Chapter10 hearT in the rosery
11/02/18 改稿
真っ赤な真っ赤な独裁君主。
皆知ってる、その恐ろしさ。皆囁く、その冷酷さ。
しかし一体、彼女の名前は誰が知る?
Chapter10 hearT in the rosery
木に付いた扉を開けると、そこは最初に来た扉ばかりの廊下だった。驚きながらドローレスは背後を振り返った。今通って来た扉を開けようとしたが、やはり鍵がかかっている。不思議な事の連続で、何が起きてもおかしくない気がしてきた。
少し向こうを見れば、カーテンの陰にはちらちらと小さな扉が見えている。ドローレスはガラスのテーブルから鍵を取って扉を開け、キノコを慎重に食べながら半分程の大きさになった。そして高鳴る胸を押さえながら、そっとその扉を開いた。
暖かな色の石畳が、手入れのいき届いた木立の中を緩やかにくねりながら伸びていた。ドローレスがその石畳を気取って優雅に歩けば、色とりどりの花々と相まって舞台のようだ。噴水の澄んだ水面はぱちぱち弾けて、吹き上げられた冷たい水が頬にかかって気持ち良い。辺りを飛び回る蝶は見た事もない物も混じっていて、花畑が空を飛んでいるかのように色彩が宙にまで溢れている。
これで王子様が出てきたら、本当にお姫様みたい。あぁ、騎士様でも格好良いかもしれない。
そんな風に考えてしまうあたり、ドローレスはかなり余裕だった。念願の庭に来れたのだから、もっと楽しみたい。その一心で、奥へ奥へと歩いていく。
そして不意に、滑らかなテノールの響きが聞こえた。
「久しぶり、アリス」
「白兎……」
目をやれば、曲がりくねった道の先から白兎が顔をのぞかせていた。ドローレスに歩み寄り手を伸ばす。
「女王様の庭で、何をしているの? あぁ、そうして立っていると、アリス……君はまるで妖精だね」
可愛いよ、アリス。そううっとりと呟いて微笑する。それでも、その紅い眼はドローレスをじっと見つめて笑っていない。
逃げ出したい。が、足がすくんで動けない。頬を白兎の滑らかな指が滑り、唇にかかる。息が止まるかと思ったが、一つの声により、その緊張は終わりを告げた。
「白兎、何をしているの。チェリーパイはどうなったのかしら」
「麗しき我らが女王陛下。私は、アリスと話していたのでございます」
落ち着いた女性の声が聞こえ、そしてその姿が現れた。
艶やかな黒髪が、緩いウェーブを描きながら背に垂れている。栗色の眼は、不思議そうにドローレスを見つめていた。彼女の格好は全体的に赤く、所々に紅いハートがあしらってある紅いドレスを着て、同じく紅いハートのイヤリングをしていた。
ドローレスの元まで歩み寄ってくると、白兎が離れて片膝をつき頭を垂れた。女王陛下、と言っていたし、身分の差と言うやつかもしれない。ドローレスも頭を下げるなりした方がいいのかとも考えたが、無作法な自分にふさわしいやり方が出来るとは思えない。そうこうしているうちにも女王はドローレスの眼の前まで歩いてきていた。にっこりと微笑み、口を開く。
「そう、貴女が『アリス』なの。お名前は?」
「えっと、ドローレスです、女王陛下……?」
「無理に畏まる必要はないわ。気楽にして頂戴」
そう言って、女王はドローレスの手を取った。怪訝な表情を浮かべるドローレスに、にっこりと少女のように笑う。
「貴女とお話したいの。少し、良いかしら」
「え、えぇ」
「良かった。白兎、貴方は城に戻っていなさい」
「畏まりました、女王陛下」
白兎がこの場から離れることにほっとしつつ、ドローレスは女王に手を引かれるままに付いて行った。周りの花が薔薇が多くなり、薔薇園に入ったのだと分かる。その中の小さな東屋まで行くと、女王は手を離した。どうやら目的地はここのようだ。
屋根の下に入り、椅子に腰を下ろす。向かいに女王が座り、ドローレスは緊張しながらも安心していた。今の所、女王はまともな行動ばかりしている。不思議の国では珍しく、まともな人なのかもしれない。
「いきなり連れてきて、ごめんなさいね。でも、どうしても貴女と話したかったから」
「い、いえ。別に、構いません」
慣れない敬語にどもりながらもドローレスは答え、その様子に女王はくすりと小さく笑みを浮かべた。不思議の国に来て初めて、まともで穏やかで静かだ。だが、
「やぁお嬢ちゃん、ここまで来ていたのかい。てっきりお茶会にいると思っていたぜ」
と言って、突然。ドローレスの目の前に、さかさまになった生首が現れて笑った。
「きゃああああああっ!!」
ドローレスの悲鳴が、庭中に響き渡った。
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「どうもお久しぶり、ハートの女王陛下。先ほどぶりだね、ドローレスお嬢ちゃん」
「久しぶり、チェシャー猫。今ちょうど、新しい『アリス』とお話していたの。アナタも一緒にどうかしら」
「甘ったるい紅茶がないならね。胡椒も嫌いだが、甘い物も嫌いなんだ」
「あら、残念」
どこか空とぼけた様な会話に置いて行かれつつ、ドローレスはまだばくばくと跳ねまわる心臓を宥めた。察するに二人は顔見知りらしいが、どういうことだろう。先ほどから会話に置いてかれていて、訳が分からない。新しい『アリス』、と言っていたが、何のことだろう。
陶器の音が鳴り、ドローレスは顔を上げて二人を見た。チェシャー猫はそのまま椅子に座らず、女王の脇に立ってドローレスを見つめていた。落ち着きを取り戻したドローレスを向いて、女王が再び口を開く。
「改めて、はじめまして、新しい『アリス』。私は『ハートの女王』、アリスよ」
「え……?」
今、彼女は何と言った。ハートの女王、そして。
女王は笑みを消し、もう一度言った。
「アナタより以前の、始まりの『アリス』……『アリス・リデル』。それが、私よ」
サブタイトルは『薔薇園のハート』。とにかく真っ赤なハートの女王の回。白兎とチェシャー猫も出てきました。
衝撃の事実が発覚しつつ、次に続きます。
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改稿開始。