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2-19 闇坂村総員出会え 出陣じゃぁ

闇神祭祀求贄肉

 紅瞳静照群魔滅

  優怒斷闇護芳魂


――――――――

 

 パチパチパチッ


 油に染み込んだ社の柱が、赤い舌を伸ばすように燃え上がっていた。

 社を松明を振り回す村人たちが取り囲んでいた。その数およそ三十名。玲奈の姦淫祭りに参加しなかった村の男衆が十名。そして残りの村の大人たち、老人と女性が二十名。合計三十名の村人たちが松明と槍や刀、あるいは弓矢を携えて社を囲い込んでいた。


「出てこんかい。化け物め!」

「贄を返せ!ヨソビトのせいで村が穢れた!」

「火で炙り出せ。燃やし殺せ!」


 叫び声は家族を惨殺された恨み節であった。恐怖からくる錯乱でもあった。十人いた働き盛りの男たちがあっという間に惨殺されたのである。一人の男がたまたま小用で席を外していた。

 彼は見た。十名の男衆があっという間に血肉の塊にされてしまった様を。そして彼は走った。異変を知らせるために。村の長のところに駆けつけた。

 村の長は弥右衛門である。彼は所用があり今夜の宴には参加していなかった。知らせを受けた弥右衛門は急ぎ村人全員を参集させた。


 闇坂村の中央に、松明が次々とかざされた。夜の闇が赤く照らされた。人々は円陣を組むように集まっていた。皆の顔は怯えでこわばっていた。しかし……彼らの目の奥には憎悪と……狂信が燃え上がっていた。

 弥右衛門は村人たちを見回した。そして重々しく口を開いた。


「聞けぇぇい! ヨソビトの化け女めがワシらの男衆十名を屠りおったわ。このままでは村そのものが祟りに呑まれる!闇神様はお怒りじゃあ!ワシら正義の使徒として邪悪なるヨソモノを退治せねばならぬ!」


 弥右衛門はここで言葉を切った。そして村人たちをぐるりと見回した。村人たちの顔は驚愕に包まれていた。夫を、息子を、父を殺された怒りに震えていた。

 同時にあの猛々しい男衆を一瞬にして屠ったというヨソモノの凄まじさへの怯えも見られた。老人や女たちは怒りつつも尻込みしていた。

 

 弥右衛門は再び声を張り上げた。


「すべてはヨソビトの女どもが持ち込んだ禍じゃ!あの幼い巫女も、新たに連れてこられた巫女も、すべて我らの正当なる贄じゃ。わしらは闇神様に選ばれし民ぞ!化け物ごときに屈するわけにはいかん!さあたいまつを掲げい!穢れを祓えい!燃やせ!突け!血で償わせるのじゃあああっ!」


 弥右衛門の激は村人たちを奮い立たせた。尻込みしていた女たちや老人たちの心も沸き立った。村人たちは口々に言った。


「そうじゃ。そうじゃ」

「男衆の仇をとらんといかん!」

「わしら家族を殺されたんじゃ!」

「仇討ちせんといかん!」

「うちの旦那も殺されたんじゃ!」

「あの化け物を退治せにゃあならぬ!」

「村を守れ!あいつらを焼き尽くせ!」

「火で炙り出せ!燃やし殺せ!」

「殺せ!殺せ!殺せ!」


 男衆は怒りに震えた。憎しみに満ちた表情で松明を持った。槍や刀を握り締めた。女衆は薙刀を持った。弓矢を携えた。

 そこにいたのは……理性を失った群衆だった。罪のない篠と腹の子を惨殺せしめた身勝手な獣たちであった。

 彼らは血を欲した。炎を求めた。(いつわり)の正当性を掲げて、玉藻たちを惨殺せんと気勢を上げた。

 

 松明が高々と掲げられた。村人たちの顔が炎で赤く照らされた。その照らされた顔はみな狂気で歪んでいた。

 

 弥右衛門が叫んだ。


「闇坂村総員出会えぃ!われらこれより村を襲う敵を討つ!」

「おう!」

「勇気を振り絞れ!」

「おう!」

「正義は我らにあり!」

「おう!」

「いくぞぉ!」

「おう!」

「出陣じゃぁ!!」


 武装した村人が進み始めた。社を目指して続々と進んだ。松明をかかげて。村人たちの顔にはもはや恐怖の色は見えなかった。悪を討つ。村を守る。その正義感と使命で彩られていた。男たちは雄々しかった。誇らしげだった。女たちも凛々しかった。老人たちはかくしゃくと威厳をにじませた。


「あそこじゃぁ!」

「敵は我らが聖なるお社を占拠しおった」

「我らがお社は穢された!」

「炎で清めるのじゃあ!」

 

 村人たちは社の前方で扇型に展開した。そして社の正面を囲んだ。炎の赤と松明の揺れる陰が社の周りで揺れた。女たちが油壺を社の正面に放った。


 ガシャン


 壺が割れて油が社の壁に飛び散った。男がそこに松明を放った。


 ゴオオォォォ


 社は一気に炎に包まれた。煙が社の内に充満した。


「コホン、コホン。な、なにが起こってるの?」


 剣奈は咳きこみながら縄に苛まれた身体を小刻みに震わせた。玲奈の目は光を失ったままだった。そしてボソリと呟いた。


「忠さま……。穢れたアタイは炎で罰を受けます。生まれ変わったらまたアタイを愛してくれますか……?」


 玉藻は痛ましい目で玲奈を見つめた。そしてゆるりと立ち上がった。玉藻は男から剥ぎ取った着物を身に着けた。男装の麗人のようだった。


 バキィィィンッ!


 玉藻の白い手が社奥の外壁を一閃した。板は飴細工のように砕けた。玉藻は玲奈をお姫様抱っこで抱いて外に出た。剣奈がその後ろをピョコピョコとついて行った。


「祠の後ろに隠れてなさい。出てきてはダメ。覗いてもだめ」

 

 玉藻は剣奈と玲奈を祠の後ろに隠した。そして再び社の中に戻った。紅の瞳が燃えていた。玉藻は好戦的な性格ではない。むしろ争いを避ける。争いを好まない。

 しかし今の玉藻は怒っていた。穏やかな彼女が珍しく激怒していた。ようやく幸せになれた玲奈の惨状をみて玉藻は覚悟を決めた。

 

 玉藻は静かに息を吐いた。祠の背後に隠した怯える剣奈と壊れた玲奈を守るように……。二人をこれ以上「人の悪意」から遠ざけるために。その胸に滾る決意が彼女を動かしていた。


(私は本来、争いなど望まぬ。誰かを傷つけたいと思ったことなど一度もない。それでも……)


 玉藻の指先がかすかに震えた。けれど紅の瞳は決然と冴えていた。玲奈がようやく手にしたささやかな幸せ。それを無残に奪い踏みつけた村人たち。篠を性のはけ口として扱った村人たち。それどころか篠が邪魔になったら惨殺して池に沈めた村人たち。

 果てしない理不尽。奪われる夢。踏みにじられる尊厳。無力さへの絶望。救いなく無限に繰り返される暴虐の夜。


「どうして、こうも愚かなのだろう…」


 玉藻は静かに歩き出した。その足取りは誰よりも優しく、誰よりも強かった。そして……誰よりも恐ろしかった。

 

 

――――


闇坂村総員出会え 出陣じゃぁ


正義と義憤が村を呑む

 狂気が人を染める

人々は血と炎と殺戮を渇望す

 そは闇神への贄なるを

 

圧倒的悪意が押し寄せる

 それでも美女は揺るがない

紅の瞳が静かに揺れる

 優しき怒りよ、闇を断て!


#小説宣伝です #安土桃山幻想 #小説家になろう #歴史ファンタジー #和風ダークファンタジー #闇坂村 #九尾 #伝奇ロマン



正義義憤呑暗村

 狂心血火欲相存

闇神祭祀求贄肉

 紅瞳静照群魔滅

優怒斷闇護芳魂


夏風

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