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2-1 高手後手胸縄縛 緊縛され水牢に沈む女 背後の声 に振り返ってはならぬ

月影の 

澄める水面に 

雫おち

麻縄匂ひ

血の色ぞ見ゆ


 

――――――

 


 「そう言えば彼の地はどうなったかの?」


 夏休みも終盤のことである。蒸し暑い夏の夜だった。昼間あれほどうるさく鳴いていたアブラゼミやミンミンゼミ、ツクツクホウシら蝉の声である。なのに夜にはすっかり蝉は鳴りを潜めていた。


 チチチチチチ

 リーンリンリン


 まだ暑いといのに秋の虫の音が響いていた。蚊取り線香の臭いが縁側を包んだ。扇風機の風が剣奈の汗ばんだうなじに心地よかった。

 剣奈は浴衣姿でぼーっと月を眺めていた。縁側に腰掛けて夜風と扇風機の風に剣奈の髪がそよいでいた。

 

 何気に問いかけたのは白蛇の白である。白は剣奈の浴衣に潜り込んで眠っていた。


 モゾモゾッ

「あん」


 突然、白が剣奈の浴衣の中、胸元でモゾモゾ向きを変た。そしていきなり胸元から首を出してそんなことを言ったのだった。

 

「え?突然どうしたの?彼の地ってなに?」剣奈が何気なく聞いた。

「篠の池を覚えておるかの?」白蛇が尋ねた。

「うん。冷たくて、月の光がどんどん遠くなったのを覚えてる……」

「じゃのう」

「うん。美しい光がどんどん暗くなって、まるで水の牢に閉じ込められていくようだった……冷たく、暗く、苦しかった……」


 剣奈はあの時、篠の意識と同調していた。そして人身御供として沈められた時の記憶を追体験したのだった。

 その時の剣奈は、背中の高い位置で両手首を揃えて縛り上げられ、荒く撚られた毛羽立った麻縄にがっちりと捕らえられていた。縄は脇をくぐって乳房の上下を固く締め上げた。高手後手胸縄縛りである。容赦のない縛めが剣奈の全身を(さいな)み続けていた。


「い、痛い……、苦しい……」

 

 言葉とともに泡が口からぼこぼこと漏れ出した。剣奈は厳しく緊縛されたまま、後ろ手にくくり付けられた岩の重みに引かれてどんどん水底深く引き込まれていった。

 乳房を上下より締め上げる縄の苛烈なる食い込み、両腕を背に高く吊し上げる痛苦、呼吸のできぬ苦しさ――その責めは容赦なく際限なしに剣奈を責め続けた。

 後ろ手に付けられた岩の重みが狂おしく剣奈への加虐を壮絶にした。剣奈は目を見開き、声なき悲鳴を洩らした。こらえきれぬ涙が頬を伝った。

 背より受けた槍の創は燃ゆるがごとく疼いた。腹の子の命はすでに途絶えた。暗澹と沈む水面を仰ぎつつ己が命も尽きるのだ、そう悟った……


 ゴボリ……


 肺から空気が吐き出された。息苦しくて空気を吸い込んだ。しかし肺に入ってきたのは冷たい水だった。


「く、苦しい。辛い……」


 遠く暗くなる水面を見つめながら剣奈は両目から涙を流し続けた。


「これ、剣奈よ。しっかりするのじゃ!」


 白は篠に同調した記憶に飲み込まれそうになっている剣奈を見て慌てて声をかけた。


「かふっ」 ガクリ


 しかし剣奈は息を吐き出したかと思うと、そのまま意識を手放した……


 


――――――――


 


 ピチャン……

 オ……イ……デ……


 水音がした。声が聞こえた。後ろからだった。剣奈は反射的に振り返ろうとした。


 フリカエッテハナラヌ!


 強い声がした。……その声に逆らってはならない……なぜか剣奈はそのように強く感じた。そして振り返るのを止めた。


 コ……コ……ヨ……

 ワタシ……ハ……ココ……

 ミ……テ……


 背後からさらに声が呼びかけた。剣奈は両手で耳を塞ごうとした。


「かふっ、痛っ……」


 咄嗟に耳をふさごうとした腕は後ろ手に高く緊縛されていた。腕を動かそうとした動きは手首、腕、肩、胸に連動して剣奈を痛めつけた。剣奈は自分がきつく緊縛されているのだと切なく自覚した。


 背中で高く縛り上げられた剣奈の両腕は自分のものではないように痺れていた。肩はきしむように痛かった。腕を動かそうとすればするほど、麻縄は二の腕に深く食い込んだ。縄は縛られて熱を帯びた皮膚にチリチリと鋭い感触を残して擦れた。


「え?なに?ボク……、なんで縛られてるの?あっ……かふっ……」


 胸を上下に横切る縄は呼吸のたびに剣奈の胸を乳房の上下から厳しく締め付けた。剣奈が息を吸うほどに胸郭は縄に阻まれた。剣奈の胸に苦しさと切なさの圧迫感が広がった。


「ん……」


 剣奈は身じろぎした。


「あっ!」


 縄が剣奈の柔肌にきつく食い込んだ。縄の繊維が柔肌をきつく擦った。圧迫感、縛られた縄の痛み、そして擦れた鋭い痛みないまぜになって剣奈を襲った。

 腕の付け根から肩へと走る鈍痛は、じわじわと剣奈の心を追い詰めていった。剣奈は逃げ場がなくなった自分を切なく自覚した。


「あ、た、助けて……だれか……、く、クニちゃ?」


 しかし剣奈に繋がっているはずの来国光から返答はなかった。


「くっ!」


 剣奈はもがき力を込めた。丹田に剣気を溜めようとした。しかしいつもの子宮を揺さぶる感覚は訪れなかった。

 身体をわずかに捩ると、縄の繊維が肌を鋭く擦り、鈍痛と切なく苦しい圧迫が心までをも締め上げた。逃げ場はない――そう自覚した瞬間、縄はさらに食い込み、まるで意思を持つかのように囁いた。


「いやあああ!助けて!」

 

 剣奈は叫んだ。剣奈を厳しく緊縛する痛みは単なる苦痛だけではなかった。剣奈を身体だけではなく心ごと縛り付ける何かを孕んでいた。

 縄の一筋一筋が、まるで意志を持つかのように剣奈の身体を支配した。そして囁くように……動くな……、剣奈にそう告げていた……


 コ……コ……ヨ……

 ワタ……シ……ヲ……ミテ……


 剣奈の背後で声は呼びかけ続けていた……


「あ、あ、あ、あ……」


 剣奈は両目から涙を流しつつ厳しく緊縛された己が身体をもがかせていた。縄はますます肌に食い込んだ……

 


 ――――――


 こんにちは。夏風です。『水牢に沈む濡れ髪の女 奴隷貿易と赤い女の幽霊 剣巫女・剣奈の肝試し』、終わったはずでした。


 なぜ!?


 私にも謎です……

 

 でも……

 ナニカが夏風に語りかけるのです。


 マサ……カ……アレデ……

 オワリジャ……ナイヨネ……


 カ……ケ……


 ひいいいいいい!


 なのですみません。あのFinは、一章のFinということで…… まさか作者さえも想定していなかった第二章の開幕です……


 しかも剣奈、高手後手胸縄縛りできつく緊縛されてるし……


 解せぬ……


 剣奈ホラー第二幕、開幕です。タイトルは、両章を統合して

 

『水牢に沈む濡れ髪の女 奴隷貿易と赤い女の幽霊 地図にない村、描けないダム』

 

 としました。


 地図にない村というのはホラー・ミステリーではよく使われる設定です。偉大なる横溝正史先生の「八つ墓村」が地図にない村なのはあまりにも有名な話です。

 ネタバレになりますが、夏風の心にはあの村のことが澱のように沈殿していたようです。


 ちょっとザマァしたくなりました。もしかしたらザマァするつもりが、ざぁこざぁこされてるかもしれません……


 剣奈の被虐の表現をなんどもなんども書き直してるし…… ごめん、剣奈。


 毎日更新は辛いので不定期でボチボチと。


 お付き合いくださる方、いらっしゃるかなぁ……

 

 R15です…… いい子は見ちゃダメっ

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