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2-6 五十路の童貞おっさん ぴちぴちギャルで童貞卒業! まじっすか!


五十童貞在

 孤娘袖不放

柔聲似夢吻

 白裸映月光


――――――

 

 来国光と白蛇の生暖かい視線に気づかないまま藤倉と玲奈は二人の世界を作り上げていた。藤倉は玲奈の横に腰を下ろして、少し声の調子を和らげて会話を続けた。


「玲奈さん、五斗長垣内遺跡って知ってる?」


 玲奈は首を横に振った。


「わかんね。なんか、むずかしそうなやつだろ」

「難しくなんかないよ」藤倉は優しく微笑んだ。

「淡路島の山の上に、昔の人たちが鉄を作ってた場所があったんだ。今から、二千年も前のことだよ」

「てつ? 淡路島で? そんな大昔に?」玲奈の目が、ほんの少しだけ興味を帯びた。

「あぁ。五斗長垣内遺跡にはね、鉄を鍛えてた痕跡がたくさん見つかってるんだ。道具や矢じり、それに、炉を作った形跡も残ってるんだ。」

「へぇ。すげえ場所なんだな……」

「そうだよ。昔はね、ここで作った鉄の道具が、船で海を渡って広がったんだ。淡路島はただの通り道じゃなかったんだ。命や道具、文化が生まれる“はじまりの場所でもあったんだよ」


淡道之穂之狭別島あわじのほのさわけのしま。時の始まり、通り道、物語の始まり、そして分かれ道。これが剣奈にどうつながる?」玲奈が顔をあげて藤倉を見つめた。その目は教師を前にした子供のような目だった。

 

「つまりこれは憶測だけどね」


 藤倉は、穏やかな声色で五斗長垣内遺跡と淡道之穂之狭別島の話を続けていた。

 玲奈は、その裾をまだしっかりと握っている。指先にこもった熱が、布越しに藤倉へと伝わっていた。


 ――その時。


 カチャ


 ダイニングのドアが静かに開く音がした。


「……おやおやまあまあ……」

 

 顔をのぞかせた千剣破が、意味ありげに眉を上げた。すぐ後ろから続いた千鶴も、どこか含み笑いを帯びた生暖かい視線で二人を見た。


「くっ……」

  

 玲奈は顔を赤らめ、一瞬だけ視線をそらした。


 しかし玲奈よ、その手は何だ?藤倉の裾を握るその手は?二人が入ってきても離そうとしないのはなぜかなー。ニヤニヤ。


 藤倉は、入ってきた二人の視線に気づきながらも、あえて何も反応せず、話を続けた。


「とするとだよ。これはあくまで推論でしかないのだけれど、剣奈ちゃんが連れていかれた場所は、淡路島と本州・四国を結ぶ「時の渡り道」のどこかかもしれない。物理的な地形じゃなく、昔から人や文化、そして魂そのものが行き来した場所、それが淡路島……」


 玲奈が小さく息を呑む。

 

「じゃあ、別世界に……?」


 藤倉は頷いた。


「そうかもしれない。あるいはそうじゃないかもしれない。もしかすると剣奈ちゃんの魂は時を越えたのかもしれない。昔の人が鉄や穀物を運び、祈りや物語を渡した。剣奈ちゃんの魂もまた何かを渡ったのかもしれない。その先に何があるのかまでは、まだ分からないけれど」


 千剣破と千鶴は、ふと視線を交わし、小さく肩をすくめた。

 

「まったく、いつの間にかえらく仲良うなって……」


 二人の目はそう語っていた。口には出さなかったけれど。


 どんかんな藤倉はそんな視線にまるで気づかない。いつも怯えるように周囲の気配を読んできた玲奈は当然その気配に気づいていた。けれど今は自分の正直な感情を優先した。


「アタイ、こいつに抱かれたいな……」


 玲奈は藤倉の横顔をじっと見つめていた。握った裾を放す気配は見せなかった。白蛇は椅子の上でくねりながら、小さくため息をついた。来国光は黙ってその光景を見守っていた。


『刃と鞘が擦れ合わぬ距離というのも、また良きかな』


 などと心の内でつぶやいていた。


――――

 

 その夜──

 

 千剣破と千鶴が剣奈の横に布団を引いて川の字になって寝た。家の中は静かになった。玲奈は居候している二階の自室に向かった。バイクでいったん帰宅しようとした藤倉の袖を玲奈は引いた。


 二階の窓の外で虫の声がやさしく途切れ途切れに響いていた。


 藤倉はまだ淡路島と剣奈の行方について地図を前に考え込んでいた。玲奈はその横に座って、黙って藤倉の横顔を見ていた。玲奈は不意に、藤倉の肩口にそっと自分の額を寄せた。


「……なあ、藤倉」

「ん?」

「アタイ、今夜……独りはイヤなんだ」


 藤倉は目を瞬いた。藤倉は五十をとうに越えた。しかし、これまで女性と深い関係を持ったことはなかった。恋も、手をつなぐことも、ましてや女性経験など一度もなかった。風俗ですら……。

 研究室と資料室とフィールドスタディ。それらをまとめての成果発表。そして講義とゼミ、学生たちの指導。これが藤倉の日常であり、人生そのものであった。研究オタクと言っていい。それ以外の世界は知らなかった男である。


 だから今、目の前で袖を握る玲奈にどう応じていいか、藤倉には分らなかった。

 

「……玲奈……さん?」


 藤倉の何か言いかけた唇は、すぐに玲奈の温かい口づけで塞がれた。


 口を塞がれたままの長い沈黙。熱い吐息。舌が絡められる感触。

 

 藤倉は心臓の鼓動がやけに大きく響くのを感じた。藤倉のマグナムははちきれんばかりに臨戦態勢だった。

 やがて藤倉は決心し、覚悟を決めた。玲奈を背中に手をまわし、そっと抱き寄せた。


 人生で初めて女性を腕に抱く感覚は、知識でも論文でも言い表せないほど生々しかった。

 あれほど気丈で暴力的だった玲奈は……、閨ではとてもかわいかった。

 彼女の甘いあえぎが優しく藤倉の耳に響いた。研究室の机では決して得られない感覚だった。温もりと鼓動の混じった素晴らしい感覚だった。


「俺は生きてる」


 藤倉は強くそう思った。


 玲奈は藤倉の腕の中であえぎ続けた。玲奈のこれまでの睦は、たいてい暴力的に踏みにじられてきたものだった。

 藤倉との睦。それはこれまでとまるで違うものだった。

 温かかった。優しかった。これまでの蹂躙されるような激しさはなかった。ぎこちない愛だった。玲奈は少し物足りなさを感じつつも深い安らぎに包まれた。


 チリン


 窓の外で風鈴が控えめに鳴った。二人だけの世界が、月明かりの下でゆっくりと溶けていった。


 ――――


 チュン チュンチュン

 

 翌朝、東の空がわずかに白んだころ、玲奈は目を覚ました。隣には静かに眠る藤倉の姿があった。寝息は穏やかで、昨夜よりも少し安心しきった顔をしていた。

 玲奈は藤倉の頬に口づけをした。そしてそっと布団から抜け出した。洗面所に行き、水で頬を叩いた。鏡に映る自分の顔はどこか晴れやかな光を帯びていた。玲奈は自分の心が幸せに満たされるのを感じた。


「はっ、これが愛してるってやつか。笑っちまうぜ。アタイがよ……」


 トントントン


 キッチンの音が聞こえてきた。千鶴と千剣破は朝ごはんの支度をしていた。


「いけね」


 玲奈は慌てて服を着替えてキッチンに向かった。玉藻は縁側で朝の光を浴びてのんびりしていた。白蛇はその肩で小さく丸くなっていた。


「おはよう」


 千鶴と千剣破が玲奈ににこやかに微笑みながら声をかけた。生暖かい視線がいたたまれなかった。


「剣奈を必ず連れ戻す!」


 照れくささを隠すように玲奈が言った。程なく藤倉が現れた。藤倉と玲奈は視線を交わした。昨夜のことに触れはしなかった。しかしその一瞬にすべてが通じ合ったようだった。


「剣奈を、必ず連れ戻そう」

 

 藤倉の言葉に、玲奈は強く頷いた。


 千鶴がにこやかに微笑みながら声をかけた。

 

「そやね。まず朝ごはん食べよか。そしたらいっといで。剣奈の身体は私らが守るさかい」


 穏やかな朝、藤倉と玲奈、白蛇と金狐、そして来国光のパーティーは、宝塚・宝梅の千鶴の家を後にした。剣奈を探す旅路へと歩み出したのである。

 

 朝露に濡れた道の先には、まだ見ぬ淡路の渡り道が静かに待っていた。


 




――――――――――


歴史学者と不良娘 月明かりの約束 風鈴の下で結ばれて 

 


昔、淡路は道でなく……

命と伝来、はじまりの場所だった……


過去を語る童貞男……

袖を離さぬ、強がる少女……


白蛇と古刀は見る……

刃と鞘の、初めての夜……


夜はいつか明ける……

剣奈の闇は、開けるのか?

 

#小説宣伝です #安土桃山幻想 #小説家になろう


五十童貞在

 孤娘袖不放

柔聲似夢吻

 白裸映月光

 

五十寒郎未識情

 孤燈讀卷半生空

強娘執袖眸中烈

 願得相依夜始融


白蛇低首窓前嘆

 古刃含光影亦同

一吻羞驚魂欲顫

 雙心契合破長冬

 

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