2-14 緋き結び目と淫獄への扉
作者注:本話には女性の心を深く傷つける表現が出てきます。作者のこだわりとして物語上どうしても外せない重要な場面です。ですが、このような内容が苦手な方、強い不快感やトラウマとなる恐れがある方は閲覧をお控えください。
ストーリーとしては「玲奈が精神的に酷くいたぶられた」その事実だけ受け取っていただければ、本話を読まなくても問題ありません。
読者の安全と心身のご負担に配慮し、ご自身の判断でご覧ください。
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「痛いっ!……あ、あ、う、嘘っ、く、ぐるしい、うごけない……!」
玲奈がぼんやりと意識を取り戻した。青い三日月が見えた。その瞬間、玲奈を耐えがたい激痛が襲った。腕が背中で折れそうにきつく締め上げられていた。身体中が痛い。肩が…肩が壊れる、痛い、や、やめて。
これまで玲奈が相手をしてきた男たちの中には変態趣味の男もいた。しかしこの苦痛はこれまで味わったことがなかった。死に至るような苛烈さだった。
胸の下と上に肉をえぐるように麻縄が食い込んだ。乳房が上下からぎゅっ、ぎゅっ…ときつく締め上げられていた。
皮膚が裂けた。肩と二の腕の奥から、ズキズキ、ジンジンと痛みが広がった。みじろぎしただけ縄は容赦なく玲奈の全身を締めあげてきた。
「うっ…く、くっ…いた……!!ごぼっ」
肺から空気が漏れた。かわりに肺に流れ込んできたのは……冷水っ。次の瞬間、別の痛みを、恐ろしい痛みを、玲奈は知覚した。背中から鋭く、熱いものを突き刺されたような激痛だった。
「あ゛――――――っ……!がっ、ぎっ、が、あが、あが、あ…!ごぼっ、ごぼっ、ごぼっ」
腹の中に火鉢が差し込まれ、グリグリと動かされているようだった。内臓が焼かれるような痛みだった。どくどくと赤く熱いナニカが身体から流れ出していった。
玲奈の視界はぐるぐる回った。青い三日月はどんどん遠のいていった。玲奈の意識が遠のいた。身体と魂が徹底的に破壊されていく感覚に玲奈はパニックに陥った。
(いやだ いやだ いやだ だれか だれか やめて やめて やめて たすけて……!)
縛られた手は痺れて微塵も動かず、胸も、肩も、背中も、腹も全部が痛すぎて何が何だかわからなくなっていた。玲奈は意識を失った。
――――――
「おい、見ろやアレ……」
「おお……な、なんやこれ……生きたまま、えらい縛りで転がっとるやんけ……」
「……巫女か?なんや、すごい色っぽい顔しとるやないか」
「ははぁ、あの胸……たまらんな。こうまできつく縛られて、まるで見世物やんけ」
「高手後手胸縄縛りか。こりゃたまらんわ……」
「えらい上物の女やな……」
「これ、龍神様に捧げられたんやな……もう捧げられた後みたいやし、お下がりもらおか」
「ほら、早う起きんかい、ええ目に遭わせちゃるで……」
「なあ、こいつ、大人やし綺麗やし……あのガキと違うな。こらたまらんな……」
「神さんも味あわはったんやったらもうええやろ。へへへ。縛られて転がされててわしらにくださるなんて。ほんま感謝や闇神様」
男たちは眉の下をなめ回すようにして玲奈の拘束された身体を品定めし、いやらしい笑みを抑えきれず顔を寄せるのだった。
剣奈が閉じ込められた祠の隣に社があった。剣奈は社に移され床に転がされていた。
ドサッ
剣奈から少し離れた床に玲奈が乱暴に放られた。男たちは極上の獲物をみんなで分かち合おうと村の衆を呼びに行った。玲奈と剣奈が社の中に残された。扉の外には見張りが一人立っていた。
「う、こ、ここは?」
「お、お姉さんも縛られてるの?」
同じように高手後手胸縄縛りで縛られた幼い巫女が声をかけてきた。玲奈はその幼子をじっと見た。肚から……白黄の紐が伸びていた……
「け、剣奈か?アタイだ。玲奈だ!助けにきた」
「れ、玲奈姉?」
剣奈は自分と同じく白衣と緋袴を着て高手後手胸縄縛りで縛られた美しい巫女を見つめた。
「そういうことか。篠か……。ったく、マジで洒落になんねぇ痛みだったわ……。背中から胎児ごと腹を貫かれてよ。ぎちぎちに縛られて石を抱かされて水に沈めれてよ。篠の想い……。痛み……絶望……哀しみ……苦しみ……後悔……未練……。そいつらが……強烈に……。時間とか……、空間とか……、魂とか……、いろんなもんぶっ刺して「結び目」になっちまったんだ……。篠の心が……傷が……、いろんな時間と空間を絡め取ってやがる。繋いじまってる。アタイらもそれに引きずり込まれたな……結び目を経て……」
ガタリ
扉が開いた。男たちが群れなして入ってきた。ニヤニヤと下卑た笑いだった。
「おっ、起きよったな。ほら見てみい、ええ女やろ、ぐへへ」
「なんや、こっちも縛られてるやんけ。しかもこの縛り……たまらんわぁ。胸も尻も、丸わかりやんけ」
「この顔色と荒い息づかい……怖がっとるぞ。巫女やからって高嶺の花かと思いきや、こうやって縛られて転がってたらみんな同じや」
「その子供もええが、やっぱこっちは別格やな……ほら、顔も体つきも。見ろや。きゅっと締まっとる」
「巫女がなあ、こうしてきつう縛られて転がっとるのは、闇神様の恵みやで」
「お前、まず弄ったれや。嫌がる顔、拝んだろ」
「どうした。助けなんか来ん。こんな格好で神様の贄やて? くく、今夜はオレらの贄やで」
「はよひん剥いちまえよ。もったいぶんなや」
「いっそこのまま……神事の真似事でもしてやるか? 巫女が泣く顔、たまらんわ」
「こっち来い。ほら姉ちゃんよ。ほら。声あげてみ?」
低く卑しい声だった。舌なめずりの音が聞こえた。男たちは無遠慮に玲奈の顔や身体を覗き込んできた。玲奈の身体はべたべたとなぶり触られた。
玲奈の周囲は得体の知れない悪意と下劣な欲望で満ち満ちた。
「なんだ!てめえらは!」
玲奈が精いっぱい虚勢を張った。しかし強がる心と裏腹に身体は別の反応を示した。
玲奈は呼吸が苦しくなっていた。息ができなくなっていた。息が詰まった。声が弱々しくかすれた。
幼いころから何度も何度も玲奈はこんなふうに肌をいたぶられた。玲奈の記憶がよみがえった。記憶の中の彼女は幼かった。暗い部屋で重たい手のひらが玲奈の頬を押さえつけた。震える膝の上に父の唾液が落ちた。
心が冷たくなり死んでゆく感覚。玲奈の心が砕かれ続けた永遠に続くかのような夜の日々。恥ずかしい。痛い。怖い。誰にも助けてもらえなかった。
家を出て逃げた先では優しいふりをした男が待っていた。愛してる。守ってやる。そんな甘い言葉。しかし男たちは必ず体を求めてきた。生々しい欲望がぶつけられた。心も身体もぐちゃぐちゃになるまで食い物にされた。
何度も、何度も「こんなもんだ。普通さ。みんな同じさ」。そう思い込んだ。そうしないと生きていけなかった。
玲奈は強くなろうとした。信じるな。頼るな。愛するな。そうやって自分だけで肩ひじ張って生きてきた。
それでも……、藤倉だけは……忠さまだけは違った。初めて信じたいと思えた。初めて、もう傷つくことはないと思えた。抱かれながら彼女ははじめて安らぎに包まれた。
それなのに……。目の前の男たちの目。男たちの手。見下すような低い笑い声……。
玲奈は縛り上げられていた。肌が晒されていた。麻縄を食い込ませた自分の体をただのモノとして舐めまわす視線にさらされた。
あざけり。憐れみ。欲望。すべて知っている。まただ……思い出してしまう。
なんで、また……? どうしてアタシだけ、なんども、なんども、こんな目に。
忠さま……。やっと、やっと……運命の人と結ばれたというのに……せっかく…ようやくアタイにも幸せがと思えたのに……。
ずっと夢だった。守ってもらいたかった。甘えたかった。そんな相手にやっと出会えたのに……。
今、目の前にあるのは欲望と悪意だけだった。記憶に染み付いたあの夜の暗闇。体と心の奥深く刻まれた絶望。抵抗すればもっと痛い目に遭う。
「抵抗するだけ無駄やで。いやその方がおもろいな」
何度そう言われた?もう嫌だ。壊れてしまう。誰か、誰か……忠さま……。
玲奈の身体に麻縄が食い込んだ。震える声が喉の奥で千切れそうになった。玲奈は暴れた。新しい傷が増えた。古い傷口がまた開いた。
助けなど来ない。「やめて」と叫ぶことすら愚かしく、惨めで、無力だと思い知っているのに――。
「や、やめて、お願います……や、やめてください……」
あの気丈な玲奈姉が涙を流していた。弱々しく無駄な訴えを重ねていた。
その言葉は男たちを滾らせるスパイスでしかないのに……
「やめてください……わたしには……、わたしには……大切な人がいるんです……」
「ほう。ならばその大切な人を忘れさせるほどのものをわしらもあたえんといかんのう。忘れるほどの快楽をのう」
男たちはニヤリと笑った。男たちはみな怒張していた。玲奈の訴えはむしろ彼らの思いを盛り上げるだけだった。
「や、やめて……わたしは、わたしは、忠さまに操をささげた……わたしは……、アタイは……、逝きたくない……」
ポキリ
花が…………
手折られようとしていた……
残酷に……無惨に……
徹底的に…………