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Chapter 9 prIncedom by the secret sea

 公爵の海辺、忘れ物の傍観者サングラス

 二度目の逢瀬の砂浜を。熱い紫紺ラズベリーの岩影を。

 君は覚えているだろうか?


  Chapter 9 secret of prIncedom by the sea


 久しぶりに食べたまともなお菓子にドローレスの頬が緩み、イカレたお茶会の妙な騒がしさと静けさにも慣れた頃、帽子屋が懐中時計を取り出した。こつこつ、と指でつついて、ため息をつく。

「アリス、今は一体何日だい?」

「え? えっと、確か四日、だったと思うわ」

「参ったな……二日もずれてる。道理で帽子の催促状が来るはずだ」

 かしゃん、と時計をテーブルに投げ出してため息をつく。ドローレスは帽子屋の言葉に首を傾げて、聞いてみた。

「その時計は時間じゃなくて、日付が分かるの?」

「本当はね。でもここでは時間が狂ってる。時間が動かない代わりに日付が動いているんだ」

「ここんとこ何日も、ずーっと六時のまんま。だからお茶会が終わんないんだ」

 帽子屋の言葉に続けて、三月兎も口を開いた。ドローレスは二人の言葉に混乱し、考えながら言う。

「時間が動かないで、どうして日付が動くの? だって、日付って時間が進むから変わるんでしょう?」

「だってここは、不思議の国だから」

 何を当然の事を、と言わんばかりの表情で帽子屋が言う。不思議の国だから、イカレた世界だから。狂っているのは常識だけかと思ったら、時間の概念そのものまで狂っているとは。

 三月兎はテーブルを滑って来た時計を掴んでバターパンに挟み、紅茶のカップに突っ込んだ。何をしてるのかと驚くドローレスに構わず、三月兎は至極真面目そうに紅茶とバターとパンくず塗れになった時計を睨みつける。

「直りゃしねぇな」

「そんなので直ると思ってるの?」

「思ってるっつぅか、可能性だ。前は最高のバターを詰めてみたけど、駄目だった」

 あっさりと言う三月兎に、ドローレスは呆れてため息をついた。本当に、イカレている。帽子屋も「そうか」と普通の反応だ。まともなようで、彼もやっぱり不思議の国の住人なのだ。

 三月兎は唇を尖らせて時計を放り投げ、今度は隣の突っ伏している眠り鼠ヤマネを突き始めた。帽子屋も止めるそぶりを見せず、むしろ手が届けば参加しそうな雰囲気だ。

「おい、退屈だぞ。眠り鼠ヤマネ、お前なんか話でもしろよ」

「んぇー、……話したら、寝させてくれる?」

「面白かったらな」

 三月兎の言葉に、眠り鼠ヤマネはようやく身を起こして、大きな欠伸を一つした。そして、やはり少し眠そうな顔のまま口を開く。

「昔々のお話です ……海のほとりの王国に 、一人の娘が住んでいました。その子の名前は……アナベル・リー……」

 緩やかな抑揚が少し調子を付けて、まるで詠うように眠り鼠ヤマネは続けた。眼を閉じると、眠り鼠ヤマネの声は深く心に沁みこんできた。

「いつも心に思うのは、僕への愛と僕の愛……僕もあの子もふたりの子供……海のほとりの王国で、愛し愛して愛以上……僕と僕のアナベル・リー。翼あるあの、天使さえ……僕らの愛を、うらやん、だ……」

 と、ふつりと声が途切れた。ドローレスが目を開けると、案の定、眠り鼠ヤマネはまたテーブルに突っ伏している。三月兎はその隣で大きく欠伸をして、ナイトキャップから零れた眠り鼠ヤマネの髪を引っ張った。

「全く、こいつの話はいつも最後まで聞けたためしがねぇ。こいつが寝ちまうか聞いてる俺が寝ちまうか、だ」

「確かに……ちょっと眠かったわ」

 眠そうな声で詠うように喋るものだから、まるで子守唄のようだった。あともう少し長く話が続いていたら、寝ていたかもしれない。

 隣の帽子屋はというと、平然とした顔で紅茶を飲んでいた。否、少し目がぼぉっとしている。彼もまた眠くなったのだろうか。しかしその様子は、まるで

「芋虫さんみたい」

「え?」

 ぽつりと呟いたドローレスの言葉に、帽子屋が途端に反応した。そして少し遠慮がちに、そろそろと聞く。

「君、芋虫に会ったのか?」

「えぇ、会ったわよ。それがどうかしたの?」

「彼女は……元気だったか」

 何故そんな事を聞くのかと思いながらも、芋虫の様子を思い出して答える。

「眠たそうだったけど、ね。元気そうだったわ」

「そ、そうか……なら、良いんだ」

 帽子屋はそれを聞くと、ほっと分かりやすく安堵の息を吐いた。それを見て、にやにやと何処かの猫のように三月兎が笑う。

「わっけ分かんねぇよなぁ。こいつ芋虫に熱上げちゃってんだぜ? あーんな小さな虫によ?」

「う、うるさいっ! 彼女を侮辱するな!」

 途端に帽子屋の顔がかぁ、と真っ赤に染まった。ぽかんとするドローレスにも構わず、三月兎に喚き続けている。その顔は真剣で、耳まで赤くなっていた。

 つまり、そういう事、なのだろうか。

 ドローレスはすこし考えてくすりと笑みを浮かべ、ポケットから取り出したキノコの欠片の大きな方を千切った。その欠片を、落ち着いてきた帽子屋に差し出す。

「ねぇ、貴方にこれ、あげるわ」

「な、なんだ? これ……」

「キノコの欠片よ。食べると、芋虫さんくらいに小さくなるの」

 にや、と笑うドローレスに、帽子屋が目を丸くした。そして、恥ずかしそうに、しかし少し嬉しそうにはにかみながら呟くように言う。

「……君、良い奴だな。ありがとう」

「どういたしまして、よ」

 笑顔で言葉を返して、不意にドローレスは林の中の大きな木に気が付いた。太いその幹には、まるでそこにあるのが当然と言わんばかりに扉が付いていた。ドローレスはそれをしげしげと眺め、キノコをポケットに入れて立ち上がった。テーブルに向き直って、にっこりと笑う。

「ごちそう様、なかなか楽しかったわ」

「おう、また遊びに来なー」

「何時でも、ここはお茶会をしてるから」

「……また、ね……」

 それぞれの言葉を聞いてから、ドローレスは扉の向こうへと入っていった。

 サブタイトルは「公爵の海辺の秘密」。princedomはkingdomの親戚のような言葉。公爵の土地、という訳になります。ちなみに夫人はそう関係ありません。

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