2-7 日中の暴れ虎、夜は甘える子猫でした(全員聞いてたよ)
昼刀鎧身如猛虎
夜闌嬌喘似柔貓
白蛇古刀温心守
九尾微眸以愛和
朝霧童貞無垢踏
淡路幽冥闇神来
――――――――
――時は少しさかのぼる。
階下──。
剣奈の枕元、千剣破と千鶴は川の字の両脇で横になっていた。
「ん♡、あっ♡、あ♡」
しかし、しかしである。天井の板張りを通して二階から響いてくる声があった。微妙な振動や吐息、抑えきれないきしみ音があった……どうしても耳に入らざるを得なかった。
千剣破はそっと溜息をつき、目を開けた……
千鶴は横で寝息を立てていた。でも母ならおそらくタヌキ……
まあ、いいか。それにしても……
そう。それにしてもである。剣奈が白目をむいて痙攣し、意識不明なのである。その時に、である。
「こんな時にあの二人は……」
千剣破はあきれ返った。しかし、
「でも……まあ……そうなるか。あの二人なら……」
千剣破は大きく息を吐いた。不謹慎である。時を考えろである。しかし心に大きな傷を持つ少女の雪解けである。今この時だからこそ……そうなのかもしれない……
大きな衝撃でもない限り……、まあいいか。それに下手に意識すると、自分がなにかしでかしそうである。母の横で?娘の横で?いやいやいやいや。
一方の千鶴である。やはり狸寝入りだったようだ。モンモンする千剣破を微笑ましく見やり、軋む天井を見上げて春風のような笑みを浮かべた。
あの厳冬の少女に雪解けがきたか……それにしても……先生、えらい研究外のフィールドワークお盛んやわw。普段は理屈っぽくて回りくどいあの男が、女に迫られて五十路の童貞を捨てた。不器用に、でも全力で、応じてるんやろな……。
想像するだけでおかしかった。
千剣破たちの隣部屋、リビングで横になっていた玉藻は耳をぴくりと動かしながらにこやかに微笑んだ。
「愛……いいわよね…… 私も……盛吉さまと……結ばれたかった……」
千年前の切ない恋である。いやただのファザコンか?ゲフンゲフン。
玉藻は小声で、けれど心から歴史童貞男と心に刃鎧を羽織る気弱な少女を応援した。その言葉には揶揄や下世話な色は一切なかった。心から愛を慈しむ声音だった。
白蛇は玉藻の肩からずるりと絨毯に降りた。千鶴が若いころに奮発して五百万円で求めた毛足の長いふかふかの絨毯である。その絨毯の上で長い尾をゆらりと揺らした。
「若いのう……お盛んじゃのう……。まあそれは良いのじゃが……。しかしのう。こんな時にちと不謹慎ではないか?」
顔をしかめながら白蛇は呟いた。その赤い瞳には半分は呆れが混じるものの、もう半分は優しい慈愛の微笑を含んでいた。
来国光は洋風テーブルの上にウコン布とともに鞘の中で横たわっていた。そして低く呟いた。
『……まあ、落ち着くところに落ち着いたというべきかの……』
幾百年の間、彼は人の世の愛憎を見てきた。この結末は意外なような、出会ったときからの定めであったような。いずれにせよ悪くない顛末だった。
「あ♡、あ♡、あ♡、い、逝くっ♡」
「あの頑固な不良娘がなんともかわゆい声で鳴きよるわ。あの娘、日中は虎のなりしておったがの。閨ではなんとまぁ従順な子猫じゃのぉ」
ジュポッ、ジュポッ、ジュポッ
「れ、玲奈さんっ!」
藤倉の狼狽した声が響いた……
「かーっ!お掃除までやりおるか…… とんだ虎かぶりよの」
白蛇があきれかえって呟いた。
「それほど業が深いのね……」
玉藻は優し気に微笑んだ。
天井から聞こえる音はやがて落ち着き、静かになった。夜はふたたび静寂に包まれた。
チリン、チリン
風鈴の音がときおり小さく響いた。
チチチチチチ
チチチチチチ
庭では秋の虫が、何事もなかったかのように涼やかな声を響かせていた。
――――――――
チュン チュンチュン
バタバタバタ
階段を慌てて降りる音が響いた。急いで着替えを済ませた玲奈がキッチンで朝食の準備を手伝い始めた。その肌には隠せないなまめかしさがあった。
玉藻は縁側で朝の光を浴びてのんびりしていた。白蛇はその肩で小さく丸くなっていた。
「おはよ」
千鶴と千剣破がにこやかに微笑みながら玲奈に声をかけた。生暖かい視線がいたたまれなかった。
「声は抑えたつもりだったんだけど……」
オサエタ?いや、玲奈よ。君の恥ずかしい声はガンガンに響き渡っていたぞ?なんなら玉藻はにんまりとスマホのスイッチを押しておったぞ?玉藻のスマホが破壊されるのが先か…… いや、君に玉藻は倒せぬよな…… まあ、なんというか…… 諦めろ……
「剣奈を必ず連れ戻す!」
玲奈が突然言った。
ピヨピヨピヨピヨ
カーカーカー
アーホー
どこかで鳥が鳴いているようだ……
トントントン
程なく藤倉が現れた。藤倉と玲奈は視線を交わした。昨夜のことに触れはしなかった。しかし交し合った視線、その一瞬ですべてが通じ合っていた。
「剣奈を、必ず連れ戻そう」
「おう!」
藤倉の言葉に、玲奈は強く頷いた。
盛り上がる二人である。
しかし…… 周りは生暖かい視線を送っていた。
二人の世界に入った恋人たちには……
まあ、関係ないわな。頑張れ!
千鶴がにこやかに微笑みながら声をかけた。
「ほしたら朝ごはん食べたら行っといで。いや、逝っといで。剣奈の身体は私らが守る」
千鶴が微妙にからかった。それに気づいたものは誰もいなかった……。千鶴、残念。
ほどなく一行は、宝塚宝梅の千鶴の家を後にした。剣奈を探す旅路へ、思いもよらぬ結末の待つ冒険の旅へと足を踏み出したのであった。
朝露に濡れた道の先。暗黒に包まれた淡路の渡り道が静かに一行を待ちうけていた。
ドクリ
漆黒のナニカが黒くドロリとした瘴気を放った。とある社の石室の奥であった。その黒く粘度の高いそれはとある時代のとある場所の大地を静かに蝕んでいった……
ビクリ
大地がそれを受け入れおぞましげに身を震わせた。そして……
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日中の暴れ虎、夜は甘える子猫でした
(全員聞いてたよ)
研究外のフィールドワーク
お盛んな童貞先生
刃の鎧を脱いだ少女は……
可愛い子猫だった
白蛇と古刀は呆れ
九尾は微笑む……
朝露の童貞、いや道程の先……
淡路の闇が迫る
夏風
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昼刀鎧身如猛虎
夜闌嬌喘似柔貓
白蛇古刀温心守
九尾微眸以愛和
朝霧童貞無垢踏
淡路幽冥闇神来