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2-17 大混乱 大地震の淡路島 金狐疾走す!地図にない村 その隠されし扉 いざ開かむ!


黒雲覆い 島は喘ぐ

 祈り絶えし 二つの命

金狐は疾走す 潮の底

 (えにし)の裂け目を 結ばんと


――――――――――――


 白蛇の活躍で長狭村騒動はおさまった。村人たちは手のひらを返したように口々に白蛇を崇め奉った。


「白蛇様のご威光じゃ…!」

「お赦しを…どうか、どうかお恵みを…!」

「わしらが浅はかでした…白蛇様、祟りを鎮めてくだされ…!」

「先祖代々、お守りいただき感謝しております……」

「どうか闇を祓うてくだせえ…孫の代までお守りくださいまし…!」

「もう二度と逆らいません…何でも捧げますさかい…」

「ご無礼ばかりで…お許しくださいまし。どうか村をお救いください…!」


 白蛇はあきれ返った。今の今まで暴言を吐き、暴力を振るってきた村人たちである。


「まったく人間というものは……。げに都合良き時のみ頭を下げよる。さっきまでヨソモノ、ヨソモノと石で追い、暴力を働かんとしておったがの……。その同じ舌でそう言うか。お主らの手のひら返し、見ていて飽きんわ。まぁよい。祟りを鎮めて欲しくば、まずは己の愚かさを悔い改めよ。二度と穢れを撒き散らさんことじゃな。贄を求めるその心根が災厄を呼んだのじゃ。忘れるなかれ。ほれ、顔を上げよ。拝み倒されたところでのう。妾が守ってやるかどうかはお主ら次第じゃ。子や孫を生かしたいなら――しっかり地を大切に守り、もう馬鹿な真似はするでないぞ。覚えておくのじゃぞ」


 白蛇、ドヤ顔である。揶揄するがごとき言い方である。

 いや実際、白蛇はあきれ返っていた。顕現せし白蛇が威光にひれ伏す村人たちはそれに気づかない。どころか。白蛇の言葉をありがたくも厳しい忠告と受け止めた。村人たちはひれ伏して涙混じりに口々に声を上げた。


「はっ、はい…!二度と愚かなことは致しません…!」

「白蛇様のお言葉、忘れません…!」

「白蛇様、わしらに気づかせていただいてありがとうございます」

「はい。もう贄なぞ絶対……」

「命にかえましてもこの地を大切にいたします…!」

「白蛇様のご威光を信じております。これからは清く生きます……どうか、どうか……お見捨てなさらんでください……!」


 老人は泣きながら額を大地につけた。女たちは涙ぐみながら威風堂々たる白蛇を崇め奉った。若い者は頭をなんども繰り返し深く下げた。

 子供たちは大人たちの異様な緊張と畏怖の雰囲気を感じ取っていた。そして素朴な驚きと本能的な敬意に胸を打たれていたのだった。


――――


 長狭村騒動を乗り越えた藤倉一行は山を駆け下った。そして伊毘うずしお村キャンプ場に戻ってきた。

 そこはつい先程の藤倉と玲奈が冗談を交わしながらアオハルにテントを張ったのどかな場所ではなくなっていた。


 人々は逃げ惑っていた。車はごった返していた。テントは踏みつけられて倒されていた。犬が異様な雰囲気に吠えていた。子供は泣き叫んでいた。親たちも我先に避難しようと怒鳴り合っていた。


「早よせんと!荷物は後回しや。子供連れてはよ逃げやんと!」

「なにトロトロしとんねん!車どけろって言うとるやろ!」

「車つこてどないすんねん。渋滞なるだけやろ!」

「うちの子おらへんねん。五歳くらいの男の子や。誰か見いへんかった?」

「なにしとんねん。もう全部置いてくしかないやろ!」


 ウーウーウーウー

 

 耳をつん裂くようなサイレンが響いていた。大津波警報がひたすら繰り返されていた。

 

《沿岸部の方はただちに高台へ避難してください!繰り返します――》


「……完全にパニックだね……」


 藤倉が人波にもみくちゃにされながら呟いた。一行は人が逃げ去ったキャンプ地に入った。

 玉藻は藤倉に玲奈を渡した。玲奈はぐったりとして完全に意識がなかった。呼吸する音と体温が彼女がまだ生きていることを知らせていた。

 玉藻は周囲を見回した。そしてその赤い瞳を海に向けた。


「……行き先がはっきりしたわ」


 藤倉が期待の混じる顔で振り返った。

 

「行先?どこ……?」

「白坂村の跡地……。沈んだ村の祠。そこに刻まれてた封印符。あれが……玲奈ちゃんと剣奈ちゃんを呑み込んだ贄の道を開くはず」


 玉藻の声音は揺るぎなかった。千年の間、彼女は海の底で封印され続けてきた。殺生珠の中で。たゆたう(揺蕩う)夢のような記憶。けれど確信があった。なぜかは分からない。理屈ではなかった。封印され続けた彼女が肌で感じ取っていた。彼女の魂が告げていた。それが正解だと……


「その確信……なぜ?」藤倉は泥と血で濡れた唇を震わせた。


「闇坂村で見た封印。あれは私が千年閉じ込められた封印と同じ系統の術式だったわ。あの封が使っていた符。あれと似た呪印を白坂村の祠で見た……。同じ系統の封だもの……。間違いなく繋げられるわ?……たぶん……」

 

 白蛇がすっと玲奈の胸元から首をもたげた。

 

「つまり伊毘から南……。白坂村の沈んだ場所を目指すのじゃな?」

「ええ。幸いなことに今は潮が引いて海底があらわになってるわ。陸と同じに駆けることができる……。封じの術式を嗅ぎ分けられるのは……私しかいない……」

「た、玉藻さん……あなたは……」


 玉藻は柔らかく微笑んだ。

 

「藤倉さん。あなたは玲奈ちゃんの身体守って?私が剣奈ちゃんと彼女の魂を救いに行くわ……そして白蛇ちゃん?」

「うむ。心得た。妾は現世に残りこの男と小娘を守る。頼んだぞ。玉藻よ」

「……お願いします。どうか……剣奈ちゃんと玲奈を……」


 藤倉が縋りつくような目で玉藻を見つめた。玉藻は藤倉の瞳を見返してにっこりとほほ笑んだ。

 

「まかされましてよ?」

 

 ヒュン


 玉藻は姿を変えた。そこにいたのは……金色の狐だった……。尾は一本に畳まれていた。ただの狐にしか見えなかった。それでもその立ち姿からあふれる気品は抑えるべくもなかった。恐ろしいほど美しかった。


 ピョンッ

 シュタタタタタタッ


 金狐が干上がった海底を駆け始めた。金狐走る!潮の引いた海底。一直線に。


 避難に殺到する人々は思わず足を止めて金狐を見つめた。

 

「き、狐?」

「金色?」

「神さまのみ使い……?」


 その瞬間はテレビ中継のカメラにも捕えられていた。

 

「え……ちょっ、ちょっと待ってください!カメラ、カメラをもう少し下に……!」


 海岸線の様子を淡々と伝えていたテレビ中継のアナウンサーが突然声の調子を変えた。

 画面の向こうの潮の引いた海底。そこを金色のきらめきを残して疾走する影があった。画面にしっかりと映し出されていた。


「い、いまご覧いただけますか!?ただいま潮の引いた海底を……まるで夢のような……ええっ、ちょっと待ってください、あれは、き、金色の……」


 カメラが急いで疾走する獣をズームインした。その獣は干上がった海底をまっすぐ南へ……。金色の美しい毛並みの狐が……南に向かって疾走していた。


「ご覧ください!信じられません、これは……これは神さまのみ使いなのでしょうか!?こんな……誰か!現場の人……、見えてますか!?金色の狐です!金狐が……金狐が海底を走っています!」


 サイレンと避難勧告が流れ続けるなか、アナウンサーは興奮して絶叫し続けた。


「いま南淡路伊毘の浜を……、沖合を……、まるで神話のような金色の狐が走ってます……いや、これは……!!いったい何が起きているのでしょうか……!?」


 画面いっぱいに黄金色の美しい獣が映っていた。海底を迷いなく一直線に駆けていた。ヘリが何台も狐の後を追った。

 スタジオも現場も呆然と絶句していた。あまりに神秘的な光景だった。


 そのもの黄金の衣をまといて、蒼碧の野に降り立つべし……


 まるで神話の一ページだった。その場の人たちも、テレビに釘付けになった人たちも、絶句したまま伝説の目撃者になるしかなかった。


 金狐はひたすら南へ疾走った。彼女が目指すは 白坂村伝承の海没地――伊毘から南の灘沖だった。

 潮の引いた蒼い海底に苔むした石段の断片が見えた。埋没して折れた鳥居の柱が海底に突き刺さっているのが見えた。


「ご覧いただけますでしょうか?伝説の白石村です!白石村は本当に実在したのです!金狐が我々を……我々を失われた伝説の地に導いてくれたのです!」


 アナウンサーが絶叫していた。一方、海底に白石村の残骸を見つけた玉藻である。玉藻はソレを見て確信を得た。

 

「ここね……!かつて封じがあった場所!」


 金狐の瞳は熱を帯びた。剣奈と玲奈の魂を呑み込んだ贄の道。

 ――地図にない村への隠されし扉――。

 いま確かに目の前に存在していた。玉藻は祠の前に立った。そして石に刻まれた封印符へそっと前肢をかざした。


 ボワッ

 

 その時である。符が……淡く光った。封印符が震えた。次の瞬間……彼女のあふれんばかりの妖気と反応した空間が共鳴し始めた。

 

「開け……!いざなえ!――我が名は玉藻なり。数千年が生を生きし九尾の狐なり。我が名と血において封ぜられし(えにし)の闇よ裂かれん!封じられし魂の道!いざ開けぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ビカッ


 玉藻の前で封印符が白く輝いた。いや、闇のような黒き輝きだっかもしれない。固く閉じられし扉が……開いた……


 石段が砕け散った。空間が……縦に引き裂かれた。まるで縦に開かれた第三の目のようだった。風が吹き荒れた。彼女の金色の毛並みが風に逆立った。


「開けぇぇぇぇぇぇぇぇい!……異界の道よ!我を剣奈と玲奈のもとへ!いざ誘えいぃ!」


 封印符がいっそう輝きを増した。玉藻の金狐の肢体が炎をまとったように、燃えるように輝いた。祠から立ち昇る封印符の光と玉藻の妖力が共鳴した。

 世界の薄い膜が裂けた。空間を繋ぐ道が現れた。篠につながる光の糸。玉藻はその糸に己を乗せた。

 玉藻が……時空を超えた……。それはまさしく篠のいる時空間への道であった。そしてまた黒闇神の領域へ続く異界ゲートでもあった。そしてまさしく剣奈の……そして玲奈の……


「見えますでしょうか!白石村の遺跡が夕陽に照らされて光り輝いています。なんという神秘的な光景でしょうか!」


 ピカッ


 テレビの視聴者は見た。白石村の遺跡が夕陽を反射して光り輝くのを。ヘリが旋回した。夕陽を背にした角度から再びカメラがズームインした。白石村の遺跡は相変わらずそこにあった。

 

 しかし……美しい金狐の姿は……どこにも見えなくなってた……


――――

  

 玉藻は時空を繋ぐ道に入った。その裂け目の奥――その暗黒の向こうに青い三日月が見えた。玉藻は縛られて血を流しながら水に沈んでいく女を見た……。

 篠だった。時空の結び目となってしまった篠。玉藻の開いた時空をつなぐ扉。その扉が繋ぐ道。産霊(むすび)の道……。

 玉藻がつなげた道、まさにその道も……産霊(むすび)の道に……、篠の道に……つながっていたのである。

 

「二人とも……待ってて。必ず連れ戻すから!」


――――

 

 藤倉は遠く南の海底が光り輝くのを見た。金狐が見事時空を超えた。彼は確信をもって悟った。


「剣奈ちゃん、玲奈、玉藻さん……どうか無事でいて……!」


 白蛇が赤い眼を光らせた。

 

「金狐ならやりおるわ。下手すると妾より年上じゃぞ?何千年生きてきおったと思うておる。あ奴は……大怪異じゃぞ?じゃがな。覚えておけ。小娘が戻ってきたとき、受け止められるのはお主だけなのじゃと。たとえ彼女がどのような姿であったとしてもじゃ」


 藤倉は強く頷いた。

 

「ええ……必ず……」


 その瞬間、大地は再び大きく揺れた。地鳴りが轟いた。大地と海と空を切り裂いて光が瞬いた。風が強く吹き荒れた。


 玉藻は時空を超える直前、祠の前で振り返ってこちらを見た。そしてほんの一瞬だけ笑った。


 そんな気がした……


 

 ――――――


黒雲覆い 島は喘ぐ

 祈り絶えし 二つの命

金狐は疾走す 潮の底

 (えにし)の裂け目を 結ばんと

  

白坂の海底 封印符裂け

 伝説の金狐 炎を纏う

贄への道はいま開かれ

 魂を追いて 異界の渦へ旅だたん


#小説宣伝です #安土桃山幻想 #小説家になろう

#和風ファンタジー #歴史ファンタジー #淡路島 #異界探索 #のじゃロリ白蛇

 

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