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ルポワド王家の子供たち  作者: ヴェルネt.t
18/20

叶わぬ想い

フォルトは複雑な心境でアーレスを見つめていた。

告げられた言葉が心を抉る...まるで刃を突き刺されたように。


「本当にそれで良いのか?与えられた義務だからと、承諾する必要はないのだぞ...」

訝しげに問いかける。カインの報告は真実なのか…それを直接聞かねばならなかった。

「義務感については否めませんが、返答を先延ばしにして、相応の相手が現れるとも思えない…何しろ、私には恋愛感情が理解できないのです。」

「理解できない?」

「母上に抱いた思慕は、私が幼い頃に求めていたもの…愛や恋というものではなかった。母上と暮らす今では、望むものもありません。」

「...シャリナの件は論外ぞ。」

フォルトは眉根を寄せた。

「そなたの感情の希薄さは、私の愚かさが原因…」

「父上...」

「悔いている…辛い日々を送らせてしまったことを…」

アーレスは俯き、押し黙った。

…伯母上も仰られていた…これは贖罪だと。

「王女との婚姻となれば、それは政略的な意味を持つ。

あくまで外交交渉の切り札であり、国王の都合だ。」

「理解しております。」

「ならば今一度、自分に問うてみよ…真にそれを望むか否か…」

フォルトの問いに、アーレスは困惑した。

…結婚するのは私だ…今さら何を問えというのだろう。

マリアナの言葉を信じるのであれば、お互いを受け入れることはできる…父は母を結婚前から愛していたのだから、私とは全く条件が違うのだ。

「分かりました、父上の意に従います。」

アーレスは静かに告げた。

「ですがどうか、陛下との確執だけはお避け下さいますように…」




「王太子殿下、ご帰還!」

その声を聞いたカインとマリアナは、目を見開いて顔を見合わせた。

「ああ...とうとう」

「そのようだね...」

二人は座っていた椅子から立ち上がった。

静かな中庭で絵を描いていたシャルアとバレル、そしてブルームも騒ぎ始めた城内に目を丸くしている...

「マリアナ!」

遠くでリュシアンの声が聞こえた。

「どこだ!」

王太子の大声を耳にしたブルームが泣きベソをかきはじめた。王太子の声はそれほどまでに迫力があるのだ。

「避難して下さい。」

カインは言った。

「リュシアンが来る前に。」

「アノック子爵もご一緒に...」

マリアナとカインが勧めると、シャリナはブルームを抱き上げ、

片手でバレルの手を掴んだ。

「片付けは済ませておくよ、セオノア…」

「よろしくお願いします。」

セオノアも足早に行ってしまい、残されたシャルアがマリアナに抱きついて訴えた。

「ちちうえが帰ってきたの?」

「ええ、お出迎えをしなくては。」

「やだ...ぼくバレルのところに行きたい。」

「お父様が寂しがるわよ。」

それでも首を横に振るシャルアに、カインが助け舟を出した。

「黒騎士がお連れいたしましょうぞ!」

カインが両手を広げると、シャルアが抱きつき、すぐに機嫌を直した。高い位置に目線が移り、嬉しそうな声を上げる…

「いいな...私もカインに我儘を言ってみようかしら...」

「えっ?」

「そうしたら“抱っこ”してもらえるんでしょう?」

「おい、マリアナ...」

カインは苦笑した。マリアナは駄々をこねる…時々ではあるが。

「そんなことをしたら投獄沙汰だ。」

「...そうだけど。」

「並んで歩けるだけで、俺は幸せだ。」

…とはいえ、当分の間は会話も難しいだろう。

落胆を隠しつつ、カインは思った。

リュシアンが狩りに行ったのはマリアナのため。妃に功績を讃えて欲しいからに他ならない。

…ああ、マリアナの耳が心配だ。

カインの杞憂をよそに、二人はエントランスに向かった。騒々しさと獣の匂いに、不穏な空気が漂いはじめていた…


「遅いぞ、マリアナ!」

マリアナの姿を目にすると、リュシアンが勢いよく歩み寄って来た。満面の笑顔を浮かべ、両腕を広げながら顔を近づける。

「帰ったぞ…愛する妃よ。」

抱きすくめてキスをするも、マリアナはすぐに顔を離して渋面になる。

「酷い匂い...」

「そうか?」

「鼻が曲がりそう」

リュシアンは自分の匂いをクンクンと嗅いで首をひねった。

「確かに、まる六日間、体を洗っていないが...」

顔も体も汚れていて、おまけに無精髭が伸びていた。もはや王太子と言うより、物乞いに近い汚さだ。

「狩りは大成功だった…本当はもっと捕まれたんだが、持って帰れないと止められたんだ。」

「多すぎるくらいよ...」

マリアナは小声で言った。鳥や鹿、兎など、さまざまな動物が広場に並べられている...すべてがリュシアンの功績ではないにしろ、これは命の無駄遣いだ。

「なんだカイン、そこにいたのか..,」

リュシアンはマリアナの後ろにいたカインを見やり、ついで、胸にくっついている王子に視線を移した。

「どうして泣いているんだシャルアは?」

「そんな姿では泣かれて当然よ。」

「そんなに酷い?」

マリアナはリュシアンの手を掴んで歩き出した。

「武勇伝は体を綺麗にしてからよ!すぐに入浴しなくては。」

「わかった...そうする。」

リュシアンもマリアナの後を歩き出す…妃の意見は絶対。

すっかり大人しくなった王太子に、カインは笑いながら肩を撫で下ろすのだった。



「セレンは絵が上手なんだよ。」

ある日、バレルが嬉しそうに告げた。

「セオ先生にも見せてあげる。」

…ああ、やめて下さい。

セレンティアは顔を真っ赤にして言った。

昨夜、バレルと一緒に描いた落書きは、生まれて初めて描いた絵だったのだ。

差し出された紙を受け取り、セオノアは目を見開いた。

「これをあなたが?」

…はい。

「上手でしょ?」

「ええ、とても。」

バレルとセオノアは顔を見合わせて笑顔を浮かべた。

「この絵を仕上げてみる?」

…仕上げ?

「もう少し全体を整えて、色をつけてみるの。」

「ぼくも手伝うよ!」

セレンティアの戸惑いをよそに、師と弟子の意見が一致した。

セレンティアが描いたのは一輪の薔薇…

庭園で咲いた真っ赤な蕾だった。

「…それで、絵を仕上げることになったのかい?」

庭園を歩きながら、アーレスは尋ねた。

…はい。そうなのです。

「それは意外だ…私もその絵を見てみたいな…」

…駄目です、恥ずかしい。

肩をすぼめるセレンティアに、アーレスは目を細めて微笑んだ。

「才能というのは、各々持って生まれたもので、後付けができないんだよ…恥ずべきではなく、むしろ誇るべきだ。」

…大げさです。才能なんて…

「アノック卿がいる間だけでも、絵を描くといい。」

優しい笑顔にセレンティアの心が震える…

…アーレス様は、本当に素敵な方…

将来、横に並ぶのはどんな方なのだろうと想像した。きっと眩いばかりに美しい、高貴な姫君に違いない。

…ご結婚なされば、私の存在は邪魔になる...お側には居られない。

そう思うと悲しかった。許されるなら、このままシュベールで仕えていたい…けれど、そのほうがきっと何倍も辛いに決まっている…

「セレン?」

アーレスは立ち止まり、セレンの瞳を覗き込んだ。

「大丈夫かい?」

…あの、少し緊張してしまって。

セレンティアの答えに安堵したアーレスは、白い薔薇の蕾を選んで手折り、セレンティアの髪に刺した。清楚な薔薇が養い子の表情が美しく彩る...可憐な貴婦人だ。

「よく似合う...」

アーレスは目を眇めた。

「花冠にすれば、もっと華やかだね。」

…私にはこれで十分です。

「…セレン。」

セレンティアが微笑むと、そよ風に栗色の髪がなびいた。

この瞬間が、アーレスの一番の喜びだった...




半月後──

王都に噂が流れた。


“パルティアーノ公爵の子息がご婚約”


宮廷はその話題で持ちきりになり、新しい風の到来に、諸侯達が色めきたった。


アーレスが姿を見せると、人々が次々に祝福の言葉を告げる。

「まだ、決定ではないのですが…」

丁寧に答えていたものの、ついには答えるのが面倒になり、宮廷からは暫く距離を置く事になった。



「おはようございます。アーレス様。」

聞き覚えのある声が背後で聞こえた。

振り返ると、回廊の先にシセルの姿が立っている...外套を手にしており、拍車のついたブーツを履いてるところから、今しがた到着したばかりの様子だった。

「バレルを迎えに?」

「はい、ひと月が経ちましたので、迎えに参りました。」

「もうひと月経ったのか...」

「そうなります。」

アーレスはシセルと握手を交わし、大広間に案内した。早朝なので、人が少なく、城内は静かだった。

「目覚めがお早いのですね。」

「人に会うのが面倒なんだ...最近はすっかり引きこもりでね。」

「婚約の件が原因でしょうか?」

「うん、噂のもとは陛下だろうから、多分、意図的に流されたのだと思う。」

「だとすれば、すでに決まった話ということなるのでは...」

「おそらくね。」

迷いのない答えに、シセルは唸った。

「リオンが心配していましたが、余計な杞憂だった様です...」

「余計なんてことはないよ...見知らぬ姫君との婚約話で、平常心を保てというのは無理な話だ...」

「...は。申し訳ありません。」

「謝るところじゃないよ。」

アーレスは明るく笑って言った。

「思うところがあって...考えを変えたんだ。私はこの婚約を肯定的に捉えようと思う。そうすれば、メルトワの姫君も納得してくれるものと期待しているよ。」

「アーレス様...」

「努力するつもりだ。良き伴侶になれるように...」

アーレスは決然として告げた。

その決意に頭が下がる…なんと立派な志だろう。

「佳き伴侶に恵まれますように…」

シセルはそれを心から願った…


「ちちうえ...!」

シセルを見たバレルは歓喜し、走り寄って抱きついた。シセルが息子を軽々と抱き上げる...父と子はしっかり抱き合った。

「良い子にしていたか?」

「うん!」

「伯父上に迷惑をかけずに?」

「うん!」

「誓えるか?」

「うん!」

「よし、信じよう。」

シセルは笑って頷いた。シャリナも横で微笑んでいて、抱かれているブルームも大きな瞳で見つめている。

「バレルは頑張っていたわ...シャルア様がそれはそれは懐いてしまって、ひと時も離れたがらなかったのよ。」

「シャルアが一緒じゃなきゃ嫌だって泣くから、ぼく、一緒に寝てあげたんだよ。」

「一緒に?」

「うん。」

「それは難儀だったな...」

シセルは目を丸くして言った。おそらくマリアナ妃の配慮に違いないが、そこまで密着しているとは夢にも思わなかった。

「ブルームもバレルが大好きなの...外で遊んでもらってお日様の下を歩くものだから、夜もよく眠れて元気いっぱい…バレルの行くところはどこまでもついて行ってしまうのよ。」

「ブルーはもう手を離して歩けるんだよ…」

バレルの耳打ちに、シセルの胸が満たされる…

知らぬ間に成長していく子供たち...なんと素晴らしいのだろう。

「来年にはバレルもお兄さんね...そして、あなたも二人の子の父親になる…とても賑やかになるわ。」

「まことに...」

「ちちうえ、ぼく、妹が欲しい。」

「妹...なぜだ?」

「だって...弟はたくさんいるもん...」

「弟...」

シセルが目を丸くすると、シャリナが思わず笑った。

シャルアもブルームもバレルにとっては“弟”に過ぎず、とうとうその複雑な関係性を理解することはできなかったのだ…

「みんな兄弟、今はそれで良いわ…」

バレルの髪を撫でながら、シャリナは穏やかに言った。

「あとはリオンの子が無事に産まれるのを待つだけね…」


シセルは、翌々日までシュベール城に滞在し、その後、バレルを連れてグスターニュ城に帰って行った。


最後の日には「小さな展覧会」と称して、セオノアが子供たちの描いた絵を公開し、庭園を会場として展示した。

国王夫妻や王太子も訪れる中、シャルアはバレルの帰還を知って大泣し、マリアナを散々困らせたが、しがみついて泣き喚くシャルアに、バレルも寂しさを滲ませながら涙を浮かべるのだった。


…行ってしまいましたね。

見送りを終えたシャリナに、セレンティアが言った。

「そうね...ブルーは別れを言えなくて残念だったけれど、シャルア様のように泣かれるよりは良かったかもしれないわ。」

セレンティアは頷いた。バレルが座っていた椅子はすでに片付けていて、その場所に穴が空いたように感じる。

「カインも帰ってしまったし、寂しいわ...」

…ええ。

大人しいセレンを、シャリナは静かに見やった。

アーレスの婚約を知ってから、セレンティアは物憂げに顔を伏せることが多くなったように思う…もともと大人しい子ではあったが、さらに無口になって、思いつめている様に見える...

「...セレン。」

シャリナは言った。

「...悩みがあるのなら、打ち明けてちょうだい。」

セレンティアが我に帰って顔を上げる…

「悩みを心にしまっておくのは良くないわ。私にできることがあれば力になるから...」

…シャリナ様

セレンティアは口を開いたものの、すぐに結んで俯いた。

たとえ声が出せても、胸を裂く思いは言葉にできない...


...アーレス様を愛しています。


…お手紙を戴きました。

「手紙..,?」

セレンティアは頷き、ポシェットにしまっていた手紙を取り出し、シャリナに手渡した。

「…ソラン・ファルコ?」

差出人の意外な名前に、シャリナは目を見開いた。

「何故ソランが、あなたに手紙を?」

シャリナは、戸惑いながら内容に目を通した。


“君に求婚したい。“


綴られていたのは、セレンティアへの愛の言葉だった...




つづく


























































































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