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Chapter14 stoLen maiden

3/16 改稿しました。

 盗んで、食べて、全てを壊して。

 甘くて素敵な、可愛い少女キミを。

 貴方の罪は、いくつある?


  Chapter14 stoLen maiden


 騒ぎ声のする方に向かうと、そこには大きな建物があり、その入り口では絶え間なく人が出入りしていた。と言っても、人間だけではなく、正装したインコやトカゲまでいる。建物の中でぎゅうぎゅうになりながら座っている人たちも、おそらく全てが人間ではないだろう。白兎やチェシャー猫のように人間になれる獣もいるのだから。

 ドローレスは人ごみの中をすり抜けて、裁判所の隅に座った。そこからはちょうど、被告人の姿が良く見えた。ハートの女王の座る台座の前に、鎖で繋がれて焦燥した顔で立っている。罪人と言われるくらいだからもっとおどろおどろしいのを想像していたのだが。

 と、木槌が空気を割る様な音をたてた。「静粛に!」と柔らかなテノールが響き、ざわめいていた傍聴席が少し静かになる。ドローレスが聞き覚えのある声に目を向けると、訴状を持って女王の傍に立っているのは、白兎だった。女王は冷めた表情で白兎に目をやり、口を開いた。

「告知員、訴状を読みあげなさい」

「女王様がお作りになられたタルトを、盗んだ罪にございます。被告人はハートのジャックです」

 ざわっ、と傍聴席がざわめく。悲壮感溢れる空気に反して、ドローレスはその余りに平和的な罪状に呆気にとられていた。ここまで大仰な場を用意しておいて、タルトを盗んだ罪。もちろん窃盗だって罪には違いないが、どうにも締まらない。

 再び白兎が「静粛に!」と叫び、ざわめきが収まった。女王はたっぷりと間を開けて、白兎に短く指示する。

「最初の証人を」

「はい。証人第一号、ここに」

 白兎の声に傍聴席の中から小さな人影が固まって出て来た。帽子屋と三月兎と眠り鼠ヤマネだ。眠り鼠ヤマネ以外は手にティーカップを持ち、困ったような顔を見合わせている。

 沈黙の後、ようやく帽子屋が口を開いた。

「すみません、女王様。まだお茶会が終わっていないものですから」

「お茶会? もうそんな時間ではないと思うけれど」

 女王は片眉を上げて、不機嫌そうに声を上げた。帽子屋は顔色を変えたが、三月兎は変わらぬ態度で左右の指をでたらめに折り伸ばし数えていた。そしておもむろに首を傾げながら答える。

「確か、三月からずっと。15日だったか?」

「14か、15か、16か、そのくらい」

 眠そうな声で眠り鼠ヤマネが付け足して、ふわぁ、とあくびをした。三月兎に支えられて居なければ、今にも倒れて寝てしまいそうだ。

 女王は三人を眺め、一番手前に立っている帽子屋を見下ろして言った。

「この事件について、何か知っている事は?」

「いえ、何も。思い出せる事はありません。三月兎の家でずっと、お茶会をしていましたから」

 びくびくと震えながらの返答に、女王は不機嫌そうな顔のまま深く頷いた。そして三月兎の方に目をやる。

「三月兎、お前もか」

「バターパンは喰ったけど、タルトに覚えはねぇな。眠り鼠ヤマネもそうだろ?」

「ん……アナベル・リーはあったけど、タルトはいなかった」

 三月兎は飄々と、眠り鼠ヤマネはうつらうつらとしながら、ようやく答えた。陪審員がそれぞれの答えを書き取ると、女王は「下がって良し」とだけ短く言った。三人はその言葉が聞こえ終わるよりも早く、何処かへ消えてしまった。

ドローレスももはやこれくらいでは不思議だとも思わない。その内また、三人そろってティーカップ片手にひょっこり現れるだろう。

 白兎は何処からか紙束を取り出し、それを忙しなく捲った。女王が「次の証人を」と言って急かし、白兎の手からひらひらと紙が零れる。

 ドローレスはその光景を見つめて、今度は一体誰だろうかと期待した。チェシャー猫がにやにや笑いと共にふわりと現れるかもしれないし、意外なところで芋虫かもしれない。

 そして白兎のテノールが、鋭くその名前を呼んだ。

「アリス!」


   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「わ、私?」

 アリス、と呼ばれた為すぐには反応出来なかったが、ドローレスはおっかなびっくり立ち上がった。ざっ、と傍聴席や陪審席の視線が一斉にドローレスへと降り注いだ。帽子屋のように前に出て、ハートの女王を見上げる。薔薇園で会った時とは全く違う、冷めた、冷たい顔。

「この一件について何か知っている事は?」

「何も、知りません」

 怖々と、しかしそれだけははっきりと言う。本当に何も知らないのだから。曖昧な事を言って、免罪でもかけられたら堪らない。

 女王は胡乱気な表情を浮かべた。と、白兎が何処からか紙束を取り出した。かなり量があり、一冊の本になりそうな程の厚みがある。

「女王陛下、新たな証拠が届きました。何やら手紙のようです。被告人が牢で書いた物のようで……いや、手紙ではありません。これは、詩でしょうか」

「読んでみなさい。始めから始めて、終わりまで続けなさい」

 女王の言葉に、白兎は紙束を整えてちらりと目を走らせた。口を開き、始まりから始めようとしたが、

「私が書いたものだと言われているその一片の紙切れに綴られたインクの滲みの羅列に、一体全体どんな価値が意味が理由が、そうそれはつまり私が含んだとされている意図が、含まれているのかなど、私にも要するに未だただのトランプのカードの一枚でしかないハートのジャックにも検討など付かないのだがさてこれらを理解し意図を解き明かしてこの文字列に秘められた想いをさらけ出すなどという大役をさて誰が出来ると言うのであろうかね?」

 突然の事だった。それは目に見えた、変化だった。

 いつの間にそこに現れたのだろう。――否、最早いつ現れたのかなどこの世界においては関係ない。先ほどまでうろたえたハートのジャックだったそれは、壮年の男性となっていた。40歳程に見えるが、その顔立ちは老いよりも成熟を感じさせ、整った作りは若い頃の美貌を想像させた。茶色の髪がほつれる様に額に垂れて、碧の瞳はぼうっとして宙を見つめている。

 どくり、とドローレスの心臓が存在を大きく主張した。耳になじみのある柔らかなテノール、見慣れた顔立ち、身体の芯を震えさせるその存在。身体の中で猛狂う衝動が彼から目を逸らす事を許さず、知らず知らずのうちに息を止めていた。

 白兎は眼鏡をかけて、紙に目を落とした。気味が悪い程の無表情で、朗々とその紙に綴られた文字を読み上げる。

「……れは、我が生のともしびにして我が性の焔。私の罪、そして私の命そのもの……」

「や………いや……」

 ドローレスの身体が強張り、汗がじっとりと首筋を伝う。歯が鳴り、寒気に身体を両腕で抱きしめるが、依然として変わらない。ただひたすらに否定の言葉を口走るが、それも意味を成さない。

「だめ、駄目……それは駄目なの、お母さん、助けてお母さんお母さんたすけて……ッ」

 白兎の声は続いていたが、その大半はドローレスの耳に入っていなかった。ぱさ、ぱさ、と読み終わった紙が床に捨てられていき、ひらひらと優雅に宙を舞う。そのどこか戯曲的な景色とは相反するように、淡々と声は続いた。

「……朝の彼女はロー、ただのローだ。片方だけ靴下をはいた4フィート10の彼女はローラだ。学校ではドリー。署名欄の線の上では彼女はドローレスだった。しかし、


 彼女は私の腕の中では、いつも―――“ロリータ”だった」

「いやああああああああああああああああああああああああッ!!」


 彼の声に半ば被せる様にして、ドローレスの悲鳴が上がった。

 壮年の男がドローレスを見つめ、熱に浮かされたような、恍惚とした表情で唇を震わせる。

「ロゥ、リー、タ……」

 男――ドローレスを愛した現実、ハンバート・ハンバートが、そこには居た。


 サブタイトルは『盗まれた少女』。


 ドローレスは、ロリータです。

 ロリータというのはドローレスの愛称の一つで、「ロリータコンプレックス」の語源にもなった『ロリータ』という小説から来ています。

 白兎が本文で読み上げたのは『ロリータ』冒頭部分の一部です。新訳・旧訳を交えつつ、分かりやすいように変更した点もあります。一応、原文を読んだ上での判断です。

 ドローレスの性格が原作とはかなり違いますが、これはハンバートを拒絶するドローレスなので。ご了承ください。


 では引き続き、よろしくお願いします。

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 一部改稿いたしました。

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