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ルポワド王家の子供たち  作者: ヴェルネt.t
3/20

セレンティアとアーレス

セオノア・アノックがセレンティアに向き合って絵を描く様子を、アーレスはその部屋を通り過ぎる度に垣間見ていた。

扉は常に開けられていて、解放された窓からは春のそよ風がカーテンをなびかせている...

集中しているセオノアは全くというほど周囲に関心を払わなかった。今も注視するのは目前のセレンのみで、自分が覗いていることに気付いてもいない。

…母上の趣向のおかげもあるが、今のセレンは魅力が際立ってるな...

アーレスは口角を上げて微笑んだ。

リュシアンの城出(家出)がきっかけで出会った養い子は、痩せっぽちの少女から可憐な乙女になり、これから美しい貴婦人になろうとしている...

気が緩んだせいで気配を感じたのか、セレンが視線をこちらに向けた。それに気付いたらセオノアも顔を上げる。アーレスはしまった...と思ったものの、無視して立ち去ることもできず、頭を掻きながら部屋に入った。

「集中力を削いでしまった..申し訳ない。」

「まあ、アーレス様」

セオノアはアーレスに向き直って立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。セレンも慌てて膝を折る。

「邪魔をするつもりはなかったんだ...すぐに立ち去るよ。」

「邪魔など...だいぶセレンを拘束してしまいましたので、そろそろ終わりにしなくてはと思っていたのです...丁度良い頃合いでしたわ。」

セオノアはセレンに「お疲れ様。」と声をかけて促した。セレンは頷いて見せたが、少し迷った様子で扉の方向をチラと見つめる。

「何か予定があるのかい?」

アーレスは尋ねた。

セレンは首を横に振り、また困惑した顔になった。指を組んで俯いてしまう。アーレスはそんなセレンの戸惑いを窺い知ると、なるほど...と思った。

「この後の予定がない?」

アーレスが代弁した。

セレンは小さく頷く...今日はシャリナがブルームのお披露目のために王宮へ出向いており、「自由」を与えられていたのだった。

「...そうか、一人で過ごすのは寂しいね...」

アーレスは独りぼっちのセレンに同情した。ペリエ城ならまだしも、ここシュベール城ではセレンの立場を理解する者は少ない。シャリナが守ってくれなければ、心地良い居場所がないのだろう。

「父上と母上は明日までは戻らないだろうし...そうだな...」

アーレスは思案した。「親」である限りはこういう場面で心を配るべき...シャリナに頼ってばかりは無責任というものだ。

「では、私と一緒に野駆けにでも行くかい?」

微笑みながら問いかけた。セレンは馬になど乗れない。たまには少し遠出するのも良い気晴らしになるに違いない。

…アーレス様と野駆け?

セレンは驚いた。

アーレスに誘われるのは初めてで、思わず胸が高鳴ってしまう...

…はい、是非!

セレンは精一杯の笑顔で応えた。声が出ないのがもどかしい...アーレスに感謝の言葉を伝えたいのに。

「そうか、じゃあ準備をしておいで。私は馬の準備をしておこう。東のエントランスに来るんだよ。」

…はい、アーレス様!

セレンは嬉々として頷き、セオノアに挨拶をしてから部屋を飛び出した。

…着替えをして、靴を履き替えて、それから...

踊り出したくなるほどの歓びに、セレンは瑠璃色の瞳を輝かせて微笑んだ。アーレスに似つかわしくあらねばならない...そう思った。


…この服で大丈夫かな。

セレンは鏡を見ながら不安になった。

シャリナがいれば適切なものを選んでくただろう...今まで服を自分で選んだこともないので、今一歩自信が持てない...

…リオーネ姉様のお洋服だし、きっと大丈夫よね?

たくさんのドレスが収まった衣装箱の蓋を閉じて、セレンは素早く踵を返した。野駆けといえば乗馬をするのだから、動きやすい服装で良いはずだ。

東のエントランスに着くと、そこには支度を終えたアーレスが待っていた。栗毛色の大きな馬が後ろに控えていて、彼の服装も茶のブラウスにショーツという質素なもの...やはり選択は間違っていなかったと安堵する...

「よし、じゃあ出発だ。」

アーレスはセレンを躊躇なく抱き上げると馬の背に乗せた。宿屋から引き取られる際にも同じ事が起きたが、その時とは心境がまったく違った。

「しっかり掴まっているんだよ。」

アーレスは穏やかな口調で告げると、馬をゆっくり走らせ始めた。

目線が高い...視野が一気に広がる。

…どこへ行くのですか?

セレンは尋ねたかったが残念なことにやはり声は出なかった。

「水車を見に行こう。」

セレンの気持ちを見透かす様に、アーレスが言った。

「あの丘を越えた先に水路があってね、少し前に大きな水車が完成したんだ。少し遠いが、視察も兼ねて行ってみよう。」

…水車?

水車が何なのか、セレンには分からなかった。シャリナは貴婦人に必要な知識を様々教えてくれているが、その言葉は初耳だ。

「急ぐ必要はない」と言い、アーレスは緩やかな速度で馬を走らせた。

空は青く、大地は新緑の絨毯に覆われていた。道はどこまでも続いている...憧れて止まないアーレスとの外出... もしかしたらこれは夢?

不安になって頬をつねった。痛みが走る...どうやら夢ではないらしい...


途中に休憩を二度挟み、お尻に痛みを感じる頃になると、目的地の「水車」を見下ろせる丘の頂上に着いた。

眼下に広がるのは大きな川の流れ...周囲には家々が点在していて、小さな村が見える...その中央には見たこともない丸い形の建造物があり、それは緩やかに周り続けていた。

「思ったよりも距離があったな..」

アーレスはセレンに問いかけた。

「体は痛くないかい?」

…痛いです。

セレンは思ったものの、首を横に振った。声が出たとしても恥ずかしくてとても言えない...

「もう少しの辛抱だ。」

笑顔を浮かべると、アーレスは再び馬を走らせた。丘を駆け下りる爽快感に心が躍る...やっぱりアーレス様は素敵な方だ...

村に入り、水車がいよいよ近づくと、セレンはその不思議な形の建造物に圧倒されて息を飲んだ。

川から引き入れた水流に沿ってゆっくりと回る巨大な「水車」...いったい何をする為の物なのだろう。

「おお、凄い!」

アーレスが声を上げる。

「これは、とんでもない大きさだ!」

見上げるアーレスの瑠璃色の瞳が輝いていた。セレンも一緒に見上げる。本当に驚くばかりの迫力だ。

二人はひとしきり無言で水車を見ていたが、アーレスがふと我に帰り、セレンを見遣って言った。

「どこかで食事にしよう。」

アーレスは馬を降り、セレンに手を差し伸べた。ようやく地上に降ろされてホッと息を吐く...足とお尻に痛みが走っていた。


村は小さかったが、活気に溢れていた。

水源が近く、農業が盛んで、水車の見物目的で訪れる客も多くいる様だ。

「今日の私はただの見物客...そういうことにしておこう。」

アーレスはしっかりとセレンの手を握って歩いた。14歳の少女は可憐で、道行く若い男達の視線が熱い...本人は気づいていない様子だが、かなりの注目が集まっている様だ...

…一人にするのは危険だな。

もちろんそんなつもりは毛頭なかったが、留意せねばと肝に命じた。昨今は若い娘の「誘拐」も横行していると聞き及ぶ...まったく不穏極まりない世の中だ。


食事は水車が見える店を選び、二人は店内の席に向かい合って座った。

「食事をしたいんだが、何が用意できる?」

注文を聞きにきた店主に向かってアーレスが訊いた。

「山羊のチーズとパンチェッタ、あとは特製のライ麦パンがございます。」

「それで良い...あと、果実酒と果汁の飲み物が欲しい。」

「すぐにご用意いたします。」

店主は頷くと、奥へと立ち去って行った。

『沢山の人がいますね?』

周囲を見回しながら、セレンは身振りで伝えた。店は広く綺麗で、おそらくこの村一番の店構えに違いない。

「そうだね。見たところ貴族もチラホラいるし、なかなか雰囲気のいい店だ。」

セレンは笑顔で頷いた。

過去に居た宿屋はとても狭く、食事といえば煮込み料理とエールだけ...嫌な思い出ばかりだが、ここはまったくの別世界で、おまけに、目の前には素敵な貴公子がいる...

「野駆けは楽しかったかい?」

『...はい、とても。』

「馬に乗ったのは何度目だったかな...」

『二度目です。前にアーレス様に乗せて頂いたのが初めてで...』

「そのわりに乗るのが上手だったね。」

セレンは顔が熱くなった。アーレスに褒められるなんて嬉しい...

頬を染めて微笑むセレン...アーレスは愛おしさを感じた。宿屋の女主人と交渉し、金を払って引き取った時はまだ九歳...あれから五年が経ち、子供だった少女はもうすっかり乙女だ。

「城の中ではなかなか話せないが、辛いことはないかい?」

セレンは首を横に振った。

シャリナはシュベール城に来てからも変わらず優しいし、接することは少ないものの、公爵も良くしてくれている...そして何より、アーレスがこうして気遣ってくれる事が救いだった。

「私が君ぐらいの時は、騎士修行の真っ最中だった.。ユーリ閣下はとにかく厳しい教官でね、辛すぎて毎日カインと一緒に嘆いていたよ。修行なんてクソ喰らえだ!...ってね。」

セレンは笑った。

アーレスがこんな冗談を言うとは思ってもみなかったからだ。

「ここはいい。誰に遠慮することなく、自由に会話できる...セレンはどう?」

『私も、そう思います。』

精一杯の表現で伝えた。もっともっとアーレス様とお話ししたい...そのことを解って欲しい。

「うん、じゃあ、時々来よう…息抜きにね。」

アーレスは眉を上げて言った。開放感もあるが、セレンの表情が明るく、あまりにも嬉しそうなので、自身も「楽しい」と感じたからだった。

その後は食事をゆっくりと摂り、水車の周りを散策した。水車小屋では小麦の精製がされていて、歯車が回り、機械が動く様子を見たりして、セレンは只々驚くばかりだった。

「この村はこれから飛躍的に発展する...西ルポワドでも優秀の土地だ。」

アーレスはそう言って頷いた。

広大な領地を統べるパルティアーノの水源地であるこの土地は、小麦の生産拠点として最も重要な場所だった。巨大な水車は生まれたばかりだが、すでに村は活気に満ちている...


川縁の広場で、何かをを投げて遊ぶ子供たちを見つけると、アーレスはセレンの手を引いて彼らに歩み寄った。2人の少年が円盤状のものを投げては追いかけて走りキャッチしていたのだ。

「私もカインとよく遊んだものだ。」

アーレスは言った。

「今の私達のように、ユーリ閣下と母上がお二人揃って立って見ておられた...笑顔を浮かべながらね...」

…お館様はお優しい方だった。

セレンも生前のユーリを想った。

初対面にも関わらず、ボロをまとった見窄らしい自分を、ユーリは躊躇うことなく抱き上げ、優しく頭を撫でてくれた。病身になった後も穏やかで、本当の父の様に慈しんで貰ったものだった。

「遊んでみるかい?」

アーレスは悪戯っぽい笑顔を浮かべて言うと少年達に声をかけ、円盤を持ってセレンに向かって手招きをした。

… 私が?

セレンは戸惑いながらアーレスと向かい合った。

「行くよ!」

アーレスが円盤を投げる..ふわりと投げて浮き上がるようにセレンの方に飛んできた。

セレンは後退り、手を伸ばしてそれを掴んだ。思ったよりも柔らかくてとても軽い...

「いいぞ、さあ投げて...回しながら放つんだ。」

…えっと、こう?

アーレスの身振りを真似て、セレンは円盤を投げてみた。上手く飛ばず、少しの距離でポトリと落ちてしまう...

アーレスは笑った。歩み寄って円盤を拾うと、セレンの背後に回って手を取った。

「こう持って...こう手首を回すんだ。」

『…こうですか?』

「そう、そうしたら払う様に...」

アーレスの胸が背中にあり、何だかとても温かかった。そんな想いはお構いなしに、円盤が遠くへ飛んで行く...少年が代わりに追いかけ、飛び跳ねて掴み取った。走って戻ってくると、アーレスに手渡してくれた。

「さあ、もう一度。」

アーレスは再びセレンに向かい合った。

セレンが投げる、アーレスが受け取り、投げ返す...

セレンは楽しくなって、夢中で円盤を追いかけた。こんなに笑ったり、思い切り走ったのは生まれて初めてだった。


しばらく投げ合うと、アーレスが受け取って動きを止めた。ヘトヘトになったセレンを迎えに来て手を繋ぎ、そのまま控えていた子供たちに円盤を返す。

「これはお礼だ。」

小さな掌に硬貨を乗せて握らせた。少年たちは想わぬ謝礼に瞳を輝かせ、それを受け取ると一目散に走り去ってしまう。

「いい運動だった。」

歩きながら汗を拭きつつ、アーレスは言った。

「君も汗がすごいな...」

セレンの額に浮かぶ汗を拭ってやりながら、アーレスは口角を上げた。頬が紅潮していて、実に愛らしい...

「どこかで喉を潤して、少し休憩したら、そろそろ戻ろう。」

アーレスは告げた。

その告知に失意を感じたものの、セレンはすぐに頷いてみせた。

楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもの...それでも、それは仕方のないことだった。


夕刻、

筆を走らせていたセオノアは、召使い達の動きでアーレスの帰還を知った。

そのすぐあとにセレンが現れて笑顔を見せる...手にはハンカチに包まれた焼き菓子を持っていた。

「楽しかった様ね?」

セオノアは微笑んで言った。

…今朝と全然表情が違ってる。ラフを描き直さなければいけないわね。


差し出された焼き菓子を口に入れながら、セオノアは複雑な心境でセレンティアを見つめるのだった。


つづく






























 







































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