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Chapter13 real imitatiOn

11/02/21 改稿。

 偽物、紛い物、代用品。モドキでしかない存在故に。

 這い(読み)方に、悶え(書き)方も。野心(足し算)動揺(引き算)醜怪(掛け算)愚弄(割り算)

 どれだけ学べば本物だろう?


  Chapter13 real imitatiOn


 グリフォンと偽海亀に挟まれて、ドローレスは居心地の悪い思いでため息をついた。女王の口添えによって来てみたは良いが、何をしろとも言われていない。グリフォンは偉そうだし、偽海亀は泣いてばかりだし、話す話題も見つからないのだ。

 ドローレスのため息に、偽海亀はびくりと肩を震わせた。目を伏せておどおどと口を開く。

「な、何か、あの、してしまったでしょうか……すみません、ぼく、あの」

「別に怒ってるわけじゃないわよ」

 怯える偽海亀に慌てて言うが、それでもびくびくとした態度は変わらない。ドローレスは助けを求めてグリフォンを見上げてみるが、素知らぬ様だ。

 ドローレスは困り切って、なんとかこの居辛い空気を脱しようと話しかけることにした。グリフォンは扱いにくいので、とりあえずは偽海亀に。

「えっと……綺麗な海ね」

「……この海岸は、海は、公爵様の物です。ここは公爵様の土地、公爵様の海辺です」

「公爵様って公爵夫人の旦那さんってことよね」

「えぇ、その通りです。聡明なアリス」

 このくらいの事で“聡明な”と言われても困りものだが。だいぶ偽海亀が落ち着いてきたようなので、ドローレスは気になっていた事を聞くことにした。

「私、偽海亀って初めて聞くんだけど……どういう、ものなの?」

 どう聞けばいいのか四苦八苦しながら、ドローレスが尋ねる。偽海亀は再びすんすんと鼻をすすりながら、ゆっくりと口を開いた。

「ぼくは……海亀の代わり、紛い物です。偽物なんです。ぼくは生まれたときから死ぬまでずっと、偽物なんです。永遠に、本物には、なれないんです」

 ぽろぽろと涙が零れて、白い砂に落ちていく。ドローレスは何とも言えず偽海亀を見て、グリフォンを見上げた。グリフォンは気にするようでもなく平然と言い放った。

「な、塩辛いだろう」

 更に湿っぽくて陰気だ、と遠慮なく言葉を連ねる。ぼたた、と滴り落ちる偽海亀の涙が増量した。偽海亀が醸し出す陰気な空気が、より深く重く感じる。

「……………」

 最初以上に居辛くなってしまった。なんとか偽海亀を元気づけようと、隣に腰かけて様子を窺う。

「偽物だなんて、言うもんじゃないわ。えぇと……誰だって誰かの代わりにはなれないって、何かの本で読んだ事があるもの」

「はっ、お笑い草だな、アリス。誰だって、誰かにとっての誰かの劣化コピーに過ぎない」

 必死の言葉をグリフォンに鼻で笑われて、ドローレスはむっとして彼を睨みつけた。相変わらずの不遜な態度で、ドローレスを見下ろして嘲笑っている。ドローレスは必死に頭を働かせて言い返した。

「そんな事ないわよ。代わりになる人なんていないわ。人は一人一人、違う物なのよ」

「じゃぁアリス。お前はどうなんだ?」

「え?」

「お前は間違いなくお前で、お前以外の何者でもないと言えるのか?」

 誰の代わりでもなく。自分以外の何物でもなく。

 そんな事が言えるのだろうか。

 今現在、ドローレスは『アリス』として、アリス・リデルの代わりをしているのだ。アリスは一人しか居ないが、『アリス』は誰かによって代われるもの。この世界の住人にとっては、ドローレスはアリスの代わりでしかない。必要とされているのはあくまで『アリス』であり、それはドローレスではなく、ドローレスでなくても良いのだ。

 そして、■も。

 私を、彼女として。

「……それ、でも……代わりにされたくなんて、ないわよ。その人にとって、その誰かが大切だったのかもしれないけど、私には関係ないわ。私は私よ、私でありたいのよ」

 切れ切れに、絞り出すように、ようやっと言葉を吐きだす。ドローレスは自分の膝を痛くなる程握りしめて、涙の代わりのようにして言葉を零した。

 ■が私を誰かとして見ようとも。

 私はあくまで、私でありたいのだから。

「私が私である限り、偽物ではないでしょう? 誰かに誰かを押しつけられるから偽物になってしまうだけで」

「………アリス、ありがとう」

 ぽつりと、言葉が零れおちた。顔を上げると、隣に座っている偽海亀が泣きながら微かに笑っていた。

「ぼくらを否定しないでいてくれて、ありがとう。ぼくらはどこまでいっても本物にはなれないけれど、きみは、ぼくらを否定しないんですね? 偽物だと、言わないんですね?」

「言わないわよ……言えるわけがないわ」

 ドローレスは絶え絶えになりながらも、偽海亀に言葉を返した。偽海亀はやはり涙をこぼしながら、それでも微かに笑った。グリフォンを見上げて、穏やかに呼びかける。

「ねぇ、本人がどうありたいかという事、でしょう? グリフォンさん、あなたも素直になったら?」

「……うるさい。俺様は俺様だ、偽海亀が口出しするな。俺様は誰に何と言われようと、孤高の王グリフォンであり続けるだけだ」

 ふん、と鼻で笑って――しかし先程のように嘲るのではなく、どこか子供っぽい照れ隠しのようだ。背中の翼がばさりと揺れて、ひらひらと羽が舞い落ちる。

 ドローレスはそれを見て、少し笑みを浮かべた。取っ付きにくい人だと思ったが、案外可愛い所もあるようだ。グリフォンはドローレスの思いに気付くことなく、胡乱気な表情で偽海亀を見下ろした。

「おい偽海亀。俺様は退屈だ。お前の歌を聞いてやらんでもないぞ」

「聞きたいのなら、そう言えばいいのに」

「違う。俺様がお前に頼むわけがないだろう。お前が歌いそうにしていたから言ってやったまでだ」

 苛々とした表情を浮かべて、グリフォンが癇癪を起こすように言う。偽海亀は零れる涙を拭いて、力なくぐんにゃりと垂れていた尻尾を拍子をとる様に揺らした。鼻をすする音が切れて、波の音の中に小さな囁きが混じる。

 最初は、波間に囁くような小さな旋律メロディーだった。静かな波の音と偽海亀の擦れた声が和声ハーモニーを奏で、それは次第に存在を大きくさせていく。

 低く低く、うねる様に。高く高く、囀る様に。偽海亀が歌っている姿を見ていると、最初の卑屈で泣き虫なイメージが払拭されていく。否、どちらであっても、彼は彼で、偽海亀ほんものだろうけれど。

 と、遠くで騒がしい声がした。多くの人が口々に言い合い、「裁判が始まるぞ!」と叫んでいるのが聞こえた。ドローレスは歌い続ける偽海亀を見て、それをただ聴いているグリフォンを見て、立ち上がった。二人に軽く一礼し、背を向けて走り去る。だんだんと海の音も偽海亀の声も聞こえなくなり、人々のざわめきが大きくなった。一体、何があったのだろうか。


 サブタイトルは『本物の偽物』。偽海亀は海亀であろうとするから偽物なのであって、自分を否定しなければ偽海亀として本物の自分であれるというお話。

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 一部改稿しました。


 次話、ドローレスの正体が明かされます。

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