2-16 黒闇神を崇めし囚われの村 罵詈と贄を求める村人たち 挑まむは――我らがのじゃロリ白蛇これにあり
黒闇崇邪祟
囚村逐異人
血贄呼暴虐
白蛇一喝臨
――――
現世に取り残された藤倉一行に覆いかぶさる黒雲はますます低く垂れこめていた。闇坂村跡地は昼なお暗い黄昏に包まれていた。
玉藻は意識のない玲奈をお姫様抱っこしたまま涼しい顔で石段を駆け下りた。藤倉一行が石段を一歩一歩下りるごとにとりまく空気が変わっていた。まるで異界から現実に戻るような、そんな不思議な感覚に囚われた。
石段を下りた玉藻は裾を濡らす草をかき分けて足早に歩を進めた。彼女の腕に抱かれる玲奈はぐったりと力が抜け、瞼を閉ざしていた。まるで魂を置き去りにした人形のようだった。
藤倉は土埃にむせながらも必死に後を追った。肩に背負ったリュックに枝が絡みついた。もどかしいほど足をとられた。
藤倉はすいすい進む玉藻を驚愕のまなざしで見つめた。藤倉は息を切らしながらも、片時も玉藻の背中から視線を逸らさなかった。そして玉藻の腕に抱かれた玲奈を悲痛な思いで見守り続けていた。
やがて苔に覆われた石仏が現れた。先ほどは神秘的な雰囲気をただよわせていた空間である。しかし今は暗黒の渦に吸い込またようだった。ぬめった重苦しい空気に包まれていた。藤倉の背筋が粟立った。
藤倉が歩を進めるごとに背後で木々がざわめいた。不気味にぎしぎしと音を立てた。
時折、地面の奥が呻くような揺れが足裏に響いた。地脈が啼いているようだった。藤倉は心臓を握られるような思いで玉藻と腕の中の玲奈を見つめた。
「……どうか持ちこたえてくれ……」
藤倉が吐き出す声は山に吸い込まれていった。
やがて視界の先に霧の中で村の屋根が揺らめくのが見えた。古びた板葺きの影が黄昏の中にぼんやりと浮かび上がった。
一行は息を切らしながら再び長狭村に辿り着こうとしていた。人里に辿り着いた。藤倉の胸に安堵が広がった。
玉藻と藤倉の姿を村人が見た。その瞬間……、村は……沸き立った。
「現れよったぞ!」
「あのよそ者どもが災いを連れてきたんや!」
「闇神様を逆撫でしたんや!」
「バチがあたったんや!」
老人も女も子どもも藤倉たちを見ると一斉に罵声を浴びせかけた。
「疫病神め!」
「出て行け!いや。今ここで血を流せ!」
怒号が渦巻いた。石が飛んだ。藤倉の側頭部をかすめた石が泥にめり込んだ。
それを合図にしたように次々と藤倉たちに石が飛んできた。藤倉は両腕をクロスさせて身をかがめた。
玉藻はほとんど動いていないように見えた。しかし不思議なことに玉藻と玲奈には石はかすりもしなかった。
「やめてくれっ!」
藤倉が大声で怒鳴った。その瞬間、若い農夫が藤倉に飛びかかってきた。
農夫は藤倉の胸ぐらを掴んで土に押し倒した。
「この祟りを持ち込んだヨソビトらめ!お前らの血を闇神様に啜らせれば災厄は収まるんや!」
村人は罵りながら藤倉の顔を踏みつけた。ぐりぐりと藤倉の顔を地面に擦り付けた。藤倉の視界が白く揺らいだ。藤倉の意識が遠のいた。
「やめなさい!」
玉藻が鋭い声を上げた。しかしそれは村人たちの意識を藤倉から玉藻、そして腕の中の玲奈に移しただけだった。村人たちは玉藻の腕に抱かれてぐったりとした玲奈を見た。村の女が両手を伸ばして玲奈を引きずり出そうとした。
「贄はそいつや!その娘さえ捧げれば!」
玉藻が身体をかわした。しかし他の手が群がってきた。
「その娘を放せ!災厄を運んだヨソモノめ!」
「女ごときが邪魔するな!」
幾つもの手が玉藻の袖を引き髪を掴んだ。玉藻は彼らを鋭く睨み返しながらしゃがみこんで玲奈を抱え込んだ。村人たちの手は玲奈を引きずり出そうとした。玲奈の身体が揺れた。玉藻は村人たちをきっと睨んだ。
「離せ……玲奈さんを傷つけるな!」
藤倉は踏みつけられながらも必死に叫んだ。別の村の男が藤倉に近づきその顔面を蹴り飛ばした。さらに腹を思いっきり蹴った。鈍い衝撃が全身を駆け抜けた。肺から空気が抜けた。
「がっ……!」
藤倉は泥の中で意識が飛びそうになった。けれどなんとか意識をつなぎとめ、必死に懇願をつづけた。
「や、やめてくれ……!我々は……村に仇なすために来たんじゃない……っ!助けに来ただけなんだ……仲間を……剣奈ちゃんを、取り戻すために……!どうか……どうか話を聞いてくれ……!君たちだって……大切な、守りたいものはあるはずだろ……っ!」
藤倉の懸命の言葉……。しかしそれは村人たちの怒号にかき消された。言葉は途切れ途切れにしか続かなかった。それでも藤倉は喀血しながら声を絞り出した。
「頼む……俺たちは……敵じゃない……! 黒闇神の……供物になるために来たんじゃない……っ!止めたいだけなんだ……! この島を……この村を……お前たち自身を……救いたいだけなんだ……!」
藤倉はますます泥に押しつけられた。藤倉の口中に土と血の味が広がった。それでも藤倉の目は必死に、切実に訴え続けた。そんな藤倉を見て村人はせせら笑った。
「もがいても無駄や!血を流せ!」
「ひと思いに刺せ!」
鋸鎌や鍬刃が乱暴に掲げられた。鉄の光が夕陽に光った。村中の狂気じみた視線が一行に突き刺さった。次の瞬間、誰かの刃が藤倉の背を貫いてもおかしくなかった。玉藻が覚悟を決めたように顔をあげた。
その時だった。
「……たわけがッ!!!」
玲奈の胸元から鋭い咆哮が迸った。白蛇が玲奈の胸から鎌首をもたげた。濁流を押し流す清流のような威圧が村の全方位に炸裂した。
空気が一瞬で凍った。一行に群がる村人たちの動きが、掲げられた鍬が、拳が、引っ張る手が、投げつけられる石が……、全ての動きが……止まった。
一同が愕然とした顔で振り返った。そして誰かが震える声で叫んだ。
「……し、白蛇様……!?」
「ま、祭神……田の守りの……」
その名を耳にした途端、混乱していた人々の顔は一斉に蒼白に凍り付いた。鍬を取り落とし、地に膝をつき、大地に頭をすりつけて声をあげ始めた。
「わしらが代々お祀りした……、ま、まさか本物の……!」
「ご無礼を……お許しを……!どうか……!どうか……」
白蛇は冷然と吐き捨てた。
「お主らが崇めてきた闇神、闇坂大蛇は黒闇神じゃ。きゃつこそこの災厄を呼んだ元凶じゃ。お主らは己の手で島を滅ぼしておったのじゃ」
冷たく突き立てられた宣告に、土下座の列から悲鳴じみた嗚咽が漏れた。
「や……やめてくださいまし!おゆるしくださいまし!どうか……どうか……地を……大地を鎮めてくださいまし……!」
「子や孫だけでも生かしてくだされ!なんでも差し出しますけえ!」
村人たちは額を泥に擦り付け泣きじゃくって懇願した。踏みつけられた足がどけられた。藤倉はよろよろと立ち上がった。そして思いもよらぬ意外な展開に戸惑った。その顔は汗と泥と血に塗れていた。
いま村を支配していたのは――いつもは軽口をたたくのじゃロリ、もとい、淡路の大地を……悠久の時を越えて見守ってきた白蛇だった。……白蛇、否――白龍ただ一匹がこの場を支配していた。
――――――――――
黒闇神を
崇めし村あり
災厄はヨソビトのせい
血の贄を求め
暴虐、乱暴働かむ
挑まむは
我らがのじゃロリ
見知りおけっ!
#小説宣伝です #安土桃山幻想 #小説家になろう
#和風ファンタジー #歴史ファンタジー #闇坂村 #黒闇神 #異界探索
#のじゃロリ
黒闇崇邪祟
囚村逐異人
血贄呼暴虐
白蛇一喝臨
夏風