き、衣が揺れた。玉藻は紅の瞳を伏せた。
(人でありながら、人の慈しみを失った者ども。人の誇りを踏みつける者ども……赦さぬ。私は……あなたたちの悪意……、すべて断ち切り……滅す……)
◆イラスト 玉藻 静かなる怒り
玉藻の足取りは静かだった。迷いはなかった。穏やかな気性の玉藻の顔には静かな祈りと深い決意が表れていた。
哀しみ、怒り、憐れみ、愁い、思い詰めたような陰り。そんないくつもの想い。それらが静かに溶け合っていた。
静かな覚悟に満ちた表情。それは不思議と穏やかに見えた。屍山血河の熾烈な闘いの中、深く傷を負いながら、なお祈り続ける阿修羅の様に………
社の外には三日月の蒼い光が降り注いでいた。
(玲奈、剣奈……もう絶対に……あなたたちを傷つけさせない)
玉藻が右手を軽く薙いだ。
ドシャッ
バラバラバラバラ……
社の正面が四散した。取り巻く炎ごと……。そして燃える破片が村人たちに降りかかった。
社を取り囲んでいた村人たちは炎の中から出てきた美しい美女に戸惑った。そして侮った。
「はっ。どんな化け物かと思ったらただの女じゃねえか」
「この炎の中でよう生きとったのお」
「まあせっかく助かった命じゃ。大事にせんとな」
「反省したか?わしらの村で暮らして良いぞ?」
「子をたくさん産むのじゃぞ?」
女を嘲り苗床にしようとする意思がむき出しにされた。玉藻は……もはや怒りを感じなかった。静かに彼らを見下ろした。
風がざわめいた。玉藻の背後で紅の炎がごうごうと逆巻いた。紅蓮の炎が社を呑み込んだ。
「……お前たちが犯してきた愚かな……残虐なる振る舞い……。女を辱め……、悪しき欲望に耽る。自らの過ちを認めぬ。己が行為は正しいと断ずる……」
炎が玉藻の頬を赤く照らした。その血にまみれた頬を……
玉藻は静かに微笑んだ。口を開いた。
「ならば、せめてもの慈悲を与えよう。この悪しき村を根絶やしにし、邪悪なる思想が広まらぬように。おぬしたちの命を絶ち、安らぎに送ろう。それこそが、おぬしらの贖いとなろう。犯してきた罪は……その命で償えっ」
「ほうかほうか。せっかくわしらが慈悲を与えようというに。その心も分からんかのう」
「畜生じゃのう。人の善意を踏みにじるとはのう」
「ならば致し方あるまい。……ヨソモノよ、覚悟せえええ!」
「討ち取れいっ!」
「うおおおおおおお!!」
鬨の声が轟いた。残響が辺りを包んだ。三人男たちが槍を突き出しながら突進してきた。松明の赤光を背に受けていた。
彼らは……鬼に見えた……。醜悪なる淫靡な鬼……
スバァンッ!
玉藻が右手を軽く水平に薙いだ。三本の槍が一瞬で砕け散った。槍の持ち主の上半身が虚空に消えた。赤黒き奔流が天を貫くように噴き上がった。
その飛沫は火に蒸されて村人に降り注いだ。残二十七人。男衆七、女衆十五、老人五。
「化け物があ!」
扇型に展開した五人の男たちが互いにうなずき合った。そして玉藻の左右、三時と九時の方向から。両斜め、十時と二時の方向から。そして前方、真正面から。
五人の男たちが同時に槍を突き出して突進してきた。化け物をあらゆる方向から串刺しにして確実に仕留める算段だった。
玉藻は一瞬身体を左側に捩じった。右手は左背中まで回された。その刹那。玉藻の身体が緩やかに回転した。旋舞。優雅でたおやかな動きだった。美しい舞いのような。
しかし。そこから繰り出された業は強烈である。水平に弧を描いて振られた玉藻の腕。そこから見えない何かが飛んだ。その数五。
もしそれに色がついていたなら。蒼い三日月のような形が見えたろう。ちょうど今、村人たちを頭上から照らしているような。
蒼い……篠の見た……剣奈と玲奈の見た……蒼い三日月……
ヒュン
空気を斬り裂いて出されたそれは真空の刃だった。その刃は繰り出された槍の穂先を、柄を、あるいは刃そのものを。その蒼く透き通る刃は、全てを切り裂いて進んだ。豆腐を切るように。
槍を斬り裂いてそのまま進んだ真空の刃――蒼三日月刃はそのまま男たちの首も通過した。
少し時間をおいて男たちの首に赤い筋がにじみ出た。
「ん?なんじゃ?」
男たちは首にむずがゆいような違和感を覚えた。首筋に走る妙な感触。
男たちは思わず自らの首に手を当てた。その刹那である。男たちの首が……、五つの首が……、わずかにずれて傾いた。
……頭部が……地面に落下した……。
ゴトン ゴトン
ブシュゥー
頭を失った男たちの首から血が噴出した。五人の男衆が一蹴された。
残二十二人。男衆二、女衆十五、老人五。
「ぎゃあぁああっ!」
「あ、あんたぁ!」
村人たちが叫んだ。その場は阿鼻叫喚の渦に包まれた。
ヒュン ヒュン
後方の女たちは恐慌状態になった。そして玉藻に向けてやみくもに弓矢を放った。
玉藻は静かに無感情の顔を村人たちに向けた。玉藻の両腕が胸の前で重ねられた。斜めにクロスを描くように。
玉藻の赤い瞳が一瞬閉じられた。そして玉藻は静かに瞳を開いた。クロスされた両腕が左右に開かれた。力は込められていなかった。舞の伏肘から両腕をたおやかに広げる所作にも似ていた。優雅な動きだった。しかし……
ヒュン ヒュン ヒュン
玉藻の両腕からいくつもの蒼三日月刃が放たれた。それらは来襲する矢を見事に切り裂いた。
さらにそれらは村人たちに向かい……次々と村人たちを斬り裂いた。あるものは顔を、あるものは胸を、あるものは首を、あるものはその胴体を……。
ヒュン ゴトゴトゴトゴト
一瞬の殺戮であった。玉藻を囲んでいた村人たちが次々と……赤き血を吹き上げる肉柱に変じた。
その数二十。あっという間にその場の村人たちが屍に姿を変えた。
残り僅かに二人の男のみ。彼らは玉藻を取り巻く円弧の陣から外れていた男たちだった。
その時である。玉藻の耳に高く朗々とした声が聞こえた。
パァン
同時に乾いた破裂音が聞こえた。
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九尾の断固たる決意
阿修羅の舞いが
闇坂村を滅す
村、炎に狂い 血に沈む
偽りの正義がむなしく響く
紅き瞳は静かに光る
優しき怒りが村を滅す
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優怒斷村滅闇坂
夏風