2-18 玉藻の激怒 赤く白き腐臭 惨殺と贖罪
ドンッ!
扉が強く蹴破られた。男たちは扉の方を振り返った。その下半身の醜悪なる蛇は固く直立したままだった。
男たちは見た。麗しい美女が闇の中にたたずんでいるのを。男たちは新たな獲物の到来にニヤリと淫靡な笑みを浮かべた。
「おやおや。また儂らへの供物かの。我らが闇神様はほんに気がきくのう」
ゲラゲラゲラ
男たちはか細い美女、玉藻の姿を見て嘲笑を浴びせた。そして一人の男がニヤニヤしながら玉藻の方に歩き出した。下半身の蛇を直立させたまま。
ドゴォ!
玉藻に手を伸ばした男の頬が撃ち抜かれた。男は飛んだ。水平に飛んだ。
バキィ
轟音とともに男は壁に赤い染みをまき散らした。頭は見えなくなっていた。尻が見えた。壁の板に醜悪に突き出された尻が薄明かりに醜く浮かんだ。
「な、なにしやがる?」
――何しやがるはお前たちである。散々に玲奈をいたぶったその口でよくも言えたものだ。
「あら?先に何かをしたのは貴方方じゃないのかしら?」
玉藻は見た。白く汚されて全裸でヒクヒクと痙攣している玲奈を……。痛ましく見つめた。そして高手後手胸縛りに縛られ、張られた頬を赤く染めた剣奈を……。
「玲奈さん……間に合わなかったのね……ごめんなさい……でも、どうやら世界は破滅を免れたようね。こちらはぎりぎり間に合った……もっとも貴方方が一体何に手を出して何をしでかそうとしたのか……、さっぱり分かってらっしゃらないでしょうけど……」
玉藻はぎろりと男たちを睨んだ。
「けっ、訳のわかんねえことほざいてんじゃねえよ。多少はやるようだが所詮は女。囲んでやっちまえ!ここに勇んでやってきたことを死ぬほど後悔させてやるよ。その身体でなぁ!」
男は下卑た顔で玉藻に近づいてきた。ものすごい形相だった。仲間を殺された怒り、そして女を甚振りながら犯そうとする醜悪な残虐性が顔に現れていた。
ヒュッ
玉藻の腕が水平に振られた。
ドスンッ
男の顔がその下卑た笑みのまま床に転がった。
ブシュウ
男の首から赤い液体が勢いよく噴き出した。玉藻はその液体を身に浴びた。
「あら?どうかされまして?」
玉藻は事も無げに……凄惨に……ほほ笑んだ。紅に染まったその顔で……。
うおおおおおお!
パニックになった男たちは一斉に玉藻に襲いかかった。
襲いかかりし男は四人。正面と左右。そして少し遅れて一人。玉藻の左から襲いかかった男が玉藻の髪をつかもうと腕を伸ばした。
ヒュン
玉藻の左手が無造作に振られた。
ゴトリ
男の首が床に落ちた。
ブシュウ
男の肉体は血を吹き出す噴水と化した。
ガバッ
正面から来た男が玉藻の両襟をつかんだ。右から来た男が玉藻の腰にタックルするような形でしがみついた。
ブンッ
後ろから遅れてきた男が社の閂棒を振りかぶった。そして玉藻の頭めがけて思いっきり振り下ろしてきた。
「危ないっ!」
剣奈が叫んだ。玉藻は赤い目で振り下ろされる棒をみた。そしてわずかに首を傾けて笑った。
ドスウッ
棍棒は玉藻の肩に見事に振り下ろされた。
「へへっ!」
「きゅうちゃん!」
男の下卑た笑い声と剣奈の声が重なった。肩を強打された玉藻は、太い閂棒を……、男の強い力で容赦なく強打されたその太き棒を見つめた。
「あら?何かされまして?」
玉藻はその赤い目で男を見た。そして玉藻は左手で閂棒をつかんだ。さほど力を入れたとも思えぬその華奢な手で。
グシャリ
硬いはずの太い閂棒は……粉砕された。玉藻が閂棒を握りつぶしたのである。
そしてそのまま正面から襟をつかむ男の首にそのたおやかな腕が回された。
ゴキッ ドサッ
首に回され腕が軽く拗られた。男は首があり得ない角度まで拗られていた。男は……力をなくして地面に崩れ落ちた。
「なんだこれ?う、動かねぇ!」
両腕で玉藻の腰をつかんだ男のつぶやきである。華奢な女などつかんでさえしまえば終わりだ。あっという間に倒せる。そう思っていた。
「倒した後は俺が一番乗りよの。ぐふふふ」
男はそんな目論見さえ企てていた。
ゴンッ
かかえこまれていたはずの右腕が造作なく振り上げられた。肘から曲げられて。ボクシングのアッパーカットのような形で。
ドゴォ バギィ
玉藻の拳が男の胸郭にめり込んだ。めり込んだ拳は肋を粉砕した。そして心臓をも爆裂させた。
ゴボッ
拳を撃ち込まれた男は口から血を噴き出した。破壊された内臓が男の内部で血を噴き出していたのである。男は大量の血を口から吐き出した。そして崩れ落ちた。
ブンッ
玉藻の右腕は無造作に振り払われた。閂棒を振り下ろしてきた男に向けて。
バギィ ドゴォ
玉藻の左から右に無造作に拳が振られた。何の力もこめられていないように見えた。
拳は男の右脇下に埋まった。そして……ものすごい音がした。何かが砕ける音がした。その瞬間、男は空中を飛んでいた。そして壁に突き刺さった。
「ひっ!ば、バケモノっ!」
後ろで見ていた残り三人の男たちは次々と刃物を抜いた。護身用の匕首である。
「し、死ねぇ!」
左から来た男は玉藻の左脇腹をめがけていた。正面の男は玉藻の心臓を狙っていた。右から来た男は玉藻の右腹に狙いを定めた。
男たちはそれぞれ匕首を腰だめにためて突っ込んだ。左右、そして正面から。同時に。
ヒュルン
玉藻は舞うように体を一回転させた。美しい回転だった。両の腕は体の回転に続いて振り子のように振られた。自然と身体の回転に従うように。
シュン
男たちの体に幾筋かの赤い線が滲み浮かんだ。
グシャァ
ドサドサドサッ
一瞬の静止。次の瞬間、男たちの体は幾つかの塊に分かれた。そしてそれぞれの分かれた部位は、地面に転がっていった。
ニコリ
すべての男たちを惨殺した玉藻は……、血だらけの玉藻は……、優しい笑みを浮かべた。そして剣奈に近づいていった。
「きゅうちゃん……」
剣奈が呼びかけた。その声には……恐怖は……一切なかった。怯えは……なかった。
玉藻は心の中で安堵した。親しかった人たち。その人たちが一瞬にして怯えた身で玉藻を見つめた……。千年前の出来事である。
ヒュッ
玉藻は剣奈その鋭い爪で剣奈を緊縛する縄を撫でた。
パサリ
縄は一瞬にして切り裂かれた。そうして玉藻は玲奈のもとに駆け寄った。
フワリ
玉藻は惜しげもなく自らの着物を脱いだ。そして玲奈にかけた。
玉藻は玲奈をお姫様抱っこで抱え上げた。そして剣奈のもとに運んだ。
玉藻はその美しい裸身のままで玲奈と剣奈を膝に乗せた。
「ううううっ」
剣奈はずっと高後手胸縛りで縛られ続けていた。体が痺れていた。縛られたあとは赤く、青く、そして黒く染まっていた。縄のあとは深く剣奈の肌に刻印のように刻み込まれていた。
剣奈は縄がほどかれた後も身体を動かす事ができなかった。剣奈は息を荒げながら這い、そしてお姉さん座りをする玉藻の太ももに頭を預けた。
玉藻はそっと剣奈の髪を撫でた。荒かった剣奈の呼吸がだんだん落ち着いた。剣奈は縛られていた腕がじんじんと痺れているのを感じた。力が入らなかった。ただすべてを玉藻に預けた。その身も、心も。
「ううううっ、アタイ、アタイ……また穢れちまったよ。忠さま……アタイ、もう生きてられない……」
玲奈が玉藻の胸に抱かれたまま瞳を閉じた。閉じられた瞳からは涙があふれていた。玲奈の身体中から、体内からも生臭い匂いが立ち上っていた。全身が白き忌まわしき雫に覆われていた。下半身の両の穴からは血と、忌まわしき液体が流れ出していた。
そのひどい悪臭を放つ玲奈を、玉藻は優しい笑顔で抱きしめた。剣奈は心配そうな瞳で玲奈を見つめた。剣奈はまだ身じろぎすらできなかった。
玲奈は玉藻の胸にしがみつくように抱かれていた。嗚咽を漏らし続けていた。
「玲奈姉……、……きゅうちゃん……」
かすれる声で剣奈は呼びかけた。玉藻の身体は返り血と穢れにまみれていた。なのに太ももの温もりはとても清らかだった。血まみれの凄惨な姿と、裏腹な慈愛と慈しみが確かにそこにあった。
「遅くなったわね。剣奈、遅れてごめんなさい。そして玲奈……。本当に言葉もないわ……。辛かったでしょう……ごめんなさい……もっと早く来ていれば……」
玉藻の声は静かだった。しかしその静けさの底には後悔、懺悔、そして……凍りつくような怒りが潜んでいた。
剣奈は縛られていた肩と胸、そして両腕の痛みに顔を歪めた。痛む身体に構わず、それでもわずかに首を振った。
「……いいの。来てくれたから……。それだけで十分……でも、でも……玲奈姉は……」
剣奈の声が弱々しく発せられた。声が涙に震えていた。
玲奈は嗚咽の合間に玉藻へ縋りつき、小さな子が母を求めるようにしがみついたままだった。穢されたその身体のままで……
「アタイ……忠さまを裏切った……もう……、もう……生てられない……」
玲奈が呟いた。玉藻はそっと二人を抱き寄せた。そして交互に頬へ額を寄せた。返り血と穢れがまとわりつく裸身なのに彼女の温もりはあまりにも澄んで清らかだった。
玉藻は感じた。抱きつく二人の少女の鼓動が小さく震えているのを。その瞬間、燃えるような激情が玉藻の紅い瞳に宿った。
室内に残る骸へと玉藻の視線が向いた。血の匂いが濃かった。撒き散らされた白き雫の生臭い匂いも強く漂っていた。獣の匂い。血と、汗と、腑物と、生殖の匂い。あらゆる匂いが混じっていた。
その時、床を這う残響のような呻き声が遠くから聞こえた。声は残響して渦巻いていた。
「こっちだ!」
「大きな音がしたぞ」
「武器持ってこい!」
「……神を騙るものがこいつらを大胆にしたのかしらね?あるいはただの傲慢?私たちを前に、ずいぶんとたいそうな真似をしてくれたわね……」
玉藻の双眸が紅く妖しい光を放った。その瞬間、金色に輝く九つの尾が怒涛のように広がった。
空気が重く震えた。血に濡れた骸がまるで怯えるように小刻みに痙攣し始めた。
「……根絶やしにしてやる……」
玉藻に抱かれていた剣奈は驚いて玉藻を見上げた。普段温厚な玉藻である。
激情に満ちつつも静かな冷たい怒り。剣奈はその怒りを見て息を呑んだ。恐怖か、安堵か、自分でも分からない震えに包まれた。それでもかすかな笑みを浮かべて呟いた。
「……きゅうちゃんが……きゅうちゃんがいてくれるなら、それでいい。クニちゃ……会いたいよ……」
血だらけの聖女、玉藻に抱かれて、少女たちは傷つきながらもわずかな安らぎを見出した。その傷ついた魂を抱えながら、玉藻の怒気は近づいてくる村人たちに向かっていた。そして暗い村に蠢く暗黒の気配に。
それは村の奥深くで禍々しく蠢いていた。その気配に玉藻は覚えがあった。かつて玉藻にとりついた暗黒の闇。ドロドロの重油のような粘性。湧き出る無数の触手。暗闇に塗れたその気配に……