幕間Ⅰ : ■■■■
男は少女に恋をし、少女は冒険に恋をした。
夢と現は一つに。幽玄なる孤島の霧に溶ける。
夢はまだまだ。終わりはない。
幕間 ■■■■
目が覚めた。
見知らぬ部屋の景色に動転する。が、昨晩の事を思い出して擦れた吐息を零した。
突然だった。父から告げられた母の訃報。よく分からない病気になり入院しているとそう言われてきたのに。他にも何か言っていた気がするが、何も覚えていない。ただ泣きわめいて、眠ってしまった。
頬の乾いた涙の跡をこすりながら、この数週間のことを思い出す。
サマースクールのキャンプ場に突然彼が現れ、少女を連れ出したのだ。お母さん――シャーロットが病気だと聞いて、居てもたっても居られなかった。病院の場所は知らなかったが、車でずっと移動していくのは楽しかった。夜になると、病気の母を思って泣きたくなった。
そんな夜は、決まって“彼”が慰めてくれる。
キィ、と軋んだ音に、少女は顔を上げた。暗い部屋に一筋の光が入り、一瞬遮られた後ドアが閉まる。誰か入って来たのだ。眼をこすりながら、僅かな明かりを頼りに少女は呟くように言った。
「……パパ?」
「あぁ、起きていたのか。起こしてしまったかな」
「ううん、違うの。さっき起きたのよ」
耳に馴染んだ優しい声に、ほっと息を吐く。流石に寂しくて寝られそうになかった。これでもう、怖くないだろう。
古いベッドが軋んだ音をたてて、少女に降り注いでいた光が遮られた。ベッドに男が座ったのだ。少女の長い髪を撫でて、言葉にならない息を吐き出す。
「ねえ、パパ。聞いて? 私、とってもおかしな夢を見たの」
口角を上げて、甲高い言葉を吐く。そうでもしないとやってられない。今はただ、目を背けたい。
「夢の中では私は12歳で、なんていうか、すっごく変な世界に行くのよ。動物が喋ったりするの。それに」
「■■■■」
遮るように、柔らかく低い声が名前を呼んだ。■■■■。彼だけが呼ぶ名前。彼が私を抱く時に呼ぶ名前。
「……お喋りは後でも良いだろう? さあ」
髪を撫でていた手は、いつの間にか頬に添えられていた。少女の白い肌を慈しむように指がなぞり、その途端に眩暈がする。
シーツが滑る音、枕の篭った音、ベットが軋む音。自分の物ではない、荒い息。
世界の全てが遠のいたかのように、少女はその身体に感じるものを遠く感じた。目の前に迫る彼の顔も、身体をまさぐる手も、広げられた足も、押し当てられた熱も。
「■■■■、愛してる……■■■タ」
彼が私を“抱く”ときに呼ぶ名前。
■■ー■、ロ■■■、■■■■。耳に届く声は彼の熱い囁き。繰り返される名前は甘い幻惑。溺れ、落ちて行く、不思議の世界。
「愛してるよ、ア■■■」
不意に雑音が混じる。まろくひめやかな響きではない、眠りに誘うような歪な音。
このひとはだれをみているの。だれをあいしているの。だれを、抱いているの。
そうして、少女は再び目を閉じた。
時系列はどこか。現実か夢かわからない。アから始まる名前。
改稿に際して追加。