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ルポワド王家の子供たち  作者: ヴェルネt.t
16/20

カインとアーレス

カインは王太子妃と王子の警護を務めながら王都に帰還した。

マリアナとの楽しい時間に心が満たされ、久しぶりに気持ちが軽い...バレルが滞在する間はリオンの代役、甥の保護者として堂々とマリアナに会えるのだ。

脇見をすると、並走する馬車からマリアナが視線を向けて微笑んでいた。カインも視線を返したが、シャルアもバレルも大はしゃぎで、そんな様子には全く気付かないのが幸いだった。


程なく城門をくぐり、エントランスに着くと、カインはバレルを連れて国王への拝謁に向かった。マルセルがバレルに会うのは二年ぶりで、「すぐに連れて参れ」と命じられていたからだった。

「いいか、教えた通りにやるんだぞ。」

カインは回廊を歩きながら言った。

「お前はバージニアスの長男だ。偉大な父の名誉を守らねばならん。きちんと背筋を伸ばせ。」

「はい、伯父上!」

バレルは素直に答えた。いつものような間延びした口調ではなく、しっかりした返事だ。

「よし、その調子だ。」

カインは口角を上げた。王城の雰囲気はグスターニュ城とは全く違う…この状況に至れば、自ずと背筋が伸びるのだ。

ブランピエール公爵に周囲の貴族が次々に首を垂れる...貴婦人はしずしずと膝を折り、乙女は頬を染めてうっとり公爵を見つめた。カインが「独身宣言」をしていることは有名で、若き公爵の「方針転換」を、皆が期待を込めて見守っているのだった。

「ブランピエール公爵閣下、御成!」

告げ役が声を上げ、王の間の大扉が開かれた。

バレルは絢爛な装飾に目を奪われながら、必死にカインの後を追いかけた。公爵の登場に家臣や貴族が道を開ける...長い絨毯が敷かれた道の先に、玉座に座る国王マルセルの姿が見えた。

「...おお、帰ったか、黒騎士。」

マルセルは明るい口調で言った。

「ブランピエール、ただいま帰還しました。」

カインが跪いたので、バレルも真似て跪いた。以前に会った時はあまりに幼く、王への接見は今日が初めても同然だった。

「よく来た、リオーネの子よ。見ぬ間に大きゅうなった…バージニアスに似て、なかなかの男前だの。」

「おあいできて...こうえいです、へいか。」

バレルはカインに教えられた通りに告げた。父からも「国王の前では一切の非礼は許されないぞ」と脅されていたし、リオーネからも「ご挨拶だけはしっかりとね。」と念を押されていた。上手に言えたかと伯父を垣間見る…カインは口角を上げ、頷いてみせた。

「うむ、余も嬉しい。そなたはシャリナの孫であり、偉大な騎士の血を引く者...我が孫と言っても過言ではない。」

マルセルは目を細めた。二人の「黒騎士」の姿に懐かしい顔を重ねる…無頼の戦友の姿が脳裏に浮かんだ。

「王子の勉学の相手をさせるそうだな?」

「…は、妃殿下のご要望により、バレルをシャルア殿下の学友として滞在させます。」

「世話係が必要か?」

「...ご心配には及びません。パルティアーノ公爵夫人が世話を焼きたいと願い出ております。」

「シャリナか...まあ、当然であろうな。実の祖母に勝る世話係はおらぬゆえ問題はない。」

マルセルは納得して笑顔を浮かべた。

「...とすれば、滞在先はシュベール城か?」

「左様であります。」

「ふむ...」

マルセルは頷くと、思案する仕草をした。顎に手を当て、人差し指を何度か動かして見せる...

「黒騎士。」

「は。」

「そなたも共にシュベール城に行け。」

「そのつもりでおりますが..,」

「保護者としてではない...ちと用足しをして欲しいのだ。」

「用足し…でありますか?」

「近う寄れ...」

マルセルの手招きに応じ、カインは王の傍に歩み寄った。耳打ちでの囁きに聞き耳を立てる...

視線はバレルに向けていた。姿勢を保つのが辛そうだ。早く解放してやらねば...

「みっつけた!」

その時、場内に甲高い声が聞こえた。シャルアが飛び込んで来ると、パタパタと足音を鳴らしてバレル走り寄り、いきなり背中に飛び乗った。

「わああっ!」

バレルは驚く間も無く前へとつんのめり、絨毯の上に俯した。同時にシャルアも転んだが、王子はそれでも嬉しそうに笑うのだった。

「なんということだ!」

マルセルは目を丸くした。

「一体どこから湧いて出たのだ⁉︎」

王の言葉など気にしない王子は、バレルに跨ったまま脇をくすぐりふざけていた...手足をばたつかせ「やめてよー」と悲鳴をあげるバレルに、誰もが失笑を隠せない。

「この愚か者!」

マルセルが王子を嗜めようと腰を浮かせた。

カインが静止しようと動いた時、大扉が開いて王妃と王太子妃が慌てた様子で現れた。シャルアを見ると目を見開き、マリアナが王子をバレルから引き剥がす。その間にエミリアはマルセルに向かって歩み寄り、膝を折って謝罪した。

「申し訳ありません陛下…少し目を離したすきに逃げられてしまいましたの...すぐにお暇いたします。」

「まったく...酷いありさまぞ。」

マルセルは眉を寄せながら文句を言った。かつてのリュシアンよりはマシだが、節操の無さは父親譲りだ...

「もう良い…リオーネの子も連れて下がれ。」

手で払う仕草をしながら王は命じた。シャルアを抱え上げるマリアナが見える…何かと不便なマリアナだが、その姿は眩しいほどに美しかった。

「カイン。」

マルセルの傍に立っているカインに、エミリアは言った。

「フォルトが会いたいそうよ。」

「義父上が?」

「ええ、執務室にいるから来て欲しいと...」

「すぐに参ります。」

エミリアは頷くと、すぐに踵を返した。立っているバレルの手を握って王の間から出て行く…マリアナも無言で膝を折り、シャルア抱いて後を追った。

「黒騎士。」

「は…」

「フォルトからも話があろうが...しかと任せたぞ。」

「尽力いたします。」

カインは力無く答えた。

気の進まぬ事案であっても王命であれば全うする。それが家臣の務めなのだ…


「座ってくれ。」

執務室を訪れると、フォルトは対面の長椅子に座るよう命じた。

自らは窓際に立ったまま、こちらをじっと見つめている...

「陛下より事情を聞いておるな?」

「アーレスの件についてでしょうか?」

「うむ。」

「たった今告げられたところです。」

フォルトの唐突な質問に対し、カインも端的に答えた。

耳打ちされたのはアーレスへの説得...即ち、婚約の受諾を進言せよとの命令だ。

「そなたには吐露しよう...」

公爵は眉根を寄せて言った。

「この件は私の本懐にはあらず、従ってアーレスに進言はできぬ。」

「...えっ」

カインは思わず声を上げた。フォルトの言葉に驚きを隠せない...公爵に有るまじき発言だ。

「此度の縁談はメルトワから持ちかけられたもの...無下にはできぬが、アーレスの意思を尊重すべきと考えている。」

「...では、絶対ではないと?」

「或いは…」

フォルトは渋面になり、後ろ手に指を組んだ。

…こんな様子の公爵は珍しい。

「私はどの方向でアーレスと話をすべきでしょうか。」

カインは尋ねた。

「とにかく、アーレスの心を覗いて貰いたいのだ。そなたは幼き日からの友人で義兄弟…きっと本音を吐露するに違いない。」

「それには、私から彼に事実を告げねばなりませんが…」

「それで良い。そなたから告げよ。」

…理不尽な…

カインは心中で愚痴を漏らした。本来は父親の役目であろうに…

「バレルが滞在する間、そなたもシュベール城に居を移すが良かろう...歓迎するぞ。」

「は、そうさせていただきます、義父上。」



「アーレス...」

頭上から声を掛けられ、アーレスは階段越しの上階を仰ぎ見た。

声の主はシャリナで、淑やかに階段を降りて来る。

「母上」

アーレスは笑顔になり、階段を上がって出迎えた。菫色の瞳が自分を捉え、優しい眼差しに心が和む...

「会えて良かったわ...侍女に貴方を呼びに行かせようとしていたのよ。」

シャリナは微笑みを浮かべて言った。

「今日はバレルが来るでしょう?カインが送り届けてくれることになっているのだけれど、そのまま暫く滞在させるとフォルトから伝令があってね…」

「カインを?」

「ええ、リュシアン殿下もまだお帰りになっていないことだし、二、三日はシュベールに留まらせるそうよ。」

「そうですか...」

アーレスは頷いてみせた。

シャリナがバレルの世話を願い出たので、カインが訪れるであろうことは予想していた。フォルトの意図は分からないにしても、義兄弟と夜通し酒を酌み交わせるのは嬉しいことだった。

「今夜はゆっくり話ができるわね…美味しいワインを用意させておくわ。」

「有難うございます、母上。」

嬉しそうなアーレスに、シャリナは杞憂を隠して頷いた。

アーレスの婚約について、フォルトが真剣に悩み、迷っていることはシャリナも承知していている…最終的に決定を下すのは国王だが、せめてアーレスの心に寄り添いたいとフォルトは考えているのだ。

…カインの洞察力に期待するしかないわ。

カインを想い、シャリナは小さくため息を吐いた。ユーリも言っていたことだが、「本当に損な役割ばかりを回される..」というのは事実なのだった。



シュベール城での歓迎を受けたカインは、バレルをシャリナに預けた後、アーレスを誘った。

本城の小広間にテーブルが置かれ、上質のワインが並べられる...召使いがグラスに注ぎ終えると下がる様に命じた。

「実は、バレルを連れ帰る途中、サン・ドゥール城に寄ったんだ。」

静かな室内で、カインはグラスを傾けながら言った。

「イルジャン・サムドゥールに寝場所を提供して貰って、手厚いもてなしを受けた...なかなか居心地の良い城だったよ。」

「騎士イルジャか...懐かしいな。」

アーレスは口角を上げた...イルジャンは十歳ほど年上で、かつてはグスターニュ騎士団所属の騎士だった。見習い時代の“先輩”であり、馴染み深い人物だ…

「戦地に赴き武勲を上げて出世した。彼は立派な戦士だ。」

「ああ、今や妻子も領地も所有している...大出世さ。」

カインは眉を跳ね上げて笑った。

「晩餐の席には子供も参加していた...十五歳の長男と五歳の長女…それにバレルも同席していたんだが、ちょっと面白いことが起きたんだよ。」

「面白いこと?」

「ああ。」

カインは笑いつつ、アンネがバレルに興味津々であったことを話した。バレルが初めて騎士として挨拶をし、二人が仲良く遊んだ事実を伝える…

「...それは面白いな。」

アーレスも白い歯を見せた。子供とはいえ、バレルが異性に興味を向けられたのは初めてだろう。

「バレルはシセルに似て美男だからね...もう少し成長したら、貴婦人達が騒ぎ出すのは必至じゃないか?」

「そう思う。今でさえシセルの人気は衰え知らずだし...あの眼差しを引き継ぐとしたら、バレルが揉みくちゃにされること受け合いだ。」

「...気の毒に。」

二人は声を上げて笑った。宮廷の貴婦人達はとかく露骨で節操がない。常に出会いを求めていて、独身の貴族と見れば積極的に接触を図り、誘惑して来るのだ。

「シセルも愚痴をこぼしているよ...生真面目な性分だし、リオンには絶対に誤解されたくないしで...それでも宮廷に呼ばれれば赴かねばならないから、その都度、対応しなきゃいけないのが厄介だとね...」

「リオンは一向に気にして無さそうだけど...」

「いや、そうでもないよ。あれでも案外気にしてるんだ。」

「へえ...意外だね。」

アーレスのグラスが空になったので、カインは別の果実酒を注いだ。召使いを追い払ったため、互いに手酌になる...

「...それはそうと、母上がセレンの結婚相手を探してるそうじゃないか...イルジャンのもとにもその旨の手紙が届いたと言っていたが、君もそれは把握しているんだろう?」

その質問に、アーレスの動きが止まった。虚空を見つめて口を閉じる...

「セレンは君の養い子...把握していないわけはないか...」

アーレスの様子に気付きながらも、カインはそれを無視して続けた。

「時が経つのは早いものだ...君が連れてきた時、セレンはまだ幼い子供だった..ガリガリに痩せていて、不安を訴えることもせず、ひたすら震えていたのを憶えているよ...」

なおも無言のアーレス…物憂げに視線を落とし、グラスを見つめながら、小さくワインを揺らしている…

…どうしてそんなに暗い顔をする?

カインは疑問を感じた。

…以前のアーレスなら、セレンの成長を何よりも喜びと感じていたはずだ。

「...気が進まないのか?」

静かに尋ねてみた。アーレスを見つめて表情を見極める...

「そんなことはないよ。」

アーレスは重い口を開いた。

「セレンは成長した...もう立派な貴婦人だ。それは私がいちばん実感している…当然の成り行きだ。」

「...うん。」

「母上のお考えは正しい。いつまでも私の側に置いてはおけないし、それはセレンのためにならない。良縁があれば...それであの子が幸せになるならば、それで良いと思っている...」

「そうか…」

「寂しさを感じているのは確かだよ。セレンは私を頼り、ずっと寄り添ってきた...そんなあの子を養うことは、私の喜びであり、心の支えだった。」

「アーレス...」

「でも正直、複雑な心境だ...何となく喪失感があってね。」

,,,喪失感?

それは違うとカインは思った。自身は気づいていない様だが、つまり、アーレスはセレンティアを失いたくないと言っている...縁談を快く感じていない何よりの証拠だ…

…まさか、アーレスはセレンを…

驚きを隠せなかった。この展開は予想外だ。もしそうだとすれば、話をどう切り出せばいいのだろう?

「なあ、カイン...」

二杯目の酒を飲み干したアーレスが言った。

「君は生涯独身を貫くつもりなのかい?」

「…えっ」

「マリアナ様との愛は永遠...それは理解しているが、その関係を続けるのはとても辛いだろう?」

「アーレス...」

「君の生き方を否定するつもりはない。だが、私にはとても真似できないことだ…」

「...」

「家の存続は私の義務…貴族の結婚は政略的に行われる。本人の意思は尊重されず、利益こそが重要だ。現に、私はそのために生まれている…父上は望まぬ結婚をし、それに母も従った…それが公爵家に生まれた者の宿命であり、愛を優先することなどできはしない。」

カインは言葉を失った。アーレスの意見は正論...反論の余地もない…マリアナとの愛を貫くことで母を悲しませ、シセルからバレルを取り上げたのだから…

「...だとすれば、君は政略結婚を受け入れるのか?」

カインは尋ねた。愚問であることは分かっている…自分にその資格がない事も。

「望まない結婚でも、不実の愛に走るよりはマシなのかも知れない...そう思う。」

アーレスは告げ、自虐的な微笑みを浮かべた。カインに対する痛烈な皮肉だったが、カインは表情を変えなかった。

「アーレス。」

カインは言った。

「それが君の本意なら、俺は用件を告げやすいぞ。」

「...カイン?」

「俺は義父上に頼まれた...君の本音を聞き出して欲しいと。」

「私の本音?」

アーレスの表情が曇る…

「何の話だ?」

不審な眼差しのアーレスを見つめるカインも渋面になった。

…できれば他の人間に依頼して欲しかったな。

「君に婚約の話が来ている。相手はメルトワの第六王女、エレネーゼ姫。」

「...なに?」

「メルトワ国から直々の申し入れがあったそうだ…俺は陛下に君が受諾するよう進言せよと命じられている。それを伝えに来たんだ...」

「私が...王女と婚約?」


アーレスは愕然となり、手にしたグラスを床へと落とした。  



つづく

































 


































































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