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2-11 黒闇神の宴 穢れに染まる貢物 剣奈

無垢裂闇

邪壇滴涙呻 穢蹂身染

 叫悦溶魂 抵抗盡奪

祈祷亦穢 供物為者

 清光不還


――――――――

 

 闇坂村。

 

 鬱蒼とした山中を抜けた先に村が開けた。その最奥に剣奈は連れてこられた。黒い祠があった。


「ついたぞ」

 

 男たちは縛られた剣奈を肩に担ぎながら苔むす石段を上った。鳥居はひび割れ、その黒き塗料は剥げていた。

 鳥居は……三本の柱で支えられていた。うっそうとした木々に囲まれたその祠は闇に溶け込むような木々の影に隠されていた。

 

 ドサッ


 剣奈は縛られたまま床に投げ出された。


「うっ……ううっ……ひ、ひいいっ……」

 

 微かな声が剣奈の唇から紡がれた。祠の中に石の台座が設置されていた。その台座から、黒色の……なにかぬめりを帯びたような……ガスのようなナニカが……、ぶくぶくと泡立つように溢れ出していた。

 ただの黒い煙ではなかった。意志を持っているようだった。蠢き、触手のように伸ばされた暗黒のガスが空気を蝕んでいた。


「ひっ……ひいぃぃぃぃ……、い、いやあ……ぁぁぁぁぁ……」

 

 剣奈は緊縛されたまま後ずさった。


 ガシッ


 しかし剣奈が逃げられぬように背後から村の男たちが立ち塞がった。


「供物じゃ」

「闇坂村を護るための、生贄じゃ」

「神を鎮めるのは、巫女の役目!」


 男たちはニヤニヤしながら嘯いた。好色さを隠さない声だった。

 男たちの顔は歪み、常人の表情ではなかった。古より続く呪詛と畏怖の術式の中、男たちは狂気に酔っていた。


 彼らの目には、少女の怯えは、その涙は、ただの娯楽にしか映らなかった。

 無垢なるものを供物として差し出す。そのお下がりを凌辱しつくす。それだけだった。そのゆがんだ悦びが男たちの心を支配していた。その心は澱の様に、ヘドロのように沈殿し、濁り、腐臭をはなっていた。


「うっ、あ、あぁ……や、やめ……やめて……」


 剣奈は必死で剣気を丹田にためようとした。かすかな反応はあった。しかしそれはか弱い抵抗でしかなかった。

 いつもの子宮を煽動するような激しい力の脈動は訪れてこなかった。

 剣奈は後ろ手に縛られた手首を必死に動かした。しかしその抵抗はか弱く、夜の闇にかき消された。


 そのときである。


 祠の奥から、底冷えするような音が響いた。


 ごごごごご、ごごぉぉ……

 ぴちゃぴちゃぴちゃ……


 風ではなかった。地の底から呻くような音だった。声のようにも聞こえるその音は、明らかに地底からナニカがひたひたと這い上がってくる音も混じっていた。


「来たぞ……」

「我らが闇神さまのご降臨じゃ……」


 邪悪な喜悦に包まれた男たちの声が口々にその黒きなにかの到来に打ち震え、喜び、たたえた。


 黒い影は、人の形をとったかと思うと、瞬時に熊の形に変わった。鬼の姿をとったかと思うと、また不定形の暗黒ガスの闇に姿を変えた。

 曖昧な、しかし確固とした、人知の及ばぬ異世界に属するナニカの気配を持っていた。


 剣奈の背筋を氷のような冷気がうごめいた。


「……いやっ、いやっ……いやあぁ!く、クニちゃ、クニちゃ、クニちゃぁ……」


 剣奈の震えるは、男たちの怒張を震い立たせた。


「クニちゃだと?こやつ、すでにオボコではないのか。こんな小さななりをしてすでに男をゆわえておるのか」

「ぐははは。初物でないのは残念じゃ。じゃがどのみちかわりはなかろうよ」

「清らかであろうがなかろうが無意味じゃ。祭壇に捧げられれば、こやつは誰のものでもなく、そして誰のものにもなる。村の共有物。そんな存在になるのだからな」

「はは、そうよの。すぐに共有の淫靡なる器になるのじゃからのう」


 ぐひひひひひ


 嫌らしい笑いだった。人の尊厳を顧みない目だった。彼らは剣奈をただの器、穴の開いた供物、泣き叫ぶ玩具としか見ていなかった。

 誰ともなく叫びだした。


「供物を!」 

「供えよ!」

「捧げよ!」


「われらが闇神様に!黒闇神(くろくらみのかみ)に」

「捧げよ! 捧げよ! 捧げよ!」


 村の男たちの声が共鳴した。彼らの意思は彼ら自身のものとは思えぬ邪悪さだった。黒い邪悪なる闇に導かれていたかのようだった。

 闇より生まれしは、灼けつく欲望の煉獄。枯れ果てたる男たちの魂の奥に、原罪の衝動がうごめいていた。光を憎み、赦しを嘲る。堕落と背徳。蹂躙の愉悦。それらが彼らの身を焦がしていた。彼らの仄暗き邪悪なる本能が叫んでいた。

 

「聖なるものを穢せ」

「誉れを踏みにじれ」

「矜持は叩き折れ」

「理性は踏みつぶせ」

「清らかなりしは、その存在ごとことごとく踏みにじれ」


「愛は幻想」

「支配しろ」

「弄べ」


「純白を黒き悦楽に染め上げよ」

「黒き血潮が脈打てば、堕落の甘き蜜がしたたりだす」

「闇を敬い、光を呪え」

「破壊と凌辱こそ我らが救済ぞ」


「我ら高貴なる破壊の使途なり」


 狂っていた。まさに彼らは罪深き夜の使徒であった……。


 黒闇神(くろくらみのかみ)、日本神話において闇と死、(わざわい)と永遠の虚無を象徴する暗黒の神である。

 かの名は『古事記』や『日本書紀』にも記される。伊弉冉命(いざなみのみこと)が黄泉に堕ち、穢れを撒き散らした。禍津日神(まがつひのかみ)はその穢れから生まれた。かは、すなわち災厄の神々の一柱である。

 その身は一切の光と理を拒み、世界の裏側に満ちる原初の暗黒たる存在である。魂を腐らせる瘴気を放ち、運命をねじ曲げる呪詛にまみれる。

 愉悦と苦痛の境界を曖昧にする魔の波動を司るのである。痛み、苦しみさえも快楽に還るおぞましき属性を持つ。

 

 その姿は目に見えぬ黒雲や、蠢く濃霧、あるいは夜そのものの姿をとる。

 その声は聞こえる。しかし耳を通していない。精神に直接打ち込まれるのである。

 弱き者の心を闇色の陶酔と絶望の深みに誘うのである。正気のものもすぐに狂気へと堕とされる。かもおぞましく崇高なる闇の権化である。

 

 かは、すなわち暗黒の幽玄体・邪気を神格化し、崇め奉らむとした存在。古来から細々と民間の間で信仰されてきた禍津日神(まがつひのかみ)である。

 その眷属は闇夜に棲む影である。忌むべき穢れであり、呪詛された言霊である。

 黒闇神に捧げられる供物は常に純白と無垢が選ばれる。なぜなら、純なるものこそが、闇の愉悦を際立たせるものであるからである。まさしく邪気の本質そのものである。

 人は畏れ、しかし魅入られる。抗いがたき邪気の吸引力に人々は魂を喰われていった。


 闇坂村。まさしく邪気に捧げられた村である。


 闇坂村。


 その村は地図に載らぬ村であった。この村は山賊に襲われることもあり、為政者に税を奪われることもあった。山賊たちが生かさず殺さずとしたこともあった。

 しかし不思議なことに、その存在はいつの間にか人々から忘れ去れていったのである。

 村を襲った山賊たちはいつしか病にかかった。関わった為政者らは争いのうちに命を落としていった。

 この村に関わるものは、そのものの持つ世の理が崩された。そうして村の影は最奥の深淵に隠れていったのである。


 篠はまだ幸いだったのかもしれない。彼女は供物にはされなかったからである。篠の美しさ、従順さが彼女を供物への道から救った。

 そして妊娠、日照りである。そのため彼女は水を司る神様への供物となった。さまざまな偶然により彼女は闇神に捧げられるのを免れたのである。


 男たちは剣奈を祠に放置して去っていった。闇が剣奈に迫った。剣奈は必死にあらがおうとした。しかし心臓の奥から、何かが引きずり出されるようなおぞましい感覚に襲われた。


「……あ、あぁ……、く、クニちゃ……」

 

 白黄の紐。剣奈と来国光、あるいは剣奈の魂と肉体を繋ぐ聖なる紐。その神聖なる紐がかすかに軋んだ。

 黒闇、暗黒闇の腕なき腕が、その神聖なる白黄紐を絡め取ろうと蠢いた。


 ホー ホー

 ギャア ギャア

 ククククク

 グオォ グオォ

 

 夜気が震えた。いたるところで動物の悲鳴が響いた。獣たちは知っていた。そは許されざる気配だと。夜の鳥が羽をたたいた。狐火が遠くで揺れていた。


 剣奈の瞳に涙が滲んだ。


「クニちゃ、お母さん、お祖母ちゃん、玲奈姉、忠ちゃ、白ちゃ、きゅうちゃ、誰か、誰か……助けて……」


 震える声は、柔らかで、儚かった。だが同時に犯すことのできない清らかさが秘められていた。


「助けて……死にたくない……ひどい目にあわされたくない……生きていたい、じ、じにたくない……」


 剣奈の悲痛な声がかか細く漏れた。


 チリ……チリリリリ……


 時を超えた訴えが時空をかすかに震わせた。祠の空気は悲鳴で満ちた。


 クククククク……クゥゥ……ウウゥ……

 ヒソヒソヒソヒソ

 ウフフフフフフ

 ハハハ、ハハハハ


 闇いガス、黒闇神(くろくらみのかみ)、邪悪なる悪の幽玄体・邪気が蠢いた。剣奈を嘲笑するように。嘲笑うように。かは囁き声をあげてた。

 いや、声ではなかった。意味を持たぬ音。それは剣奈の心にこびりつき、魂を穢すように染み侵さんとした。

 そは聖なるものへの渇望、飢えの蠢き。暗黒ガスの灼けるような渇き。

 

 それが剣奈の喉元から胃の腑まで焼き尽さんとしていた。あたかもその存在は痩せ衰え、骨と皮だけでの餓鬼のように。喰らっても、喰らっても、その飢えは満たされないように。


 ……クレ……モット……クレ……

 タリヌ……

 ササゲヨ…… モット……

 ワレラ……

 ホネノズイマデ……

 クイホロボサン……


 明らかに意味のある響きだった。その響きは、飢え、求め、なお満たされることがない暴食の闇の邪悪なる意思そのものだった。

 黒い影が剣奈の白い頬に触れようとにじり寄ってきた。


「い、いや、いや、いやぁぁぁぁ」

 

 剣奈の髪がふわりと浮いた。冷たさが首筋に迫った。


「や、やだぁ!い、いやぁっ!!!」


 恐怖が剣奈の心を満たした。そして……


 『剣奈?』


 はるか次元の遠く、来国光のもとにその悲痛な叫びの残滓、そのなにかの思念が届けられた。意味は分からなかった。しかし確かに剣奈である。それけは感じられた。

 その瞬間である。大地のどこかで微かに、しかし確かに鳴動が響いた。白黄の紐が連動して脈動した……


『剣奈!』


 来国光が叫んだ。


 …………


 グゴゴゴゴゴゴゴゴ


 その時、祠の暗黒の黒影はさらに濃く渦を巻いた。その暗黒の影は、剣奈の身体、魂を、剣奈の全存在を覆わんばかりに剣奈を包み、広がっていた。



 ――――――――――

 

黒闇神の宴

 穢れに染まる貢物

  そは剣奈なりけり


無垢を裂く闇

 邪神の祭壇に滴る涙と呻き


穢れに蹂躙され

 叫びも悦びに溶かされる


抗うたび奪われつくし

 祈りさえ穢がされる

 

供物になりし者

 その清らかさは戻らない

 

#小説宣伝です #安土桃山幻想 #小説家になろう


無垢裂闇

 邪壇滴涙呻

穢蹂身染

 叫悦溶魂

抵抗盡奪

 祈祷亦穢

供物為者

 清光不還


夏風

 

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