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2-2 魂の紐(シルバーコード) 剣奈生存への四制約

「剣奈ぁ!」

「「「けっ、剣奈っ!?」」」

「「剣奈ちゃん!」」

『剣奈よ!』

ワンワン


 玲奈が吠えた。白、玉藻、岩屋の犬は心配げに剣奈を取り囲んだ。 ダイニングで話をしていた千剣破、千鶴、藤倉が異変を感じて縁側に駆けこんだ。来国光は大慌てで剣奈の心に呼びかけた。


 チチチチチ

 リーンリンリン


 夏休みの夜である。こおろぎや鈴虫の音が涼やかに秋の余韻を運んでいた。どこからか風鈴の澄んだ音がした。そんなたおやかな音に囲まれた中での惨劇。平和な音は今、残酷なほど遠かった。

 剣奈は縁側に腰を下ろしたまま、上半身つっぷすように倒れていた。その剣奈の横顔は……、無残だった。全身が細かく震えていた。額には玉のような汗が噴き出し、その瞳は白目をむいて悶絶していた。指先が震えていた。苦しそうなかすかな喘ぎとともに胸が上下していた。


「かはっ」


 剣奈は苦し気な息をもらた。全身が小刻みに痙攣していた。唇が蒼ざめていた。顔は白蝋のごとく白かった。

 月が……青く光っていた……

  

「しっかりして…ねえ、剣奈、聞こえる?」


 千剣破は懸命に剣奈に呼びかけた。しかし剣奈から返事はなかった。ただ剣奈の乱れた呼吸音と虫の音と風鈴の音、それだけが高く耳に刺った。


「剣奈、剣奈っ」

 

 千剣破は剣奈の背に手を添え、なおも必死に呼びかけ続けた。

 千鶴が剣奈が舌を噛まないように口の中にハンカチを入れて噛ませようとした。千剣破はそれを止めてそっと首を横に振った。


「痙攣発作が始まった直後に舌を強く噛んでなければもう大丈夫。ハンカチを入れたらむしろ窒息の心配があるの」千剣破が言った。

「昔は痙攣したら舌かまんよう割り箸を噛ませろとか言うとったけどな」千鶴が苦笑した。

「身体を横向きに寝かせて衣服を緩めましょ」


 玉藻が剣奈を抱き上げた。たおやかな美女の風情であるが玉藻は怪力なのである。

 それが九尾の狐の妖力なのか、それとももともとの身体能力なのか。玉藻自身にその区別はない。


 ヒョイ


 剣奈をお姫様抱っこした玉藻はそっと和室に剣奈を運んだ。千剣破と千鶴は大慌てで和室中央の重い木の和机をどかせ、布団を引いた。玉藻はそっと剣奈を布団に寝かしつけた。

 千鶴は剣奈の肩を抱き、引き寄せた。ぎゅっと結ばれた帯をほどき、浴衣の胸元を広げて呼吸が楽になるようにした。汗ばんだ肌が、和室の蛍光灯の光に淡く光った。


「藤倉はんははいってきたらあかんで」


 ただならない剣奈の様子を見て和室に入ろうとした藤倉を千鶴はピシャリととめた。


 いや、あたりまえである。着衣を緩めて肌をさらしているのである。そこに入ろうとは。藤倉、シネ。


「剣奈、こんなに汗かいて。私、剣奈の身体を拭くものを用意してくるわ」

 

 千剣破が部屋を出て台所にいった。

 

 玲奈は遠目に見ていた。白蛇が剣奈に何か言ったことを。そしてその直後に剣奈の様子がおかしくなった事を。


「白っ!テメエ何しやがった!」玲奈が白蛇を睨みつけて言った。

「いや、妾は何もしとらぬ。会話しておったらいきなりこうなったのじゃ」白がオドオドしながら答えた。

 

「なら剣奈に繋がってどっか行ってるこの白黄に輝く紐はなんだっ!」


 玲奈は剣奈の肚から伸びる輝く二本の白黄の紐を忌々しく眺めた。一本はわかっていた。来国光に繋がっている結紐である。ではもう一本は?

 もう一本の白黄の紐は剣奈から庭の空高く伸び、さらに上空に向かって伸びていた。青白く輝く三日月に向かって……

 剣奈の白黄の紐の先は夜空で薄くかすんでいた。先端は空中に溶けるようにして見えなくなっていた。けれど紐は空中高く張りを持って伸びていた。

 その張りの様子。紐は切れていない。玲奈はそう思った。


「剣奈ちゃんのお腹に二本の紐が見えてるんだね?」


 藤倉が玲奈に尋ねた。


「ああ。剣奈の肚から紐が出て途中から細く消えてやがる。しかし見た感じ切れてねぇ。三日月に向かって伸びている。そして空中で途切れてやがる。どっか別の世界に繋がってるような、そんな気がする……」


 玲奈が答えた。気絶した剣奈、宙に伸びる紐、藤倉の脳裏にある考えが浮かんだ。

 

「気絶、別世界、紐……。そうか、そうかもしれない」 

「なにがそうかもなんだ。はやく言いやがれ」玲奈が藤倉を睨んだ。

「これは推測でしかない。が……恐らくだけど、剣奈ちゃんのお腹から出ている紐はシルバーコード(silver code)だと思う」藤倉が返答した。

 

「シルバーコードだぁ?」

「ああ。幽体離脱の経験者がみんな口をそろえて言うんだ。「自分の身体がなぜか目の前にあるのが見える。それと自分は魂の紐で繋がってる。その紐が切れない限り肉体に戻れる気がする」とね。そしてその紐、魂の紐は「シルバーコード」と言われてるんだ」

「でも銀じゃねえぜ?どっちかと言うと金だ」

「色はそれほど重要じゃないんじゃないかな。剣奈ちゃんの魂が神気に満ちた白黄輝というだけで」

「確かな話なのかよ?」

「もともとは『聖書伝道の書(コヘレトの言葉)』十二章六節にある話なんだ。「銀のひも(the silver cord)」の話はね……」

 

「はあ?聖書だぁ?」

「Or ever the s()i()l()v()e()r() ()c()o()r()d() ()be loosed, or the golden bowl be broken, or the pitcher be broken at the fountain, or the wheel broken at the cistern」

理由(わけ)わかんねぇこといってんじゃねえよ!」

「いや真面目なんだ。これは訳すと、「銀の紐は切れ、金の鉢は砕け、水がめは泉のかたわらで破れ、車輪は井戸のほとりで砕ける」となるんだ」

「はあ?全然わかんねえよ」


 玲奈の目には藤倉が緊急事態にもかかわらずのんびりと蘊蓄を語り始めたように見えた。

 玲奈は藤倉の胸ぐらをつかんで唇が触れるくらいにまで顔を近づけた。そして藤倉を睨みながら吐き捨てた。


「蘊蓄語りは後でしやがれ!クソ藤倉っ!タマ蹴り潰すぞ!このクソ野郎っ」

「いや。大事なことなんだ。この「伝道の書十二章」は、「人生の終わり」、「老い」、「死に向かう人」など、死と人生について語る章なんだ。人間がどう生きるべきか、神との関係をどう捉えるべきか、そうしたことを詩的に説いているんだ」

「御託はいいよ。さっさと結論言いやがれ」

「命の終わり、つまり死は、魂と肉体を繋ぐ銀の紐(silver code)が切れた時なんだ」

「つまり紐が繋がってる限りは大丈夫ってことか?」

「そうだ。けど、それは必要条件の一つに過ぎないんだ。俺の解釈だと、「金の鉢」が魂。「水がめ」が肉体。「車輪」が世界の位相の繋がりの保持になる」

 

()()()なんなんだよ?」

「剣奈ちゃんの命をつなぐために必要な条件が四つあるってことだよ。一つ、剣奈ちゃんの肉体が保たれていること。二つ、剣奈ちゃんの魂が保たれていること。三つ、その二つをつなぐシルバーコード、剣奈ちゃん場合は白黄紐だね?それが切れてないこと。四つ、白黄紐が伸びている先の世界とこの世界の繋がりが切れていないこと」

 

「はじめからそういいやがれ」

「それを言うだけだと、ほんとか?ってなるだろ?根拠と理由は納得性の上で大事だと思うんだ」

「けっ!この学者頭がっ」

「生命はとても儚い(fragility of life)んだよ。だから何を失うとダメなのか、それを考えることは大切だと思うよ?」

「けっ、魂と肉体と繋がりだろ?ちょっと考えりゃ当たり前のもんばっかじゃねえかよ」

「ほら。滑車の車輪、二世界の繋がりを保つ条件がもう抜けてる」

「んだと?当たり前すぎて言わなかっただけだろうが!」

 

「玲奈さん。落ち着きや」


 黙って二人のやりとりを聞いていた千鶴が静かな、しかし揺るぎない声で言った。


「確かに藤倉先生の言い方は面倒くさい。理屈っぽい。そやけどな。先生のおかげで私らだけではわからんもんもわかるんや」

「…………」

「いま藤倉先生も言わはったけどな。二世界のつながりを保つんが大切やなんてな。言われてはじめて気がついたわ。紐が繋がっとんやから二世界もなんもせんでもそのまま繋がっとるんが当然や思てまう。それが人やないかいな?」

「……はい……」

「まあわたしにはその紐は見えんさかいな。あんたと藤倉さん、二人がおってくれてよかったわ。ほんまにな。ありがとう」


 玲奈は千鶴の言葉に顔を赤らめて俯いた。そして顔を上げて言った。

 

「おい藤倉。悪かったな。テメエのおかげで何を大切にすべきか頭の整理がついたぜ」

「いや、これはただの仮説に過ぎないんだ。見落としがないか常に考えないと」藤倉が生真面目に言葉を返した。

「けっ。やっぱコイツうぜぇ」


 きつい言葉とは裏腹に玲奈は笑っていた。暖かい目で藤倉を見ていた。


「さあ。私は剣奈の浴衣を脱がして身体を拭いてきれいにするから藤倉先生はリビングで待っていてもらっていいかしら。来くんも一緒にね」


 お湯をと手ぬぐいをいれたたらいを運んできた千剣破が言った。


 ドスッ

「うっ!」


 藤倉のマグナムの反応を見逃さない玲奈である。すかさず藤倉の腹にヒザ蹴りを入れた。この非常事態に藤倉はあくまで藤倉であった。


 藤倉よ…… 読者さんからもコメントで不快だっていわれてるぞ?なかなかにきついコメントでちょっとグサッと来たんだぞ?どうにかできないのか?藤倉?

 

 ま、まあその場の張り詰めた空気が緩んだことは事実か。その点は評価しよう。藤倉、ナイス。




 

――――――――


命を結ぶは、銀の紐。

夜空遠く、三日月へ……

その糸が震えるたび、

剣奈の魂は揺れる


もう一度、君の笑顔が見たい……

 

ボクは……

 

ただ、それだけを願っている


#小説宣伝です#安土桃山幻想 #小説家になろう

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