2-10 波に呑まれし村 生贄巫女は闇山へ 淡路闇伝承 (フォト)
浪没幽村生贄哀
長祈悲念継今媒
巫女傷身忍苦在
薄幸玲奈夢破灰
新篇此夜始幽開
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「忠さま。忠さまはどう考えてるの?」
玲奈が藤倉に尋ねた。いつもの「テメエ、おい藤倉っ、このゴミ溜が、このクズが」の呼びかけから掌を返したような「忠さま」である。
昨日まで五十路童貞だった藤倉は女心を測りかねた。しかし藤倉の心の何かが囁いた。これは触れてはいけないナニカであると。
そこで藤倉はいつもの様子で語り始めることにした。
「……淡路島には、消えた村の伝説があるんだ」
藤倉は海を眺めながら声を潜めた。
「昔、淡路島の南部に白石村という村があったんだ。記録によれば、地震の晩、村ごと海に沈んだそうだ。何も、何も残らなかった」
玲奈が息をのんだ。
「誰も、誰も助からなかったの?」
「伝わってる話だと、近隣の村の住民が夜明けに見に行ったんだそうだ。そしたら村も田んぼも人も、全部消えてたらしい。ざぶざぶという波の音だけが響いていたそうだよ」
◆フォト 沼島&白石村(南淡路)
藤倉が肩をすくめた。
「まあ、言い伝は尾ひれはひれがつくものだけどね」
「それはいつ頃の話なの?」
玲奈、完全に混乱状態である。精一杯言葉遣いを乙女らしく意識していた。頑張っていた!
その様子をニヤニヤと笑って見つめる目が四つ。我らが齢数千年のババアコンビである。
「沈んだ時期は定かではないよ?一六〇五年(慶長九年)冬、南海トラフ大地震が怪しいと俺は睨んでるけどね」
『地震じゃと?』
いきなり来国光が割り込んだ。邪気の存在を感じて興味がわいたようである。
「そうだね。南淡路の白石村伝承と言うんだ。今の南あわじ市灘地区と沼島の間あたりだよ。半島があったらしい。古地図や古文書『淡路温故之図』にも白石村が大地震によって海に沈んだとの記載がみられるんだ」
「そうなの?さすが忠さま」
玲奈がうっとり藤倉を見つめてつぶやいた。藤倉はぎょとしたが態度には表さず話を続けた。
――いや、お前思いっきり態度に出てただろう!
「ん、んんん。それでね、今でも灘地区には白石村が実在したと、海没したと言う人は多いんだ。白石村は南淡路の幻の村、沈んだ村の伝承物語なんだよ」
『なるほどのぉ。それで剣奈はその白石村に囚われたと?』
「いや、この話には続きがあってね。もう一つ知られざる村の存在があるらしいんだ」
「忠さま……」
玲奈が潤んだ尊敬の目で藤倉を見上げた。
――「くそうぜぇ」「蘊蓄がなげぇんだよ」「さっさと結論言いやがれ」
ん?誰が誰にいつもいってたセリフだっけ?
「闇坂村伝承だよ」
『白に黒か。それはまた意味深な。さらに「黒」は「暗黒幽玄体邪気」に通じる。明らかにあやしいの』
「剣奈ちゃんがそこに?」玉藻が割り込んだ。
「闇坂村か……聞き覚えがあるのぉ」白蛇がぼそりと呟いた。
「「「『あるの!!!????』」」」
全員の声が一致した。
「うむ。あれはどれぐらい前じゃったかのぉ。そう、なゐ(大地震)で白坂村が沈んだころの話になるかのぉ」白蛇が呟いた。
「知ってるんだ!?白坂村!」藤倉が驚いて尋ねた。
「玉藻よ。おぬしは見ておらなんだか?それとも封印されて記憶がないかの」白蛇が尋ねた。
「ちょっと待ってね。記憶をたどってみるわ」
玉藻はナニカを思い出すようにそっと瞳を閉じた。金色の九本の尾が玉藻の後ろにわずかに顕現した。
「……鳴門海峡の底、殺生珠の奥深く……そこには、忘れようとして忘れられない思い出がいくつもあるわ。なにしろ千年ほどもそこにいたから……」
その声は、いつものしっとりとした落ち着いた声ではなかった。震えていた。
「思い出す……あれは確かに白坂村。あの夜……。潮の満ち引きが定まらない嵐の夜だったわ。村の奥に……古い祠……そして石に刻まれた封印符があったの。それが鳴門の底への封印の鍵にもなっていた……そんな村だったわ……」
「え、祠?鍵?」
玲奈が思わず尋ねた。
「そう。祠。そして……封印符……」
玉藻はゆっくりとうなずいた。その横顔には千年の切なさと苦さが滲んでいた。
「そうじゃったの。妾もその祠に祀られておったかの。そして村の巫女が時折、人身御供になって、石の中、異界の渦に引きずり込まれておったかの」
白蛇が遠い目で答えた。
「そうね。あの夜……祭り囃子の音が響いていたわ。その賑やかな音に紛れて小さな女の子が泣き叫ぶ声…… その時、大地が震えた……」
玉緒は瞳を閉じ、眉を柳眉に下げた様子でその時の様子を語り始めた。まるで神託を受けるかのように。とても神秘的な様子だった。
玉藻は、遠い夜を想いながら静かに言葉を紡いだ。
「そう……あの夜……どうしようもなく寒い夜だった……。祭り囃子の笛や太鼓の音。それに大人たちの笑い声が、村中に響き渡っていた……。その華やぎに不釣り合いなように、ひとりの、小さな女の子がどこかで泣き叫んでいたの……。みんな聞こえていたはずよ?なのに、みんな聞こえないふりをして、お神楽の輪や踊りを続けていた……」
「けっ。嫌な感じだぜ。そいつら篠の村を思い出させやがる」玲奈が忌々し気に呟いた。
「そしてね。その時……突然、地の底から鈍い音が響いたの。「ドドン……って」。とても深い響きだったわ。最初は祭り太鼓とかと思ったの。でも次の瞬間、地面がね、大きくうねったのよ」
『なゐ(大地震)じゃの』来国光がポソリと呟いた。
「そう。家々が一斉に音を立てて崩れていったわ…… 祭りの提灯が激しく揺れていた。みんなが『地震だ!』って叫んだ。波は逆立ち、大きく潮は引いていったわ。陸地が広がって海がとても浅くなったのを覚えてる……」
「津波の前兆だね」藤倉が呟いた。
玉藻の金色の尾が微かに震えた。
「やがて足元が割れ、道がひび割れていったわ。お社の石段が崩れ、祠のしめ縄が千切れた。夜空を裂くような轟音とともに潮が押し寄せてきたわ。村は……ゆっくり……、でも確実に海へと引きずりこまれたの」
玉藻の声には空ろな色が混じっていた。瞳を閉じ、長いまつげが細やかにふるえていた。海に封じられていた玉藻だったが、近い距離なら上空から心の目で人々の暮らしぶりをみることは出来たのだ。
玉藻は人々の叫び、大地の震え、轟音、押し寄せる波、その時のことをまざまざと脳裏に思い描いた。
「地鳴りに続いて、海が牙をむいたわ。黒い潮が村を呑み込むのを……私は見てた……。誰もが逃げた。走った。泣いた。けれど…… 何もかも、音も、明かりも、叫びも、すべて水に呑み込まれたの……」
玉藻のまつ毛が淡く震えた。
「気がつくと少女は潮に運ばれて山に流されていったわ。あの子の命の灯がどんどん小さくなっていったのが悲しかった……私は、毎日祠の前で祈りを捧げてくれた少女を悼んだわ。すべてが海に呑み込まれる中で、その子だけが、山に運ばれた。そして命の灯を消した……。その子はずっと泣き続けていたのよ。「助けて、私……死にたくない」って。ああ、私は……何の力もなく、あの子のことも救えなかった」
玉藻は小さく息をついた。しばし沈黙が流れた。
「ちょっと待って。巫女だって?祈り続けていた?そして地震、地脈、邪気、闇坂村、巫女……。もしかして、剣奈ちゃん……彼女が魂の灯を消した瞬間に、彼女の身体に囚われた?」
金色の尾がしずかに揺れた。藤倉と玲奈の瞳が大きく見開かれた。鳴門海峡に封じ込められた想いが今、静かに軋みを上げて蘇った。
伝説の村と捧げられた少女の魂の秘話。
カチリ
藤倉の心で何かのピースがはまった音がした……
「……剣奈ちゃん……、その巫女の魂まで背負ってしまったのかもしれないわ……」
「アイツどんだけお人よしなんだよ。どれだけ背負わなくていいものまで背負い込むつもりなんだ……。アタイも重い女だけど……、アイツ相当ヤバいわ……」
「重なり、流れ、絡み合う。歴史の糸じゃのぉ。人も妖も、すべて巻き込んで…… ああ……刀も、かの……」
みんなの会話を聞きながら玉藻は柔らかく微笑んだ。
「でも、だからみんなここにいるんじゃないの?古刀、牛女、白蛇……そして狐……。すべての物語はちゃんと今に続いているのよ?」
「ぜんぶ剣奈ちゃんのおかげ……」
だからね……
数千年を孤独を生きた私だけど……
孤独にさいなまれた私だけど
今……私は寂しくないわ……
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波の呑まれし村
生贄の巫女は闇の山へ
淡路闇伝承より
波に消えた村
悲痛な生贄は闇に消ゆ
祈り続けた悲しき想い
今の巫女がそれを継ぐ
たとえ巫女が
傷だらけになろうとも……
幸せつかむ薄幸の少女が
無残に踏みにじられよとも……
今、新しい物語が紡がれる……
浪没幽村生贄哀
長祈悲念継今媒
巫女傷身忍苦在
薄幸玲奈夢破灰
新篇此夜始幽開
夏風
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