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ルポワド王家の子供たち  作者: ヴェルネt.t
17/20

決意

子供達の笑い声が聞こえる...

庭園の東屋に集まって、絵を描きながら、楽しそうにはしゃいでいるのだ。

師である人は横に置かれたテーブルで、貴婦人と会話をしていた。貴婦人の膝の上には幼子がちょこんと乗っていて、その子は手に持った木製の馬を転がしている...


回廊で立ち止まり、アーレスは遠目にその様子を眺めていた。

リュシアンが不在の宮廷は静かで、今はバレルとシャルアの声しか聞こえない。二人は本当に仲が良く、寄ると触るとふざけ合ってばかりいるのだった。

「子供は無邪気で羨ましい...」

つい、声に出して呟いた。

とはいえ、自分の幼い日々を思い返しても、無邪気で楽しかった事はあまり無かった様に思う。アンペリエールに引き取られて以降はカインやリオーネと兄弟同然に育てられ、ようやく「楽しい」が何であるのか理解したほどだった。

「アーレス...」

背後から呼び声が聞こえ、アーレスは振り返った。そこにマリアナが立っていて、バスケットを手に持ち、優しい微笑みを浮かべていた。

「妃殿下...」

アーレスは恭しくお辞儀をした。マリアナはいつも通りに麗しく、今日は瞳の色と同色のドレスを身にまとっていた。陽よけのヴェールで隠れているが、長い髪は背に垂らしたままだ。

「賑やかでしょう?シャルアったらずっとあの調子なの...バレル君が大好きで仕方がないのよ。」

マリアナは嬉しそうに言った。

「殿下の代わりに城内を明るくしておいでなのでしょう...」

「そうかしら...」

穏やかな口調で返すアーレスに、マリアナは軽く肩をすくめた。

「バレル君はお利口さん...シャルアの我儘をちゃんと受け止めてくれているし、とても優しくて頼りになるお兄さんだわ。」

「昔の殿下とカインを見ている様だ...」

「そうなの?」

「ええ、殿下のカインへの信頼は過度なほどでした...男の兄弟がいなかったせいもあったのでしょうが...」

「貴方は?」

「私はただ振り回されっぱなしの存在だった...カインの様に容赦なく嗜めるなど、とても無理でした。」

「それは理解できるわ...貴方が誰かに向って怒るのを見た事ないもの。」

「は。」

「いつも冷静で、上品で...リュシアンにも見習って欲しいわ。」

「お褒めの言葉、光栄です、妃殿下。」

アーレスが軽く首を垂れる...マリアナは目を細めた。彼は本当に品行方正な貴公子だ..

「この後のご予定は?」

マリアナは尋ねた。

「午後に王妃様に呼ばれておりますが、それ以外は特に...」

「それなら、少し私にお付き合い頂けるかしら?」

「妃殿下に?」

「そう、私によ。」

突然の誘いに、アーレスは正直戸惑った。マリアナが自分を誘う...こんなことは初めてだ。

「仰せのままに。」

アーレスが応じると、マリアナは口角を上げた。菓子の入った籠を侍女に手渡し、「お菓子を持って行ってちょうだい。」と伝える。

命じられた侍女は、膝を折って承諾すると、そのまま東屋に向って歩いて行った。マリアナはアーレスに向き合うと、肩を並べて歩き出した。

「リュシアンがいない静けさ...こうして過ごせるのも今日だけね。明日には帰って来るはずだから。」

「帰還の予定が延びている様ですね?」

「ええ、きっと狩が楽しくて、夢中になってるに違いないわ。」

「伴の者が大変だ...」

「そうね、本当に気の毒...」

二人は顔を見合わせて笑った。

マリアナとアーレス、珍しい組み合わせに、行き交う人々の視線が集まる...皆が恭しく腰を折る中、マリアナは回廊を歩き、図書室へと足を向けた。

沢山の本が収められている部屋に、幾つかの椅子が置かれていた。

室内はとても冷んやりとしており、冬は暖炉の火が絶やせないが、夏の今は避暑にちょうど良い場所なのだった。

「ここに来ると落ち着くわ。とっても静かだし...」

マリアナは窓際の長椅子に座り、対岸の椅子にアーレスを座らせた。

きちんと話をしたい時に、マリアナはいつも図書室を選ぶ。雑音の中では思う様に真実を語れないし、盗聴は避けられないからだった。

「聞き耳を立てる人はいないから、お互い肩の力を抜いて話をしましょう。」

マリアナは微笑みながら告げた。

「シュベール城ではあったけれど、セレンティアと図書室で話をしたことがあって、とても楽しかったの。彼女の「声」は小さくて、周囲の騒々しさに負けてしまいがち...でも、その時はたくさんお話しが出来たのよ。」

「...セレンが妃殿下と?」

「ええ、お互いの過去の話や、今の気持ちなんかをね...」

「それは知りませんでした。」

「私とセレンは子供の頃の境遇が少し似てると思うわ。彼女ほどではないけれど、私もある時期ひとりぼっちだった...貧しい経験もしたから、気持ちを共感できたのよ。」

「そうだったのですか...」

アーレスは頷いた。

「セレンにお心を寄せて下さるとは、感謝の至りです...」

「...そんな堅苦しい言い方。」

マリアナは笑った。

「あなたは優しいけれど誠実過ぎるわ...だからリュシアンに振り回されてしまうのよ。」

「は...」

「もっと本音を言っても良いんじゃないかな...って思う。文句とか愚痴とかいろいろあるでしょう?」

「...妃殿下」

「その胸のつかえ...きっと私なら理解できると思う...だって、私も同じ王族だもの。」

マリアナの言葉に、アーレスは目を見開いた。宝石の様な緑の瞳に見つめられ、思わず口篭ってしまう...

「婚約のこと、戸惑っているのでしょう?」

マリアナは告げた。

「カインに聞いたわ。それで心配になってしまって...」

「...心配?」

「ええ、これはただのお節介...でも、大切なことなの。私たちにとってはね...」

…どういう意味だろうか。

アーレスは思った。マリアナの意図が今ひとつ掴めない...

「困惑しているのはメルトワの姫も同じよ...私もリュシアンとの婚約をお祖母様に告げられた時、とても悲しくて辛かった...それが自分の宿命だなんて、知りもしなかったから...」

「妃殿下...?」

「カインを愛していたのに、どうしたら良いかわからなかった...なぜ私なのって泣いてばかりいたわ。」

「マリアナ様...」

「...でも、リュシアンに直接会って気付いたの...辛いのは私だけじゃない、殿下も同じだったんだ...って。」

マリアナは悲しそうに笑った。

「宿命ではあったけれど、殿下は私を受け入れると告げたわ。そして、心から愛して下さった...カインをめぐっては今も好敵手だけれど、それでもカインを大切に思うリュシアンの心の優しさと寛大さを、とても愛しく感じているわ。」

瞳を潤ませる王太子妃...カインとリュシアン...そしてマリアナの関係は、極めて繊細な結びつきで保たれている...ひとつ間違えば、死を招きかねない危うさだ...

「あなたの婚姻は両国にとって有益なもの...陛下の意に従う他はないけれど、それでも全てが「絶望」というわけではないと私は思う。」

「殿下と妃殿下の様に?」

「ええ。あなたは素敵な人...エレネーゼ王女もきっと好きになるわ。」

「あまりお褒めになると、自惚れてしまいますよ...」

「まあ...らしくない発言。」

「本音をと仰いましたので...」

「うん、その調子。」

マリアナは頷きつつ、悪戯っぽく笑った。

屈託のない笑顔に気持ちが和む...

…妃殿下の笑顔は救いだ。

アーレスは思った。

…重い業を背負って生きる妃殿下に比べれば、私の杞憂など、取るに足らない問題だ。




「なんて素敵な光景なのかしら...」

セオノアは並んで座っている幼子達を眺めて瞳を潤ませた。

バレルとシャルアとブルーム...三人が揃ってお菓子を食べている...口に頬張り、大人しくおやつを食べているのだった。

「正直ね...」

シャリナも肩を震わせた。

ついさっきまで思い切りはしゃいでいたのに、食べ始めると、全員揃って無言になってしまったのだ。

「リオーネもカインもそうだったわ。食べている時だけはとっても静かだった..,ユーリがいつも言ってたわね「げんきんな奴らだ」...って。」

「特にリオンがね。」

隣に座っていたカインが菓子を口に入れながら言った。 

マリアナ手製の焼き菓子が毎日食べられるので、数日はとても満足しているカインなのだった。

「失礼します。スケッチをとらせていただきます。」

セオノアは傍にある画板を手に取り、獣皮紙にさらさらと絵を描き始めた。まるで文字を書く様に、三人の輪郭を形にしてゆく...

「魔法の様だわ...」

シャリナが目を丸くして言った。

「本当に、セオノアは天才ね...」

「父から受け継いだ唯一つの才ですわ。私は騎士になれませんでしたし...」

「その才能だけで十分よ。騎士ばかりが仕事ではないもの。」

「ありがとうございます。」

手を進めながらセオノアが微笑む..

カインは思わず口角を上げた。

シャリナとセオノアは仲が良く、無二の親友と言っても過言ではなかった。

父ユーリが病床にあった時、セオノアはペリエ城に滞在し、庭の造園に尽力した。「夫人の心を慰めて差し上げたい」と言い、精魂込めて、美しい庭園を造り上げたのだ...

「それにしても、バレルに絵の才能があるなんて意外だったわ。ユーリもきっと驚いているでしょうね。」

シャリナはしみじみと言った。

「俺もリオンも絶望的に絵が下手だからね...」

「本当に不思議...」

「シセルはどうだろう...」

「彼が絵を描くところを見たことはないわ。」

「セオノアはどう思う?」

「私も見たことはありません。あの根っからの騎士に、絵心があるとは思えない...かしら?」

セオノアは眉根を寄せた。その可能性を考えた事もなく、疑念が首をもたげる...

「あら、大変...」

ブルームが菓子を手にしながら居眠りを始めたので、シャリナは慌てて立ち上がった。目がトロンとなり、瞼がゆっくり閉じていく...

「もう“おねむ”の時間ね...」

シャリナはブルームを抱き上げた。まだ離乳をしていない乳飲み子であるため、授乳をしなければならなかった。

「シャルア様も眠そうだわ...」

シャルアが大あくびをするのを見て、シャリナが言った。

「一緒にお部屋に参りましょうか?」

「...ははうえと行く。」

シャルアは周囲を見渡した。

「ははうえはどこ?」

「妃殿下は...」

カインが首を回すと、折よく歩み寄って来るマリアナが見えた。ほどなくシャルアの傍に立ち、顔を覗き込む...

「まあ、眠いのではなくて?」

シャルアはマリアナに手を差し出し、母の胸に顔を埋めた。もう余力は残っていない様で、マリアナが苦笑を浮かべる...

「シャルアはもう限界...お部屋に連れて行きます。」

「...では、また明日に。」

「また後でお話ししましょう、カイン。」

「御意に、妃殿下。」

マリアナとシャリナが二人一緒に城内へと歩み去って行く...

残されたバレルがその姿を目で追い、その後、寂しそうに俯いた。

「バレル...?」

セオノアは静かに問いかけた。

「どうしたの?」

カインもバレルを見やる...口を固く噤んでいて、何も言おうとはしなかった。

「どこか痛いのか...?」

カインが頭に手を乗せた時だった。

「...ははうえに会いたい...」

バレルは言った。

「寂しいよ..;」

言うなり、目から涙をポロポロと落とした。泣き顔になり、ついには声をあげて泣き始める...

「おい...バレル...」

カインは戸惑い慌てた。ついさっきまで笑っていたのに、急にどうしたのだろう...

「バレル...」

セオノアはバレルを後ろから抱きすくめた。

「リオンが恋しくなっちゃった?みんなお母様と行ってしまったから...」

バレルがべそをかきながら頷く。カインはハッとなった。

「そうよね...無理もないわ。あなたはまだ五歳なんだもの...」

セオノアも涙ぐみ、バレルに頬を寄せる...母が恋しくて泣いた幼い日...寂しく不安で、泣いてばかりいたことを思い出す。

カインは打ちのめされた。

リオーネの代わりにバレルを抱きしめ、寂しさを埋めてやらねばならなかったというのに、その気持ちを慮る事もできないとは...

「...そんなに泣いたら美男子が台無し...リオンもびっくりしちゃう。」

髪を優しく撫でながら、セオノアは優しく囁いた。

「仕方ないわ...こんな事もあろうと、リオンから預かった物があるの...」

 セオノアは画材の入った鞄の中を探った。取り出した物をそっとバレルの手の上に乗せる...それは白い布に包まれていた。

「開いてごらんなさい.,.」

バレルは泣き止むと、包みを開いた。

カインもそれを見つめる...

中には、布製の馬が入っていた。真っ白な馬の縫いぐるみ...誕生日に贈られたバレルの仔馬と同じ色だ。

「リオンが縫ったのよ...お針子係に習ってね。.」

「ははうえが?」

「ええ、バレルのために。」

セオノアは頷いた。

「指は傷だらけになったけれど、バレルが寂しがらないようにって頑張っていたわ。」

バレルは縫いぐるみを撫でた。よく見れば釦が馬の目になっている...それはリオーネの服の釦で、バレルも見慣れたものだった...

「気に入った?」

「...うん。」

「大丈夫?」

「うん!」

バレルは頷いた。縫いぐるみを抱きしめ、頬ずりをして笑顔になった。

「もう一つあるぞ...」

カインが包みを指差した。

「手紙か...?」

緑色のリボンで結ばれている羊皮紙。

それをバレルは不思議な面持ちで開いた。

一眼見て、目を大きく見開く…


“がんばれ、バレたん!”


一文とともに、笑顔の“リオーネの落書き”が描かれていた。





「アーレス...本気なの?」

エミリアは言った。

「陛下に告げてしまえば、もう引き返すことはできないのよ...もっと慎重に答えを出すべきではなくて?」

王妃の立場ではなく、伯母としての言葉を投げかけるエミリアに、アーレスは深く感謝していた。

王妃といえど、国王の意向に背けば処罰は免れない。優しい伯母は、それを承知で告げているのだ...

「それ以上はお控え下さい。」

アーレスは静かに告げた。

「陛下はカインに「婚約受諾を進言せよ」と仰せになった...即ち、他の選択肢はない...という事です。」

「そうかもしれない...けれど、フォルトはまだ迷っているわ...あなたに自分と同じ思いをさせたくない...それが弟の本音なの。結婚は貴方が望む相手を見つけるまで待つつもりだと、あの子は以前から言っていた...それが貴方への償いなのだと.。」

「父上が…」

「ねえアーレス...婚約を望んでいないのなら正直におっしゃい。あなたが望めば、フォルトはマルセルに婚約の反故を談判してくれるはず…私も陛下にお願いするつもりよ。」

「伯母上…」

「貴方には幸せを掴んで欲しい…フォルトも私もそう願っているわ。」

…結婚を望む相手?

アーレスは苦笑し、静かに瞼を閉じた。

…それは絶望的だ。

「望まないわけではないのです。」

アーレスは言った。

「むしろ私は、エレネーゼ姫を受け入れたい...嫡子を得るためではなく、妻となる人を敬愛し、大切にしたいと思っています。」

「アーレス...」

「ですから、どうかお心を痛めませぬよう...これより父上にその旨を伝えます。それが私の本意です。」

アーレスは決然と告げた。

ルポワド公爵第一位、パルティアーノ家の嫡子として、メルトワの王女を迎える...それがアーレスの決意だった。


アーレスは一礼して踵を返した。

その背を見つめるエミリアは、複雑な想いで見送った。



つづく

























































































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