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ルポワド王家の子供たち  作者: ヴェルネt.t
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ブルームの誕生

前作「勝利を君に」続く物語です

ペリエ城の雇われ城主

約束の輪舞(ロンド)

ペリエ城の荊姫

ペリエの黒騎士

リュシアンの恋

勝利を君に

を経て、王家・王族に生まれた子供たちの幼き日を描きます。



あまりに小さい...

それが我が子に初めて対面したフォルトの感想だった。


「アーレスはもう少し大きかった...それに比べてこの子はなんと軽いのだ...」

片腕に収まってしまう程の小さな命...呼吸はしているが、瞼を閉じて眠っている姿はまるで人形の様だ,,,

「私が小柄だから、あまり大きくなれなかったのかもしれないわ..」

大仕事を終えたシャリナが弱々しい口調で言った。ベッドに横たわったまま、フォルトを見上げる....

「何を言う..むしろ母の体を慮って、この子が判断したのかも知れぬ..」

フォルトはシャリナの髪を撫でながら言った。

「優しい子ぞ。」

シャリナは笑顔を浮かべた...夫の手が心地良い...フォルトの慈しみが伝わってくる。

「疲れたであろう、少し眠ると良い...ブルーはしばらく私が抱いていよう...」

フォルトがそっとキスをすると、シャリナは微笑みながら頷いた。すぐに瞼を閉じ眠りにつく...

「ブルーム...そなたは私の宝ぞ。」

フォルトは目を細めてそっと赤児に頬を寄せ囁いた。

まだ瞼は閉じたままで瞳の色は判らないが、髪の色は自分と同じ蜂蜜色...色白で鼻筋の通った愛らしい顔立ちだった。

「娘でなかったのは幸い..余計な心配をせずにすむ。」

我が子を外の者に託すなどとんでもないことだ。アーレスをシャリナに託したのは“やむを得ない”判断だった。そうでもしなければ、とうに壊れていたかも知れない...

「本来、公爵家に生まれた男子は家を出ず、成婚するまで留まるのが常識...いずれ独立するにせよ、それまで決して手放したりはせぬぞ。」

愛おしくてたまらない...「ブルーム」はシャリナと自分の愛の証...かけ甲斐のない息子なのだから...

「明日は賑やかになる...そなたの兄と姉が一度に集まって来るだろう。」

フォルトは口角を上げ、小さく柔らかな薔薇色の頬に祝福のキスを与えた。


翌朝早く、領地の視察に出ていたアーレスが帰還した。

アーレスはシャリナが出産したとの報告を受け、視察を中断して夜通し馬を走らせて来たのだった。

階段を駆け上がって居室の扉の前に立つ..はやる気持ちを抑え、.呼吸を整えてから扉を叩いた。

「母上、アーレスです。入っても宜しいでしょうか?」

「アーレス?」

シャリナの声が返って来る。どうやら元気な様子だ...

「お入りなさい。」

許可を得て、アーレスは扉を開けた。

朝日が差し込む明るい部屋に、ベッドで赤児を抱いたシャリナと、脇で椅子に座っているセレンティアが見える...

「母上...」

アーレスは静かに歩み寄り、ベッドの前で跪いた。

「元気なご様子...安堵いたしました...」

「ありがとう...昨夜は少し疲れたけれど、今朝はとっても元気よ 」

シャリナは笑顔で答えた。そして、腕の中にいるブルームをアーレスへと向ける。

「顔を見てあげて...貴方の弟よ。」

アーレスは立って、小さな弟の顔を覗き込んだ。父と同じ色の髪...可愛らしい顔立ちだ。

「生まれたばかりの赤児とは、こんなにも小さいものなのですか?」

「この子は特に小さめなの...リオーネやカインも双子で小さめだったけれど、ブルーはそれよりも小さいわ。」

「大丈夫なのでしょうか...」

「そうね、お乳もたくさん飲んでいるし、きっと大丈夫よ。」

さりげなく答えてはいるものの、アーレスの目にはシャリナが少し不安そうに見える...慰めようもないが、どうか丈夫でありますようにと願うばかりだ...

「抱いてみる?」

シャリナは言った。

「...良いのですか?」

「もちろんよ。」

差し出された弟を、アーレスは恐る恐る受け取った。思った以上に軽い...それでもしっかりと質感があって、とても柔らかかった。

「初めまして、ブルーム...」

アーレスは呼びかけた。

「私は君の兄だ...会いたかったよ。」

血を分けた弟...カインやリオーネも兄弟同様だったが、ブルームはそれとはまったく別だ。

愛おしげに見つめるアーレスに、セレンティアが寄り添い微笑んだ。

…まあ、なんて...

シャリナは思わず目を細める...

セレンはもう幼い少女ではなくなった。14歳になり、背も高くなり、アーレスと並んでも、違和感を感じさせない乙女に成長した。

…セレンの身の振り方も、そろそろ考えなくてはね...

時の経つのは早いもの...子供達の成長に、シャリナは寂しさと嬉しさを同時に感じるのだった...



「私も公爵様にお祝いを申し上げたいわ。」

長椅子にリュシアンと並んで座り、二人で本を読んでいたマリアナは、頃合いを見計らってリュシアンに言った。

「陛下も王妃様もお忙しいし、私が代理で行っても構わないと陛下のお許しを戴いたの...だから行っても構わないでしょう?」

妃の問いかけにリュシアンが唸る...渋面になってマリアナを見遣った。

「シャルアはどうする...寂しがるぞ。」

少し先にあるベッドに視線を移す...小さな王子は二人のベッドで眠っていて、今まさに寝返りを打っているところだった。

「確かにそうだけど、一日だけよ。早駆けで行って、お祝いを言ったらすぐに帰るつもりよ。」

「...早駆け?」

「ええ、リオーネさんが連れて行ってくれるそうなの。」

「リオンが?」

リュシアンの目が丸くなる...意外な話だ。

「シセルさんも一緒よ...彼はバレル君を連れているから、相乗りは無理なのだそうなの...だから私はリオーネさんと...」

「バージニアスも一緒か...」

リュシアンはまた唸った。腕を組んで口を尖らせる...

「まあそれなら安心だ。僕も行きたいが先約がある...仕方がないな...」

「行っても良いのね?」

「いいとも。」

「ありがとう、リュシアン!」

マリアナが嬉しそうに肩を寄せてきたので、リュシアンは笑みを浮かべながら抱き寄せた。まったく...いつもながら妃の頼みは断れない...まさに尻に敷かれっぱなしだ。

「すぐに帰って来るのだぞ」

「もちろんよ..」

リュシアンは納得してマリアナを仰向けに倒した。妃と戯れるのは今のうち...

シャルアがお腹を空かせて目を覚ますのは時間の問題だ。


「すぐに帰って来るわね...シャルア」

マリアナは王子の金糸の巻き毛を撫でながら小声で囁いた。

「お乳は夜までお預けよ...昼間はちゃんとお食事をしてね...」

幼いシャルアは、リュシアンそっくりな青い瞳でマリアナを見つめていた。

来月には一歳の誕生日を迎えるが、寝起きと就寝前にはまだ乳を欲しがる甘えん坊で、朝と夜は授乳を続けているのだった。

「...さあ、もうおしまい。」

シャルアを胸から離してマリアナは告げた。

侍女に王子を託し、すぐにエントランスへと向かう...リオーネがそこにいるはずだった。

「...え?」

マリアナは思わず声をあげて立ち止まった。

目を疑う光景...立っていたのは黒い騎士..外套を羽織ったカインだった。

「おはようございます妃殿下、」

カインは跪いて告げた。

「シュベール城へはこの黒騎士が随行いたします。」

「カイン...どうして?」

マリアナは感動に打ち震えながら尋ねた。

「随行はリオーネさんだとばかり...」

「水晶の騎士はアノック卿を迎えに出るるため少し遅れるとの事...ですので、私が代行することになりました。」

「そうだったの...」

マリアナはカインに歩み寄り、立つよう促した。命じられたカインが立ち上がる...間近で見るカインは相変わらず素敵だ...


「では参りましょう、今日は宜しくね、ブランピエール公爵。」

「お任せ下さい、妃殿下」

二人は並んで歩き出した。今は微笑み合うことはできないが、城門を出れば開放される...もう少しの辛抱だ...

「殿下は?」

マリアナを先に馬に乗せた後、その後方に着きながらカインが訊いた。

「リュシアンはまだ夢の中よ...寝室を出る時も起きなかったわ。」

「シャルア様のほうは?」

「大丈夫、侍女と王妃様がお世話してくれるわ。」

「そうか。」

カインは頷くと馬をゆっくり走らせた。

前にいるマリアナから香りが沸き立つ...

若草色のドレスは控えめな木綿の物で、金糸の髪は三つ編みを耳の脇で緩く束ねられていた。白い頸が朝日を浴びて目に眩しい...許されるものなら抱きしめたいと思ってしまう...

城門を潜り、吊り橋を渡って城外に出た。シュベール城までは数時間の道のりで、その間は二人きりで過ごすことになるのだ。

王城が次第に遠のき目の前に原野が広がると、カインは馬の速度を少しずつ上げた。目指す先には小さな森がある...休憩をとるにはもってこいの場所だ。。

「すごいわカイン...!」

マリアナは嬉しそうに言った。

「城門外に出たのは久しぶり...お花がたくさん咲いているわ。」

「もう春だからね...森ではたくさんの小鳥のさえずりも聞こえるよ。」

「本当?楽しみ!」

カインもようやく笑顔になった。マリアナが上を向いてカインを見遣る...なんて楽しいのだろう...

「カイン...」

「何?」

「しばらくは二人きり..他には誰も居ないわね」

「...うん。」

マリアナがもたれ掛かり、二人の体が密着した。温もりが伝わる...ずっとこのままでいたい...

「リオーネさん...もしかして気を遣ってくれたのかな?」...

「...そうだと思う。リオンには俺の心が見えるから...」

「そうなの?」

「双子だからね...俺もリオンの痛みを感じる...けど、あれは俺より数倍屈強だから、あまり認識したことはないな...」

マリアナは笑った。双子であっても男女差は明確...カインは男子だけに、リオーネよりも鈍感なのかも知れない。

「リオーネさんに感謝しなくちゃね。」

「ああ、このツケは高くつきそうだ。」

二人は素直に喜びを分かち合った。

この瞬間こそが、至上の幸せだった。


森の入り口に近づくと、カインは速度を緩め、ゆっくり馬を歩かせた。

風に揺れる木々の騒めき...春の訪れを歓ぶ鳥たちのさえずり...

「ブローボーニの森みたい。」

マリアナは森の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。生まれ育った深い森...優しい父と、ヨルムドが居た懐かしい場所。

「ここ...カインと初めて会ったところに似ていない?」

「ああ...そうだね。あの太い木の影に隠れてた...というか、隠れてるつもりだったというべきか。」

「...え?」

「んーいや...君は隠れていて、俺は気配を感じた...だから声を掛けたんだ。」

「ドキドキしたわ...急に黒い騎士が現れて、声を掛けられて...」

「追い剥ぎかと思った?」

「...うん。」

「酷いな。」

「...だって、あんなところで男性に会うなんて思わなかったから...」

「その割には、俺をすぐに信用したぞ。」

「それは...」

マリアナは口ごもった。顔が熱い...

「カインの話し方が上手だったからだわ...そうじゃなかったら走って逃げたもの。」

…いや、それは無理だ。

カインは心の中で否定した。

今でも本気でそう思っているとすれば、マリアナの認識は甘いとしか言いようがない...危篤状態だ。

「いろんなお城に行ったけど、やっぱりブローボーニが一番懐かしい...」

「マリアナ...」

カインは背後からマリアナを見つめた。ブローボーニでの日々が蘇る...マリアナと結ばれたあの夜が忘れられない...

「そろそろ馬を休ませよう...その先に泉があるんだ。」

そう告げてから、軽く馬を急がせた。

…この森を『無事』に抜け出られるか?

どうやら自制心との戦いとなりそうだ。


目的地の泉は近くにあり、到着すると、カインはすぐに馬に水を飲ませた。草も豊富に生えているため、静かに食み始める...

カインは外套を脱ぎ、地面に敷いてマリアナを座らせた。

ここは以前から目をつけていた 「とっておき」の場所...訪れる人も少ない泉のほとりだ。

「素敵...」

マリアナは幻想的な光景に瞳を輝かせながら言った。

「幻想的な光景ね...カインはここによく来るの?」」

「...いいや、だいぶ前に見つけて以来、初めてだ。」

カインはマリアナの隣に並んで腰を下ろした。春風が心地良い...二人はしばし沈黙して、その美しい景色を眺めていた。

「...あ、そう言えばね、私、リオーネさんと一緒に食べようと思って、焼き菓子を作って来たの。」

マリアナはポシェットから包みを取り出し、それを開いてカインに差し出した。

小さな籠に焼き菓子が二つ収まっている...

「カインが来るって知っていたら、もっとたくさん持って来たんだけど...」

「俺の大好物だ...」

「二つとも食べて良いわ。」

「君は?」

「じゃあ...ひと口だけ...」

カインは口角を上げて焼き菓子を摘み、それを割ってマリアナの口に直接入れた。残りは一口で食べてしまい、マリアナを笑わせる...

「相変わらずね...カインは。」

「俺は何も変わっていないさ。」

「私は...変わった?」

マリアナの問いに、カインは目を見開いた。王太子の妃...王子の母...身の上に起こった全てがマリアナの立場を変えてしまったのは事実だ...

「...いや、君も全然変わってないよ。」

カインは口角を上げて言った。

「相変わらずの天然だ。」

「えっ...なにそれ、酷いわ。」

マリアナが目を丸くする...カインは肩を振るわせて笑った。残った焼き菓子を遠慮なく口の中に放り込み、立ち上がって泉の淵まで歩み寄った。

… カイン

マリアナは聞こえない様に囁いた。

あの広い背中にすがりつきたい...その衝動を必死に抑えた。

「マリアナ?」

カインが振り返る...まただ。絶対に聞こえるはずがないのに...

「カイン...」

マリアナは立ち上がり、カインに手を差し伸べた。いけないことと知りながら...

「マリアナ...」

カインも応えた。両腕を広げて「妻」を迎え入れた。

互いの温もりを確かめ合う...ただひたすらに...

「..カインが死罪になっちゃう。」

マリアナは言った。

「そうだね...」

「それでも良いの?」

「俺は構わないが、君が罪に問われる...」

「..もう手遅れよ。」

「大丈夫...ここには誰も居ないさ。」

カインの答えに安堵する...彼が不用意な行動をとるはずもなかったのだ。

カインとマリアナは、ほんのひととき、「妻と夫」として幸せな時を過ごした。

出発したのはその後まもなく...

森を抜け丘を越えると、眼前にシュベール城の姿が見え始めた...



つづく

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