3 命を吸う水 入水の名所と美女の池(和歌・イラスト追加)
「ん?」
玲奈は海に光るナニカがいくつも現れるのを見た。ソレは海から浮き上がり、鍾乳洞の方に引き寄せられていった。
「おい、邪斬り、剣奈は霊とかに取りつかれちまったりするのか?」玲奈が尋ねた。
『いや、大丈夫じゃろ。剣奈は神の強い加護を受けておるでな。霊如きに取りつかれはせんじゃろ』来国光が軽く返した。
「え、霊?幽霊がここにいるの?」藤倉が弱々しく言った。
「この海でたくさんの人が死んでるんじゃねぇの?たくさんの霊が剣奈の神気に引き寄せられて鍾乳洞に入っていったぜ?」玲奈が言った。
「たくさんの人か。戦争でも、地震でも、海難事故でも、この海でたくさんの人の命が失われてきたよ。そういえばこんな噂を聞いたことがあるな。淡路島の有名ホテルで多くの心霊現象が報告されていると。例えば夜中に足音が聞こえたり、電気が勝手に点いたり消えたり、鏡になにか影のようなものが映ったり」藤倉が答えた。
「それホントに幽霊か?アタシは幽霊が出るって場所にもたくさん行ったけど、風の音とか、古い建物のきしみとかを怖がって心霊現象って騒いでたのも多いぜ?」玲奈が言った。
「なるほどね。淡路島は古くから歴史がある島だからね。伝説も多い。そして実際に戦場になった古戦場もたくさんある。海に面してるし、神話が語り継がれている場所柄でもある。霊的なナニカが潜在意識に芽生えて、それが心霊現象の思い込みに通じるのかもしれないね」藤倉が言った。
「だろ?人間怖いと思えば何でも怖くなるんだよ。幽霊なんざ大体人の見間違えだろ?」玲奈が吐き捨てた。
「確かにね。でも淡路島は水に関係する心霊情報がいくつか報告されているのは確かだよ。例えば一九三二年(昭和七年)に建てられた上田池ダムという古いダムが淡路島にあるんだけどね。建設中に落石事故が相次いで、作業員が生き埋めになったという話がまことしやかに語り継がれているよ。昔のことだから建築技術が今ほど進んでなかったから当時は事故も多かったんだろうね。遺体は今でもダム本体部分の堤体の中に眠っているといわれているよ」藤倉が言った。
「へぇ。なら実際、霊がいるんじゃねぇの?死霊は生あるものを引き寄せるからな。もしそこに惹かれていく人がいるならホンモノかもな」玲奈が言った。
藤倉はゾクリとした。玲奈の言葉に思い当たるものがあったからだ。
「実はね、その場所はある行為の場所としても知る人ぞ知る場所なんだよ。引き寄せられるようにそこに引き寄せられ、そして入水するという。 そして自ら命を絶つ人も少なくないという噂もあるんだ。そして霊感が強い人の言葉もまことしやかに伝わってるよ?「ダムの上はとても居心地が悪い」とね」藤倉が腕をさすりながら言った。
「へぇ。ならアタシは行かねぇ。わざわざ見たくねぇからな」この世のものならぬものを見通す目を持つ玲奈は忌々し気に吐き捨てた。
「思い出し始めたら噂話をどんどん思い出してきたよ。南あわじ市の賀集には古いため池があってね。江戸時代の初めごろに作られたとっても古いため池なんだそうだよ。今は大日川ダムの一部になってるんだけどね。剣奈ちゃんが邪気退治をした諭鶴羽山の近くだよ。そこにはこんな言い伝えがあってね。夏のある朝に村人が朝の池の風景を美しく見惚れていたんだそうだ。そしたらね、池の水面に美しい女性が現れたらしいんだ。男は大騒ぎして村中に言ってまわった。それで村では「美女の出る池」と呼ばれるようになったそうだよ」藤倉が青い顔をして話した。
「美女が出た?オメェ、そりゃそいつら嬉しいんじゃねぇの?若くて穴がついてりゃあ男どもはみんなおったてるんだろ」玲奈は軽蔑したように藤倉の股間を見た。しかし彼のナニカはおとなしいままだった。
「いやぁ。俺は人がいいなぁ。その池は深い洞窟とつながっていて、その美女は霊的な存在という話もあるんだ。大蛇や龍神の化身だとね。そんな高位の霊的な存在は畏れ多くてただひれ伏すだけだよ」藤倉が答えた。
「へぇ。剣奈が命を落としそうなときに妙な想像をしておったててやがったゴミカスとは思えねぇ殊勝なこと言いやがって。おおかたその蛇さんが剣奈の身体に入っていくのを想像してまたおったてるんだろうよ。このクズが」玲奈は汚物を見るような絶対零度の目で藤倉を見た。
藤倉は想像してしまった!そして……。ゲフンゲフン。今はホラーである。藤倉よ、つつしめ。つぶすぞ?
「いいのか、藤倉。そして気づいてねぇのか?」玲奈が言った。
「な、何の話を?」藤倉が怪訝に思って聞き返した。
「藤倉、いいか、声をたてるなよ?剣奈を怖がらせちまう。そっとだ。そっと顔を横に回せ。左肩の方だ」玲奈が小声でささやいた。
「ヒダリカタ……。それってもしかして」
藤倉は真っ青な顔で玲奈にささやいた。藤倉は硬直した。顔の向きはそのままで眼だけで左を見た。しかし左肩の方は見えなかった。
ギギギギギ。藤倉は少しだけ顎を左の方に回した。そして肩を見た。
藤倉の左肩に白いナニカか乗っている。そんな気がした。
藤倉は気が遠くなってその場に卒倒した。
………………
◆みたま朧や 影魂染まむ イラスト
語り部の
肩に纏はる
かすみ闇
み霊おぼろや
影魂染まむ
みたまおぼろや
えいこんそまむ
夏風