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【4位感謝】水牢に沈む濡れ髪の女 奴隷貿易と赤い女の幽霊…地図にない場所…描けない池…  作者: 夏風
第一章 水牢に沈む濡れ髪の女 奴隷貿易と赤い女の幽霊 剣巫女・剣奈の肝試し
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2 剣奈、夜の鍾乳洞で怯える:言わりなかせば 魑魅哭立たじを


ほらのやみ いどまむおのこ

いつわだけ いわりなかせば

ちみなたたじを……

 

……………………



ピチャン


「ひっ!」


ピチャン


「あああああぁ!玲奈姉っ!ダメェ」


 洞窟に足を踏み入れたばかりだったと言うのに剣奈は水の音に怯えて肩をびくつかせた。


 「はっ。このビビリめ。あんな恐ろしい黒犬をバッタバッタやっつけるのにそんな水音が怖いのかよ」


 玲奈は怯える剣奈をみてニヤニヤしていた。剣奈の顔は恐怖に青ざめていた。両手で肩を抱いてブルブル震えていた。

 

 「だって、だって」


 剣奈は涙目で入口の玲奈に訴えた。違うのだ。怖いのだ。黒犬ならやっつけられるのだ。来国光でひと斬りすれば簡単に浄化して消滅させることができるのだ。

 それに邪気との闘いは基本昼間である。太陽のもとである。ちゃんと黒犬は見えているのである。しかし鍾乳洞は真っ暗である。まったく見えないのである。怖いにきまっている。


玲奈(れな)姉っー。出ちゃダメ?」


「はっ、「ボク、男の子だから平気、怖くないもん」って誰のセリフだったけ?」


 玲奈は朝食後の会話で剣奈が強がりで言ったセリフを繰り返して先に進むように促した。

 「なんでボクあんなこと言っちゃったんだろ」。剣奈は思わず強がっていった自分のセリフを後悔していた。


…………


 今朝のことである。朝食を終えた剣奈の家に藤倉と山木がやってきた。


 「淡路島の邪気退治、ボク頑張ったよね。せっかくの夏休みだし、頑張ったご褒美になにか楽しいことをしたいなぁ」


 うっかりそんなことを言ってしまった剣奈であった。命がけで剣奈が頑張ったのは事実である。

 頑張った剣奈に楽しい夏休みイベントをしてあげたい。普通の小学生としての素敵な夏休みの思い出作りをしてあげたい。そう思ったまわりの大人たちは宝塚の久志本家に朝から集まりみんなで知恵を絞っていた。


「夏休みといえばやっぱ肝試しかな。夏の暑い夜に肝試しで盛り上がる。締めは海岸の花火。こんなのどうだい?どこかいい場所があればいいんだが」 藤倉が言った。

「肝試しにいい場所ねぇ。そうだ。鍾乳洞なんてどうだい?淡路島の北に野島鍾乳洞というのがあってね。一九六五年(昭和四十年)に高校の地学部が発見して、当時は大騒ぎになったよ。兵庫県指定の天然記念物にもなっている素敵な鍾乳洞だよ」山木が言った。

「へぇ。いいんじゃねぇか。剣奈、オマエ鍾乳洞探検をしな。アタシが前もって宝を隠しておくからよ。剣奈が隠された宝を持って帰ってきたら成功。一晩剣奈がアタシらの王様だ。でも持って帰れなかったら失敗。罰ゲームだ」玲奈が乗った。

「肝試しか。花火は好きだけど、肝試しは別になくてもいいかな」剣奈が答えた。

「剣奈、オマエ、男の子の癖にお化けが怖いのかよ」玲奈がからかった。

「違うもん。ボク、お化けなんて全然怖くないもん。男の子だから平気だよ。全然怖くないもん」剣奈が強がって反射的に答えた。


 剣奈は夏休みの初めに不思議な体験をして身体が女性化してしまった小学校三年生である。身体は女子化したが意識は完全に男子のままである。

 玲奈は男性経験が豊富である。男心をゆすって動かすのは呼吸をするが如くである。小学生男子の剣奈はそんな手練手管にあらがえるはずもない。剣奈は手のひらで転がされるがごとく、まんまと玲奈のたくらみに乗ってしまった。


 野島鍾乳洞は剣奈の実家がある宝塚から六〇kmほどである。阪神高速七号北神戸線から神戸淡路鳴門自動車道を使えばわずか一時間で到着する。夕方明るいうちに宝塚の久志本家を出ても、玲奈が宝に模したビリヤードの赤い球を鍾乳洞の奥に隠すには十分な時間がある。


「野島鍾乳洞ってどんなところ?」剣奈が聞いた。

「野島鍾乳洞は淡路島の本格的な鍾乳洞だよ。新生代第三紀中新世中期、およそ二千万年前に形成された神戸層群岩屋累層の石灰岩が侵食されてできた鍾乳洞なんだよ。日本で鍾乳洞というとサンゴ礁起源のものが一般的なんだけどね。野島鍾乳洞はなんとカキやフジツボがもとになった石灰岩層からできているんだよ。とても珍しく貴重な鍾乳洞なんだよ」地質学者の山木がマニアックな返答を返した。

「そんな貴重な鍾乳洞に入っていいの?」剣奈が尋ねた。

「野島鍾乳洞は立ち入り禁止だよ。以前は自由に入れたんだけどね。いつの間にか立ち入り禁止になったよ。台風で案内の看板が倒れて、そのまま立ち入り禁止になったらしい」山木が答えた。


 剣奈はほっとした。立ち入り禁止なら入ったら法律違反だ。剣奈の母の千剣破(ちはや)は順法精神あふれる人である。息子の剣人(現剣奈)にもしっかりとその順法精神を叩き込んでいた。


「立ち入り禁止ならダメだよね。ボク探検する気満々だったんだけど、法律違反ならダメだよ。残念だなぁ」


 本音では剣奈は夜の鍾乳洞に入るのは怖かった。しかし「男の子のプライド」がそれを言わせなかった。かわりに法律違反という大義名分を掲げて正々堂々と逃げをうとうとしていた。


「いや、野島鍾乳洞の立ち入り禁止は法律に基づくものではないよ。台風などで入口が荒れているため、事故防止や安全管理の観点から立ち入り禁止になったそうだよ。あとは兵庫県指定天然記念物なので、文化財保護法や兵庫県文化財保護条例の下での保護も必要というのも名目になってそうだね。まあ壊さなければ大丈夫じゃないかな」


 山木がとんでもない暴言を吐いた。教育者がそんないい加減でいいのか山木。立ち入り禁止の場所に入ってはダメである。


「でもボク、お母さんから言われてるんだ。法律じゃなくても規則とかは理由があって決められてるって。だからちゃんと守らなきゃダメだって」剣奈が答えた。

「問題ねぇだろ。幽世(かくりよ)の野島鍾乳洞なら立ち入り禁止じゃねぇだろ?そもそも以前は普通に入れてた場所なんだろ?幽世の野島鍾乳洞なら入り口は荒れてないかもしれないし、たとえ荒れてたとしても剣奈の運動能力なら余裕だろ?ああ、そうそう、貴重だってなら、剣奈、絶対鍾乳洞は壊すなよ?暴れるなよ?」


 玲奈が斜め上の解決策を提示して剣奈に引導を渡した。確かに幽世の野島鍾乳洞なら規則違反ではない。そもそも一九六〇年代の発見から二〇一〇年代半ば頃までは普通に入れていた場所なのである。五十年も普通に入れていた場所なのである。

 現世では台風で入口付近が荒れたため事故防止の観点から立ち入り禁止になったらしいが、幽世なら全然規則違反ではない。


「でも邪気が棲みついたりしてないかなぁ」剣奈が弱々しく言った。

「邪気が棲みついてたら逆に退治した方がいいんじゃねぇか?」


 玲奈が正論を言った。剣奈はぐうの音も出なかった。


「よし、決まりだ。じゃあメンツを決めようぜ」玲奈が言った。

「俺は行くよ」独身で剣奈に惚れている藤倉は夜の剣奈とのデートイベントにワクワクしながら答えた。

「私は家族がいるし夜のイベントは若い者たちで楽しみたまえ。保護者として藤倉くんもいるから大丈夫だろう」家族持ちの山木が言った。

「そうやな。若いもん同士で楽しんどいで。気ぃつけていってくるんやで?晩は泊まるんか?キャンプセットもっていくか?」剣奈の祖母の千鶴(ちづる)がキャンプセット持参を提案した。

「いいですね!肝試し、花火大会、夜のキャンプ。まさしく夏休みって感じですね」藤倉がワクワクしながら返答した。


「そ、そうだね。ボ、ボク楽しみだなぁ」


 剣奈が冷や汗をかきながら強がって返答した。


 こうして剣奈と玲奈、藤倉は夜の肝試しとその後の花火、キャンプの夏休み小旅行をすることになったのである。



………………


洞の闇

挑まむ男子(おのこ)

偽猛(いつわだけ)

言わりなかせば

魑魅哭(ちみな)たたじを


いわりなかせば

ちみなたたじを


夏風

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